<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~   作:折本装置

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一羽と一羽

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 多人数が参加するゲームにおいては、基本的にセオリーというものが存在する。

 ごく少数のみでやるような同人ゲームや過疎ゲーならともかく、大勢が参加するゲームであれば数多の思考と嗜好と試行によって、定石というものが構築されていく。

 古代より、将棋やチェスなどの盤上遊戯でもそうだったし、コンピューターゲームやTRPGでもメジャーなものはそうだ。

 そして、フルダイブ型のVRゲームというカテゴリーについても同様。

 数多の人が知恵を絞り、アイデアを出し、試行錯誤を繰り返してセオリーを編み出し環境が回ったりする。

 将棋なんかだと、数十年前に古いと淘汰された定石が最近見直されたりするとか、ボドゲマニアの親せきが言ってたな。

 セオリーの内容は当然ゲームによって違う。

 あるゲームでは、「ゴリラ以外は全部ライオンの下位互換」だったりするし、また別のゲームでは「協力ゲームだけど、とりあえず周りのプレイヤーとかNPC襲って強奪しような」だったりする。

 そして、<Infinite Dendrogram>においてもセオリーがいくつかある。

 「NPCのAIが尋常ではないので、人として接したほうがむしろ効率的」だったり、「前衛はAGI型か、END型にしておかないと生き残れない」などと言われていたりもする。

 AGIによって主観的な時間の進みさえもが変わりうる<Infinite Dedndrogram>においては、AGIを上げることのメリットは大きい。

 そして、それに対抗しようと思えばそれを上回る速度で殴るか……耐久型になって耐えてカウンターを放つかの二択となっている。

 つまるところ、デンドロの戦術とは基本的に「速度や奇襲で強襲するか、それに対して耐えてカウンターをするか」の二択しかない。

 AGIの差がほかのゲーム以上に大きいために、それしかないのだ。

 だから、俺のとる戦術もそれ。

 

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

 

 

 カシミヤとの戦闘開始と同時、俺の<エンブリオ>、ケツァルコアトルの必殺スキルを切る。

 目の前のこいつが抜刀の構えをとるまで、ほんの一瞬。

 《看破》したところ、あいつのAGIは5000程度。

 俺の速度なら、先制攻撃は難しくない。

 しかし、一度抜刀モーションに入った時点で、やつのAGIは俺をはるかに上回る。

 それまでの間に、こちらの切り札を切らなければ何もできなくなる。

 相手と俺の速度には圧倒的な差があるからだ。

 《神域抜刀》によってカシミヤのAGIは五十万に達する。

 それを切り抜けるには、最低でも《風神乱舞》が必須だ。

 《回遊する蛇神》による加速も手伝って、今の俺の速度はAGI換算すれば十万近い。

 逆を言えば……まともにやると俺は自分の五倍の速度の攻撃に対処しなくてはならない。

 こいつに勝つには、二つ。

 一つは、圧倒的速度の差を活かし、こいつが抜刀モーションに入る前に倒す。

 二つ、五倍の速さで動くこいつに対応して正面から勝つ。

 どちらも難しい。

 後者の難しさは言うまでもなく、前者も一瞬あるかどうかのスキを突かなくてはならない。

 

 

『あっ』

 

 

 というか、無理だった。

 まずいまずい、もうモーションに入ってる入ってる。

 

 

 

 ……本当はもう少し穏便に交渉したかったんだが、正直無理っぽい。

 状況が悪かったのはあるが、それ以上にこいつの気質の問題だ。

 所謂バトルジャンキー、話が通じるが、結局根が戦闘に染まっているタイプの人種だ。

 幕末によくいるタイプだな……でも幕末だと抜刀は対多人数戦に対応できないから使われてる人がいない印象がある。

 基本的に、あそこは対多人数戦闘、そしてそれ以上に対少人数戦闘を学ばなくては生き残れない。

 乱戦上等なので、居合はほとほとあそこには向いてないような気はする。

 格ゲーとかならいけそうだけどバトルロイヤルはなあ。

 それこそ《神域抜刀》なんていう反則じみたスキルがなくてはとてもじゃないがやっていけないはず。

 少なくともランカーではいなかった。

 でも刀一本縛りのランカーとかいるし、人によってはどうにかできたりするのか?

