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藤花
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酩酊少女の不機嫌

酩酊少女の不機嫌 - 藤花の小説 - pixiv
酩酊少女の不機嫌 - 藤花の小説 - pixiv
29,476文字
酒から始まる?恋の話
酩酊少女の不機嫌
『酔いどれ仙人の不始末(novel/15497659)』の続きのお話です。
魈様がドキドキしながら蛍ちゃんに手を出すかどうか葛藤するお話になります!!!(大興奮)
生ぬるいけどちょっと肌色表現有りなので、一応R-15にしておきました。
たぶんウェンティがセクハラMVP。鍾離先生は良いとこ取りしてます。

念のため注意喚起しておくと、未成年の飲酒はいけませんよ!
だいぶ自由に書いたのでキャラ崩壊や解釈違いなどあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。

また、いつもブクマやいいね!、コメントにマシュマロなどたくさん反応いただき感謝です!
楽しんでもらえるように引き続き精進いたします〜!!
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2021年7月14日 13:01

「ねえ、もうしてくれないの?」

 据わった目をして、少女は仙人を見下ろした。煽るように、不機嫌そうに。  その雰囲気は少女と呼んで片付けるにはあまりにも婀娜やかで。  力では到底負けるはずもないのに、仙人は動くことができなかった。

 ■ ■ ■

「今日もよく働いたぜー!」 「お疲れ様、パイモン」 「蛍もな!」

 開放感たっぷりに伸びをして自画自賛するパイモンに苦笑しつつ、蛍は労いの言葉を掛けた。  するとパイモンは得意げに鼻の下をこすりながら、同じく労いの言葉を返してくる。

「この後どうしよっか」

 今日も蛍とパイモンはモンドで任務をこなしたところだ。  すべての依頼が片付き、冒険者協会で報酬も受け取って、鹿狩りの前の噴水で一息ついて。さてこれからどうしようかと、二人で相談し始めたところだったのだが、出し抜けにパイモンが疑問を口にした。

「なあ、最近の任務ってモンドの冒険者協会のものばかりだよな? たまには璃月に行かないのか?」 「え? それは……」

 蛍はひくりと顔を引きつらせ、純真な瞳で問いかけてくるパイモンの視線を受け止めた。  ついにパイモンに気付かれてしまった、と思った。  蛍はここ数日、意図的にモンドでばかり依頼を受けていたのだ。原因は言うまでもなく、先日の奥蔵山での一件だ。魈と顔を合わせるのが気まずく、すっかり璃月から足が遠のいてしまっていたのである。

 蛍と魈の間に何があったのかをまったく理解していないパイモンからすれば、当然の疑問だ。むしろよく今日まで気付かれなかったと言った方が正しいだろう。

「そんな気分じゃない、かな?」 「気分ってなんだよ! オイラたまには椒椒鶏を食べたいぞ!」

 食道楽のパイモンにとって、これは由々しき事態だ。  無論モンドの料理もおいしいのだが、璃月にはまた違った味わいの美食がごまんとある。普段ならモンドと璃月を毎日のように行き来して、任務の合間に両国の料理を楽しむというのに。最近はそれがすっかりお預けで、もはやパイモンにとっては人権侵害にも等しい状況なのだ。

「今日はもう予定もないし、璃月に行こうぜ!」 「うーん……。どうしようかなぁ」

 蛍の肩口にしがみ付いて、パイモンが体をゆさゆさと揺らしてくる。その様子はまるで、親にお菓子をねだる子供のようだ。  だが、パイモンの手前悩ましげに唸って見せてはいるものの、実のところ蛍の心の中はまったく揺れていない。まだ何の気持ちの整理も付いていないこの状況で璃月に行くなんて冗談じゃない、それに尽きる。

「なあなあ」 「はいはい、そのうちね」 「頼むよ〜」

 言い募るパイモンは、諦める様子がない。蛍が適当に相槌を返したところで、その程度で食への執着が消えるパイモンではないのだ。

「何がそんなに嫌なんだよ?」 「それは、その……。色々とまだ準備が……」 「とにかく、璃月に行こうぜ!」

 パイモンにはっきりと断りを入れたいのだが、それをすれば必然的に理由を話さなくてはならなくなる。なので蛍はまともに言い返すことができない。  正直、どれだけ食い意地が張っているんだこの非常食は、と言ってやりたい。けれども元はと言えば、わざと璃月に行かないようにしていた自分が招いたことだ。その後に続くうまい言い訳が出てこない。もちろん先述の通り、行きたくない理由などはなおさら言えない。

 どうパイモンの頼みを断ったものかと、打開策を求めて蛍が視線を彷徨わせていたときだった。  緑色の帽子と白い花が印象的な、蛍の中の「今会いたくない人ランキング」で堂々の第二位の人物と目が合った。無論、第一位は魈である。

「やあ、また会ったね。この前の奥蔵山以来かな?」 「吟遊野郎!」

 突如降ってきた声に反応したパイモンが、声を上げる。  噴水の奥の石塀の上から、ウェンティが顔を覗かせていたのだ。柵に頬杖をついて、どうやら少し前から二人の様子を見ていたらしい。

 ウェンティは軽やかに柵を乗り越えると、蛍たちのそばに降り立った。  そしてふむふむと頷きながら、したり顔で話に首を突っ込み始める。

「お困りのようだね、旅人さん」 「……誰のせいだと」 「ん? 何のこと?」

 じっとりとした視線と共にウェンティを非難する蛍。  しかしウェンティは蛍の不機嫌そうな様子など意にも介さず、にっこり笑ってすっとぼけている。

 そもそも、すべての元凶はこの風神なのだ。ウェンティが調子に乗って魈を酔い潰したりしなければ、あんなことにはならなかったし、こんなにも気まずい思いをしなくて済んだ。それにこうして、パイモンに詰め寄られて返答に窮することもなかったのだ。  全部この風神のせいではないか。そう思うと蛍の苛立ちは膨れ上がり、思わず全力でウェンティを睨み付けた。

「感謝されこそすれ、恨まれるような覚えはないんだけどなぁ」 「感謝って、なんでそうなるの」 「どうせ酔った彼にちゅーの一つでもされたんだろう?」

 蛍の神経を逆撫でするように、ウェンティがさらりと爆弾発言を投下した。それもこの上なくにこやかに、爽やかに。

「な、な……」

 蛍は茹で蛸のように顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせている。  ウェンティが、蛍と魈の間に何かがあったことを察しているのはわかっていた。しかしまさか、これほどまでに直球で言われるとは思わないではないか。それも昼日中の街中で、パイモンの目の前で。今日までパイモンに隠してきた苦労が、完全に水の泡だ。

「ええ!? どういうことだよ、蛍! 彼って魈のことだよな?」

 案の定、パイモンは驚きのあまり大騒ぎだ。  今度は先ほどとは違った目的のために蛍の肩に掴まって、がくがくと揺さぶりながら事情を聞きたがっている。

「モンドと璃月を救った英雄が、こんなに初心だったとはね」

 面白がるようにけたけた笑いながら、ウェンティは続けた。

「それにしてもそこまで動揺するなんて、もしかしてその先までご所望されたのかな?」

 白昼堂々往来でとんでもないことを言うウェンティ。  だが、本人的にはさすがに冗談のつもりだった。恥ずかしがる蛍が面白くて言った、ほんの悪戯のつもりだったのだ。変なこと言わないでよ、なんて言って、一発叩かれるくらいを想像していた。

 それなのに、蛍は両手で顔を覆って、もうこれ以上はないと言うほど赤くなった顔を必死に隠している。指の隙間から見えた目元には、涙まで滲んでいて。  その様子に、ウェンティは面食らった。

「……ウェンティの、ばか」

 今にも消え入りそうな声で発された、蛍の抗議。  ウェンティは基本的に自由に振舞っているが、それは何も人の心がわからないからではない。むしろ吟遊詩人であるがゆえか、本来は人の心の機微には聡い方だ。  だからこの反応で、察してしまったのだ。非常に繊細な個人の事情に、あろうことか土足で踏み入ってしまったことを。

「……え、本当に?」

 呆気に取られたように目を見開いて、ウェンティは思わず聞き返した。  すると蛍は顔を覆ったまま、僅かに首肯した。

「……ごめん、蛍」

 ばつが悪そうに謝って、ウェンティは自身の後ろ髪をわさわさと掻き回した。

「それはさすがに、君が戸惑うのも無理はないね……うん」

 今さらながら共感の意を示してみるものの、蛍の反応はなく、気まずい空気が辺りに漂っている。  パイモンもようやく、先日奥蔵山で何があったのかを大方理解したようで、ウェンティをジト目で見遣っている。

「今日はキャッツテールの特製カクテルでも奢ってもらおうと思ってたんだけど、どうもそんな感じじゃないみたいだ」

 ウェンティは空気を和ませようとしているのか、へらりと笑って言った。しかし相変わらず蛍は押し黙ったままで、顔を隠して俯いている。  パイモンは仁王立ちになると、蛍をかばうようにウェンティと蛍の間に割り込んで、困ったように眉をハの字に下げた風神を睨んだ。

「本当にボクが悪かったよ、蛍。悪ふざけが過ぎたね。でも不器用な君のことだから、困ってるんじゃないかと思ってさ。今日は君の相談に乗りにきたんだよ」 「どう考えても相談どころか、お前のせいで状況が悪化してるだろ!」 「だからさっきのは謝るってば。お詫びの品も持ってきたんだ。なんとか機嫌を直しておくれよ」 「お詫びの品〜?」

