<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
□【猛牛闘士】サンラク
俺たちは、今走っている。
いや違うな。
走ってるのは俺だけだ。
俺が超音速機動で走りながらアンダーマテリアルを背負って走っている。
自分と同等の重量のものを持ちながら走っているが、リアルとは比べ物にならないSTRがあるのでどうということはない。
そういえば、普段はあまり意識してないけどプレイヤーはジュエルにしまえないらしいな。
しまえたらもう少し軽くて楽だったのだが。
ジュエルには時間停止効果のあるものもあるらしいので、入れたら逆に問題だろうけどな。
そういえば、闘技場の結界もなんか時間停止の設定が可能らしいんだが、そう言う時ってプレイヤーはどうなってるんだろうな。
まあでも、デンドロは基本的に健康被害が出ないことでも話題になったゲームだし、そこらへんは大丈夫なんだろうけど。
『こっちであってるんだよな?』
「問題ないねえ、今の速度ならあと三十分ってところじゃないかな?」
俺達が向かっているのは、征都に近い狩場だ。
征都には、様々な設備がある。
その中の一つが闘技場だ。
それゆえに、多くの闘士達が集い、その中には【抜刀神】カシミヤもいる。
そして彼にとって行きつけの狩場が、征都からいくらか離れたところにある。
そこで、カシミヤとコンタクトをとる。
その後どうするか、どうなるかは……まあ出たとこ勝負だな。
◇
「着いたね」
『よっし』
おんぶ状態のアンダーマテリアルを地面に置く。
直後。
ーー何かが、体を通り抜けた。
『……?』
「あーこれは」
これは?
なんだか違和感がある。
が、特に不快なものではないし、ステータスにも変化がない。
HPはまるで減っていないし、状態異常にもなっていない。
「ーーこれ多分《生体探査陣》だね」
『あー、あれか』
体を何かが通り抜ける違和感の正体は、魔法スキル。
名前からして、ソナーのようなスキルだろう。
このゲームにおいて、魔力というのは単なる数値ではない。
何かに変換される、万能の燃料である。
それによって、
《生体探査陣》、【陰陽師】のスキルだったか。
直接相手を攻撃するタイプの魔法ではなく、文字通り生物の位置を調べるというもの。
「多分だけど、これ《詠唱》で範囲めちゃくちゃ拡張してるねえ。経験上、あと魔力波の角度的にも広範囲すぎるよ」
『なるほど』
まあそこはあまり気にしていない。
問題は誰かしらに俺たちの位置がバレたこと。
そして、誰かしらが何をしてくるのか。
どこまでやるのか。
「うーん、とりあえず、逃げる?」
『いや、多分もう……』
逃げ切るのは、間に合わない。
そう言い終わる前に。
攻撃が来る。
「「「《五月雨矢雨》」」」
少し離れたところから聞こえる、複数人によってなされるスキルの宣言。
大量の矢が、雨のように降り注ぐ。
広域に降り注ぐ矢の雨。
その一撃一撃が、俺にとっては致命傷になりえる。
しかしそれは。
あまりにも、遅い。
とっさ、アンダーマテリアルを抱えて退避する。
矢の雨が、寸前まで俺達がいた地面に降り注ぎ、突き立つ。
超音速機動が可能な俺にとってはどうということはない。
数が頼りの矢。
一発も当たらなければ何の意味もない。
何かこの変態、硬直してるな。
何かあったか?
まさか今更お姫様抱っこした程度で動揺するやつでもないだろうに。
普段からあんだけR18な発言しかしてないやつだ。
メルヘンチックな要素はないだろ。
まあでも、メルヘンはそういう要素も多いってこの女がいつか言ってた気がするな。
こいつと過ごしているとそういうどうでもいい知識が増えるんだよな。
『おい、起きろ変態女』
「んひいっ」
『見たとこ、敵の数は多い。お前のモンスターとやらで対処しろ』
「り、りょうかあい。《喚起ーー【
ディプスロのスキル宣言通り、ジュエルから現れたのは二体のキメラ。
体より長い鼻を持った象と、三つの首がそれぞれ赤、黄、青色の三頭犬である。
おそらくは、いずれも広域殲滅に長けたモンスターなのだろう。
象が、雄たけびを上げてその鼻を上に向けて。
放水した。
大量の水が、遠距離にぶちまけられて。
その水に触れた傍からものが溶けていく。
木も、地面も、岩も、そしてーー隠れていた<マスター>も。
<マスター>らしきものが、ポリゴンになって消えていく。
さらに、三色ケルベロスは、口からそれぞれ炎、雷、冷気のブレスを放つ。
こちらはかなり速い。
亜音速で動き回りながら、ブレスを放出して回っている。
あれじゃ、弓とか魔法とか使ってる後衛職はどうしようもないだろうな。
実際、あちこちでポリゴンができてるし。
さて、これでとりあえず遠距離攻撃を使ってくるやつらは大体片付いた。
問題は、近接攻撃を仕掛けてくる手合いだ。
野盗やPKが遠距離攻撃のみということはあるまい。
ここで、近接戦に長けた奴らが攻撃してくるはずだが。
どこから、どこから来る?
