生まれた時から当たり前のようにテレビが
自宅にあり、終日垂れ流される画面を見ては
世の中や世界を認識したつもりにさせられて
きた大多数の人々にとっての日常は多くが
テレビにより刷り込まれた虚像、フィクション
である。
自分がテレビ画面を食い入るように見ている姿
を撮影してテレビ画面で見たならば、その滑稽さ
が分かるだろう。
何事も無くても大事が起きたかのように映像が
作成されたり、大事が起きていても何事も無かった
かのように映像で流されると大多数の人々は映像を
現実だと認識していく。
いつしか箱の中に囲われて虚構の中に生きている
事に気付いた人から枠の外に広がる風景を知る
ようになる。
世界の主要人物や主要政治家は必ず影武者がいて、
非常時に備えて常に3人〜4人存在する事は常識
である。
クローン人間も存在している。
テクノロジーが著しく進化した今は髪の毛や僅かな
細胞があれば3日で精巧なクローン人間ができ、
なかなか見分けがつかない。
しかし天の配剤で耳の模様だけは再現できないため、
耳を見ればオリジナルか影武者かクローン人間かの
見分けがつく。
日本においても同様に捉えるほうが良い。
今や本人がいなくてもホログラム技術が進化して
いるために舞台でも近くまで寄って触れようとして
初めて肉体ではなくホログラムによる立体画像だと
気付く程に精巧なため、画面に映された映像だけでは
本当の姿なのかどうかさへ判断しにくい。
故人をホログラムにして今の若者と舞台で共演させ
る事も簡単になっている。
誰かがスタジオで話している姿を合成技術を駆使
して岸田首相があたかもライブでスピーチしている
生中継として世界中に流すことも簡単である。
つまり、私達がテレビ等を通じて見ている映像は
どこまでが事実なのかをよくよく確かめなければ
判断を誤ってしまう。
世の中の現実は大多数の日本人の想像を超えたところ
に存在している。
水戸黄門のドラマを信じ切ってきた人々にとって、
実は水戸黄門その人が黒幕だったというに等しい
事実がこれから次々と公表されていく。
果たして大多数の日本人はいかなる反応を示し、
いかなる判断をするだろうか。
うなだれるだけだろうか?
それとも枠の外の風景に向かって歩き始めるだろうか?
真実を知る事は辛い時もある。
しかし真実を知る事から人生は始まる。
夜明けを信じて歩いていこう。