ドバイ像の砂上点描
体感温度50度超!なぜ大丈夫?酷暑を生きる中東の知恵
ドバイは体感温度が毎日50度超え!
今年の日本は猛暑だと聞く。熱中症で倒れる人も後を絶たないらしい。その一方で私の暮らすドバイは、気温40度は毎日越えているし、体感温度はいとも簡単に50度を越える。
(体感温度とは、気温に湿度や風速などを加味し、実際に身体が感じる温度のこと。例えば、同じ30度でも、カラりとした30度と、じめじめと湿気がある30度では、後者の方が体感温度は高くなる。)
しかし、当地のニュースでは「熱中症に注意しましょう」なんていう文言は流れない。更に今年の夏はマスクの着用義務まである。気温が40度だろうが何だろうが、マスクを着用しなければ3,000AED(約9万円)の罰金だ。
今回は「そんな暑い地域で、エアコンがない時代はどうしていたの?」「中東の夏の生活はどうなっているの?」というお話をお届けしたい。
電気のない時代、中東の人はどう夏を凌いだの?
当たり前だが、中東に住んでいるのも同じ人間。全くもってこの暑さが平気なワケではない。そこで、電気がなかった時代、イラン中央部〜南部の乾燥した沙漠地帯(※)に住む人々は、天然のエアコンを作り出した。
以下は、イラン中部のヤズドという街の写真である。家屋の上に、太い煙突のような、四角い塔が立っているのが見えるだろう。それが、天然のエアコン「バードギール」だ。
ペルシア語で、バード(باد)は「風」。ギール(گیر)は「得る」。風取りタワーという意味の、伝統的ペルシア建築だ。
バードギールの仕組みは、以下の通り。
一般的には上記の写真のように四角柱の形をしており、各側面に穴があいている。側面の穴から、塔へ風が入る。
塔の中は、1本の煙突状・・・ではない。内部には、真上から見て十字になるように仕切り壁があり、風の通り道が4つに分かれているのだ。(仕切り壁がなければ、穴から塔に入った風は、そのまま正面の穴へ通り抜けていってしまう)
その塔を、下へ下へとくだった風が、まずたどり着くのは貯水槽や池。そこで水に当たった風は、温度が下がる。こうして冷えた風が送り出される。その先にあるのが、人間の居住する空間だ。
これが、沙漠の民が作り出した、天然のエアコンの仕組みである。
一言で「イランにある」「ペルシア建築」と言っても、現在のイランという国家の領域全体に、バードギール文化が広がっていたわけではない。これは乾燥した地域・酷暑の地域に向いた建築であるため、イラン中央〜南部、そしてペルシア湾岸地域でのみ見ることができる。対して、首都テヘランやカスピ海沿岸のような、北部の街では見られない。
湾岸に住んでいた部族の一部が、海を渡って現在のドバイ(UAE)やバーレーンに移り住んだ際、この技術をそれぞれの地域へ持ち込んだ。こうしてイランで生まれたバードギールの技術は、湾岸諸国へと伝わっていった。
ドバイには、昔ながらの街並みを再現した観光地がいくつかあり、「バスタキヤ地区」もその1つ。ドバイ旅行では必ずルートに組み込まれる場所なので、行ったことがある方もいらっしゃるだろう。そこでは再現されたバードギールを見ることができる。
尚、このバスタキヤ地区は、ペルシア湾岸のイラン側、バスタック(地名)から人々が移り住んだことが、その地名の由来となっている。
ちなみに、以下の「バードギール風」の建物の正体は何かお分かりだろうか。
これは、地下鉄駅へと繋がるエレベーターである。周囲の景観に馴染むよう、バードギール風のデザインにしてあるのだ。バードギール風なのはもちろん外見だけであり、中は普通にエレベーター。風ではなく人間を地下へと運んでいる。
モチーフとなったバードギール
やがて電気が誕生し、エアコンが開発され、現役の天然エアコン・バードギールは減少していったが、その特徴的なデザインは、この地域の建築物の象徴として残った。
現在のドバイでは、デザインとして建物の上にバードギール風の装飾を乗せ、エキゾチックな雰囲気を演出することが多々ある。もちろん中に穴は通っておらず、ただの「お飾り」なのだが、近代的な建築物が立ち並ぶドバイの中で、旅情を演出することに一役買っている。