<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
□【猛牛闘士】サンラク
俺と【修羅王】イオリ・アキツキの戦い。
最初に仕掛けたのは、やつの方だった。
「ーー《望月の型・参式・月輪》」
平坦かつ重苦しい声で発される、スキル宣言と同時。
持っていた刀のうち、一本を無造作に、俺に届く間合いでもないのに横なぎに振るう。
とっさに、屈んでよけながら、前進して接近する。
直後、
空気も、俺達を囲む、俺が先ほど破壊不能であると断じた結界さえも、紙細工のように裂けていく。
斬撃を飛ばすスキルかと思ったらそうではなく、空間ごと切り裂くスキルだったか。
当たったら即死とかひどすぎるだろ……。
いやまあ、俺はいつもそうなんだけど。
カンスト前衛でありながら、いまだに防御力が四桁行ってないやつがいるらしいですね。
まあ碌に服すら着てないのでしゃーなし。
因みに、先ほどの斬撃に関しては問題ではない。
だからこうやってつまらないことに思考を割く余裕がある。
変態女の情報によれば、【修羅王】はAGI、STR型の超級職らしい。
攻撃力と、速度、そのいずれもが五桁に達する超人。
俺の耐久が低いのもあるが、耐久型でも恐らく上級職程度なら喰らえば即死だろう。
しかし、逆に言えば、それは俺にとってむしろ相性がいいということでもある。
強力であっても一点に特化していないのであれば、速度で俺が有利をとれる。
ジョブや<エンブリオ>によるステータス補正。
【ケツァルコアトル】の《脱装者》によるAGI上昇。
これだけでも、五桁に達する。
さらに回避することでステータスを引き上げる【猛牛闘士】のスキルや、戦闘時間比例速度強化スキルの《回遊する蛇神》によってさらに速度が上がっていく。
おそらく【修羅王】も超音速機動ではあるようだが、戦闘開始時点で俺の方が若干速い。
そして、その差はどんどん広がっていく。
さらにいえば、AGI、STR型であれば防御力は低いということ。
俺の、ティック産装備や特典武具に頼り切っている、素の貧弱な攻撃力でもおそらくダメージを与えることが可能だ。
先ほどの空間を断ち切る斬撃も、普通に考えれば有効だが俺の防御力基準で考えれば、はっきり言ってただ斬撃を飛ばすスキルでしかない。
結論から言えば、こいつは現時点で俺にとってはカモだった。
『とはいえ、それはあくまで現状の話だよな』
相手は超級職。
一体どんな装備品や、スキルを持っているのかわかったものではない。
ティックもそうらしいが、一部の優れたティアンは自分でスキルを編み出せるらしい。
何でも、<マスター>の中にも一部そういう手合いがいるとか。
“魔法最強”とか呼ばれているらしい。
そりゃおまえがナンバーワンですよ。
とにかく、こいつの手札がわからない以上、選択肢は二つ。
一つは、持久戦で相手の手札を暴く。
悪くはない。
何度も挑み、時間をかけて、相手の手札を暴き、最適なチャートを組んで仕留める。
間違ってはいないが……この<Infinite Dendrogram>のサンラクにとっては間違いだ。
このクエスト、一度
ディプスロが情報をどうやって手に入れたのかは定かではないが……俺たち以外の<マスター>がすでに情報を得ていないとも限らない。
俺がデスぺナっている間に、他の誰かに先を越されようものなら、ディプスロには「早漏?早漏なんですかあ?」と煽られ、外道共にもネタにされるだろう。
そもそも、デスぺナのログイン制限を抜きにしてもそういう攻略は俺は好きじゃない。
できるまでやる、いつかできるってのは今日できる可能性を放棄するってことだ。
それは俺の望みではない。
今日ここで勝って、超級職になる。
それだけだ。
確実に勝つためにも、まずは一枚手札を切る。
『《
HPの半分を捧げて起動する分身生成のスキル。
同時に、俺の体は、消失する。
隠蔽効果によって、俺の体は奴から見えない。
「《望月の型・弐式・朧月夜》」
奴の体が不自然に蠢く。
動くじゃないぞ。
骨格が人と違う生き物が、自由自在に刀剣を、その他の武器を振り回す。
俺が操作する《製複人形》はかろうじて応戦するが……分が悪いか?