 うんともすんとも言わない蛍に代わって、パイモンが胡乱げな目をして聞き返した。  そしてウェンティが差し出してきた物を見ると、即座に全力で憤慨し始めた。

「此の期に及んで、お酒がお詫びってどういう了見だ!」

 拳を振り上げ今にも蒸気を吹き出しそうな顔で、パイモンはウェンティに詰め寄った。どう見ても、ウェンティの持っている物は酒瓶なのだ。  まったく反省の色が感じられない品選びに、これではパイモンでなくても、誰だって怒るだろう。

「違う違う。よく見て、蛍にあげるのはこっちさ」

 ウェンティが差し出した瓶は二本。先ほどパイモンはウェンティの右手の酒瓶を見て憤っていたのだが、左手の方の瓶がさらにずいと突き出された。  そのラベルをパイモンがまじまじ見てみると、「りんごジュース」と書いてある。

「なんだ、りんごジュースか」 「そうさ。君たちはまだお酒が飲めないから、こっちで我慢してもらうよ」 「いや、別に何の我慢もしてないけどな」

 パイモンは呆れたように嘆息して、冷ややかにツッコミを入れた。半眼になって、みんながみんなお前のように酒至上主義じゃないんだぞ、とでも言いたげな顔をしている。

「ま、りんごジュースならお酒よりも百倍嬉しいよな」

 そう言って、パイモンは背後で沈黙している蛍を顧みた。どうせもらうなら食べ物の方がずっと嬉しいのにな、という感想はこの状況なのでさすがに黙っておく。  ようやく気持ちが落ち着いてきたのか、蛍は顔を上げてりんごジュースの瓶に視線を向けていた。その様子に少しほっとして、パイモンは我知らず小さく息を吐き出す。

 毎日一緒にいるのに、あんなにも戸惑った蛍は初めてだった。  蛍の最高の仲間として、自分がもっと支えてやらねば。そして吟遊野郎の魔手から守ってやらねば、などとパイモンは小さな胸の中でこっそりと決意を新たにした。

「とりあえず、そのりんごジュースは遠慮なくオイラたちがもらうとするぜ」

 言葉とともに、パイモンはりんごジュースの瓶に手を伸ばした。しかし残念ながらその手は何も掴まず、空を切るだけだった。  ウェンティがりんごジュースの瓶を引っ込めたのだ。

「オイラたちにくれるんじゃなかったのかよ!」 「ボクがそんなに薄情に見える?」

 両手に持った瓶をぷらぷらと振りながら、なぜかウェンティは得意げな顔をしている。

「こうなったら最後まで面倒を見ようじゃないか。塵歌壺だっけ? 君たちの家で、今夜は作戦会議だ!」

 高らかに宣言するウェンティに、パイモンは再び半眼になった。  どう考えても、作戦会議という名の酒盛りがしたいだけにしか聞こえない。そうでなければ、右手の酒瓶は何だと言うんだ。これは早速、蛍に魔手が迫っている。

「そうと決まれば。うん、おつまみが必要だね」 「お前、やっぱりお酒が飲みたいだけだろ!」 「まさか! 恋に悩むいたいけな乙女のために、愛を詠う吟遊詩人が知恵を貸そうと言ってるんだよ」 「やっぱりお前ってやつは本当に、どうしようもない吟遊野郎だ!」

 空中で地団駄を踏んで怒るパイモンなどなんのその。ウェンティは放心気味の蛍と暴れるパイモンの二人を引き連れて、おつまみを調達するべく鹿狩りへと向かった。

 ■ ■ ■

 ことりと、茶杯が木製のテーブルに置かれる音だけが、静かな部屋に響く。  鍾離は茶壺から茶海に茶を注ぎ、再び自分の茶杯を満たした。目の前に座っている者の茶杯は未だなみなみと茶で満たされたままで、それは鍾離が最初に淹れた茶だ。つまりまったく減っていない。

「魈、口に合わないのなら他のものを出すが」 「いえ、そのようなことは」

 往生堂の一室で、鍾離と魈は向かい合って座っていた。  鍾離が茶を淹れて出したのだが、魈は茶に口を付けることもせず黙っている。ずっと何かを言いたそうにしている気配はあるのだが、結局口を開くことなく沈黙し続けて今に至る。

 鍾離に指摘されると、魈は慌てて茶杯を手に取り、一口流し込んだ。  きっと上等なお茶なのだろうが生憎、今の魈には味などまったくわからない。

「何か相談があって来たんだろう?」

 このまま待っていても埒が明かないと思ったのか、鍾離の方から切り出した。  今日は珍しく魈が往生堂まで訪ねて来たのだが、一向に口を開かず、すでにかなりの時間が経過している。窓から差し込む日の光も、気が付けば傾き始めて橙に染まりつつあった。  助け舟を出したつもりだったが、反応は悪い。仕方なく、鍾離の方が言葉を続けた。

「先日の奥蔵山での一件を気にしているのか?」

 本人が言わないのならばと、鍾離は直球で投げかける。  瞬間、魈は勢いよく顔を上げ、正面に座っている鍾離を見上げた。少しだけ赤い耳と、困ったような顔で。それは魈にしては珍しく、と言うか果たして見たことがあるかどうか怪しいくらいの、自信なさげな表情だった。

「……その」 「焦らなくても良い」

 うまく言葉を紡げない魈を安心させるように、鍾離は穏やかに笑った。  そして言葉通り余裕を見せるように、ゆったりとした動作で茶杯を取り上げ、茶をすする。窓に映る夕日の色に目を細めて、気長に魈が話すのを待った。

「……鍾離様に、伺いたいことがあります」

 ようやく、魈が静かに口を開いた。

「俺に答えられることかはわからないが、力になれるよう努力しよう」 「恥ずかしながら、我は……」

 言葉を切って、魈は俯いた。  どんな顔をしているのかは鍾離からは見えないが、恐らく先ほどと大差ない、面映ゆいような、困惑したような、そんな顔をしているのだろう。

「あれ以来、どうして良いか……。わからないのです……」

 続きを話し始めた魈が、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。  常の一本芯の通った力強い声音とは違い、その声は何とも弱々しい。僅かに震えてさえ聞こえるそれは、魈の心中をそのまま反映しているかのようだった。悔恨と含羞、不安。それに加えて、逃げ出したいと聞こえてきそうな怯懦。押し潰されそうな声色は、そんな響きを含んでいた。  そうした魈の様子から、鍾離の中にある一つの仮説が浮かぶ。

「もしや、あれから一度も蛍に会っていないのか?」

 しばしの間。

 鋭い指摘に、魈は気まずそうにさらに俯いた。  これまで殺戮の限りを尽くしてきた自分が、たかが人間一人から逃げている。これがいかに片腹痛いことかは、誰に言われずとも自覚している。己の不甲斐なさを鍾離に見透かされたようで、とにかく居心地が悪かった。  しかし魈に鍾離の問いかけを無視することなどできるはずもなく。たっぷり間を置いてからやっと観念したように、魈は情けなさそうに頷いて、肯定の言葉を述べた。

「……はい。一度も、顔を合わせられず……」 「なるほど」

 魈の回答を受けて鍾離はひとつ返事をすると、腕を組み、片手で自身の顎を撫で、しばらく思案するような素振りを見せていた。  そしておもむろに、切り出した。

「ひとつ聞くが、実際のところ蛍に何をしたんだ?」 「……な! それ、は……その……」

 あまりにも露骨な問いかけに、魈は狼狽し顔を林檎のように赤くして、言葉にならない声を上げた。語尾に向かって段々と消え入りそうになっていき、やがて口を開閉させるだけで何の音も発さなくなる。  思えば過日、鍾離は風神から、人の心がわからないと揶揄されていた。確かに少々配慮に欠ける部分があるのは否めない。鍾離本人に悪気はまったくなく、心を砕いて手を貸そうとしてくれているあたり、逆にたちが悪い。

 澄んだ目で魈を見つめ言葉を待つ鍾離に、気まずさが募る。  言わなければ、ならないのだろうか。これもあのような振る舞いをした自分に対する罰なのだろうか。相談に来たはずが、むしろ余計に絶望的な状況に追い込まれている。  だがなんだかんだ言っても、魈は逆らえない。敬愛の念は何ものにも勝るのだ。結局魈は下を向いたまま、正直に話し始めた。

「……蛍に、迫ってしまいました」 「……ふむ」 「互いの気持ちも何も……ないままに。嘆かわしくも……我は、己の欲に負けました」

 鍾離は相槌を打ちながら、少しずつ吐き出される魈の言葉に真剣に耳を傾けた。  心の底から悔いるように、魈は声を震わせている。

「どのような顔をして、何と言って、詫びれば良いのか……。我には答えが出せず、鍾離様の……知恵を、お借りできればと……」 「……そうか」

 鍾離はひと言呟くと、席を立ち魈の隣に歩みを進めた。  そして翠髪に手を置いて何度か撫でると、穏やかな笑みを湛えて口を開いた。

「今の顔で、その通りに言えば良い。合わせる顔も言葉もないほどに悔いていると」

 背の高い鍾離を見上げ、魈はその言葉に目を見張った。  鍾離は言っている。特別なことなど必要ないと。ただ正直に、胸の内を伝えよと。  しかしそれは簡単すぎて、かえって最も難しいことのように聞こえた。ひと言で状況を打開できる魔法の言葉などこの世には存在しない、そんな当たり前のことを改めて思い知らされる。いくら鍾離でも、そんな言葉は知らないのだ。

