<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
今回閑話です。
□■秋月伊織について
イオリ・アキツキーー秋月伊織という人間。
その人生を一言で語るなら「修羅」である。
彼は、天地の生まれだった。
彼の心は、決して特殊な性質を持っていたわけではない。
しかし、彼の体は異形だった。
六本ある腕、人より遥かに高い背丈。
異様な存在。
レジェンダリアの亜人のような種族としての異形ではない。
まして先祖返りでもない。
原因不明にして、一代限りの突然変異。
かの【グローリア】や【モビーディック・ツイン】のような、一代限りの奇形。
モンスターには珍しくもないが、ティアンにもそういう存在は生まれうる。
レジェンダリアの亜人も、自然魔力などの環境変化によって変異したものたちの子孫なのだから。
そんな異形として生まれた彼は、周囲から忌み子、異常な存在として扱われた。
無理もない。
腕が三本以上あるものなど、レジェンダリアと最も遠く離れた天地では彼以外に見つからない。
ゆえに伊織は誰からも嫌われ、疎外された。
もとより天地では、親子で会っても殺し合いの絶えない環境だったというのもある。
とにもかくにも、彼には生まれた時から味方と言えるものがいなかった。
そんな彼は、身を守るため、生き抜くために幼少期の時点でジョブに就いた。
そうして修行を積み、その過程で秋月流という独自の剣術を編み出す。
彼が編み出した一代限りの技でありながら秋月流と名付けたのは、少しでも何か家族とのつながりを感じたかったからかもしれない。
六本の腕を活かした
その剣術を極める過程で、レベルはカンストし、さらには【斬神】や【抜刀神】についたりもした。
さらには、様々な条件を乗り越えて、三つ目の超級職である【修羅王】にも至った。
天地を出る前の時点で、彼の合計レベルは優に一〇〇〇を超えており、天地内でも超一流の武芸者と言っていい存在だった。
ある時、彼は天地を出てレジェンダリアにわたった。
理由は、自分と同じ存在を見つけるためだ。
様々な亜人が共に暮らすレジェンダリア。
そこならば、自分の居場所が見つかるのではないかと思った。
天地には、彼に居場所はなかった。
家族も、最初は彼を疎んでいたが、今では強くなった彼におびえるばかり。
家族以外はどうかと言えば、秋月家がもともとそれなりの武芸者の家系であるということから、敵にしかなりえなかった。
天地とはそういう国。
常に内乱を起こす。
誰もかれもが争いを続ける。
そんな国。
彼はある時、思った。
――ここにはいたくない。
ーーどこか遠くに行こう。
当時、天地では最強格であった彼にとって、天地を出て海を渡ること自体は難しくはない。
海上でも、モンスターに襲われることはあったが、特にこれと言って問題もなく海の向こう側、黄河にたどり着いた。
その後も、モンスターや野盗を討伐して旅費を稼ぎながら、黄河やカルディナを経て、彼はレジェンダリアにたどり着いた。
そこで、彼は同族であると思われる多腕族と交流しようとした。
しかしーー彼等と打ち解けることはなかった。
「お前は、俺達とは違う」
それが彼らの言い分であった。
無理もない。実際、彼はあまりにも多腕の亜人たちとは違っていた。
伊織が天地の顔立ちをしているということもあるし、彼等が四本腕を基本としている亜人であったことが大きい。
種族としてそうである彼らと違い、彼の場合は単なる変異である。
誰とも違う、誰とも同じになれない、誰とも繋がりのない存在。
由来すらわからない、一代限りの
拒絶されるのも無理はなかった。
加えて、彼があまりにも強すぎたのも理由の一つである。
そこで、彼は闘技場に参加してトップランカーに駆け上がった。
それが【妖精女王】らの目に留まり、軍に所属することになった。
軍に所属したはいいものの、彼は戦力ほどの働きは出来なかった。
彼が、集団戦術に向いていなかったからだ。
人生で一度も他者と連携をしたことがない。
連携してくる相手を逆に返り討ちにした経験はあったので、連携を理解できないわけではない。
