「こんな時だからこそやるんだ」悲報の翌日、街頭で叫んだ岸田氏
暑い夏の参院選で岸田文雄首相が「信任」を得た。遊説中に安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、社会に動揺が広がる中で、有権者は改めて「1票」の重みをかみしめ、思いを託した。物価高、コロナ禍が暮らしの足元を脅かす。憲法改正や防衛費増額も大きな政治テーマとして横たわる。長期政権が視野に入った首相は民意をどう受け止め、山積する課題の解決につなげるのか。実行力が試される。
「歴史に残る大変な事件が(選挙中に)起きた。選挙を完結できたことに大きな意味がある」
10日午後10時過ぎ、自民党本部。濃紺のスーツに身を包んだ岸田文雄首相(党総裁)はテレビ番組に出演し、安倍晋三元首相の事件を念頭に選挙戦を冷静に振り返った。与党圧勝にも歓喜することはなかった。
同9時45分、党本部の開票センター。首相は胸に喪章を着けて姿を見せ、他の役員と約30秒、安倍氏に黙とうをささげた。その後、当選確実の候補者名に勝利のバラを付けたが、通常使われる赤い花は華美さを避けようとピンクに変えられた。
事件があったのは投開票日2日前。選挙戦では、野党は物価高を「岸田インフレ」と攻めたが、首相は「政府が責任を担い、対策を進める」と徹底抗戦。高い内閣支持率を維持したまま選挙に突入し、報道各社の情勢調査でも与党有利で推移していたところだった。
首相は外相、党政調会長として第2次安倍政権を支えた。「ポスト安倍」の本命とされ、政権禅譲も取り沙汰された。だが、安倍氏が持病再発で辞めた際、後継に選んだのは菅義偉氏だった。失意は深く、党内でも「岸田は終わった」と言われた。岸田派の国会議員は「あの時の悔しさが岸田さんを強くした。安倍さんもはい上がることを願ったと思う」と話す。
首相は安倍氏とは当選同期の間柄。政治信条が異なる2人は時に意見が対立したが、首相は外交関係など大きな政治課題で事前の相談を欠かさなかった。死去の報を受け、人目もはばからず涙した。
党で最終日(9日)の選挙活動再開を決めた後、周囲に「総理は自粛を」と促されたが、「こんな時だからこそやるんだ」と一蹴。演説した山梨、新潟では「安倍元総理が愛した日本を元気に、豊かにし、次世代に引き継ぐ」と叫んだ。一方、移動中は言葉少なで重い雰囲気を漂わせたという。「それだけ大きな存在だったのでしょう」。側近は推し量る。
昨秋の衆院選に続いて参院選も勝利し、衆院解散をしない限り、次の参院選まで国政選挙を行わずに政策を進められる「黄金の3年」を手にした。物価高、新型コロナウイルス対策、憲法改正、緊迫化する国際情勢-。国内外に難問が立ちはだかる中、首相は10日夜、テレビ番組で自らに言い聞かせるように語った。「大きな課題に勇気を持って挑戦しなければいけない」
(井崎圭)