<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~   作:折本装置

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それが、彼女だから

 □【修羅王】サンラク

 

 

 いつのまにやら、ペンシルゴンとキヨヒメは退店していた。

 ……そもそも、キヨヒメはある程度レイの状況を知ることができるはずだ。

 なので、厳密には二人きりとは言えない。

 むしろ、ふたりだけという体裁を整え、でばがめすることにしているんだろう。

 あいつが考えそうなことだ。

 そんなことするなら、まずおまえ自身の恋愛をだな……。

 いや、やめておこう。

 なんだか寒気がしてきた。

 というか、三十の大台が近づいてきて、割とシャレにならなくなりつつあるんだよな。

 俺やカッツォが煽りのネタに使えない、と言えばどれだけヤバいかということがわかっていただけるだろうか。

 

 

 とりあえず、ほどなく俺とレイは店を出て通りをぶらぶらと歩いていた。

 

 

『レイ、良かったら見ていかない?』

「そうですね、見に行きましょうか」

 

 

 俺とレイは、垂れ幕をくぐった。

 中では、【軽業師】や【曲芸師】などが様々な芸を見せてくれた。

 火を噴く、綱渡りなど、リアルでも見るような芸が基本だったが、リアルの芸をベースにしつつジョブがある分さらに難易度の高い芸が繰り広げられていた。

 火吹き芸で箱を燃やし、箱から脱出するマジックだったり、綱を亜音速で移動していたりとリアルではまずありえないような芸をやってくる。

 あとは、黄河らしい【道士】の魔法スキルを活かした芸もあった。

 風属性魔法を用いて、物体や人を動かしている。

 

 

 

「風属性魔法を使うのは、アンデッドの扱いに秀でた【霊道士】ですね。アンデッドというより、キョンシーの扱いに長けているんだとか」

『キョンシーって、普通のアンデッドとなんか違ったっけ?』

「私もよくは知らないですが、符による特定の操作しか受け付けない代わりに暴走のリスクが少ないそうです。ペンシルゴンさんから聞いた話ですけど」

『あー、あいつそういえばアンデッド系のジョブに就いてたっけ』

 

 

 

 最近、【死将軍】なる超級職に就いたのだと聞いた。

 超級職に就くものが増えたことで、ついてないカッツォに「ついてない」解釈の魔境スレのリンクを送るのが最近の俺とペンシルゴンの楽しみでもある。

 因みに、あいつのついている操縦士系統超級職は既に就いているものがいるらしいので、この煽りはデンドロがサ終するまで続くことになるだろう。

 

 

「ちなみに、サンラク君はああいう芸は出来ますか?」

『うーん、火を噴くのは無理かな』

 

 

 

 他はできるだろうけど。

 綱渡りなら、たぶん超音速でもできると思う。

 脱出は……どうだろうな。極論、超音速で鍵を壊して目にもとまらない速さで視界の外に逃げれば何とかなるか。

 たぶん違うけど。

 そもそもリアルであれのトリックが何か知らないんだよな。

 

 

「楽しかったですね」

『そうだね、リアルじゃあんなの中々ないから』

 

 

 <Infinite Dendrogram>ではNPCでさえもジョブの恩恵を得た超人だ。

 そのせいか、リアルに近い文化でありながらところどころ違ったりする。

 それもまたシミュレーションの結果なのだろうか。

 以前、どこかで見たがこのデンドロは何千年も前からのシミュレーションをして構築された電脳世界であるという。

 

 

 

「わひゃあ!」

 

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありません」

 

 

 

 奇妙な女性だった。

 いや、奇妙でないことが奇妙というのが正確な表現である。

 黒いパンツスーツを着て、黒縁の眼鏡をかけた黒髪の女性。

 背丈は小柄であり、リアルのレイより低いかもしれない。

 リアルであれば、目立たないはずのそれが、この<Infinite Dendrogram>だと逆に目立つ。

 左手の甲には、刺青がことから<マスター>であるとわかる。

 背後には鎧がいる。<エンブリオ>だろうか。

 

 

