第九十三話「結婚の前に用意するモノ 後編」
夜は交代で見張りをする。
二人が寝て、一人が起きる。
異常があれば、すぐに残り二人を起こす。
そういう手はずだ。
特に、『キリキリ』という音がした場合は、必ず起こせ、と言ってある。
寝ている場所は、以前に住人が惨殺された場所。
二階の端の部屋だ。
悪霊が出るのは、場所も関係しているかもしれない。
野盗の類とは思えないが、もしそうなら、楽でいい。
人間相手なら、対処は簡単だ。
せいぜい、ひっ捕らえて結婚資金の足しにでもさせてもらおう。
魔物相手なら、もっと簡単だ。
サーチアンドデストロイ。
実に簡単である。
---
「ルーデウス! 起きろ、音がする!」
俺を起こしたのはクリフだった。
俺はすぐさま跳ね起きた。
ザノバはまだ眠っている。
互いに眠りを浅くするため、約2時間ずつの睡眠だ。
正確な時間はわからないため、砂時計を利用した。
今は二周目。
丑三つ時。
悪霊が出るには丁度いい時間だ。
「ザノバを起こしてください」
俺はクリフに短くそう告げて、扉へと移動した。
そして、耳をすませる。
キリ……キリ……。
……カタ……カタ……。
…………キィ……キィ……。
あ、やばい。
マジで聞こえる。
わりとハッキリと。
椅子が軋むような音が。
怖い。
俺は予見眼を開眼する。
「あふぁ……」
ザノバが眼をこすりつつ、大あくびをしている。
それを確認し、ドアノブに手をかける。
そして、ゆっくりと、音を立てないように、扉を開ける。
廊下を見る。
いない。
念のため、逆側も見る。
いない。
上、下。いない。
耳をすます。
何も聞こえない。
音はすでに止んでいる。
ザノバが起きてきた。
「どうですか」
「見える範囲にはいませんね」
屋敷の中を探すか、それとも、何か異変があるまで部屋で待つか。
以前の住人は、空耳だと思って、放置し、死んだ。
てことは、ここで待っていれば、何かしらのアクションがある……。
いや、前の住人だって、あれだけハッキリと音がしたら、調べに行くぐらいはしただろう。
それにならうか。
「索敵します」
「わかりました。フォーメーションは前の通りで?」
「ああ、気をつけてくれ」
「師匠が背中を守ってくださるのなら、余は安心でしょう」
ザノバが石棒を持った。
クリフが、緊張の面持ちで、それに続く。
「クリフ先輩、何をするか、覚えていますか?」
「し、神撃魔術だ」
「そうです。お願いします」
大丈夫そうだ。
ザノバが盾をして、クリフが神撃魔術を使い、効かなければ俺が岩砲弾。
よし。
「ザノバ、行ってくれ」
夜の探索が始まった。
---
昼間に一度調べておいたがゆえ、
家のどこに何があるかは把握している。
索敵はスムーズに進んだ。
まずは二階を全部屋調べる。
異常はない。
その後、慎重に一階へと降りる。
部屋を一つずつ周り、暖炉や窯など、隠れられそうな場所をチェックしていく。
異常は無い。
どの部屋も綺麗なものだ。
「師匠、あとは地下室だけです」
「ああ」
俺達は地下室へと移動する。
階段裏の扉。
地下への階段。
暗い。
心なしか、地下から何か異様な感覚が漂ってきているように思える。
俺も緊張しているらしい。
心臓のバクバクいう音が聞こえる。
深呼吸を一つ。
背後に気を配りつつ、階段を降りていく。
地獄に落ちていくような気分だ。
地下室についた。
「どうですか」
「何もいませんな」
ザノバはそう答える。
俺もランプで周囲を照らしてみる。
隅までじっくりと見てみる。
が、やはり何もない。
もっとも、前の住人も、地下室ぐらいは調べただろう。
ここが一番あやしいしな。
とはいえ、何もないのは一目見ればわかった。
「とりあえず、一度部屋に戻り、襲撃に備えましょう」
音はした。
なら、敵は来る。
