アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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喝采せよ。
4期1話のアルベドの可愛さに喝采せよ。




3.怪物

 

 

 

 

 

 想像してみて欲しい。

 

 短距離走の選手がクラウチングスタートを切り、トップスピードに乗った矢先に意識の外から巨人に頭を摘まれ、新幹線の運動エネルギーに匹敵する力で進行方向と逆に放り投げられる様を。

 

 ……今まさに、クレマンティーヌが体感したのがそれだ。彼女の体は薬瓶が陳列された棚をボウリングのピンの様に弾き飛ばし、壁に激突した。そこに追い討ちをかけるように、破壊された棚の瓦礫がクレマンティーヌの体を埋め尽くしていく。

 

 瞬きのうちに行われた余りにもな衝撃に、沈黙が流れた。

 

 

(……すごい)

 

 

『漆黒の剣』が抱いた思いは、これほどか、ということに尽きた。彼らはモモンガの強さ、凄さは重々承知しているつもりだった。

 

 しかし彼らが見たのは人対怪物という、少し現実味に欠けるスケール感の戦闘だ。どちらの存在も『漆黒の剣』には強さの底が計り知れない。モモンガとザイトルクワエのどちらが強いかと想像しても、夜空に浮かぶ適当な星を見てどちらが大きいかと論ずる様なものだ。

 

 だが、クレマンティーヌという存在はザイトルクワエとは違う。人の形をしていて、人の究極ではあるものの、人という領域からは逸脱してはいない。だからこそ『漆黒の剣』にも彼女の恐ろしさが分かった。

 

 故に、モモンガの強さがより肌に感じとることができる。クレマンティーヌという物差しによって、モモンガの底のない力をより実感することができてしまう。

 

 彼らがどうひっくり返っても、生涯を費やしても、決して届き得ない究極の戦士・クレマンティーヌ──を、赤子扱いするモモンガとは一体……。

 

 

(やっべ……)

 

 

 しかし当の本人──モモンガは、自分の起こした部屋の惨状に滝汗をかいていた。辺りに散らばる壊れた棚やら薬瓶やら錬金用の金物道具やらが、それはもう目も当てられないことになっている。

 

 モモンガの現在の所持金──……一切無し。

 無一文の彼にはどうひっくり返ってもこれを弁償する金はない。

 

 

「……」

 

 

 ちらり、とンフィーレアを見る。

 彼は恐怖に収縮、弛緩している胸を押さえるばかりで、部屋の状態にはあまり関心がなさそうだった。まあ命に関わる出来事に比べれば、当然だろう。

 

 モモンガはこれを何とかクレマンティーヌか冒険者組合に補償させる算段を立てようとして──がらり、と音が立つ。

 

 砕けたガラスを踏む様な音が聞こえる。

 

 壁に激突し、薬瓶棚の瓦礫の下敷きになったクレマンティーヌが動き出したことに、『漆黒の剣』がギョッと目を見開いた。驚いたのはモモンガも同じことだ。あれで意識を失って──いや、正直死んでいてもおかしくない。

 

 

「貴女の耐久力(タフネスさ)を褒めるべきか、この店のポーションの効能を褒めるべきか……」

 

 

 モモンガのその言葉に彼らはハッとした。

 薬瓶棚の下敷きになったということは、ポーションに類する薬品も浴びたということ。ダメージを受けた直後に回復したのならば、立ち上がれることにもいくらか納得できる。

 

 実際はクレマンティーヌが咄嗟に発動した武技──『不落要塞』の効果も手伝っているのだが。彼女の思考を上回る判断の速さは、まさに英雄の領域というべきだろう。

 

 ぱっくりと割れた頭の肉から血を垂れ流しながら、クレマンティーヌがよろよろと立ち上がる。

 

 

「はぁー……っ、はぁ……っ」

 

 

 しかしその有り様は酷いものだ。まるで産まれたての子鹿の様に足取りが頼りなく、目の焦点が定まってない。激しい脳震盪を受けた影響だろう、平衡感覚を保てない彼女はたたらを踏んで別の薬瓶棚に頭から突っ込んでいった。