「だが、それだけでは足りないだろう」 「他に、我はどんな言葉を述べれば……?」

 すがるように見上げてくる魈を見返して、鍾離は魈の翠髪をくしゃりと掻き混ぜた。

「それはお前にしかわからない言葉だ。求める気持ちに、蓋をすることはないだろう」

 酒のせいで起きた間違いだった、などという言葉で片付けてはいけない。誠心誠意の謝罪で済ませてもいけない。あの夜、そこに互いのどんな感情があったのか。それが重要だと考えている。  謝罪ひとつでとりあえずの解決を図ることは容易い。だがそれは、行動の裏にあったはずの互いの感情をも否定するだろう。  鍾離が言いたいのは、そういうことだ。

「お前はなぜ蛍を求めた? そこに答えがあるのではないか」

 その先は魈が自分で考え、言葉にすべきこと。だから鍾離は皆まで言わず、曖昧に言葉を紡いだ。  魈は鍾離の言葉を胸の内で反芻しているのか、視線を落として目の前の茶杯をじっと見つめている。

 鍾離は自分の席に戻ると、すっかりぬるくなった茶海から再び自身の茶杯に茶を注ぎ、喉を潤した。

 不器用な二人が互いを思っていることなど、周囲はとうの昔に気づいているというのに。本人たちはてんで気付いていないというのだから、おかしな話だと思う。  いや、それともこれが人の心というものなのだろうか。凡人としての経験が不足しているからか、鍾離にその機微まではわからない。

「落ち着いたら、出掛けるとしよう」 「……どちらへ?」 「塵歌壺に行けば、会えるだろう」

 鍾離は誰に会いにとは言わなかったが、それはわかり切っている。  腹を括ったのか魈はひとつ頷くと、やっと茶杯の茶を飲み干した。そこでやっと、部屋に充満する茶葉の芳醇な香りと、深いこくのあるまろやかな茶の味に気が付いた。やはりそれは上等な茶だったようだ。

 ■ ■ ■

 この既視感のある光景は何だ。  鍾離は思わず眉間を手で押さえた。

 最近の蛍とパイモンはあまり野宿をせず、ピンばあやからもらった塵歌壺で寝起きしている。そう聞いていたので、夜に塵歌壺を訪れればほぼ確実に蛍を見つけることができるだろうと。そう考えて、鍾離は夜になってから魈を伴ってここへやって来た。  しかし目の前に広がるのは、玄関を入ってすぐの広間で、例によって酔態をさらしているウェンティの姿。大きな酒瓶を片手にグラスの酒を勢いよく呷り、顔を赤くしている。  そして。

「蛍! まさかお前、この呑兵衛詩人に変な飲み物を飲まされて、うっとりしているのか?」

 さすがに色を失った鍾離が、声を荒げた。  蛍の頰は紅潮しており、視線も定まっていない。広間のテーブルで頬杖をついて、椅子に座りながら足をぱたぱたさせて、何もないところを見てにこにこしている。その様子はどう見ても異様だった。

「大丈夫か?」 「えへへ、鍾離先生だー!」

 心配そうに覗き込んでくる鍾離に対し、蛍はやけに楽しそうな声を上げた。何がそんなにおかしいのか、きゃっきゃと笑っている。

 何がどうなってこうなったのか。状況を把握しようと蛍の隣に座るパイモンを見てみると、こちらは微塵も酔っているようには見えない。要するに、いつも通りの様子だ。  鍾離とて、パイモンが蛍を大切に思っていることはよく知っている。ゆえにまさかパイモンが、蛍が酒を飲まされるのを黙って見ているとは思えない。かと言って、二人まとめてウェンティに騙されたわけでもなさそうなので、不思議なのだ。

「パイモン、これは一体どういうことだ?」 「それが、りんごジュースを飲んだら蛍が段々おかしくなっていったんだ。吟遊野郎がお酒を飲んだときみたいに、やたらとへらへらし始めて……」

 パイモンは可哀想なくらいに、途方に暮れたような困った顔をしている。  そしてテーブルに転がった瓶を指し示して、それをりんごジュースだと主張している。

 鍾離は内心で、パイモンの言葉を全否定した。  そんなはずはない。なぜなら当然、人間はりんごジュースで酔ったりしないからだ。どうせこの呑兵衛が上手いこと言って、蛍を騙して酒を飲ませたんだろう。  そう心の中で毒づいて、鍾離は瓶を手に取ってラベルを見た。

「りんごジュース……」

 予想に反して、ラベルには確かにそう書いてある。  ならばこれはどういうことなのか、ますますわけがわからなくなる。  混乱しながらも、鍾離が何の気なしに裏面の成分表示に視線を移してみると。

「アルコール度数0.03%?」

 そこからわかるのは、ほんの香り付け程度の酒精がりんごジュースに含まれているということ。大抵の人間ならば気が付かないほどの、酒とも呼べない量だ。  まさかとは思うが、しかし状況からして、このごく微量なアルコールで酔ったということか。未成年である蛍は恐らく酒を飲んだことなどないだろうが、初めてにしてもこの酔いっぷり。どうやら相当酒に弱そうだ。

「何見てるのー? 鍾離先生も飲む?」

 普段敬語で鍾離に話しかけるのに、今の蛍は随分と気軽な口調だ。別にそれが不快などということはまったくないのだが、どうにも違和感がすごい。

 蛍は呆気にとられている鍾離から瓶を奪うと、近くにあった適当なグラスに中身を注ごうと瓶を傾けた。ところが、元々その瓶が無造作に転がされていたことからわかるように、中身はすでに空っぽだ。  りんごジュースが一滴も出てこないことがわかると、蛍は顔を顰めてむっとした表情になった。そしてきょろきょろと辺りを見回すと、ウェンティの持つ酒瓶に目を付けた。

「それちょうだい!」 「え? これはボクのお酒だよ。それに蛍にはまだ早い」 「ちょっとくらい良いじゃない!」 「だめだよ」 「けち!」

 ついには呑兵衛詩人と酩酊少女が、酒瓶を巡って争い始めた。  鍾離は我に返ったようにはっとして、声を上げる。

「落ち着け、蛍!」

 蛍がこれ以上酒を飲んではまずい。だが酩酊状態の蛍の耳にはまったく鍾離の声が届いていないらしく、ウェンティと酒瓶を取り合っている。  パイモンは争う二人の周囲を飛び回り、何とかしようとしているものの、結局どう止めたものかとおろおろしているだけだ。

 声を掛けるだけではどうにもならないと悟った鍾離が、いつになく焦った声で、これまで呆然と入口に立ち尽くしていた魈に向かって声を荒げた。

「魈、蛍をここから連れ出してくれ! 寝室かどこかで、酔いが覚めるまで大人しくさせるんだ!」

 言うや否や、鍾離は乱戦に突入し、二人の飲んだくれから酒瓶を取り上げる。  ウェンティと蛍はそれを取り返そうと手を伸ばすが、残念ながら鍾離の方が頭一つ分以上背が高いので、いずれも届かない。  そして鍾離の声でやっと自我を取り戻した魈も駆け出して、蛍を羽交い締めにしてようやく鍾離から引き離した。

「やだやだ、何するの!」

 蛍はりんごジュースを飲みたいと騒ぎ、魈に引きずられながらもじたばたと暴れている。りんごジュースの瓶とよく似たウェンティの酒瓶の中身も、同じものだと信じているらしい。  鍾離に不敬なことをしたら、たとえ蛍でも許さないと前に言ったことがあったが、果たしてこれは不敬だろうか。現実逃避をするように、魈は埒もなくそんなことを考えた。

「じいさん! ボクのお酒返してよ!」 「お前、良い加減にしろ!」

 未だ揉み合うウェンティと鍾離を尻目に、蛍の寝室に向かって、魈は暴れる酩酊少女を担ぐようにして連れていく。いっそのこと早く寝てくれと思いながら。  ただ、先日の自身の失態が脳裏を過り、どうにも今ひとつ強く出ることができない。自分はとても人のことを言えた義理ではない、という自責の念が邪魔をするのだ。

 この想定外の事態で気まずかった気持ちが幾らかましになったのは助かったが、どうしたものか。  とにもかくにも蛍の酔いを覚まさねばと、魈はようやく辿り着いた寝室の扉を開けた。

 ■ ■ ■

 七神の威厳もへったくれもなく、乱闘を繰り広げるウェンティと鍾離。その様子をちらりと見て、パイモンは蛍と魈を追いかけようとした。少しでも蛍の介抱を手伝おうと思ったのだ。

「ちょっと待った」

 しかし急に背後から声が掛かって、パイモンは後ろに仰け反りそうになった。  何事かと振り向けば、ウェンティがパイモンのマントをむんずと掴んでいる。星空のようなマントに皺が付いているのに気付くと、パイモンは不快そうに眉を寄せた。

「邪魔するなよ、吟遊野郎。オイラも蛍の介抱をしようと」 「野暮なことをするもんじゃないよ、パイモン」

 パイモンの言葉を遮るようにして言葉を発したウェンティは、先ほどまで泥酔して暴れていたとは思えない、確かな口調で話している。僅かに顔が赤いものの、それ以外は素面と変わらないように見えた。