 ちなみに、スーツの類も皇国などでは普通にティアンが着ていたりするらしい。

 機械の国だしモビルスーツとかだとばかり思っていたが、そうでもないらしい。

 まあデンドロの機械ってMP消費の観点から長時間の運用ができないらしいし、機械に乗り込むことを想定した服を普段使いする意味もないのだろう。

 

 

 

 

「いえいえ、お気になさらずに」

『ええ、ダメージとかも特になかったので』

「し、失礼します!」

 

 

 女性は、そのまま後ろにある鎧と主に去っていった。

 

 

『うーん』

「どうかしたんですか?サンラク君」

『いやさっきの鎧なんだけどさ、なんかちょっと色変わってなかった?』

 

 

 灰色が、少し黒寄りになったような。

 気のせいか?

 日光の下限だったのかもしれないし。

 あまり気にしない方がいいかなと思う。

 

 

「サンラク君」

『……はい、何でしょう』

「ちょっと、上に行きませんか?」

『あ、はい』

 

 

 

 それ屋上へ行こうぜってこと?

 キレちまったよということでは?

 今すぐにでも逃げだしたいが、逃げたら撃たれそうな気がする。

 キヨヒメは今どこにいるのかわからないが、逆に言えばいつ現れてもおかしくないということである。

 というか、距離の空いた<エンブリオ>って紋章に戻せるんだっけ?

 俺のケツァルコアトルは常に体から離せないのでわからないんだよな。

 常にぴったり体に装備が張り付いた半裸の変態です。

 よろしくお願いします。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ここは?』

「城壁ですよ。ここは<長城都市>。とても長い城壁が築かれた町だそうです」

『ああ、万里の長城的な感じなのね』

 

 

 

 そういえば、そんな名前だったって聞いたな。

 防覇、だっけ。

 何かから守るために気付かれたのだろうか。

 城壁の高さは間違いなく百メートルはある。

 それこそ、<UBM>でも突破できるかどうかは怪しい。

 

 

『いい景色だね……でも、何でここに?』

「その、サンラク君は今日とても緊張しているように見えたので、リラックスできるような場所はと思いまして」

『あー』

 

 

 

 確かに今日はいつしめられるのかとビクビクしていたからな。

 その緊張が伝わってしまっていたんだろう。

  

 

 

 

「サンラク君は、天地や黄河を旅して、楽しかったですか?」

『…………』

 

 

 

 これ、正直に答えると絶対に角が立つ奴なんだよな。

 でも、レイには正直迷惑と心配をかけてしまったし、せめて正直に答えよう。

 

 

 

『楽しかったよ』

 

 

 

 相方は下ネタの擬人化だったし、トラブルには巻き込まれるし、危うく死にかけたし何ならデスぺナしたんだけど。

 

 

『色々な強敵とぶつかって、試練を超えて、超級職を得て、本当に楽しかった』

 

 

 様々なイベントの過程が、結果が、試練が。

 その全部が、苦労や困難もひっくるめて全部楽しかった。

 

 

 

「それならよかったです」

 

 

 レイは、誰よりも素敵な笑顔で俺に笑いかけてくれた。

 

 

「私は、全力で楽しんでいるサンラク君がその、好き、です」

『え、あ、あ、あ、うん』

 

 

 

 おいおいおいおい、そこで照れるのはズルくない?

 

 

 

「だから、どれだけ逃げても飛んでも追い続けます。それが私のやりたいことだから」

『レイ……』

 

 

 

 ああそうだ。

 咎めるでも、許すでもなく、楽しもうとする、傍にいてくれる。

 彼女はこういう人だ。

 

 

「サンラク君、話してくれませんか?天地でどんなことがあったのか」

『え?』

「リアルでも、あまり話してくれませんでしたから」

『ああ、そうだね』

 

 

 正直、リアルにおいてもあまりにも反応が怖くて天地での様子とかほとんど話していなかったから。

 何があったのか、話しておこうかな。

 

 

『まずはあいつの<エンブリオ>ーーアンダーワールドに捕まって――』

 

 

 

 話し終えるころには、陽が落ちていた。 

 

 

 To be continued




シャンフロ5周年おめでとうございます。


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