あるいは、こちらが寝静まるまで様子を見ている可能性もあるが……。
それなら、明日は寝たふりでもしてみるか。
慎重に地下室を出る。
そして二階へと上がる。
廊下を歩き、待機していた部屋に戻ってくる。
「ザノバ、寝ていた部屋に潜んでいる可能性もある、扉を開ける時は気をつけてください」
「承知いたしました」
ザノバは石棒を握りしめつつ、ゆっくりとドアノブに手を掛け。
開けた。
何も起きない。
「…………」
「……大丈夫そうですな」
いない。
襲撃もない。
「ふぅ……」
一息。
やはり、寝ている所を襲ってくると見るべきか。
それとも、例えばトイレの最中に襲うとか。
そういえば、庭は調べなかったな。
明日になったら庭の方もよく調べてみるか。
と。
そこで、ふと。
俺は後ろを振り返った。
いた。
廊下の先。
這っているかのように姿勢を低くして。
階段から、上半身をのぞかせて。
首をかしげるようにこっちを見ていた。
人間、だろうか。
眼があった。鼻があった。口があった。
髪はなかった。耳はなかった。
そして生気も感じなかった。
「……」
そいつは、暗がりの中、青白いシルエットを浮かび上がらせつつ、こっちを見ていた。
そのまま、数秒、俺はそいつと見つめ合った。
「お」
俺が何かを言いかけた瞬間。
そいつは動いた。
跳ねるように上半身を起こして。二階へと飛び込んだ。
手が四つあった。
足も四つあった。
暗がりの中で、そいつは手に持った杭のようなものを振り回しつつ、
四つの足を動かしながら、音もなく、凄まじい速度でこっちに。
「うおああぁぁ!?」
腰が抜けた。
尻餅をつきつつ、とっさに岩砲弾を撃った。
頭によぎるのは、家を壊すかもしれないという懸念。
迷いが岩砲弾の威力を弱めた。
岩砲弾は奴の肩を砕き、よろめかせた。
しかし奴は止まらない。
そいつは俺に向かって杭を振り上げる。
俺は魔眼を使ってそれを回避しようとして。
「師匠!」
ザノバが目の前に飛び込んできた。
杭がザノバへと勢い良く振り下ろされた。
寸分たがわず心臓に杭が。
「ザノバ!」
刺さらなかった。
神子たるザノバの肌は、奴の杭を通さなかった。
さ、さすがザノバだ!
なんともないぜ!
ザノバは奴の顔を片手で掴んだ。
奴は8つの手足をわしゃわしゃと動かしつつ、ザノバをガンガンと殴りつける。
「母なる大地に恵みを与えし我らが神よ!
理に背きし愚かなる者に、神罰を与えよ!
『エクソシストレート』!」
クリフが部屋から半身だけ出して詠唱を行う。
杖から白い光が放出され、奴にぶち当たった。
しかし、奴の動きは止まらない。
霊じゃないのか。
俺は奴へと手を向けた。
岩砲弾。
次は顔面にぶち込んでやる。
だがこの位置では、ザノバに当たる。
「ザノバ、どけ、
「お待ちください師匠!」
ザノバはどかない。
服を杭でボロボロにされつつも、どかない。
なぜだ。
「いいからどけ! 俺がやる!」
「お待ちください! 師匠! お願いします!」
ザノバは、奴を抱きしめた。
まるで俺から守るように。
奴はワシャワシャと動き続けている。
ザノバの服がどんどん破けていく。
怪力とは思えない、華奢な背中が見える。
数秒、数分、そのまま時間が過ぎた。
奴は激しく動いていたが、次第に動きを鈍くしていく。
やがて、動きを止めた。
「ふぅ……」
ザノバはそれを確認すると、破れた服を脱ぎ捨て、奴の手足を縛った。
「師匠、まずは部屋に」
「ああ」
俺はザノバに促され、部屋へと戻った。
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部屋の中には、ガクガクと震えるクリフがいた。
「い、いや、逃げたわけじゃないぞ。あんな狭い廊下だと、邪魔になると思って」
「……そうですね。いい判断です」
「だ、だろ?」