「ああ。悪いがパイモンはここにいてくれ」

 さっきまで酒瓶を巡ってウェンティと争っていた鍾離もまた、すっかり落ち着いた様子で口を挟んだ。  揉み合いで乱れた襟元と袖口を直し、服装を正している。どう見ても冷静な、いつもと変わらない鍾離だ。むしろ、ウェンティと取っ組み合いをしていた鍾離の姿の方が意外だったのだ。普段の鍾離とのギャップが大きすぎて、今となってはあれは夢でも見ていたのではないかと、パイモンは俄かに心配になってきた。

 そんなパイモンの戸惑いなどまるで想像もしていないのか、鍾離は平然と言葉を続ける。

「せっかく魈と蛍が二人で会話できる機会なんだ。そっとしておこう」 「鍾離まで何言ってるんだ! お前らの目は節穴か!? あの状態の蛍が、まともに会話できると思うのか?」 「大丈夫、何とかなるさ」

 どこからその自信が来るのか、ウェンティは楽観的だ。  ところが、呆れて脱力しそうになっているパイモンをよそに、二神は妙な話をし始めた。

「蛍がボクのお酒を取ろうとしたのは驚いたけど、じいさんが機転を利かせてくれて助かったよ」 「ん?」 「普段のお前なら、迷うことなく蛍に酒を飲ませるだろうからな」 「へ?」

 二神の会話に、わけがわからないとでも言いたげに、パイモンが気の抜けた相槌を挟む。

 平素であれば誰にでも酒を飲ませるであろう酔ったウェンティが、蛍に酒を飲ますまいと断ったものだから、鍾離はすぐに気付いたのだ。ウェンティが一芝居打とうとしていることに。ウェンティの意図を汲んだ鍾離がその芝居に加勢した結果が、先ほどの酒瓶を巡った乱闘騒ぎだった。  まったくもって嫌な信頼の仕方で成立した芝居だったが、ウェンティは気にした風もなく笑っている。

「待ってくれ! オイラよくわかんないんだけど、さっきのは芝居だったってことだよな? 一体何のためにそんなことをしたんだ?」 「ほら、今日は蛍の悩みを色々聞いただろう?」 「聞いたけど……」 「ぶっちゃけ蛍って、すごい奥手だと思わない?」

 仮にも神が、ぶっちゃけって。そんなこと蛍の前で言ったらまた怒らせるぞ、と思ったが、正直パイモンも肯定せざるを得ない。  いきなりあの魈からそういう言葉を掛けられて、そういう行為をされて、蛍が驚く気持ちは理解できる。けれどもそれ一つで、何日も璃月に行かないという徹底っぷりで逃げ回っていたのには仰天した。どんな敵にでも立ち向かってきた蛍が、まさかそんなにも逃げ腰になるとは。

「まったく、ちゅーのひとつやふたつで逃げ回ってたら、先が思いやられるよ。仮にも相手は二千年も生きてる仙人だから、年の功で顔を合わせてしまいさえすれば何とかなるとは思ったけど」

 そう言って、ウェンティはいつの間にか取り戻した酒瓶からグラスに酒を注いで、ぐいっと呷った。

「問題は、どうやって彼らを引き合わせるかだったんだよ。でもタイミング良くじいさんが彼を連れてきたから、それはあっさり解決しちゃったけどね」 「ああ、本当に偶然だがな」 「それでさ、酔っ払った蛍はここから逃げる頭も体力もないだろう? 彼もそんな蛍を放っておけるほど冷血じゃないだろうし。だからそれを利用して、強制的に話をする機会を設けてやろうと思ったのさ! ま、そういう寸法だよ」 「どういう寸法だよ……」

 随分と強引な理論に、パイモンは辟易した。  そして意外なことに、今回のウェンティの強引な作戦に対し、鍾離は何一つ異議を唱えていない。それどころか察して協力までしていたと言うのだから、神の考えることはよくわからないと思う。

「少々強硬になったが、致し方ないだろう」

 事もなげにウェンティの考えに同意を示すと、鍾離は荒れた部屋を片付けようと立ち上がった。  鍾離としては、こう考えている。魈の方は往生堂で自分の気持ちを整理していたし、恐らく蛍の方もウェンティが少なからず助言しているはずだ。であれば本人同士、話をしてもらうに限る。自分たち外野にできることは、こうしてちょっとばかりお膳立てしてやるくらいだと。

「どこまで仕込みだったんだ?」

 再びテーブルに打ち捨てられていたりんごジュースの瓶を拾い上げ、鍾離はウェンティに問いかけた。  このジュースに酒精が入っていることを承知の上で蛍に飲ませたのかどうか、聞いているのだ。

「いや、何にも」 「吟遊野郎、それは本当なのか?」

 パイモンは隠しもせず、完全に疑っているという顔をしている。

「アカツキワイナリーの新作としか。お酒に弱い人向けのジュースだって、ディルックがくれたんだよ」 「ディルックの旦那が? なんでこいつにあげたんだ……」

 あの聡いディルックが、ウェンティに余計なものをあげるとは考えられない。

「昨日もエンジェルズシェアでちょっと酔っ払っちゃって、帰り際にこれを持たされたんだよね」

 その言葉でパイモンは理解した。  それは酒癖が悪いから酒を控えろ、しばらくうちには来るなという、ディルックからの最後通告ではないだろうか。と言うかお詫びの品が貰い物って、どうなんだ。  ディルックの意図に気づいていないのか、ウェンティはさすがアカツキワイナリーは太っ腹だと言いながらへらへらしているが。

「まあ何はともあれ、あとは当事者たちでどうにかするさ。だからパイモン、間違っても彼らが戻ってくるまでちょっかいかけたりしたらだめだよ」

 ウェンティはパイモンをじっと見つめ、釘を刺した。

「わかったよ。大体、余計なちょっかいかけるのはお前の方が得意だろ! 昼間だって蛍に意地悪して怒らせたくせに」 「さすが蛍の非常食。聞き分けが良くて、感心感心」 「全然違う! オイラは非常食じゃない!」

 ぷりぷりと怒って、パイモンはそっぽを向く。  鍾離が多少片付けてくれたが、部屋の中は酷い有様だ。割れたグラスに倒れた家具、鹿狩りでテイクアウトした食事の容器も散乱している。七神が本気で争えばこの程度で済まないであろうことは明白だが、それにしてもだ。

「さてと、じいさんも一杯どうだい?」 「いや、俺は先に眠気覚ましの茶を淹れてこよう。6時間あればできるから、朝になって蛍が起きてきたら飲ませるとしよう」

 この二人、仲が良いのか悪いのかわからない。  ふと、パイモンはそんなことを考えた。  数千年を生きる彼らには、パイモンにはわからないような付き合い方があるのかもしれない。ウェンティは酒癖が悪いしすぐに鍾離を怒らせるし、そんなウェンティによく小言を漏らすのが鍾離だと思っていたのだが。こうして言葉もなく通じ合って共謀もとい協力することもできるというのは、しっくり来るような意外なような、何とも言えない感覚がした。  きっと本人たちは簡単に認めない気がするので、パイモンは口にしないけれど。

「パイモンも一応、水を飲んでおくと良い。微量とはいえ酒精を含んだりんごジュースだったんだ」

 ことん、と音がして、たっぷりと水の入った透明なグラスがパイモンの前に置かれた。  やはり鍾離の方が吟遊野郎よりも気が利く、と思いながら、パイモンは冷たい水を口に含んだ。

 ■ ■ ■

 寝室に辿り着いて、ようやく少し大人しくなった蛍を魈はベッドに座らせた。  しかし大人しくなったどころか、すっかり力が抜けてくたっとしている蛍は、そのままずるりとベッドにくずおれた。  どこかに頭をぶつけるのではないかと少し焦ったが、柔らかな寝具へとぽすりと倒れこんだだけだったので、ほっと胸を撫で下ろす。

「蛍?」

 名前を呼んで少しその様子を見ていたが、すやすやと寝息が聞こえ始めた。どうやら完全に眠ってしまったらしい。

 明かりの点いていない部屋の中は薄暗い。窓硝子を通した月明かりが、部屋をうっすらと照らしているだけだ。蛍が寝息を立てているベッドは窓際に置かれているので、その寝顔がよく見える。酔っているためか頰は朱色に染まり、少しだけ緩んだ口元の奥に、ちろりと覗く赤い舌がある。

 魈は一瞬その赤いものに目を奪われた。だがすぐにはっとして、誰もいないというのに落ち着かなさそうに視線を逸らすと、誤魔化すように蛍の寝相を確認した。  座らせた状態から倒れて寝てしまった蛍は、足がベッドに乗っていない。と言うより半分落ちかけている。こんな状態では寝にくいだろうし、朝起きて体が痛いだろう。  そう思った魈は、紛うことなき厚意で、向きを直してやろうとベッドに歩み寄った。

「……」

 しかし次の行動にすぐに移ることができず、黙って考え込んだ。  この状態からきちんとベッドに乗せてやるためには、足を持ち上げてやらないといけないだろう。そして足を持ち上げるためには、靴を脱がせてやらなければならない。蛍の靴は太ももまである丈の長いブーツなので、これを脱がせるためには、その白い太ももに触れなければならない。  ここまで考えて、魈はごくりと生唾を飲み込んだ。

「な、何を考えているんだ我は……!」

 蛍を起こさないよう小さな声で、魈は自分の中に浮かんだ低劣な考えを全力で否定した。  先日酒であんな失態を演じて、激しい後悔に苛まれたばかりではないか。その舌の根も乾かぬうちに、さらに卑しい行いを重ねるなど、愚の骨頂だ。  しかしこのまま蛍を捨て置くこともできない。鍾離だって自分に蛍の面倒を見るよう頼んだのだ。  魈は仕方なく、恐る恐る作業に移った。

