—— 麻倉さんから、StereoSound ONLINE読者諸氏に知ってもらわなくてはならない重要な案件があるというお話をいただきました。テレビ放送の録画にまつわるテーマとのことです。

麻倉 きわめて、由々しき事態と言っていいでしょう。これが決まってしまったら、皆さんがお使いのBD/HDDレコーダーや録画用ディスクが値上げされることになるのです。

—— それは唐突な話ですね。いったいどういうことなのでしょう?

麻倉 実は今、文化庁が中心になって「私的録画補償金制度」を復活させて、BD/HDDレコーダーに適応しようという動きがあるのです。その場合は出荷価格の1%ほどの補償金が課されることになり、そのコストは “製品の値上げ” という形で、われわれユーザーが負担することになります。

—— 「私的録画補償金制度」というと、ずいぶん昔にDVD-Rなどに課金されていたはずですが、今でも続いていたんですか?

麻倉 最初から説明しましょう。今回、それに気付いたのは、「私的録音補償金制度」を管理する一般社団法人 私的録音補償金管理協会(sarah)が、名称を私的録音録画補償金管理協会に変更したことがきっかけでした。( http://www.sarah.or.jp

 なぜ今頃名称を変更するのか、しかも「私的録音」が「私的録音録画」に変わった。これは何か裏があるに違いないと思って調べてみたのです。すると関係者から、(ある意味)ありえない話を聞くことができました。

—— 私的録画も対象にすることで、補償金の範囲を拡大しようということですか?

画像: 麻倉さんが入手した内部資料より(以下同)

麻倉さんが入手した内部資料より(以下同)

麻倉 そうなりますね。私的録画補償金制度は、アナログ放送の時代に制定されました。そもそもビデオテープの時代はアナログ録画だったので、ダビングすると画質が劣化していた。当時は、私的に録画する分については自由、無償で楽しむことができたのです。

 しかし1999年にアナログ放送をデジタル録画できるレコーダーが登場し、ダビングしても画質が劣化しなくなった。そのため大量にコピーされてしまうと権利者に大きな損失を与えかねません。

 そこで機器メーカーを含めた関係者の合意により、録画機器や録画メディアに一定の割合で補償金を課し、それを指定管理団体が回収、権利者に分配するという仕組を作ったのです。権利者には不当な不利益を補償し、ユーザーは自由に録画できるけれど、そのための対価として補償金を払うという取り決めですね。

—— その制度は今でも有効なのでしょうか?

麻倉 いえ、この仕組は事実上終了しています。というのも、2001年から地上デジタル放送がスタートし、さらに2008年からダビング10が採用されたため、ユーザー側の録画の自由が制限されることになったのです。

 ダビングしたディスクメディアからは、再度、ダビングはできません。この「10」という録画回数は権利者側も含めて決まった値ですし、ダビング10のコストは製品代金としてユーザー側で負担済みです。

 そこにさらに追加して補償金をかけるのは、ユーザーに対する二重負担ではないかという消費者団体やメーカー側の見解と権利者側の意見が分かれ、合意ができないまま事実上立ち消えになっているというわけです。

 さらに補足すると「私的録画補償金管理協会」(sarvh、2015年解散)が東芝を相手に、アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーに対する補償金支払いを求めて裁判を起こしたことがあります。結果は、「デジタル放送専用機は政令で定める補償金制度の対象に該当しない」という判決が出て、東芝が勝っています。( https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=81849

 その理由としては、「特定機器の対象とするには関係者間の合意が必要」で、さらに「録画源に著作権保護技術が伴っているか否かは、補償金の対象とするか否かについて大きな要素」であるという判断からでした。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、録画ソースである地デジ放送にはすでにダビング10が採用されているから、補償金の対象ではないと考えられる、ということです。

画像: 「私的録画補償金制度」が導入された狙い

「私的録画補償金制度」が導入された狙い

—— つまり、ダビング10あるいはコピーワンスの放送を録画するのであれば、補償金の対象にはならないということに決まったわけですね。それなのに、なぜ今更こういった制度を持ち出したのでしょう。