説得力は無いけどな。
まあ、俺もいきなりでビビったし、何も言うまい。
「師匠」
「ザノバ、助かった。けどな、危ないだろ。お前だってどっかの魔王みたいに不死身じゃないんだから……」
「凄いですよ師匠、ほら、これをご覧ください」
ザノバは非常に興奮していた。
俺の言葉を完全に無視しつつ、抱えていた奴を地面におろした。
カランと、案外軽い音がする。
ザノバはそれをランプで照らす。
「こ、これは……人形?」
そこには、青白く塗られた、木の人形が倒れていた。
手と足が四つ。
異様な姿をしているが、人形である。
足音がしないと思ったら、布が足に巻いてあった。真っ黒い布だ。
杭だと思ったのは、折れた手だった。
四本の手のうち、二本が折れていたのだ。
顔は申し訳程度に鼻と口がついていた。
目にはガラス球のようなものが嵌っている。
あまりにも無機質だ。
こんなものと目があってしまったのだ、俺は。
正直な所。不気味すぎてあまり見ていたくない。
いつまた動き出すか……。
クリフを見ると、彼も俺と同意見らしい。
杖を構えて、油断なく人形を凝視していた。
「師匠、素晴らしいですよこれは!」
ザノバだけは違った。
彼は興奮を隠せないようだ。
珍しい人形とくれば、すぐこれだ。
「ザノバ、いくらお前が人形好きだからってな」
「師匠! この人形は動いていたんですよ! 動く人形なんですよ!」
と、言われ、俺も気づいた。
そうだ。
この人形は、俺達に襲いかかってきたのだ。
「動く人形……」
動く人形。
自動人形。
オートマタ。
メイドロボ。はわわ。
そんな単語が俺の頭をよぎった。
恐怖心が一瞬で薄れた。
「確かに凄いな」
「師匠、ようやく気づかれましたか?」
ザノバは「師匠ともあろうお方が気づかないわけないですよね」という感じで聞いてくる。
プライドを刺激される口調だ。
「ああ。壊さなくてよかった。ザノバ、お前の判断は間違いない」
「ふふ、余は一目でこれが人形だと気づきましたよ」
「さすがだな。人形を見る目はすでに僕を超えている」
と、ドヤ顔してくるザノバを適当に褒めておく。
しかし、動く人形だ。
考えてみれば、この世界にはゴーレムやら何やら、動く無機物がいるのだ。
この人形は木彫りだが、石のフィギュアを動かすことも可能かもしれない。
フィギュア自体を動かす事が出来れば。
シリコンのような素材を開発すれば、人の肌を持つ人形が出来れば。
そして、それが動けば。
夢が広がる。
「ザノバ、どうしましょう。胸がドキドキしてきましたよ」
「師匠、余もです。涙が出てきそうですよ!」
まず、この人形を持って帰ろう。
そして、どうやって動いていたのかを調べるのだ。
そのままでは動くはずが無いから、魔道具的な魔法陣が刻まれているのかもしれない。
「おい、お前らいい加減にしろ!」
と、いきなり怒られた。
見ると、クリフが杖を握りしめたまま、睨んでいた。
「そんな事言ってる場合じゃないだろうが!」
「そんな事とはなんだ!」
ザノバがクリフの顔面を掴んで、宙吊りにした。
「あがああぁぁ!!」
クリフは宙吊りにされたままザノバの腕をつかむが、びくともしない。
久しぶりに見たな。
「人形が動いたのだぞ! なぜその重大さがわからん!」
「あだだだ! ま、魔物には動く鎧とかもいるんだぞ!」
魔物。
と、そんな単語を聞いて、俺は目的を思い出した。
ここに来たのは、動く人形を捕まえるためではない。
この家を手に入れるためにきたのだ。
だが、この家を手に入れる、動く人形の謎を突き止める。
両立出来ないわけじゃない。
「ザノバ、手を離してください」
「む、しかし師匠」
「クリフ先輩の言うことはもっともです」
ザノバが手を離す。
クリフが瞬時に降りて、即座に治癒魔術を詠唱していた。
痛がり屋さんめ。
