<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~   作:折本装置

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一羽が去って

 □征都周辺・狩場

 

 

 《神域抜刀》などのスキルにより、AGI一〇〇万の領域に達した【抜刀神】カシミヤ。

 そして、神速の居合が発動。

 刃は、狙いたがわずサンラクの首を捉え――。

 

 

『自前転倒!』

「――?」

 

 

 捉える前に、サンラクによって、回避される。

 幕末を乗り切るために開発したサンラクの秘技。

 それによって、わずかに狙いがそれ、首ではなく左腕を切り落とすにとどまった。

 あるいは、本来ならばカシミヤも寸前で軌道を変えることができたかもしれない。

 しかし、空中で尋常ならざる体制で居合をするのは未知の経験であり、修正がわずかに遅れた。

 逆に言えば、修正すること自体は出来ているうえに、未経験の不自然な体勢でも抜刀を難なく実行しているということなのだが。

 

 

(やばい)

 

 

 回避には成功したものの、状況はまるで好転していない。

 左腕が切り落とされたことで、【出血】によるスリップダメージが入ってしまい

 絶体絶命に追い込まれて、されどサンラクは思考を回し続ける。

 もう一本の刀が、未だ鞘に収まっている。

 すなわちそれは、まだ神速の居合を放てるということ。

 また差し込みをするのは無理だ。

 二度目が通じるとは到底思えない。

 さらに言えば、もう抜刀状態である以上、次の瞬間には首が落ちている。

 抜刀モーションに入る前に攻撃することもできない。

 もうすでに入っている。

 せめて【ブローチ】があれば……と思わないでもないが、それは仕方がない。

 乱戦である以上、ああいうイレギュラーがあるのは当然。

 むしろ、現時点で割り込みがないだけいい、とサンラクは割り切る。

 

 

「っ!」

 

 

 カシミヤは、想定外の避け方に戸惑いながらも次の刀を構え、抜刀モーションを続ける。

 一度躱せたとしても、次はない。

 今度こそ確実に仕留める。

 仮に仕留められずとも同じように腕を捥ぎ、肉をそいでいく。

 そういう風に考えている。

 しかしながら。

 

 

 ーーそう考えてるのは、お前だけじゃないんだぜ?

 

 

 カシミヤの抜刀。

 それは、非常に正確で合理的だ。

 抜刀の間は、彼には自分以外のほぼすべてが止まって見える。

 それ故に、彼の居合は基本的に首を狙ってくる。

 それならば。

 なおかつ、サンラクより五倍速い程度(・・)ならば。

 

 

 彼にはーー対応できる。

 

 

 角度を、タイミングを、間合いを、全てを把握していれば。

 右腕に、白い短剣を持ち、振るう。

 決して強い力ではない。

 大振りではない。

 それでは間に合わないから。

 読みと、計算と、直感で。

 弾く。

 

 

 ーー弾いた。

 

 

「これは……!」

『ハハッ!』

 

 

 勝ち誇るのは、

 今度は、カシミヤが狙いを変えてきた。

 右腕が切り落とされる。

 これで後は、<エンブリオ>の触手と、あと一つ。

 

 

「また……っ」

『くははっ』

 

 

 仮面の嘴で短剣をついばみ、それで居合を弾く。

 今度は、カシミヤの体勢が崩れる。

 今度こそ、彼の《神域抜刀》が解除される。

 

 

『オオ!』

「ーー」

 

 

 サンラクは、今度こそ、一点攻勢を仕掛けようとして。

 

 

 

「《閃》」

 

 

 カシミヤの刃が、今度こそサンラクの首を刎ね飛ばした。

 

 

 不意に現れた刃。

 《瞬間装備》のクールタイムが終わっていないはずなのになぜそんなことができるのか。

 それには、確かな種と仕掛けがある。

 それは、カシミヤの<エンブリオ>、【自在抜刀 イナバ】の力。

 否、彼の必殺スキル《意無刃(イナバ)》の力。

 その効果は、「あらゆるアクティブスキルのクールタイムを無くす」というもの。

 それは、《瞬間装備》も例外ではない。

 またしても、打刀を手元に装備する。

 ソレに反応はできるはずもなく。

 完全に、カシミヤの勝利だった。

 

 

「なんとか、勝てましたね」

 

 

 本当に強かった。

 適応能力が高すぎた。

 必殺スキルという切り札がなければ敗れていただろう。

 しかし、勝利には変わりない。

 遠方でいくらか戦闘音がするのは把握していた。

 相手の出方次第では戦うことになるだろう。

 パキリ、と何かが砕ける音がした。

 

 

「これは……?」

 

 

 白い、骨のような短剣。

 伝説級特典武具、【双狼牙剣 ロウファン】。

 それが、背中に砕いて脊椎を砕いている。

それと同時、懐に入れていた【ブローチ】がダメージの超過判定で砕け散る。

 

 

「なぜ、どうして攻撃できるのです?」

 

 

 天地には、【死兵】というジョブに就くティアンが存在する。

 それゆえに、天地で活動する<マスター>はほとんどが【死兵】というマイナーなジョブを知っている。

 そしてそれと紐づけして、【死兵】に似たとあるジョブを把握している。

 その名は、【殿兵】。

 そのジョブのスキルは、《ラスト・スタンド》。

 どれほどのダメージを受けても、肉体が損壊しても、五秒間はHP残り一で生存できるスキル。

 わずか五秒。

 それは本来ならば問題にもならない。

 生き残るといっても、攻撃によるダメージを無効化するわけではなく首が胴体から離れれば、何もできなくなり指一本動かせなくなる。

 されど五秒。

 首が体から外れても彼の<エンブリオ>は動かせるし、スキルである《豊穣なる伝い手》は使える。

 だから、攻撃が可能だった、それだけの話。

 彼の使う、触手を短剣に巻き付けて突き刺したのだ。

 そして。

 

 

 それが限界だった。

 サンラクのアバターが、《ラスト・スタンド》の効果時間と蘇生時間限界を超えて光の塵になる。

 

 

「…………」

 

 

 カシミヤは、思案する。

 結果だけ見れば、間違いなくカシミヤの勝利だっただろう。

 だがしかし、前提条件が違っていればどうだったろうか。

 戦闘開始時点で、サンラクは【ブローチ】を持っていなかった。

 金銭などの問題でもともと持っていなかったのか、あるいは二十四時間以内に誰かによって壊されていたのか。

 いずれにせよ、彼は万全には程遠い状況だったということ。

 これがもし、彼が【ブローチ】を装備していれば、どうなっていただろうか。

 あるいは、この戦いが決闘であれば、最初からお互いがブローチ抜きの戦闘であればどうだっただろうか。

 

「なるほど、やはり苦手ですね。人外(・・)の相手は」

 

 

 サンラクとの一瞬に満たない時間の激闘を、カシミヤはそう言って締めくくった。

 その口元には、年不相応の獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

 “断頭台”カシミヤVS“怪鳥”サンラク。

 勝者は、カシミヤ。

 しかしーー。

 

 

 お互いに、何かしらの得る物はあった。

 

 

 To be continued 




決着。
とりあえず六月はこれで終わりです。

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