麻倉 そこが一番の疑問点ですね。実は最近は動画配信の普及もあって、テレビ放送を録画するという習慣自体が減っています。BD/HDDレコーダーの出荷台数も減少しており、メーカーの業界団体JEITAの統計を見てもこの十年で1/3〜1/4になってしまっています。それなのにBD/HDDレコーダーに補償金を求める狙いはどこにあるのか?
https://www.jeita.or.jp/japanese/stat/shipment/index.htm

—— ますます不思議です。

麻倉 聞くところではこの件にこだわっている国会議員がいて、その発言が重要視されているのではないか、また元JASRAC会長が2021年に文化庁長官に就任した影響を指摘する関係者もいるということです。真偽のほどは不明ですが、もし事実であれば大きな問題でしょう。
https://www.asahi.com/articles/ASP35555HP35UTIL02T.html

—— とはいえ、補償金を復活させるためには、関係者、特にコスト負担するユーザーの理解や合意が必要なはずです。しかしこのような議論があったという話は聞いていません。

麻倉 文化庁が消費者団体に説明した内容によると、令和2年(2020年)に「対象機器における消費者利用実態調査」を行ったところ「過去1年間の保存データ容量に占めるテレビ番組の割合が5割以上の者が52%」だったそうです。これくらい録画に使われているから補償金の対象にすべきという理屈です。

 ただこれは、iPodやウォークマン、音楽専用HDDレコーダー、BD/HDDレコーダーなどを対象にした調査のようですから、当たり前の結論とも思われます。というか、逆に52%しかないの? という気もしました。また、そもそも自分が保存したデジタルデータの割合を把握しているユーザーがどれくらいの数いるのかという疑問もあります。

—— ぼく自身もヘビーエアチェッカーで、放送をディスクメディアに保存する機会も多いのですが、保存したデータの割合といわれてもピンと来ませんね。

麻倉 そういった疑問点の多い調査結果を根拠にされてもなぁ、と誰しも考えるでしょう。文化庁はこの調査結果について、どんなユーザーを対象にしたのか、さらにどういったハードウェアについて使い方を調査したのかなどの詳細を公表するべきでしょう。

画像: 今回BD/HDDレコーダーやディスクメディアに補償金を課す正当な理由とは?

今回BD/HDDレコーダーやディスクメディアに補償金を課す正当な理由とは?

—— 実際に録画機器を愛用しているStereoSoundONLINE読者にとっても違和感のある結果でしょうから、ユーザーが納得できる根拠を示して欲しいですね。

麻倉 この件についてはプロセスも怪しいし、もっと悪いことに対象の拡大も考えているのではないかという懸念もあります。

—— BD/HDDレコーダー以外も補償金の対象になると。

麻倉 今回はBD/HDDレコーダーという限られた製品についての変更ですが、これが認められたら “録音や録画機能” を持った様々な製品……PCとかスマホ、さらに録画メディアに使える外付けHDDなど……も補償金の対象になるかもしれない。実際数年前にもスマホへの補償金という話題がありましたからね。そうなったらユーザーへの影響は甚大です!

—— PCのバックアップ用に外付けHDDを買うのに、代金には私的録音録画補償金が今後上乗せされることになってしまう?

麻倉 あくまでも可能性ですが、そうなり得ないとは言えません。我々ユーザーはその点も含めて、この問題の動向を注視していかなくてはなりませんね。

—— 一方で権利者の利益についてはどう考えたらいいのでしょうか。

麻倉 確かに権利者、クリエイターに対して創造の対価を支払うのは必要なことです。実際に、最近主流になっている音楽や映像の配信サービスなどでは、そのための仕組ができており、その結果JASRACからクリエイターへの分配金は過去最高レベルにあるとも聞きます。
https://www.jasrac.or.jp/smt/release/21/03_2.html