 

 棚が崩れ、薬瓶が割れる。

 薬草や蠍の様な生物が漬けられた液体が辺りにぶち撒けられ、独特な香りが室内に漂った。

 

 そして、吐瀉。

 クレマンティーヌの外傷は多少癒えても、脳や内臓に及ぼしたダメージは継続されているらしい。彼女は膝をつき、えずきながら二度三度と胃の中身を吐き出した。

 

 モモンガは内心もっとやれと願った。

 店を汚した割合の比重が自分よりクレマンティーヌに片寄れば片寄るほど、彼が弁償しなければいけない印象も軽減されていくのだから。

 

 

「……みなさん、今のうちに店の外へ」

 

 

 芋虫の様に蹲るクレマンティーヌを冷ややかな目で見ながら、モモンガは『漆黒の剣』らに退室を促した。正直もっとクレマンティーヌが部屋を壊す様を見ていて欲しいのだが、護衛対象の安全が最優先なのだから。

 

 言われた彼らはハッとして、慌ててバレアレ薬品店を後にした。自分達がいれば邪魔にしかならない。あの時と同じだ。

 

 モモンガを心配する声を出すものは誰もいない。

 英雄はやはり、英雄。彼らが心配することすら烏滸がましいというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お加減はいかがですか?」

 

 

 モモンガが優しくそう聞いたのは、クレマンティーヌがようやく立ち上がれた時だった。

 

 

「て、めぇ……」

 

 

 定まらぬ瞳で、クレマンティーヌはモモンガを睨んだ。口内には未だ吐瀉物の酸味が残っており、再び嘔吐感が腹の府から立ち上る。彼女はそれを飲み下して深く息を吐くと、手放さなかったスティレットをモモンガへ、ふらりと突き出した。その先端は、弱々しく揺れている。

 

 

「何、しやがった……」

 

「……?」

 

「その馬鹿力……一体、どうやって……」

 

 

 クレマンティーヌの瞳がぶれる。

 彼女は必死に探していた。このダメージ量、武技を使った自分に付いていけるあの反射速度、人をああも容易く投擲できるモモンガの膂力の理由を。

 

 一介の銅級(カッパー)の冒険者が兼ね備えてていい力ではない。

 ならば何故あれほどの力を発揮できた? マジックアイテムの力? クレマンティーヌの知らない武技? それともやはりあの鎧の力なのか? 

 

 様々な理由を、巡らない頭で模索する。

 しかしクレマンティーヌが正解を導き出すことなどできない。肝心の『モモンガがクレマンティーヌを遥かに凌ぐ上位者である』ということを導き出せないからだ。

 

 ……だが、それは決して愚かなことではない。

 何故なら彼女はクレマンティーヌ。このリ・エスティーゼ王国で最強と名高いガゼフ・ストロノーフに勝るとも劣らない、人間が至れる一つの最高到達点に手が届いた女なのだから。その力は誇るべきであり、驕って然るべきことでもある。

 

 自分に勝る強者など、『漆黒聖典』以外にいるはずがない。クレマンティーヌはそう高を括っている。彼女は自分が立ち上がるまでモモンガが何もせずに見ていたという事実に蓋をして、自らを奮い立たせた。

 

 

「……特別なことは何もしてません。ただこの手で捕まえて、放り投げただけですよ」

 

 

 対するモモンガは当然のことを平然と言って、ひらりと手を見せる。タネも仕掛けもない、と言わんばかりに。

 

 

「……オーガの血でも混じってんのか」

 

 

 クレマンティーヌは皮肉を言いながら、口に溜まった血の塊と歯を吐きこぼした。その皮肉が当たらずも遠からずなことに彼女は気づいていない。少なくともモモンガは、人間ではない。

 

 

「……」

 

 