人とかかわりのないわけでもなかったので、集団で動くことで、後に現れるとある<超級>のように彼のパフォーマンスが低下するわけでもない。
だが、絶妙にかみ合わない。
彼が強すぎて、作戦や戦術を必要としていない。
そんな彼を見て――否、彼等を見て【妖精女王】は一計を案じた。
それは、一組のチームの結成。
集団で戦うのには向かない者たちを、チームとしてまとめる。
魔法職のような見た目をしながら、【神】としての技巧による奇襲に秀でている【杖神】ケイン・フルフル。
広域に敵味方問わず幻術を掛ける【幻姫】サン・ラクイラ。
強力な兵器を作り運用できるが、本人の戦闘能力は絶無の【神器造】ルナティック。
勝利のために味方すらコマとしか見ない冷徹な指揮官、【泥将軍】。
愛狼との連携を活かした立ち回りが得意だが、逆にそれ以外の生物との連携が一切取れない【超騎兵】ロウファン。
そして、単体戦力として強すぎるがゆえに、連携の必要がない者。
【修羅王】イオリ・アキツキ。
その六人によって、構成された【妖精女王】直属のチーム。
のちに、“神殺の六”と呼ばれるものたち。
ときに、他の者達の手に余る超級職たちによる犯罪結社を壊滅させたり。
ときに、国を盛り立てるためと闘技場での興行試合をロウファンやケインと行なったり。
ときに、ルナティックとともにアイデアを出し合いながらマジックアイテムを作ったり。
ときに、仲間二人の結婚式に参列したり。
ときに、神話級<UBM>と戦い、討伐したり。
彼にとっては、初めての経験。
共に戦う、仲間を得た。
仕事を超えて、プライベートでもかかわる友人を得た。
大切な人たちとの、多くの温かな思い出を得た。
そしてーー十年ほど過ごして。
彼はレジェンダリアを去ることに決めた。
「もう行くのかよ?」
「…………」
鍜治場にて、二人の男が座って話していた。
片方は、寡黙。
鎧兜に身を包み、刀を腰や肩に刺している。
もう一人は、作業着に身を包んだドワーフの男、ルナティック。
彼の問いかけに対して、伊織は何も語らず、首肯で返す。
「天地に帰るのか?」
「…………」
今度は、首を横に振って返す。
「あちこち国をめぐるってことか?」
「…………修行」
「なるほどなあ」
あちこちの国を回って修行するつもり、と伊織は言いたいらしかった。
ルナティックにはどうして彼がそれを決めたのかわからなかった。
わからないが、止めても無駄だということはわかった。
「ま、気が向いたら戻って来ればいい。他はともかく俺とサンはいつでも歓迎するからよ」
「…………」
伊織は、首を縦に振って応じる。
兜で覆われているため表情は見えない。
彼は、元々人と関わってこなかったためコミュニケーションが苦手だった。
それこそ天地では刃を交えた応酬くらいのもの。
こちらでもそれはさほど変わらない。
”神殺の六”以外では、まるで人と関わってこなかったから。
それでも、ここでの日々がかけがえのない者であったことには変わりない。
そうして、彼は修行の旅としてレジェンダリアを出た。
【杖神】に激高されたり、他のメンバーに呆れられたりといろいろあったが、それは割愛する。
その後、彼は生きてレジェンダリアの地を踏むことはなかった。
彼がその後どのように生きて、どのように死んだのか。
それを示す記録は一切残っていない。
彼は、死ぬときなにも残さなかった。
武器も、遺体さえも。
ただ一つ、彼には心残りがあった。
もしも、叶うのであれば――。
To be continued
・イオリ・アキツキ
生まれながらの武芸の天才&異形。
幼少期は疎まれ、青年期は畏れられ、碌に友人もできなかった。
・余談
伊織と仲間との関係性。
【神器造】ルナティック:友人。結婚式にも呼んだ。
【幻姫】サン・ラクイラ:友人。結婚式にも呼んだ。
【超騎兵】ロウファン:同僚。ロウファン側が家族と相棒以外に一切興味がなかったため。
【泥将軍】:同僚。プライベートの交流はなし。筆者が名前を思い出せない。
【杖神】ケイン・フルフル:一方的に、伊織をライバル視していた。ギリギリまで筆者が存在を忘れていた。