『《天下一殺》』
『――っ!』
ソレは、完全に躱せなかった。
白い槍の穂先が俺を貫き。
【ブローチ】が砕け散る。
これはやられた。
どこから来るかを警戒していては、
《潜伏》に類するスキルを使っていたのだろう、と察せる。
俺に奇襲をぶちかましてくれた相手は、骨の化け物だった。
ドラゴンの骨を人型に組み替えて、それを纏っている。
外骨格の隙間から見えるのは、一人の筋肉質な女性。
というか、槍や鎧に《鑑定眼》が通じないので、下手人は<マスター>らしい。
これは確か、カシミヤ周りを調べるときに情報にもあったやつだ。
『”骨喰”狼桜』
『おやあ、あたしのこと知ってくれてるのかい。光栄だねえ、まあ』
”骨喰”【伏姫】狼桜。
カシミヤと何度も交戦している準<超級>だ。
野伏奇襲特化理論、だったか。
初撃奇襲に特化した、ただ一撃の攻撃力に秀でた戦術。
うろ覚えだが、かつては最強と呼ばれていたビルド。
西方でも、【襲撃者】が流行ってたっけ。
俺は闘士系統をメインにするとジョブスキルが使えなくなるから取ってなかったんだけどな。
完全に襲撃者系統に切り替えても良かったんだけど……いかんせん普通の戦闘で弱すぎるのがなあ。
まあそれはともかく。
目の前の相手は、今もなお
今でこそ【ブローチ】などで廃れたが、こいつは超級職のステータスで今もなお敢行しているらしい。
かつて最強と言われた戦術、その頂点に立つもの。
それに対して、俺は。
「ここは僕に任せて先に行くといいよお、サンラクくうん、多分
『了解。じゃあ任せた』
超音速で、変態に任せてそのまま駆け出した。
◇
「うふふ、足止めは任せてね、サンラクくうん。ーー《喚起》」
『その奇怪なモンスター、ハハアなるほど、アンタがあの”不定”ってわけかい』
「そう呼ばれてるねえ、背徳感があるだろう?」
『……?まあ、指名手配犯だからねえ』
「ここは通さないよ。彼のためだ」
『通るさ、こっちにゃぶっ飛ばしたいやつがいるんでね』
竜骨の化生と、異形を支配する怪人。
片方は、槍を構え。
もう片方は、手のひらサイズの
準<超級>のアウトロー同士の、戦闘が始まった。
◇◆◇
「ーーすいませんなのです」
ぞわり、とした。
アンダーマテリアルの時とは違う、感覚。
あれが禍々しい呪具や毒を塗布された異様な形の武装のような感覚だとすれば、こいつはその逆。
一切の装飾のない、一本の澄んだ白銀の打刀。
子供の好奇心のように純粋な、闘気と殺意。
「その手の甲、加えて《看破》から<マスター>ではないかとお見受けするのです」
『…………』
羊毛を思わせるふわふわのコートに、巨大な大太刀が二本。
兎と鮫を模したチェーンで支えられている。
先程子供のように、と言ったが、どうやら真実子供であるらしい。
その子供は、口を開く。
そこから出た言葉は。
「これから、あなたをPKしたいと思うのですが、よろしいですか?」
『…………ええ』
……ええ?
いや、マジか。
そういう奴だと聞いてはいたが、改めてみると衝撃がある。
天地にはこういう手合いがいるらしい。
とは知っていたのだけど。
震える。
『ちょうどよかった。よろしく頼むわ』
「ーー」
ーーあまりにも、都合がよすぎて。
『「いざ、尋常に」』
俺は、【双狼牙剣 ロウファン】を始めとした武装を展開し。
カシミヤも、鎖と鞘を操作して、【抜刀神】にとって最強である、抜刀の構えをとる。
『「勝負!」』
開始。
To be continued