「おそらく、この人形が悪霊の正体でしょう」
「ふむ」
「一体とは限りません。探して捕まえましょう。もしかすると、人形の設計図などが見つかるかもしれませんしね」
「おお、なるほど、確かに!」
ザノバは得心がいったという顔で頷いた。
「今夜は眠りませんよ。
この人形がどこにいたのか、徹底的に突き止めましょう」
こうして、三度目の家探しが始まった。
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これだけ大きな人形が隠れられる場所。
二度屋敷を見まわった感じでは、そんな場所はなかった。
探してなかった庭に何かがあるのかと思ったが、そんなこともなかった。
あの人形の足あとがクッキリと雪の上についていたが、それだけだ。
ゆえに、どこかに隠し部屋があるのでは、という考えが浮かんだ。
全てが対称に作られている家。
対称でない部分を探していけば、何か見つかるかもしれない。
そう思い、一階や二階の間取りを確認しつつ怪しげな場所を探してみたが、見つからない。
というか、家の中が暗くてわかりにくい。
もし何か異常があっても、これでは気付かないかもしれない。
「明日の昼に調べ直した方がいいかもしれないぞ」
クリフの意見を採用し、翌日にもう一度探索する事にした。
捜索の前に、人形を魔法大学へと持ち帰る。
両手両足をロープで縛り、動けなくしてからザノバの部屋に置くこととする。
明るい所で見ると、人形はかなり古びているのがわかった。
青白く見えたのは、元々白く塗ってあった塗装が剥げ、カビがついていたからだ。
「ますた、あたらしい人形、ですか?」
ジュリは怯えるかと思ったが、そんな事はなかった。
彼女は興味深そうにそれを覗きこんで。
「きれいに、しておきますか?」
と聞いてきた。
彼女は、ザノバがたまに市場で購入してくるワケのわからない人形を清掃する作業も行なっている。
ザノバ曰く、人形に関する教養を深めるには、慈愛を持って拭いて磨いて綺麗にするのが一番だそうだ。
教育が行き届いているな。
「どうやったらまた動くのでしょうか」
「それを調べるのは、屋敷のあとだ」
ザノバは、人形の事が調べたくて調べたくて仕方がないようだ。
その気持ちはわかる。
わかるが、落ち着いてほしい。
とりあえず、人形は土魔術で作った箱に封印しておいた。
いない間にジュリが襲われたら大変だからな。
---
屋敷に戻ってくる。
途中でランプを大量に購入し、屋敷中に明かりを灯す。
最初に来た時には光の加減でわからなかった可能性を潰す。
暖炉の中も調べた。
中に潜り込んで、徹底的に。
「ふむ、違うか」
煤と蜘蛛の巣を払いつつ、暖炉の捜索を終える。
そこで、俺は昨日の違和感の正体に気づいた。
床が煤で汚れていなかったのだ。
まるで掃除でもしたかのように、綺麗に拭き取られていたのだ。
思えば、あの人形の足にまかれていた布は黒だった。
毎夜毎晩、あの布で屋敷を掃除していたのかもしれない。
いや、布だって使えば汚れる。あれだけ真っ黒ならむしろ……。
あ、もしかして、あの布、
いや、そのことは置いておこう。
さて、二階、一階、地下。
……やはり怪しいのは地下か。
地下に明かりを持ち込む。
酸欠になるとマズイので、扉は開けっ放しにした。
階段の途中に何かある可能性も考え、そこもよく調べる。
地下室のガランとした空間に、ランプを並べる。
見て、凄いわ、昼間のように明るいわ、と童話の人なら言ったかもしれない。
「明るくしてみると、一目瞭然だな」
地下室の端。
木製の板で作られた壁。
暗闇の中を一つや二つのランプで照らしただけでは、わからなかったが、
こうして明るくしてみれば、すぐにわかった。
壁の一角が、四角く黒ずんでいたのだ。
隠し扉である。