 しかし放送については先述したように既に裁判所の判断も出ており、ユーザーもダビング10といった制限を甘受しているわけですから、それらを無視してあえて、新たに補償金を求めるのはいかがなものでしょう。そもそも地デジ放送はダビング10を前提としてもう10年以上運用されてきたわけで、その媒体を選ぶ以上、権利者(放送局)も今の使い方に合意していると考えるのが自然だと思います。

今回の案件は、経過に不自然なところが多い点も大きな問題。
ユーザーが、放送を自由に楽しむ権利についても考えるべきだ

 アナログ時代は、私的利用のために行う録音・録画は適法であって、何の不自由もなく保証されていました。しかしデジタル時代になって、様々な制約が出てきました。

 例えば2008年からスタートしたダビング10は、録画コンテンツをディスクに保存する回数を制限するもので、自分の保存用であっても、最大10枚しかコピーができません。また一度ディスクに保存したら他には動かせないので、その意味でユーザーは不自由、不利益を被っているわけです。

 われわれはこういった制約の下で録画ライフを送っているわけですが、そこにさらに私的録画補償金が加算されるというのは、ひじょうにおかしなことです。感情的な不合理というよりも、既にデジタルレコーダーを対象にしないということが判決で認められたという司法判断の後ろ盾もあるのに、です。消費者側から見て、このような理不尽な動きが出てくるというのは、ひじょうに不可解で、容認できないのも当然だと思うんですね。

 今回の件は、経過に不自然なところが多いですね。なぜ十年以上前に役目を終えた制度がゾンビのように突然出てくるのかもわからないし、PCやスマホにまで広がっていく怖さもある。また消費者にアンケートを取って、それを今回の理論的な論拠にすると言うんですが、そのアンケート自体もあやふやでいまひとつ信用できません。

 このように不可解なことが沢山あっては、クリエイターの利益のためと言われても賛同できる人はいないでしょう。ユーザーが知らないうちに政令が成立するといったことがないよう強く希望します。

 これは本当に難しい問題だと思います。だからこそ、今回のように水面下で物事を運ぶのはいただけません。権利者・放送局とユーザー、メーカーみんなが納得できるように、オープンに話し合っていってもらいたいと思います。これからパブリック・コメントの段階に入るということですが、ユーザーとしては強く反対したいです(麻倉怜士)

画像: 【緊急提言!】 BD/HDDレコーダーや録画ディスクに補償金!? 「私的録画補償金」が十数年ぶりに復活しようとしている、その狙いとは
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 プロオーディオ、コンテンツ・クリエーション分野でのソフトウェア販売を手がけるメディア・インテグレーションは、イマーシブオーディオ再生に対応したMIL Studioを設立、“理想的な環境”での体験を可能にしている。

 前回は麻倉怜士さんと一緒にMIL Studioにお邪魔して、そもそもこの空間を作ろうとした狙いや再生システムの詳細、どのように活用していくのかといったこれからの展開についてインタビューを実施した。後編ではMIL Studioで360 Reality Audioコンテンツを聴かせてもらい、そこでのインプレッションをお届けする。

 デモと取材に対応いただいたのは、株式会社メディア・インテグレーション ROCK ON PRO Product Specialist 前田洋介さんと、同 Director 北木隆一さんのおふたりだ。(編集部)

画像: MIL Studioの象徴とも言える12本のスピーカースタンド。フランス・フォーカルの埋め込み式スピーカーを使い、様々なイマーシブオーディオに最適な配置を実現している

MIL Studioの象徴とも言える12本のスピーカースタンド。フランス・フォーカルの埋め込み式スピーカーを使い、様々なイマーシブオーディオに最適な配置を実現している

 今回はメディア・インテグレーションさんのMIL Studioで、360 Reality Audioで制作された楽曲を5作品聴かせていただきました。

 今回聴かせてもらうコンテンツは検証用として提供されたものだそうで、非圧縮のWAVオリジナルマスターを、ミドルレイヤー10ch、トップスピーカー9ch(センタートップ含む)、ボトム3chにサブウーファー2本を加えた22.2chシステムで再生しています。