「仙人に欲望などないのだ……」

 小声で必死に、自分に言い聞かせながら。

 そっと手を伸ばし、ブーツに覆われた蛍の足首に触れる。思っていた以上に、細っこい足首だった。こんな華奢な体で日々走り回り戦っているのかと思うと、驚いた。そして自分が蛍を守らなければという思いと共に、ぞわぞわとした得体の知れぬ感覚が首をもたげてくる。  そんな劣情にも似た庇護欲に気付かないふりをして、魈は両手で蛍の足首と踵を掴んで少し引っ張ってみたが、丈の長いブーツはびくともしない。やはり構造上、上から順でないと着脱するのが難しいらしい。

 なんでこんな珍妙な構造のものを履いているのだ、と八つ当たりにも似た感情を抱かずにはいられない。それはひとえに、蛍の足の曲線と柔らかさを意識しないようにするために他ならない。

「人間の考えることはわからない……」

 悪態をつくように呟いて、魈は蛍の足をなぞるように、震える手で足首からふくらはぎへと指を動かした。だめ元でふくらはぎの布地を少し引っ張ってみたが、靴は脱げない。

 魈は息を吐き出し、諦念に達したかのように一度目を閉じた。  それから瞼を震わせて金色の瞳を覗かせると、ふくらはぎから膝へ、膝から上へと、ゆっくりと指を這わせていく。一息に一番上まで手を進めてしまえばもっと楽なはずなのだが、妙な背徳感と戦いながら作業を進める魈には生憎、それを考える余裕はない。

 そう、背徳感だ。ぞくぞくと何かが込み上げる、この感覚の名は。  それがどうしようもなく魈を狂わせ、思考を奪う。浅ましいことに、心拍が上がり、息が荒くなる。  そんな自分をどうにか知らぬ振りをして、ようやく魈の手は蛍のブーツの上端に辿り着いた。そして、肌との境目に僅かに指先が触れる。

 その刹那、魈は自身の心臓がどくりと跳ね上がるのを否が応にも自覚した。  絶雲の間に漂う白雲のような、色白な足が。杏仁豆腐のように柔らかな、肉の感触が。それらが指先から伝わってきて、脳を溶かす。  蛍は眠っているというのに、意識がないというのに。そんな相手に息を荒くして興奮している自分が異常だと思いながらも、思考は熱に浮かされていく。  不徳義だと理性が諌める声は遥か遠く、むしろその罪悪感さえもが高揚感を高めてくるのだから、もうどうしようもない。

 今日は何の言い訳もできない。酒の一滴さえ飲んでいないのだから。  ただ、目の前に横たわるものが欲しくて堪らない。この太ももに舌を這わせて、噛みついてみたいと思う。そしてまたあの柔らかい紅唇に触れて、今度は奥まで貪ってみたい。小ぶりな耳朶を食んで、首筋に吸い付いてみたい。  次々と浮かぶ欲求に頭の中を支配されて、魈は再びごくりと喉を鳴らした。

 気が付けば、躊躇うことなく丈の長いブーツを引き摺り下ろして、蛍の白い足を露わにさせていた。せめぎ合っていた理性はすっかり鳴りを潜め、台頭した本能のままに、鬱陶しそうに蛍の靴を床に放り投げる。  すらりとした程良い肉付きの足が、ほとんどベッドからずり落ちて魈の眼前に転がっている。それは他の誰でもない、魈自身が招いた光景だ。

 魈は何の迷いもなく蛍の両足を掴むと、ベッドに乗せた。そのまま自分も靴を脱ぎ捨ててベッドに上がり込むと、獣のような目で蛍を見下ろし、覆いかぶさる。  そして切望した白い足に手を伸ばし、唇に噛みつこうとしたとき。

「うーん……」

 乱暴に靴を脱がされたせいか、蛍が呻き声を上げた。  タイミングが良いのか悪いのか、その声は魈を現実に引き戻した。はっとして、まさに我に返ったという状態になる。

 もしかして、自分はとんでもないことをしようとしていたのではないか。否、とんでもないでは済まないことを、確かにしようとしていた。  急速に熱が冷め、冷静さを取り戻す。冷や水を浴びせられたように、魈は硬直して動けずにいた。

「魈?」

 魈がその場を動く前に、蛍はぱちりと目を開けた。  まだ酔いが残っているのか、視点の定まらない目で魈を見上げている。この状況がわかっていないのであろう、きょとんとした様子だ。

 ああ、最悪だ。  魈は内心で頭を抱えた。  本当に言い訳のしようもない。自分はどれだけ醜態を晒せば気が済むのだろう。  しかしここはもう、潔く先日の奥蔵山での件も含めて一切合切謝罪するしかない。  そう覚悟して、蛍を見下ろしたまま口を開きかけたときだ。

 ぐるんと、魈の視界が反転した。  見下ろしていたはずの蛍が、魈を見下ろしている。  とうとう自分は平衡感覚まで狂ったのかと思ったが、どうやらそれは間違いで、本当に体勢が逆転しているらしい。

「……蛍?」 「……」

 魈に馬乗りになる形で形勢逆転した蛍は、無言で魈を見下ろしている。まだ少し眠そうだが、眉を寄せてどこか不機嫌そうな顔をしていた。  表情と言い、急に力一杯押し倒してきたことと言い、蛍はこの状況によほど怒っているのだろうか。当然のことだと理解しつつも、魈は不安そうに蛍を見上げた。  だがそれと同時に、蛍が自分の下腹部の上に跨っているのが気になって仕方がない。蛍は膝立ちになっているので、一応触れ合うところまではいっていないのだが、ともすれば体が反応してしまいそうで、冷や冷やする。

 けれども蛍の方はそんな魈の様子などお構いなしに、黙ったまま魈の右手を両手で持ち上げた。  何をしようとしているのまったくわからず、魈はされるがままになっている。  蛍は魈の手を目の前にかざすようにして、とろんとした目でしばらくじっと見つめていた。

 そのどこか扇情的な姿から目を離すことができないながらも、魈はここでやっと気づいた。  蛍はまだ酔っている。蛍の顔をよくよく見れば、酒気のまだ覚めない赤色を目の縁に帯びているのが見て取れた。それに加えてこの唐突かつ不可解な行動が、何よりの証拠だ。酒に酔った者は、そういう行動をする。経験者の自分が言うのだから、間違いない。  であれば、するべきことはただ一つ。

「待て、蛍」

 自分のように恥の上塗りをする前に止めるべきだ。  蛍はすでに先ほど、広間で酒瓶を取り合って酒乱騒ぎを起こしたばかりなのだ。その上、酔った勢いでまた自分と何かしてしまったとなれば、正気に戻ったときにどれほど羞恥と罪悪感で悶絶するかは想像に難くない。

 そう考えて、蛍を止めるべく魈は身を起こそうとした。  しかし何を思ったのか、蛍は手甲ごと、魈の中指をかぷりと噛んだ。

「な、何をして……」

 焦ったような声を出して、魈は思わず顔を紅潮させた。  甘噛みと呼ばれるようなそれは、少しの痛みもない。だからこそ、その行為はすでに昂っていた魈をさらに追い込んだ。蛍が自分の指を咥えている、という視覚的な刺激は思いの外大きかった。

 そうこうしているうちに、蛍は手甲を噛んだまま引っ張って、ずるりと魈の手から引き抜いてしまった。すると当然だが、魈の素手が露わになる。  蛍は顎の力を弱めて咥えていた手甲をぽとりと落とすと、魈の手を大切そうに両手で撫でた。蛍よりもひとまわり大きい、筋張った手を、愛おしそうに。

「ほたる……」

 魈の方は完全に限界が近く、ただ蛍の名前を呼ぶことしかできない。  たったこれだけのことなのに、積み重ねられた視覚的な刺激と、僅かに触れ合った肌の感覚で、狂いそうだった。体中が熱いのだ。心拍が上がり、熱がこもったように火照って、興奮で浅くなった呼吸を繰り返す。  蛍は酔っているだけだと思っても、目の前で繰り広げられる情欲をそそる光景には抗えない。

「……はぁ」

 悩ましげな吐息を吐き出して、蛍は頬ずりするように魈の手に顔を寄せた。相変わらず不快そうに眉を寄せながらも、やはり慈しむように扱うのだから、ずるいと思う。

 やがて一瞬、蛍の動きが止まった。  かと思えば突拍子もなく、魈の手のひらに吸い付いてきた。

「な……!」

 ここへ来て初めて明確に与えられる刺激に、ぞくりとしたものが魈の体中を駆け巡った。心臓が跳ねて、一瞬息が止まりそうになる。  先日奪った唇の感触が嫌でも思い出されて、偽りようのない願望が再び首をもたげてきたことは、もう否定のしようがなかった。それは、もう一度あの感触がほしいという、剥き出しの我欲に他ならない。

「ねえ、もうしてくれないの?」

 据わった目をして、蛍は魈を見下ろした。煽るように、不機嫌そうに。  その雰囲気は少女と呼んで片付けるにはあまりにも婀娜やかで。  力では到底負けるはずもないのに、魈は動くことができない。

 手のひらに押し付けられた唇とその言葉で、何を求められているのか直感的に理解した。  その一方で魈は、自身の中の最後の理性を以ってして葛藤した。蛍も自分と同じならば、もう一度触れても良いのだろうか。いや落ち着け、これは本当に踏み込んでも良い一線なのかと。  蛍を大切にしたいと思うからこその葛藤。だからこそこの数日間、悩んできたのだ。酒に呑まれた行動に対する単なる申し訳なさだけでなく、自身の欲望と恋慕、その狭間で翻弄されて。