 くらくらとしていた視界も、なんとか回復してきた。ノイズ掛ったような思考も、次第に明瞭になっていく。クレマンティーヌは脂汗の浮かぶ額を拭いながら、現状を現実的な価値観で整理する。

 

 

(……落ち着け。遅れをとったと言っても、不意打たれただけだ。こいつの馬鹿力も目の良さも分かった……それは認める。だけど、命の獲りあいっていうのは総合力の勝負だ。私が本気で注意深く立ち回れば、こいつの攻撃は絶対に届かない。だって私は──)

 

 

 ──英雄の領域に足を踏み込んだ、クレマンティーヌ様なのだから。

 

 

 目標のンフィーレアがここにいないことはもはや彼女にとってはどうでもいい。目の前のモモンガを撃破することこそが、第一目標に繰り上がった。

 

 

「……」

 

 

 手の甲でグイと口の端を拭い、彼女は低く、深く、姿勢を落とした。それはもはや這う様な、四足歩行の肉食獣を思わせる姿勢だ。モモンガはクレマンティーヌのその姿から、獲物を狙う猫を連想した。そして何より、クレマンティーヌが戦意を失っていないことに彼は素直に驚いた。

 

 

「素直に降参されてはいかがですか?」

 

「……クソが。このクレマンティーヌ様が、テメェみたいな力だけのデクの坊に二回も遅れを取るわけがねぇだろうが」

 

「余程自信があるようですね」

 

 

 肌に纏わりつくクレマンティーヌの殺気が心地よい。モモンガは微笑んだ。正直、この世界にきてから彼が誰かと目を合わせる時、それは友好的か、或いは畏怖の感情の篭った視線しかまともに向けられたことがない。

 

 例え仮初でも、自分の力を見てそれでも対等かそれ以下の存在として看做してくれるクレマンティーヌに対し、モモンガは不思議と高揚感を覚えた。

 

 PvPの心構えとは、こうでなくてはいけない。

 故にモモンガは、クレマンティーヌの挑戦を快く歓迎する。

 

 

 ──ならば、決死の覚悟で掛かってきなさい。

 

 

 そう言って、モモンガは諸手を広げた。

 その手にはやはり、武器は握られていない。

 

 ギシ、とクレマンティーヌの奥歯が軋む。

 

 

 ──『能力向上』

 

 ──『能力超向上』

 

 

 人の身を超えた身体能力に、更に拍車が掛かる。クレマンティーヌは自身に武技(バフ)を掛け終えると、開き切った瞳孔でモモンガを射抜いた。

 

 

「……私は、クレマンティーヌだ」

 

 

 凡そ独白の様な言葉だった。

 彼女は犬歯を剥き出しにして、唸る。

 

 

「テメェなんかに……。テメェなんかが、この英雄の領域に踏み込んだ私に勝てるわけ──」

 

 

 そうして、地を蹴る。

 彼女の二つ名は『疾風走破』

 

 風を裂き、今まさにクレマンティーヌは疾風(はやて)と化した。

 

 

「──ねェんだよおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 恐ろしく速い。

 先程までとは動きが明らかに違う。

 受けたダメージをものともしていない速さだ。

 

 快楽殺人者としてではなく、一切の油断を無くした戦士の動きがそこにはあった。

 

 詰まる両者の距離。

 モモンガは未だ動かず、クレマンティーヌは旋風を生み出す。

 

 

(死ね)

 

 

 油断も慢心もない。

 この空間、モモンガの挙動の全てに、全神経を研ぎ澄ませる。だから分かる。この距離、この速度、このタイミング。クレマンティーヌの握るスティレットは、必ずモモンガの喉元を食い破ると。

 

 目は離さない。

 何も見逃さない。

 

 クレマンティーヌは世界最高峰の技術と速度を以って、スティレットを突き出した。その先端、ガゼフすら見極めることは不可能。

 

 スティレットは音を置き去りにするほどの速さでモモンガの喉元へ迫る。もう到達する。彼は未だに動いていない。殺した、とクレマンティーヌは確信できた。

 

 ……しかしそうはならない。

 肉を突き破る感触がスティレットから返ってこなかった。伝わる感触は、さながら固い岩盤に突き立てたそれだ。

 

 

(──え?)

