<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
これからも頑張ります。
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□■ある異常者の話
あるところに、一人の青年がいた。
彼は、いわゆる中流階級に属する、普通の人間。
けれど、少しだけ変わったことが二点あった。
一つは、弟。
彼には、双子の弟がいた。
少しだけ珍しいが、別にそれだけだ。
もう一つは、彼に暴力的な傾向があったこと。
中学生まで、彼は暴力沙汰が絶えなかった。
巻き込まれたからではない。
自身が巻き起こしたことの方が多い。
ある日。
彼が学校から帰ると、ボロボロになった弟がいた。
彼は、気づいた。
彼の暴力を振るってきた相手が報復で彼の弟を狙ったのだと。
彼の行動の結果、家族を巻き込むこともあるのだと。
それ以来、彼が暴力をふるうことはなくなった。
そしてそれから――彼は抜け殻になった。
対外的に見れば、それはまともに映っただろう。
素行の悪さがなくなり、真っ当に生きている。
だが、空虚だ。
唯一にして最大の娯楽。
それを失ったことで、彼は退屈しきっていた。
他の娯楽に手を出しても、満たされない。
ルールのあるスポーツでも物足りない。
満たされる方法を取ろうにも、それでは家族が傷つく。
守るべきもののために、自分を殺す。
まるで、神話において兄弟を活かすために自らの命を捧げんとした双子のように。
そんな無味乾燥とした、少なくとも彼の中では退屈な人生だった。
<Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。
圧倒的なリアリティを誇っているという、夢のゲーム。
そこならば、彼は戦える。
あるいは、リアル以上に戦える。
人を殺しても、ここでは法で罰されることも、それによって家族に累が及ぶこともない。
ここで殺されたとしても、実際に死ぬことはないから家族に迷惑がかかることはない。
だから、彼は「ダブルフェイス」として、<Infinite Dendrogram>を始めた。
チュートリアルで最も戦闘がおこっているのは、どこかとネコ型の管理AIに訊くと、天地と答えたのでそこを選んだ。
天地に入ってから、当然彼は戦闘職を選んだ。
彼が戦闘の対象に選んだのは、<マスター>ではない。
死なない<マスター>では満たされないから。
かといって、無辜の市民でもない。
ダブルフェイスがターゲットにしたのは、犯罪者のティアンである。
犯罪者以外を殺すと指名手配され、
長期的に活動するためターゲットを絞った。
<エンブリオ>の力もあって、ティアンの殺害に成功し……彼は久しぶりに満たされた。
加えて、ついでに犯罪者の<マスター>や賞金首のモンスターも狙うようになった。
モンスターを殺したりしてレベルを上げ、<エンブリオ>も進化していく。
その過程で、彼は彼女に出会ったのだ。
「速度型だと対集団に弱くなるからな、耐久に振りつつ、速度もある程度伸ばさなねえとな」
「なるほど!やっぱり研究されてるんですね、すごいです!」
それは間違いではない。
戦闘力を捨てているトーサツや、攻撃力と機動力を追い求め、さほど環境を調査せずプレイヤースキルと<エンブリオ>でゴリ押しする紅音や京極とは違い、彼は本気でビルドを練っていた。
確実に、人を殺すためのビルドを。
「その努力の方向性が、おかしくても、すごいのかあ?」
「……きっと、努力する方向性に間違いはないんです。努力する限り、
「…………」
「どうかしたんですか?」
「いやあ、なんでもない」
彼の<エンブリオ>、ポルクス・カストルの能力特性は二者択一。
それが、彼のパーソナルだから。
それは、両立することができないから。
リアルでは、やるべきことを優先し、<Infinite Dendrogram>においては、やりたいことに注力する。
そのための努力をそれぞれの世界でする。
その二面性こそが、ダブルフェイスの本質。
きっと彼女はそんな事情など知らない。
けれど、それを肯定してもらえた気がした。
だから、彼は。
◇
あるところに、一人の少年がいた。
その青年は、二つだけ変わった点があった。
一つは……生まれつき目が見えないこと。
とはいえ、家族からのサポートも手厚く、学校生活も順風満帆ではないものの、何とか送れている。
彼は、自分を不幸だと思っていなかった。
ある時期までは。
ある時期から、彼は性に目覚めた。
朝から晩まで、女体のことを考えていないときはなかった。