 しかし魈が逡巡している間にも、蛍は次の行動に出た。

「それ、は……!」

 それはまずい、やめてくれ。  魈はそう言いたかったのだが、ほとんど言葉にならなかった。

 その原因は、蛍が魈の人差し指の先に口付けたからだ。  何度か啄ばむようにそれを繰り返したのち、音を立てて吸い付いて、指先を口に含む。小さく柔らかい舌が、魈の指先を弄んでくる。そうして少しずつ喉奥まで指を入れていき、舌を絡めてくるのだ。  どこでこんなことを覚えてきたんだ、という悪態をつく余裕さえない。

 指の腹を舐め上げてくるぬるりとした舌の感触が、もしも別の部位を舐められたらと魈の想像力を強制的に掻き立ててくるようで。下半身に血が集まるのを、否応なく自覚する。  必死に最後の理性で抑えていたものが決壊しそうで、魈は本当にもう限界が近かった。何もかもかなぐり捨ててしまえば楽になれる、そんな悪魔の囁きのような幻聴まで脳裏に過るのだから、重症だ。

 蛍が魈の指を繰り返し口に含む水音が、静かな部屋に反響する。  耳と理性が侵食されて、ぷつりと理性の糸が切れる音が聞こえた気がした。

「ひゃ……!?」

 魈は腹筋の力で勢いよく身を起こすと、その勢いのままに蛍を組み敷いた。  驚いた蛍の悲鳴が聞こえたが、そんなことはもうどうでも良かった。

「もう遅い。我はもう止まれない」 「あ……」

 蛍がぽつりと声を漏らした。  組み敷かれた衝撃で酔いが覚めてきたのか、蛍の瞳に理性の光が戻った気がした。しかし魈が宣言した通り、もう遅いのだ。

「……んっ」

 望み通り蛍の口を塞いでやると、吐息混じりのくぐもった声が聞こえた。蛍が身をよじる気配がしたが、両手とも指を絡めてやれば、安心したようにすぐに大人しくなる。なんといじらしい生き物なんだろうか。  角度を変えながら繰り返し口付けると、数日前に触れた感触が蘇ってくる。柔らかく湿った、紅唇の感触が。  あれは酒が引き起こした出来心などではない。ずっと気付かないふりをしてきた熱情が、酒によって箍が外れたことで溢れ出しただけのことだ。

「蛍、お前は可愛い」

 熱っぽい吐息とともに、魈は感情のこもった囁きを吐き出した。  一時の気の迷いでも、ましてや遊びなどでもない。本気だと伝えるように、口付けの合間に耳元で褒めそやす。酔わずとも、あの日と同じ言葉を掛けることができるのだと証明するように。

 月影が露わにする蛍の顔は、耳まで赤く染まっていた。荒い呼吸と涙で滲んだ目元を見れば、それが酒のせいだけではなく、羞恥と快楽によって上気しているためだとわかる。ぼんやりとした瞳で魈を見上げる蛍の姿は、魈の劣情を刺激した。  ついさっき、あんなにも大胆な振る舞いをしていたくせに。ほんのちょっと口を塞いで言葉を掛けただけでこの惚けよう、もう少しばかり困らせてみたいという加虐心が魈の中に芽生えるのはある意味自然なことだった。

 ゆえに何度目かの口付けで、閉じられていた蛍の唇をぺろりと舐め上げた。すると蛍は驚いたように身を震わせて、一瞬口元が緩んで隙間ができた。  それを見逃さず、魈はその僅かな隙間に自身の舌をねじ込むと、あっという間に蛍の舌を見つけて絡め取る。ぬるりとした舌の感触とあたたかい口内の温度、口の端から溢れる唾液と、もはや何がどちらのものかもわからず、混ざり合う。

「んんっ……ふぅっ……」

 苦しそうでありながらも、蛍は艶のある声を漏らす。  初めて聞くその声に、興奮せずにいられるわけもなく。魈は最後の理性で手荒くしないように心掛けていたのも吹き飛んで、息継ぎする間も与えず、蛍の唇を貪った。この舌に絡ませて、喉奥まで犯して、深く深く繋がりたかったのだ。  必死になって魈の口付けに応える蛍の、ぎゅっと瞑られた目の縁からぽろりと雫がこぼれ落ちるのが、魈の視界の端に映った。しかしそんな眺めさえも、もはやより一層魈を昂らせるだけで、他の意味は持たない。

「もっと聞かせてくれ」 「……やっ、ん……はぁっ」

 耐えるように眉間に皺を寄せながらも、抑えきれない声を漏らす蛍を満足げに見遣り、口付けを続けながらも魈は蛍の白い足に手を伸ばした。  太ももの外側に触れると、想像通り、そこは柔らかく滑らかだった。触れることを躊躇っていたのが嘘のように、吸い寄せられるように、撫で上げる。  自分の一挙手一投足にびくびくと体を震わせて反応する蛍が、どうしようもなく愛おしくて堪らない。  やがて魈の手が内腿に触れると、蛍は一際大きくびくりと震えた。思わず魈は唇を離し、蛍の顔を見る。

「……もう、だめ」

 潤んだ瞳で魈を見上げながら、蛍は小さく呟いた。  そんな顔でだめだと言われても、何の説得力もない。もうだめなのはこちらの方だ、と言ってやりたくなる。今さら止まれるものか。

 蛍の訴えを黙殺すると、魈はもう一度内腿に触れて、今度は容赦無く上に向かって撫でさすった。  そして、瞳を揺らす蛍を見下ろして。激情のままにもう一度、口腔を犯してやろうと顔を寄せた。  しかし。

「……」

 魈は行き場のない本能の昂りを抱えたまま、わなわなと震えた。

「まさか……。寝ている、のか……?」

 もうだめとは、ひょっとしてそういうことか。  この数秒間で蛍の瞼があっという間に落ちたかと思うと、寝息を立てて夢の世界に旅立っているではないか。

 取り残された魈は、どうして良いかわからず完全に動きを止めた。さすがに意識のない相手に手を出すほど、落ちぶれてはいない。  急に自分一人だけが空中に放り出されたような虚しさで、ぎらついていた本能は消失し、冷静な理性が帰ってくる。  先ほど眠っていた蛍を襲いかけたことなどすっかり忘れて、都合の良い自我を取り戻した魈は呟いた。

「人の気も知らず、好い気なものだな……」

 長い溜息を吐き出して、魈は蛍の上からのそりと退いた。  要するに、興醒めしたというやつだ。いや、きっと醒めなければならないタイミングだった。こんなものはお互いに恥の上塗りだと、自分で思っていたではないか。

 がしがしと翠髪を掻き回しながらちらりと蛍を見れば、随分とまあ、気持ち良さそうな顔で寝ている。  酒で上機嫌だったかと思えば不機嫌になり、最後は勝手に寝てしまうのだから、忙しいやつだと思う。

 もう今は何も考える気力がない。明日になったら全部謝って、胸の内を話そう。  それだけ決意すると、魈は投げやりに脱力してその場に寝転がり、そのまま目を閉じた。

 ■ ■ ■

 窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえてくる。閉じた瞼の向こう側に、眩しい光を感じる。それらは穏やかな朝を象徴する風物だ。  爽やかな朝の風景をイメージして、心地良い朝の目覚めを迎えた。はずだった。

「な、え、どういうこと……!?」

 目を開けると、眼前には翆色の髪。  蛍は戸惑いの声をだだ漏れにしながら、大いに困惑した。  爽やかな朝だと思って目を開けたら、目の前に魈の寝顔がある。色白な肌に長い睫毛、絶世の美少年の顔がどアップだ。その光景はうっとりするほど美しいのだが、残念ながら今はそんなことを考えている場合ではない。

 混乱した頭で、大急ぎで必死に昨日の記憶を手繰り寄せる。  確かモンド城でウェンティに会って、魈のことで相談に乗ってくれると言うから一緒に塵歌壺に来て、パイモンと自分はりんごジュースを飲んでいた。  しかしその後の記憶がどうもふわふわしている。妙に楽しくなってしまって、夜になってやって来た鍾離に馴れ馴れしく絡んだような。さらにウェンティの持つ酒瓶をなぜかりんごジュースだと思い込み、取り合った覚えもある。そして気が付いたら、魈に溜息をつかれながら運ばれていたような気がする。

 そこから先、さらにとんでもないことをしたような気がするのは気のせいだろうか。  否、十中八九気のせいではないだろう。なぜなら妙に現実味のある記憶が次々と、走馬灯のように蘇ってくるからだ。それに加えてこれでもかと言うほど大暴れしている心臓、これが一番の根拠かもしれない。

「そんな、本当に……? でも、確かに……」

 変な汗がじわじわと滲んでくるのを感じながら、蛍はぶつぶつと呟いた。その音は何の意味も成さない、狼狽の音に他ならない。

 やがて蛍は、否定しようのない決定的な事実をはっきりと思い出してしまった。  昨夜ふと目が覚めると魈が自分を見下ろしていて、なんだか急に苛ついてきて、思い切り押し倒したということを。確実に、この手でやった覚えがある。