 いずれもイマーシブオーディオとして印象的なコンテンツでしたので、以下でそれぞれのインプレッションを紹介していきたいと思います。

Greensleeves/Christopher Hardy

 大御所の録音エンジニア、高田英男氏を起用してソニーが制作した『グリーンスリーブス』です。

 この楽曲のように、演奏者が近づいてきて、音楽が盛り上がって、また去って行くというキャラバン隊風のコンテンツは昔からありました。

 でも従来のステレオ再生では、例えば左側からキャラバンが近づいてきて、センターで盛り上がって、右側に去って行くイメージだったのですが、これを360度の空間で聴くと、まさに自分が楽団の中で体験しているように錯覚します。かつその体験の質ももの凄く高い。空間の質はもちろん、音楽そのものや音響の質も高い。これほどハイクォリティな空間だからこそ、感動も深くなるのだと強く感じました。

 2chから5.1ch、ドルビーアトモスという進化では、音のクォリティもそれなりに担保されていました。しかしイマーシブオーディオになると、突然クォリティが置いてきぼりになってしまった。ヘッドホンのバーチャルだったり、一体型スピーカーでしか聴けないのです。

画像: 映像コンテンツの再生用に8K対応プロジェクターも装備する。近々ドルビーアトモス対応プリアンプを導入予定とかで、パッケージソフトも高品質に楽しめることになる

映像コンテンツの再生用に8K対応プロジェクターも装備する。近々ドルビーアトモス対応プリアンプを導入予定とかで、パッケージソフトも高品質に楽しめることになる

 これは音楽体験としていただけない。音質が担保された上で臨場感を拡大してきたというのがこれまでのサラウンドの進化なのですが、イマーシブオーディオでは突然、そこのところが先細りになってしまった。

 これについては、イマーシブオーディオを推進しなくてはいけないという、ビジネス的な側面に重きを置きすぎている点が問題だと思います。イマーシブオーディオを普及させるにはコンテンツをどんどん作ってもらわなくてはいけないし、そのためには機材が普及しなくては困る。

 でも、本格的なサラウンドシステムはなかなか個人宅には導入してもらえないので、簡単に使えるイヤホンとか一体型で “それらしい体験” を提供しようという発想になってしまったのでしょう。

 しかしイマーシブオーディオの本質は、そもそもの音質がよく、空間的な密度も高く、空間のクリアリティ、空気の透明感が担保されてこそ、その凄さが伝わることです。その事を、今日MIL Studioの音を体験して強く感じました。

 この楽曲もこれまで何回も聴いたことがありました。これまでもいい録音だと思っていましたが、どちらかというと音を飛ばしている、意図的に演出しているという印象だったのです。でも今日の音を聴いて、そういった表面的な印象ではなく、演奏者の持っている音楽性をうまく引き出していると感じました。モノーラルでもステレオでも感じられなかった、新しい感動体験を提供しています。

 特に素晴らしいと思ったのは、3D感、移動感を出しながら、メロディーを演奏しているピアノとサックスの位置は変わらないということです。この楽曲では、イマーシブオーディオの演出としてパーカッションとかコンガなどの楽器を積極的に動かしていますが、中心となるパートは固定なので、音場自体に安定感があるのです。

画像: 360 Reality AudioなどのファイルはPCのアプリで再生し、オーディオインターフェイスを経由して音楽信号をパワーアンプに送っている。右は階段部分にセットされたパワーアンプのラック

360 Reality AudioなどのファイルはPCのアプリで再生し、オーディオインターフェイスを経由して音楽信号をパワーアンプに送っている。右は階段部分にセットされたパワーアンプのラック

 これはとても大事なことで、安定だけでは躍動感がでてこないし、逆にあまり動きすぎると不安定になってしまう。この楽曲は、絶妙なところで安定と不安定のバランスを取っているなぁと感じました。

 楽曲自体は、序奏部、提示部、展開部、再現部という4部構成です。展開部がもの凄く盛り上がるんですが、そこでどんなに音量、音圧、音数が増えても、フォーカルのスピーカーはびくともしませんでした。それどころか音のレイヤーが増えるほど、解像度を高く聴かせてくれました。