作られた当初なら明るくした程度ではわからなかっただろうが、
時間の経過によって、開け閉めした部分が汚れ、浮かび上がったのだ。
地面にも、開閉の後がくっきりと刻まれている。
「よし、早速入ってみよう!」
クリフがうれしそうにその扉を開けようとする。
俺は襲撃に備え、魔眼で扉を見据える。
が、クリフはすぐに動きを止めた。
「どうしました?」
「開け方がわからない」
そう言われ、俺も見てみる。
ドアノブのようなものや、引き戸にありがちなへこみが無い。
かといって、持ち上げるわけでもないし。
「師匠、壊しましょうか?」
ザノバの提案に、しかし俺は首をふる。
改修はするとはいえ、あまり壊したくはない。
「ふむ……」
地面を見てみる。
そこには、扉を開閉した跡が残っている。
開くのは間違いない。扉がこちらがわに開く。
「む」
と、俺はその跡が、少々おかしいことに気づいた。
扉を開いた跡が、左側の板三枚目から始まっている。
扉の黒ずみの位置がずれているのだ。
と、そこで記憶の引き出しが開いた。
小学生の頃に修学旅行で行った忍者村。
そこにある隠し扉である。
それを思い出し、左端を押して見る。
ギッ、という音がした。
しかし、開くまでは至らない。重い。
「ザノバ、ここを押してみてくれ」
「ふむ」
ザノバに押させる。
すると、扉はキリキリキィキィという軋んだ音を立てて、開いた。
夜中になる音は、この音だったか。
隠し扉の内側には、取っ手がついていた。内側から締めるのは容易か。
「罠は……無いとは思いますが、他にもいるかもしれません、気をつけてください」
そう言いつつ、俺は中に入り、中をランプで照らした。
罠やら襲撃の可能性は杞憂に終わった。
そこは狭い部屋だった。
机が一つに、木製の台座が一つ。
それだけだ。
机の上には、数冊の本とインク壺がおいてあった。
壺は蓋が割れ、中身は蒸発してしまっている。
台座の方は、なんと形容すればいいか。
棺桶が近いだろうか。
あのぐらいの大きさの木の塊。
その表面を人形の形にへこませた感じか。
よく見ると、頭が置かれる場所……目にあたる部分に、透明な石が埋め込まれていた。
俺はここに例の人形が寝ていたのだと直感した。
恐らく、あの人形はここに寝転がる事で、充電……いや充魔していたのだろう。
「クリフ、この台座、何かわかりますか?」
「いや、初めて見るな」
クリフは首を振った。
おっかなびっくり、台座に触れている。
いきなりバチンとなったりはしないと思うが……。
俺はそれを尻目に、机の上にある本に手を伸ばす。
かなり放置されていたのはわかるが、幸いにも虫食いの跡はなかった。
例の人形が虫退治もしたのだろうか。
表紙には、題名と、紋章が一つ。
題名は読めない。
中を開いてみると、文字もやはり読めない。
俺の知らない文字という事は、
天神語か海神語。
あるいはそれ以外のマイナーな言語で書かれているのだろう。
だが、紋章も文字も、どこかで見たことがあるような気がする。
どこだったかな。
魔法大学の図書館だったろうか。
ページをめくっていく。
すると、いくつかの図が乗っていた。
人体の図と、魔法陣の図だ。
さらにページをめくると、手足が四つある人間の図が載っていた。
「……ザノバ」
「はい」
入り口で待機しているザノバが、俺の方にやってきた。
「これ、あの人形の事が書いてあると思うんだが、どう思う?」
「読めませんな。しかし、恐らく間違いないでしょう」
「どれだ、見せてくれ」
そんなやり取りに、クリフも首を突っ込んできた。
パラパラとめくりつつ、三人で一冊の本を眺める。
紙はともかく、紙をまとめる紐のほうがかなり古くなっていて、今にも解けそうだ。
図と、矢印と、文字。
恐らく解説か注釈が書いてあるのだろうが。さっぱりわからない。