「嘘でしょ……」

 なぜ、あれほどまでに苛立っていたかと言えば。原因はたぶん、魈と顔を合わせる勇気が持てずに逃げ回っていた自分に対する、腹立たしさだ。それを魈にぶつけるのもどうかと思うが、魈が急にあんなことをしたせいで、という気持ちも無きにしも非ずだった。  一方でもうひとつ理由を挙げるならば、もう一度だけ、もう少しだけ、あの夜のように触れてほしいと思ってしまった下心があったからだ。あんなに恥ずかしいと思ったのに、そんなことを思う自分を認められずにいたのに、どういうことか慎みのない本音が漏れ出してしまったのだ。

 自身の半分無意識の行動に理由を見出したとしても、魈の手を取ってねだった現実は変わらない。  自分は本当にみっともないことをしてしまったのだと悟り、蛍は誰も見ていないのに思わず両手で顔を覆った。できることなら消えてしまいたい、魈にどう顔向けしたら良いのだろう、そんな考えで頭の中がいっぱいになる。

 その後は、何があったんだったか。  恐る恐る、さらに記憶を手繰る。

「……」

 静かに、蛍は自分の心臓がさらにうるさくなるのを自覚した。手で覆った顔は恐らく、真っ赤になっていると思う。手のひらで触れた頰が熱い。  最後の記憶は、何だったんだろう。いや、何かはわかるけれども。  昨夜鍾離に連れられてやって来た魈は、少しも酔ってなどいなかったと思う。でも、蛍の知っている魈とは違っていた。

「可愛い、なんて……」

 顔を隠した指の隙間から、ちらりと魈の寝顔を盗み見る。どくんどくんと、耳の奥で響くように胸が高鳴る。  もしかすると魈は自分のことを本当に……などと、ついつい自分に都合の良い解釈をしてしまう。  結局、尋常でないくらいの恥ずかしさを抜きにすれば、蛍にとって嫌なことなど何ひとつなかったのだ。と言うか、明け透けに言えば嬉しかったのだ。

 ただ、このざわざわと揺れる感情を、どう言葉にすればいいのかわからない。魈に何を伝えればいいのか、思い付かない。それだけでなく、これまでのことを思うとどうしても戸惑いと恥ずかしさが邪魔をしてきて、蛍の思考を停止させてしまう。

 なんとか突破口を見出そうと、蛍はしばらくその場で慌ただしく悶えていたのだが。  その気配のせいか、眠っていた魈の瞼が震え、ゆるゆると開いた。

「あ……」

 それに気付いた蛍が、小さく声を漏らす。つい手の力が緩んで、未だ紅潮したままの顔を晒してしまった。  相変わらず綺麗な金色の瞳が、朝日を受けてきらきらして見える。その輝きに見とれるように、蛍はぼんやりと魈を見つめた。  魈の方も、眠そうに気の抜けた顔をしていた。しかしまもなく、その視線は蛍とばっちり交差した。

「……」 「……」

 少しの間、お互いに無言だった。

 だが次の瞬間、我に返った蛍は顔どころか耳まで真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉させた。最初から赤面していたのが、それが限界突破したのだ。  ところが魈は大きく表情を乱すこともなく、なぜか平常運転の顔をしている。敢えて指摘する点があるとすれば、僅かに困ったような顔をしているくらいだ。

 自分だけが大慌てをしている状況は、蛍の羞恥心にますます拍車をかけた。  まさか本当にすべて自分の妄想か夢だったのではないか、そんな考えも浮かんだが、そうであれば今の状況の説明がつかない。などと堂々巡りの思考を繰り返すばかりで、平たく言えば完全にパニックだった。

「その、昨夜は」

 慌てふためく蛍を前に、魈が先に口を開こうとした。  その冒頭を聞いただけで、昨夜の記憶が夢などではなく現実だと、蛍に重たくのしかかる。わかっていたけれど、本当だった。  突きつけられた事実にもはや観念する他ないのだが、蛍にとって、これは気まずいなどという言葉で片付けられる事態ではなかった。もう冷静に振り返る余裕も、言葉を紡ぐ余裕も何もなかった。

「ごめん!」

 蛍は叫んで、全力でベッドから這い出し部屋から出ようとした。なぜか裸足だったがそんなことに構っている暇はない。素足のまま床に降りようと、足を伸ばした。  けれども片腕を強く掴まれ、足が床に届くことはなかった。腕を掴んだのは無論、魈だ。

「待て」

 思いの外落ち着いた声音で、魈は蛍を引き止めた。

「本当に、私が悪かったから……」

 待てと言われても、蛍は顔を合わせるのが恥ずかしくて、逃げ出したくて堪らなかった。魈を視界の端で捉える程度が限界で、振り返れない。  いつかきちんとお詫びをするから、今だけはこの場から逃げさせて欲しいと、そんな弱気なことまで思ってしまう。

「話がしたい」 「……」 「そのままでいいから、我の話を聞いてくれ」

 蛍の逃げ出したい気持ちを見透かすように、そんな言葉が掛けられた。  さすがにそこまで言われては、逃げ出すことはできない。どちらにせよ、魈が蛍の腕を離す気配は微塵もなく、しっかりと掴まれている。  こうなった以上、いつかは向き合って話をしなければいけないことは蛍自身もわかっていた。ただ、今じゃなくてもと言い訳していただけで。

「過日の、奥蔵山での件は、我が悪かった……」

 自分から話をしたいと言い出しながらも、魈は居心地悪そうに話し始めた。静かな、心地良い声音だった。  当たり前だが、魈だって気まずいのだろう。たくさん悩んだのだろう。適切な言葉を探すように、ゆっくりと懸命に話す様子が、それを示していた。  自分のことばかりで魈から逃げていた自分が、急に情けなくなる。まだ振り向く勇気は出なかったが、蛍は大人しくその声に耳を傾けた。

「……昨夜のことに関しては、お前だけの責任ではない」 「……」 「だが、我は後悔していない」

 最後の言葉は、迷いなくはっきりと述べられたように聞こえた。  どういう意味だろうかと疑問に思いながらも、自身の心の奥が震えるのを感じる。まるで蛍を差し置いて、自分はわかっているとでも言いたげに。

 思わず振り向くと、やっと正面から魈を見ることができた。魈は真剣な顔をして、ひたと蛍を見据えていた。ずっと、その金色の瞳で蛍を一途に見つめていたのだろう。  蛍の腕を握っていた魈の手に、ほんの少し力が入ったのを感じた。

「お前を求めたことは、戯れなどではない」

 蛍をまっすぐに見て、魈は言った。

「奥蔵山でのことも、昨夜のことも、我が自ら望んでしたことだ。いずれも酒は単なるきっかけに過ぎない」 「……」 「お前を知りたいとか、理解したいという感情では、もう収まらんのだ」

 それはつまり。

「我はお前のすべてが欲しいと思ったから、そうしたまでだ」

 射すくめるような鋭い眼差しに、蛍は視線を逸らせなくなった。  その言葉の意味がわかるからこそ、心臓がうるさく暴れて何も言えなくなってしまう。

「……お前にとっては、一時の享楽だったのか?」

 問いかける言葉は、どこか心配そうな声音を含んでいるように思えた。  気が付けば蛍の腕を掴んでいた魈の手は、蛍の手を柔らかく握っていた。昨夜蛍が手甲を外したままの、素手だった。その手はほんの少しだけ汗ばんだ感じがして、不安そうに震えていた。  奥蔵山での一件以来ずっと逃げ続けていた自分と違い、魈は向き合おうとしてくれているのだ。この問いには、答えなければいけない。もう逃げてはいけない。

「……違う」

 うまく言葉が紡げなくて、蛍はそれだけなんとか絞り出した。  もっと自分の気持ちを伝えなければと思うのに、何と言っていいのかわからない。

「そうか」

 けれどもそれだけ呟いて、ほっとしたように魈が微笑むから。蛍も心からの言葉を伝えなければと思う。

「私も、伝えるから……!」

 震える声で言い募る蛍。その手を握る魈の手に、きゅっと力が込められた。まるで蛍を落ち着かせるように。  お願いだから大人しくしててと、蛍は好き勝手に暴れる自分の心臓を宥めながら、魈を見据えて言葉を紡ぐ。

「私も魈と、同じだったから。この前も、昨日も……ひとつも、嫌なことなんてなかったよ?」

 蛍の言葉に、魈は驚いたように目を見開いた。  まさかそんな風にすべてを受け入れられるとまでは、予想していなかったのだ。  酒によって荒々しく、流されるように始まった関係。そこにそんな大層な期待をするものではないと思っていたのに。

「魈だけだから」

 蛍はこれでもかというほどの勇気を振り絞って、伝えた。  自分は誰にでもああいった振る舞いをするわけではないのだと。魈以外であれば、何ひとつ受け入れることなどなかったと。

 蛍の言葉の衝撃を引きずっているのか、魈はしばらくぱちぱちと瞬きしながら蛍を見つめていた。  しかし空いていた片手で顔を隠すと、照れ臭そうに視線を逸らしてしまった。それがなんだか嬉しそうな顔に見えて、珍しい表情に蛍はついつい魈の顔を覗き込もうと身を乗り出した。

 だがその刹那、蛍は腕を引かれてバランスを崩した。魈が蛍を自身の方に引き寄せ、その体を抱え込んだのだ。  驚きのせいか蛍が身を震わせたので、魈は少し気まずそうに弁解する。

「……何もしない」 「……はい」

 そう言われると逆に意識してしまって、蛍はなぜか敬語で返事をした。  気恥ずかしいながらも穏やかな、不思議な時間だった。  拙いながらもやっと言葉にして紡ぐことができたこの関係に、安心感と喜びが募る。