 

 

 クレマンティーヌの背中が、驚愕によって粟立った。

 

 

 スティレットの先端を──()()()()()

 

 

 手甲を付けた親指と人差し指で、何百人の命を刈り取った凶器の先端をつまんでいる。到底有り得ない離れ業を体現しているモモンガ本人は、涼やかに微笑んでいた。ゾワリと、クレマンティーヌの背に悪寒が走る。

 

 そうしている間にもクレマンティーヌの体は動いている。動揺も厭わず、彼女の思考を待たずに既に手は動いていた。それは戦士としての本能なのだろう。

 

 つままれたスティレットを持つ逆手。

 左手が間髪入れずにもう一本のそれを引き抜き、モモンガの喉を狙う──が、それもまたつままれる。

 

 

「ク、ソ、がぁああああああああああッ!!!!」

 

 

 絶叫。

 それはクレマンティーヌが自身の体を奮い立たせる為の咆哮に他ならない。彼女はここにきて漸く、モモンガの異常さに気づき始めていた。恐怖と困惑を振り払う様に、彼女は絶叫する。

 

 つままれたスティレットを、クレマンティーヌはひねった。

 その動作を受けたスティレットは、俄かに発光し──右のものは火炎を、左のものは紫電を吐き出した。

 

 モモンガの体を強烈な焔と雷が襲う。

 鼓膜を破壊するような雷の音と、目を潰すくらいの熱波が室内を暴れまわった。

 

 直撃だ。

 

 これを受けて生きていられる者など決していない。

 アダマンタイト級冒険者ですら、焼けた骸を即座に晒すことになるだろう。この時点で勝負は決したといってもよい。

 

 いくら刺突を防ごうが、スティレットに込められた『火球(ファイヤーボール)』と『雷撃(ライトニング)』を浴びれば魔法耐性の低い戦士は瀕死は必至のはず。

 

 

 ……瀕死になる、はず。

 

 

 

「ヒッ」

 

 

 

 クレマンティーヌは彼女自身も聞いたことのないような、怯えた声を喉から鳴らした。

 

 

『雷撃』と『火球』の効果は今なお続いている。

 絶命に至らせるだけの殺傷力があるはずだ。断末魔を上げ、膝をつき、抗えぬ苦痛にのたうち回るのが自然というもの。

 

 

 ──しかしその中にあって、モモンガは微笑んでいた。

 

 

 雷と炎に焼かれながら、彼はうっすらと笑んでいる。翡翠の瞳は不気味なほどに優しくクレマンティーヌの瞳を捉えていた。

 

 その姿を見て、クレマンティーヌは一瞬で理解した。してしまった。

 

 

『こいつ、人間じゃない』……と。

 

 

 ゾワゾワゾワと、鳥肌が浮き立つ。

 全身の汗腺から、一斉に汗が吐き出される。薄着でも過ごしやすい室温なのに、まるで凍土の世界に放り込まれたように寒気を感じた。

 

 途方もない恐怖。

 突然足元に奈落の底が現れた様だった。

 

 

「う、わ……」

 

 

 ガチガチと、歯が鳴る。

 竦んで、彼女は自慢の武器であるスティレットを取りこぼした。そんな様子を、モモンガは不思議そうに見ている。

 

 

 ……化け物。

 取り繕わず、クレマンティーヌはそう評した。

 

 

 

「うわあああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 クレマンティーヌは絶叫して、モモンガに背を向けて走り出した。棚を突き崩し、途中頬から素っ転びながら、彼女は窓ガラスを突き破って逃げ出した。そんな彼女を、モモンガは相変わらずな様子で見ている。

 

 

 

 

 

 

「確か、逃げる相手を後ろから突き刺すのが最高に面白い……だったか?」

 

 

 モモンガはそう言って、部屋に転がる二本のスティレットを拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




escape from……

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