腕のパーツ図と、魔法陣と、矢印と、注釈。
余白の部分には、あれこれと細かく書いてある。
「図だけを見てると、魔道具の魔法陣に似てなくもないな」
ぽつりとクリフが言った。
「そうなんですか?」
「ああ、最近調べてるからわかるんだが、似たような魔法陣を見たことがある。
恐らく、あの人形は魔道具だろう」
「なるほど」
仮説を立ててみる。
前の前の住人。
いや、恐らくここの最初の住人は、あの人形を研究していたのだろう。
この魔法陣のいずれかが何らかの禁忌に触れるものだったのか、こっそりと。
人形には、この屋敷を守る、ガードマン的な役割を担わせようとしていたのだと思う。
そして、最初の住人は、それを半ば完成させていた。
あの人形の様子だとまだまだ問題は残っていたようだが、屋敷内を動きまわり、戦う所までは成功した。
しかし、最初の住人はいなくなった。
志半ばにして引っ越したのか、バレて捕まったのかはわからない。
研究成果が残っているということは、不慮の事故で死んだ可能性も高い。
人形は……恐らく最初の頃はずっとこの台座に眠っていたのだろう。
だが、何らかの理由で起動。
屋敷内の掃除をしながら動きまわり、侵入者を撃退する行動を開始。
恐らく、ひと通り掃除が終わったら、この台座まで充電に戻るようにプログラムされているのだろう。
惨殺された人物は、運悪く人形に『侵入者』と認識された、そう考えるのが普通だ。
しかし、庭にまで出ていたのなら、誰か目撃者があってもいいもんだが……。
ああ、いや、入り口の扉は壊れていたのだったか。
そういえば、建物の中で、あの扉だけ壊れていたな。
前の住人が付け替えたのかもしれない。防犯か何かで。
扉の形が変わったため、開くことができなくなった。
元々は庭まで巡回するプログラムだったが、扉が開けられなかったため、断念。
しかし、俺達が入ってきた時は扉は壊されていた。
そのため、プログラムに従い、庭も巡回した。
俺たちとは、そこで丁度、入れ違いになる。
二階に戻った所で、追いついた、と。
そう考えればおかしくはないな。
「なんにせよ、この感じなら、二体目はいなさそうですね」
これにて一件落着、というわけだ。
---
念のため、さらに屋敷内を念入りに捜索し、
さらに数日様子を見た。
夜中に音もしない。
安全である。
不動産屋に行き、物件の正式な契約をすませた。
悪霊の正体は、地下の隠し部屋に住み着いた凶悪な魔物、ということにしておいた。
翌日から業者が入り、掃除やら補修やらをしてくれる事になった。
家具も一式購入するかと聞かれたが、最低限のものだけにしてもらった。
そういうものは、シルフィと一緒に見て回った方がいいだろう。
というのは、日本人的な感覚かね。
俺も少し手を加えたい部分があるから、
実際に住めるようになるのは、半月後ぐらいか。
今からシルフィの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
『ほら、これが僕らのマイホームさ!』
『キャー、ルディステキ!』
『部屋数も多いからね、子供がいくら生まれても大丈夫サ!』
『未来のことも考えているなんてステキ、抱いて!』
『もちろんさハニー、ベッドはもう用意してある』
『ルディ、めちゃくちゃにしてー!』
なんて事にはならんだろうが。
でも顔がにやけるな。
……微妙な顔はしないよね。
「はぁ、ルディ、この程度の家しか用意できなかったの?」とか。
シルフィは。うん、そんなワガママじゃない。
それにしても、実入りのいい仕事だった。
たった数日で家が手に入り、ついでに、家に残っていた遺産も手に入った。
あの人形、間違いなく魔道具だろう。
本来ならああいうものは魔術ギルドあたりに提出しなきゃいかんのかもしれん。
でもまあ、俺は魔術ギルドにはまだ所属してないから、関係ないな。