 俺は二刀流スタイルだからやらないけど。

 

 

 

 

 とりあえず、すでに《製複人形(コンキスタドール)》は起動してある。

 体力の半分を糧に、分身によって俺の存在が隠される。

 【伏姫】たちの襲撃もあっていろいろと予定外ではあったが、ここまでは概ね予定通り。

 【ブローチ】が壊れたことで、正直HPを削るデメリットももはやなくなった。

 だから、確実に戦う布石は整った。

 まずは一度目、これであの太刀筋を捌けるかどうかの練習を。

 

 

「ーー《閃》」

 

 

 瞬間、《製複人形》の首が落ちる。

 分身がポリゴンと化し、本体()の隠蔽が剥がれ落ちる。

 

 

「《鮫兎無歩(コートムーブ)》」

 

 

 俺が知覚するよりも速く、早く、カシミヤは俺に一足一刀まで間合いを詰める。

 超超音速で刀を一度振るう。

 ただそれだけで、俺は終わる。

 本来は、居合使いは一度抜けば隙ができる。

 そこをつくのがセオリーだが、その定石、常識に【修羅王】やこのカシミヤは当てはまらない。

 多数の腕や、鞘の取り付けられた鎖を活かして、連続で切れ目を作らず抜刀できる。

 それが奴らの強み。

 さらに、カシミヤは納刀状態で動ける《鮫兎無歩》というスキルを使ってくるらしくーーらしいという情報を調べていたので、遠距離にいても無駄。

 それは、野盗クランを一人で斬りつくした逸話からもわかる。

 では、どうするのが正解なのか。

 

 

 俺の選んだのは、差し込むこと。

 こいつのスキルの一つに、《剣速徹し》というものがある。

 AGIの分だけ刃筋の軌道上のENDを減算するというものだ。

 こいつのスキルレベルとAGIを踏まえれば、ENDによる物理防御力は意味をなさない。

 だが、それはちゃんと刃筋が通っていればの話だ。

 例えば、パリィしてしまえばその前提は覆る。

 俺はこいつよりも遅い。

 逆に言えば、こいつよりも遅く動くことは出来る。

 居合で首を狙えば、腕に触手が当たるように配置する。

 そして、その一瞬居合が止まれば。

 俺のほうが速い!勝てる!

 

 

『おらあ!』

 

 

 素早さが逆転するのはゼロコンマ何秒だろうか。

 答えはわからない。

 ただひとつわかるのは、俺の主観時間においてはこれが値千金ってことだけだ!

 速度だけでなく体感時間も変わるせいで、若干クールタイムがわかりづらいのは正直微妙だな。

 斬って突いて殴って斬って突いて殴って斬って斬ってえ!

 とにかく思いつく限りのあらゆる近接攻撃を叩き込む!

 

 

 □■征都周辺・狩場

 

 

 ーー厄介な相手。

 それが戦闘開始直後の、カシミヤのサンラクに対する感想だ。

 これまで、カシミヤが勝てない人間などほぼいなかった。

 スライムやアンデッドといった物理攻撃が効かないモンスターに苦戦を強いられることはあったが、逆に言えばそういう相手でなければ基本的に不利にはならない。

 <超級>を含めても、対人戦に限れば彼は天地でも最強格といっていい。

 それでも……彼がいまだ勝てない者もいるのだが。

 

 

 相手は速度型だが、カシミヤより遅い。

 それは取り立てて珍しいことでもない。

 しいて言うなら、素のAGIでは負けていることが珍しいくらいだが、それも珍しいわけでもない。

 カシミヤの素のステータスは低く、AGI補正の高い<エンブリオ>の<マスター>であれば、速度で上回ること自体はたやすい。

 技巧と、妙な発想でこちらを突いてくる。

 幸いにも、彼の攻撃は天地の武具やコートで守られたこちらの防御を完全に抜くほどではない。

 あるいは、大火力の攻撃をチャージする時間がないだけか。

 いずれにせよ、劣勢には立たされたが、決して敗勢でもない。

 

 

 だが、それだけならば。

 相手が、こちらの虚を突いてくるのであれば。

 こちらも虚を突けばいい。

 

 

 《瞬間装備》を発動。

 普段使いのそれとは違う、鞘にはまった打刀。

 それを手に持ったことで《神域抜刀》が発動。

 

 

 それと同時に、もう一つ。

 カシミヤの意思に呼応して、鎖――イナバが動く。

 そしてその鎖を足場にして、カシミヤの体が地面に平行に、なおかつ本来の在り方とは垂直に、鎖上に立つ。

 《神域抜刀》、それに加えて《居合》が発動。

 これによって、カシミヤのAGIは百万に達する。

 嗚呼、その斬撃こそが文句なしの。

 

 

『やば』

「ーー《閃》」

 

 

 世界最速の刃が、サンラクめがけて放たれて。

 ーーそして。

 

 

 To be continued


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