食事の時、入浴時、学校でも、家でも、考えないときはなかった。
「どうして、僕は女体が見えないのだろうか」、などといったことばかり考えていた。
見たいものが見たい、ただそれだけなのに、それがかなわない。
誰かに相談してもどうにもならない。
<Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。
彼は両親に頼んでデンドロを購入してもらい、はじめた。
開始直後、<エンブリオ>が孵化した。
「自分の見たいものが見たい」という、彼の純粋な願望が具現化した<エンブリオ>。
リアルでも、デンドロでも、彼の異常性は変わらない。
<Infinite Dendrogram>で、彼は当然気味悪がられた。
通常のゲームのように迷惑プレイヤーを通報するシステムがデンドロにあれば、彼はアカウントを失っていただろう。
それは、ダブルフェイスや京極さえも例外ではない。
そして、隠岐紅音は例外だった。
気づかぬふりをしているのか、あるいは本当に気付かないのか。
彼女だけは、彼を特別扱いしなかった。
あるいは、それは彼が心の奥底で臨んでいたことだったのかもしれない。
リアルでは目が見えないゆえの同情から、デンドロではその奇行に対する嫌悪から、彼は特別な、異常なものとして扱われた。
ただ、
彼女がそう扱ってくれるから、彼は。
◇
<Infinite Dendrogram>を始めたのに、大した理由はない。
元々、知り合いが何人か始めたので自分も急いで購入しただけだ。
天地を選んだのは、和風の国がいいと思ったからだ。
結果として、修羅の国と呼ばれる場所だったので、彼女に非常にあっていたのは幸いだった。
特に、紅音と組んでいたことに深い理由はない。
たまたま彼女も天地に所属していたから組んだだけ。
彼女は、忍者系統につけるからという理由のみで天地を選んだらしい。
そんな受動的に始まったデンドロでの生活は……悪くない。
圧倒的リアリティの高い、今まで京極がやってきたゲームの中でもっともリアリティの高いゲームはシャングリラ・フロンティアだったが、それ以上に高いかもしれない。
そんな場所で、彼女は戦闘経験を積んでいく。
今までのゲームよりも、剣道教材よりもリアルな経験を。
けれども、それだけではなかった。
京極以上にアグレッシブな紅音に振り回されたり、奇行を繰り返すトーサツやダブルフェイスに呆れたり。
その中心になっているのは間違い無く紅音だ。
けれど、彼女はそこを抜けようとは思わなかった。
方向性こそ違えど、同類だと認識していたから。
□■<修羅の谷底>
【メテオストリーム】の攻撃によって、三人のHPは全損。
唯一生き残った紅音も、体勢を崩している。
だが、攻撃はまだ続く。
「まだだ!」
三人の攻撃はやまない。
死してなお彼らを動かすのは、《ラスト・コマンド》という【死兵】のスキル。
死線を潜り抜けてきた、紅音たち。
それ故に、彼ら三人は各々のビルドを考えた。
示し合わせたわけでもない。
ただ、それが必要だと各々が感じたから。
それが、彼等のパーティー、<デッド・ライン>。
死線を超えてもなお、諦めることのない者たちの名。
「《灼眼》!」
「《背外殺し》!」
「《崩鎧》!」
<エンブリオ>のスキルを。
ジョブスキルを、ステータスを。
今まで積み上げた技術を、培ってきた気力を。
今持てるすべてを、
そして、五十秒が経過して。
蘇生時間も過ぎて。
互いの、圧倒的火力に全力の攻撃。
それが終わって。
後には、【メテオストリーム】と紅音だけが残された。
『――』
それと。
【メテオストリーム】と安芸紅音、そこから少し離れたところにいたはずのもう一人。
わずか一分足らずの間に、間に合った。
『よう、久しぶりだなあ』
「あ……」
紅音は気づく。
ソレが、自分の知るものであると。
ソレは、鳥の覆面を被っていた。
ソレは、蛇革のブーツを履いていた。
ソレは、首輪を使っていた。
ソレは、半裸だった。
ソレは、暁に目の前に立つ、その人物は。
彼女にとって、憧れだった。
『どうも、知り合いが、
『【
「サンラクさん!」
修羅の鳥が、怨念の龍に立ち向かう。
<デッド・ライン>のトーサツ、ダブルフェイス、京極。
彼らができたのは一分足らずの足止め。
それが意味があったのかは、現時点ではわからない。
ーーこれから証明される。
To be continued
四章ラストバトル。
【鏖金大殲 メテオストリーム】VS【火影】安芸紅音&【修羅王】サンラク
ちなみに、京極は遊戯派。他二人は世界派。