変幻自在に動き回る怪人に対して、俺自身ではない《製複人形》では対応しきれない。
正直、どこかに無理がある。
壊される前に、俺がとどめを刺さないと。
「《朔月の型・壱式・叢雲》」
刹那、《製複人形》がポリゴンになって消える。
『…………?』
今、やつの動きが見えなかった。
俺のAGIは超音速に達している。
多少加速しようが、俺の目でとらえられない道理がない。
どういう原理かは、一度見ただけではわからない。
仮説はいくつかある。
《製複人形》のような隠蔽・幻惑のスキルを用いて隙をついた。
空間操作系のスキルで腕と刃を飛ばした。
あるいは。
いずれにしても、俺の打つ手は変わらない。
『《
<Infinite Dendrogram>のプレイヤーサンラクにとって、最大の切り札を切る。
今の俺のAGI、さらに《回遊》と必殺スキルによる加速で俺の速度はAGIに換算すればーーおそらく十万といったところ。
これより速いのは――<Infinite Dendrogram>内部でも数名しかいない。
……数名はいるあたりホントインフレだなデンドロ。
分身に隠蔽、さらに加速による隠蔽。
すなわち、二重の偽装。
それを見切って、俺の攻撃を防げるかな、“魔境最強”。
最速に達したまま、《瞬間装着》で装備を切り替える。
両手に持つは、紅蓮の刀。
ティック製武器の最高作品、【レッド・バースト】。
耐久性は俺以下のゴミクズだが、文字通りの瞬間火力はお墨付き。
一度使えば文字通り墨屑になり果てる、一撃にすべてを費やす乾坤一擲の剣。
こいつの耐久力では受けきれない。
俺の速さに、こいつのAGIでは対処できない。
これで終わり。
確実に最大火力である【レッド・バースト】の斬撃を叩き込むだけの簡単な。
「ーー《朔月の型・参式・三日月の舞》」
ーーはずだった。
スキル宣言と同時、勝負はついた。
いや、違う。
俺がそれを聞くより速く、勝負はついた。
俺が奴を攻撃するよりはるか先、俺の
先ほど、《製複人形》が斬られたのと同じように、首を落とされてしまっている。
いつの間にか、そう本当にいつの間にかだ。
刀を持っていないほうの、三本の腕。
先ほどまで、武器が握られていたはずの手には。
三本の、鞘が握られている。
鞘自体は普通のものだ。
特典武具でもない、質がいいのはわかるがこれといったスキルも特にはないだろう。
取り出したのも、特に大した仕掛けではない。
俺が使っているアイテムボックスと同じで《即時放出》のスキルがあるのだろう。
先ほどまで握っていた武器も、足元に落ちている。いや、たった今落ちたのか。
俺の首と同時に。
重要なのは、そこではなく、こいつのやったことだ。
俺は、先ほどまで俺とこいつの相性はいいと、比較的やりやすい相手だと考えていた。
ステータスでは俺に勝るが、相性と奇襲でどうにかなると。
違っていた。わかった。
こいつと俺の相性は……すこぶる悪い。
俺は、こいつと戦ったのは今日が初めてだ。
だから、こいつが今どうやって俺を斬ったのかわかるはずがない。
本来は。
だが、ネタはもう割れている。
俺は、それを知っている。
知っていて、信じられない。
あり得るのか?そんな馬鹿な話が。
ティックからもそんな話は聞いたことがなかった。
ここが天地であると知ったあと、リアルで天地についてリサーチしたから。
そして、あるランカーのスキルを知っていたから。
そのスキルは。
『……《
【抜刀神】の奥義。
本来、【修羅王】--別系統の超級職が使えるはずのないスキル。
しかして、たった今こいつが使ったスキル。
光の塵になって消えゆく直前、俺はそいつを見た。
そいつは、悔しいかな、間違いなく俺のことを見ていなかった。
これが、【修羅王】イオリ・アキツキ。
かつてのレジェンダリア最強にして……
--次は、勝つ。
そんな俺のつぶやきは、俺の心の中だけでしか発されなかった。
To be continued
最速に至らんとするのは、未だ最速ではないからだ。
・《修羅道》
【修羅王】の奥義。
「サブに置いた戦闘職のスキルをすべて使える」スキル。
ぶっちゃけ、サブ超級職の取得前提のジョブ。
・《修羅ノ門》
【修羅王】のスキル。
「装備スロットを入れ替える」スキル。
例えば、アクセサリーや防具のスロットを減らして武器を増やすなどといったことができる。
いつも特殊装備品のスロットは何かしらでつぶれている。
・秋月流
イオリ・アキツキ一代限りの流派。
抜刀をメインとする朔月の型と、二の太刀などを主とした望月の型、そしてその先にある
・イオリ・アキツキ
メインジョブ:【修羅王】
サブ超級職:【抜刀神】、【斬神】
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