買った家についていたので、もらっておきました、ってなもんだ。
---
ひと通り終わった所で、
地下室にあった研究資料を運び出す事にした。
台座はザノバが運び、本などは俺が運ぶ。
例の動く人形の研究に使うのだ。
「師匠」
魔法大学への帰り道。
ザノバが真剣な面持ちで俺に話しかけてきた。
彼の肩には、巨大な台座が担がれている。
持ち運びを想定して作られてはいない重さだったが、ザノバなら楽々だ。
一応、布で包んであるものの、遠目に見ると、棺桶でも運んでいるように見えるかもしれない。
「なんですか?」
「この動く人形の研究。余に一任してもらえないでしょうか」
思わず彼の目を見た。
丸い眼鏡の奥には、今までにない決意が見えていた。
ザノバは言う。
「余は魔力総量も少なく、手先も不器用です。
ジュリのためにと作り始めた赤竜も、師匠の足を引っ張るばかりで、遅々として作業が進みません」
そんなことはない。
と言うのは簡単だったが、その事で彼が悩んでいるのは知っていた。
俺が軽々しく言う言葉ではない。
「しかし、こうした方面なら、あるいは余でもできるのではないかと思うのです。実は、本を見ていて、余は著者が何をやりたいのか、なんとなく読み取ることが出来ました」
ふむ。
そうなのか。
人形好き同士で、通じ合うものがあるからこそ、
言語がわからずとも、何かを感じ取れたのかもしれない。
「言語の解析には少々時間が掛かるやもしれません。
全てを師匠が行われた方が研究は早く進むやもしれません」
どうだろうな。
俺も人形の方にばかり時間をとられるわけにもいかない。
ザノバに任せた方が、うまく行くかもしれない。
しかし……。
「もし、仮に人形がまた暴れたりしたらどうする?」
「仮に人形が暴走したとしても、余なら怪我もなく取り押さえる事ができます。
師匠も見ていたでしょう?」
まあ、その点に関しては問題ないか。
夜中に動き出すのはちと恐ろしいが、恐らくこの台座で充電しなければ、動く事はないだろうし。
さすがにザノバの部屋に置くのはまずいから、魔法大学に研究所を一つ借りた方がいいな。
扉の頑丈なやつを。
いや、もしかすると禁忌な術とか使ってるかもしれないから、研究は別の所でした方がいいか……?
ナナホシも転移の魔法陣の研究に近い事やってるし、大丈夫だとは思うが。
念のため、ナナホシに一筆書いてもらうか。あいつ、確かA級ギルド員だし。
「お願いします師匠! 師匠の計画が成就した時、余は金を出しただけだった、という結果に終わりたくはないのです!」
「…………」
しかし、ザノバも色々考えていたんだな。
人形の事となると我を忘れるから少々心配だが。
そういう事なら任せた方がいいか。
「どうか! この研究を余にお任せください!」
俺が黙っていると、ザノバは勘違いしたらしい。
その場で膝をついた。
台座をその場に置くと、両手を広げて、その場に倒れようとしている。
雪の中、五体投地をしようとしているのだ。
「わかった。ザノバ、立ってくれ! お前に任せるよ」
「本当ですか!」
そう言うと、ザノバはバッと立ち上がった。
その表情は喜色満面。
コイツも切り替えが早いな。
「でも、もしかすると禁術の領域に手を出す可能性もある」
「禁術ですか?」
「ああ、とりあえず、魔法大学に研究所を借りるので、そこで研究してくれ」
「…………ありがとうございます!」
ザノバはまた、大きく頭を下げた。
その動作で、台座がブンと唸りを立てて俺の鼻先を通過した。
危ないな。
脳天を直撃したらどうするんだ。
「お前ら、往来ではもう少し目立たないようにしろよな……」
最後に、クリフがぽつりとつぶやいた。
---
こうして、ザノバは自動人形の研究を始め、俺は家を手に入れた。
次はリフォームだ。