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 投稿者:mino阿弥  投稿日:2011年 2月 9日(水)16時48分2秒
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  岐阜県恵那市岩村町の大円寺(廃寺)開山の峰翁祖一は伊予に大通寺を開山(河野通朝開基)
峰翁の法嗣大蟲宗岑は宗昌寺開山(開基正岡氏)、大蟲の法嗣月菴宗光は最明寺開山(河野通定開基)
美濃岩村の臨済宗遠山派の三人の高僧が、岩村からはるばる伊予に渡り、それぞれに寺を開山。
この三寺院は伊予に現存している。(峰翁は北条時宗と異父兄弟という伝承)
美濃の高僧達が、伊予河野氏の禅文化と精神面の支えとなった。
伊予河野氏と美濃との関わりを探るためには最大の事跡であり、謎でもある。
また、伊予河野氏は元弘の乱で北条氏方であったが南山士雲(建長寺などの住持)が足利氏に取り次ぎ
伊予河野氏は足利方となり所領を安堵された。
南山士雲(東福寺第十一世)は、法蔵寺(廃寺・大垣市法蔵寺二木)の住持でもあり、その地に河野墨俣氏がいた。
伊予河野氏本家河野通盛は、南山士雲の恩に報いるため伊予に河野氏の菩提寺善応寺
(開山は南山の法嗣正堂士顕)を開基。

 
 
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