この想定いらないなって…
最近よく思う。
だって…
ありえないから。
もし〇〇になったら、今と同じ気持ちでいられるとは限らない。
実際に私は、子供の扱いにはかなり慣れていて、懐いてもらえたり、子育てにまあまあ自信はあった。
だから、3人も産んだんです。
でもね、産んだらわかる。
想定外の連続…
子供と数時間一緒にいるのと、
24時間365日一緒にいるのは全然違う。
他人と我が子は全く違う…
他人の子は責任もないから、ある程度大目に見れる。
我が子は、何かするたびに親の責任を問われる。
毎日毎日口酸っぱく言い聞かせても思い通りに育つとは限らない。
頭でっかちな人ほど、簡単に出来ると思っているから、親は何をしてるんだ!と言う。
やった事もなければ、本当に大変な経験もしていないから勝手な事が言える。
さらには、ちょっと手伝ったくらいで子育ての全てを語ろうとする人もいる…
分かった気になって色々言ってくる。
すごく厄介だ…
図鑑や花の育て方を読んだり、見たり、ちょっと手伝ったくらいで、経験者を気取るようなもんだ…
若い頃は仕方ない…
私もそうだったから…
親が注意したらいいのに。
子供の事、ちゃんと見てあげたらいいのに。
子供がかわいそう…
なんて、親御さんの苦労も知らずに、知ったかぶっていた。
親になってからも、自分基準で考える癖が抜けず…
ワーキングマザーを羨ましがったり、性別の違うお子さんをバランス良く授かった人を羨ましがったりもした。
専業主婦の大変さは専業主婦にしか分からない。
ワーキングマザーの大変さもワーキングマザーにしか分からない。
そもそも比べられるもんじゃ無いし、比べる意味がない。
比べて優劣をつけようとするのもなんだかな…である。
同じように、発達障害児や、自閉症児、知的障害児、持病のある子…
このあたりも、どっちがどうとか比べる物では無いのかもしれない。
さらには、健常児を育てる親が、もし私が同じ立場ならと語り出す事ほど腹の立つ話は無いと最近思う。
想像で語れるほど簡単なもんじゃ無い。
さらには、それを根拠に、ダメ出しやアドバイスなんてして欲しくない。
寄り添ってくれる気持ちはありがたい。
だけど、
私だったら〜で語られる事の不愉快さはエベレスト級である…
だからこそ、不用意に〇〇だったら…と想定した話をしない事だ…
共感したつもりかもしれないが…
経験しない限りは結局分かりえないのだから…
想定して、苦労が想像出来るのならば、優しい声をかけてくれたら嬉しい。
そんな心からの想いは必ず伝わる。
今までの私は、ついつい、もしも私が〇〇だったら〜でアドバイスをしてくる相手に腹が立ったり、反論したりしてしまっていた。
あんたに分かるわけないよね?
って。
そう。
分かるわけないんだから、相手にしなければ良かったのだ…
はぁ。そうですね。確かに
とテキトーに相槌を打ってりゃ良かった。
そんな相手に反論したところで、
ダメ出しが酷くなったり、
せっかくアドバイスしてやったのに
とキレられる事がしばしば。
さらには、
バカに何を言っても無駄か
という反応をされる事まである…
余計にしんどくなる
だから、
経験者としての意見、
また、経験は無くともなんとか力になりたいと自分達のために知識をフル活用して、押し付けではなく提案として言ってくださっている方の話だけを聞けばいいのだと思った。
実は…
今通っている学校の校長先生の言葉なんですが…
今息子くんとお母さんの事を思って動いている人達の事を見てください。
僕達は息子くんがどんな風に成長してくれるのか楽しみで仕方ありません。
その為に必要な指導はして行くし、他の児童さんと同じように大切なお子さんなんです。
世の中には嫌だなと感じる人もいるでしょう。
だけどね、息子くんのことを大事に思っている人がたくさんいる。
担任も、支援担も、他の教師も。
だから、悪い人、傷つけて来る人、嫌な気持ちにさせる人に気を取られない事!
と。
喝を入れてもらいました
息子のために何が出来るか?
今一緒に登下校する時間も立派な自立支援だよ!と。
ついつい弱気になって、みんなと同じに出来ない事や、発達障害をよく思わない人、障害児がクラスにいたら迷惑という世間一般の悪評に惑わされ、大切な事を見失っていたなと感じました。
今週も息子は休まず学校に行きました。
嫌いな野菜もたくさん食べました!
持ち帰りのオムツもありません
(朝はいたオムツで帰ってきます)
本当によく頑張っています
小さな成功を積み重ねて、また、支援級という安心したりクールダウンできる居場所もあって、交流級のみんなとも楽しく過ごせるように、先生方も見守ってくださっています。
良い環境に置いてもらえている今、学べる事、吸収出来る事に集中して、もし〇〇だったらに振り回されないように意識していきたいと思います!