「……一応言っておくが、我は取り立てて事を急ぐ気はないぞ」 「……はい」 「まあ、お前が昨夜のようなことを繰り返すのであれば、話は別だが」 「それは、その、本当にごめんなさい……」

 指摘されて改めて自覚する。ああ本当に、昨夜の自分はなんとはしたなかったんだろう。  後悔先に立たず、という言葉が蛍の頭の中をぐるぐると飛び回る。

 しかしふと思い至った。急ぐ気はないというのは、急がないけれどもいずれという意味ではないか。  そのことに気付いてしまい、蛍は再び夕暮れの実のように顔を真っ赤にした。幸い蛍を抱え込んでいる魈にばれることはなさそうなので、そのまま俯いてやり過ごすことにする。

 だが耳まで赤く染まってしまっていては、残念ながら隠しきれるものではない。  魈は蛍の赤い耳を見遣りながら、こっそりと口端を上げて悪戯っぽく笑んだ。そして蛍の耳元で囁く。

「お前の嬌態は、悪くなかったぞ」 「……な、なんてこと言うの」

 湯気が出そうなほどに顔を朱色に染め上げて、蛍は下を向いたまま恨めしそうに呟いた。  それでも、お互いに一歩踏み込めたようなこの距離感が心地良くて、ずっと浸っていたくなるのだから、もう本当に重症だと思う。  そんな自分を認めて、もう少しだけこのままでいたいという気持ちを込めて。

「ーーーー」

 小さく蛍が言の葉を紡げば、困惑したような咳払いがひとつ聞こえて、もっと小さな声で同意する声がした。  不機嫌にさせてしまいそうなので言わないけれど、そこは恥ずかしがるんだなぁ、なんて考えが浮かぶ。代わりに蛍はくすりと笑って、仙人に体を預けた。

 ■ ■ ■

 そわそわとした空気が、広間を満たしている。  と思ったのはパイモンだけで、ウェンティと鍾離は何とも思っていないのかもしれない。

 結局広間で寝こけてしまったパイモンが目覚めると、鍾離が淹れた眠気覚ましの茶の香りが部屋の中いっぱいに広がっていた。そしてウェンティと鍾離は特に会話をするでもなく、それぞれ静かに茶をすすっていた。  パイモンが目覚めたのに気付くと、鍾離はすぐにパイモンの分の茶杯を用意してくれた。芳醇な香りに食欲を刺激されながら、パイモンがあたたかいお茶で喉を潤したのは少し前のことだ。

 まだ午前中とはいえそろそろ良い時間なのだが、昨夜見事なまでの酩酊状態だった蛍はまだ起きて来ない。  酒を大量に呷ったなどであればもっと心配するのだが、鍾離が言うにはごく少量の酒精が含まれているに過ぎない、要するにほぼジュースだという話だった。であれば二日酔いのようになるとも思えないし、酒に弱いがゆえの一過性の悪酔いだろう。  そう考えてはいるのだが、やっぱりなかなか顔を見せない蛍が心配で、パイモンは先ほどから一人そわそわしている、というわけだ。

「そろそろ様子を見に行ってみた方が良いんじゃ……」

 またウェンティと鍾離に止められるかもしれないと思いつつ、パイモンは小さく呟く。  すると不意に、廊下の向こうからガチャリと扉が開閉する音がした。  パイモンはぱっと顔を上げて、蛍の寝室に繋がる廊下を見遣った。ぱたぱたという複数の足音が、こちらへ近付いてくる気配がする。

「おはよう!」

 パイモンが元気良く声を掛けると、気まずそうな顔をした蛍が、魈と共に広間に顔を出した。

「おはよう、ございます」

 おずおずと挨拶する蛍の顔に書いてある。昨夜は暴れてごめんなさいと。  記憶があるならさぞかし居心地が悪かろうと、パイモンは蛍が少しばかり可哀想になってくる。あのりんごジュースは本当にただの事故だったのだから、責め立てる気も毛頭ないのだが。

「おはよう、蛍。体調は大丈夫か? 今お前の分の茶も用意しよう」

 そう言うと鍾離は立ち上がって、沸かしたばかりの湯を茶壺に注ぎ始めた。  カチャカチャと茶器の触れ合う音だけが、静かな広間に響く。

「鍾離先生、昨日はその……酔っていたとはいえ、ごめんなさい。タメ口も聞いちゃったし……」 「俺は気にしていないから、お前も気にするな」 「ウェンティも、お酒の取り合いしちゃってごめんね」 「ボクも気にしてないよ。でも蛍がそんなにお酒に興味があるなら、今度エンジェルズシェアで一杯やろうよ」 「……それは遠慮する」

 先ほど魈から聞いたのだ。普通の人ならまず酔わないごく微量なアルコールしか含まれていない、ほぼりんごジュースと言える代物で自分はあのような乱痴気騒ぎを起こしたのだと。  だからほんの僅かでも、酒と名の付くものが含まれている飲み物は今後一切口にしない。そう蛍は固く誓ったのだ。ウェンティの誘いには乗れない。  幸か不幸か、正式に酒を飲めるようになる前にこんな誓いを打ち立てることになるとは、何とも複雑な気持ちだが。

「いや、そもそもエンジェルズシェアで蛍がお酒を飲もうとしたら、ディルックの旦那が黙ってないだろ」

 ウェンティに冴えたツッコミを入れながら、パイモンはふよふよと蛍のそばに飛んでいく。続いて蛍を頭の天辺から足の爪先まで見て、異常がないことが確認できるとほっと息を吐き出した。  ようやく安心したところで、蛍の横に黙って立っていた魈に話しかける。

「あんなに暴れてた蛍を介抱するの、一人で大変だったろ? 相棒のオイラが蛍に代わって感謝するぜ!」

 偉そうに踏ん反り返って言うパイモンの言葉に、蛍は今回ばかりは何の反論もできず、乾いた笑いを浮かべるしかない。  しかし魈の方はパイモンの言葉に一瞬だけ目を瞬かせると、何も言わず微笑んだ。そしてその柔らかな視線は蛍へと向けられ、陽だまりのように降り注ぐ。

 パイモンはその様子に唖然としてしまい、踏ん反り返った姿勢のままあんぐりと口を開けた。うまく言えないのだが、いつも以上に魈の瞳の金色が色濃く見えるような、そんな気がしたのだ。果たして彼の瞳はこんな色だっただろうかと、取り留めもなく考えてしまう。  ただ、二人の中で問題が解決したらしいことだけは、今のパイモンにもわかった。

「無事に解決したみたいだね」 「ああ、芝居をした甲斐があったな」 「それにしても、じいさん……」

 少し離れて様子を見守るウェンティと鍾離は、小声で言葉を交わしている。  ふと、何か言いたそうな顔をしてウェンティは鍾離を見た。  鍾離はその視線を受けて、ごく自然にウェンティの言葉の後を引き継ぐ。

「距離が近いな」

 鍾離の記憶では、以前の二人の距離感は、パイモンが間に入れるくらいは常に開いていたように思う。それでも、魈がそれほど他人の近くに立つというのは珍しいことだった。  だが今朝の二人は、肩が触れるくらいに近い距離で並んでいる。

「ま、男女が一晩一緒にいて何も起こらないってこともないよね」

 事情をわかっているとでも言いたげな顔で、へらへらと笑いながらウェンティは言ってのけた。これはほんのひとりごとのつもり、もしくは鍾離に聞こえる程度で言ったつもりだった。  しかし蛍と魈にしっかり届いてしまったらしく、両者ともに顔を真っ赤にしてウェンティを睨み付けている。ついでにパイモンもウェンティを睨んでいる。また余計なことを言って蛍に意地悪したな、とでも思っているのだろう。  実のところ半分適当に言ったのだが、どうも図星を指してしまったらしい。

 こうなってしまっては、心の中に浮かんでいたもう一つの感想はぐっと飲み込む他ない。仙人って意外と自制心ないんだね、という感想を。  今この感想を口にしたらきっと、二人の風元素で塵歌壺から強制的に追い出される気がする。いくら風神の自分でも、それはさすがに身の危険を感じる。よってここは、賢く黙っておくに限る。  そう決め込むと、ウェンティは痛くも痒くもなさそうに三人から視線を逸らして、ずずっと茶をすすった。

「言葉が紡げたのであれば、それで良い」

 次に聞こえた鍾離の言葉で、魈は僅かに瞠目して瞳を揺らした。  そして静かに頷いて、それを鍾離への返事とした。  続いて蛍も、同じく首肯して微笑んだ。  二人の返事に目を細めると、鍾離は茶杯を持ち上げ、ゆったりと茶の香りを楽しんだ。

シリーズ
酩酊少女の不機嫌
『酔いどれ仙人の不始末(novel/15497659)』の続きのお話です。
魈様がドキドキしながら蛍ちゃんに手を出すかどうか葛藤するお話になります!!!(大興奮)
生ぬるいけどちょっと肌色表現有りなので、一応R-15にしておきました。
たぶんウェンティがセクハラMVP。鍾離先生は良いとこ取りしてます。

念のため注意喚起しておくと、未成年の飲酒はいけませんよ!
だいぶ自由に書いたのでキャラ崩壊や解釈違いなどあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。

また、いつもブクマやいいね!、コメントにマシュマロなどたくさん反応いただき感謝です!
楽しんでもらえるように引き続き精進いたします〜!!
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2021年7月14日 13:01
藤花

藤花

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