 今日感じたこの楽曲のトータルの感動性は、イマーシブオーディオとしての音作りにあるかもしれないけれど、同時にこのスピーカーで再生したという要因も大きいと思います。レンジが広いし、キレがいい。通常キレがいいスピーカーは刺激的な音になりがちですが、このスピーカーはそうではなく、質感再現力も備わっています。基本的なクォリティが優れたスピーカーで聴くと、この作品はさらに生きるし、感動的に楽しめるんだと感じました。

ゴスペラーズ『風が聞こえる』×360 Reality Audio

 ゴスペラーズは編成がシンプルなので、360 Reality Audioの効果も分かりやすいですね。ソロとコーラスという関係性が、前の右側と後ろの左横の対角線上にあり、曲の途中でそれが入れ替わるというが楽曲構成でした。

 ひとりひとりの声が立っていて、明瞭度が高い。もちろん響きも多いのですが、声自体はとてもよく通ります。全体のアンビエントはエコー的に入ってくんだけども、そのアンビエント自体もクリアーだし、ソロとコーラスの音色も明瞭で、目に見えて高解像度な3D音場を楽しめます。

 またゴスペラーズという、日本を代表するアカペラグループが持っている音楽性と実力もはっきりわかります。歌の上手さ、テクニックも素晴らしいし、コーラスが絶妙にハモっていて、イマーシブオーディオだからこそ感動できるコンテンツに仕上がっています。

画像: 360 Reality Audio再生時のモニター画面。グラフィックの白い球体が発音位置で、音がどのように配置されているかがひとめでわかるようになっている

360 Reality Audio再生時のモニター画面。グラフィックの白い球体が発音位置で、音がどのように配置されているかがひとめでわかるようになっている

 2chで聴くと左右だけのやりとりのように感じますが、360 Reality Audioではソロとコーラスの配置、関係がフレーズごとに緻密に計算されていて、見事でした。

 この再現性は、フロントからリアまで同じクォリティのスピーカーを使っているからこそでしょう。ソロが後ろから再現されるわけですから、リアスピーカーがチープでは声が痩せてしまう。しかし今日はまったく違和感なく音の世界観に包まれました。

 試しに22.2chから13.2ch(フロントL/C/R+サラウンドL/Rの2段構成にボトムスピーカー3本とサブウーファー2本を追加)に本数を減らした状態の音も聴かせていただきました。

 この状態では間接的な表現や、空気感が減って、直接音が主体のダイレクトな再現になります。空間もちょっと狭くなって、22.2chの解放感がなくなりました。やはりイマーシブオーディオらしさを楽しむのであれば、スピーカーの本数は重要なんだと確認できました。

J-POP(女性ヴォーカル)

 この曲で面白かったのは、キーボードが前方右横45度と左後方45度の対角線上を行き来することです。この不思議な陶酔感のある演出の中で、前方少し上にヴォーカルが定位しています。同じ楽曲を2chで聴くと、左右方向にキーボードが動く中にヴォーカルが定位するのですが、360Reality Audioではキーボードがリスナーの身体の中を透過する、そんな不思議な体験ができます。

 ヴォーカルが定位している一方で、キーボードの音が自分の身体を通過していくというあたりに音場の芸術性を表現しているのでしょう。単に楽曲がいいとか、音質がいいとかだけではなく、演奏の配置、楽器のレイアウトが面白いといった新しい表現、音楽の象限ができたなという感じがします。

 これまではステージと観客の間には距離があったのですが、360 Reality Audioでは聴取者がステージに入って、しかも聞き手の身体の中を音が通過するといった表現が可能になる、これはまったく新しい音楽の楽しみ方が生まれたなという気がしました。

画像: 360 Reality Audioエンコードソフトの解説を聞く麻倉さん

360 Reality Audioエンコードソフトの解説を聞く麻倉さん

LIVE CONCERT

 ライブ音源も試聴しました。MCのナレーションが前から聞こえ、それを受けて歓声と拍手が横方向に広がります。ここまでは従来型の音場定位で、自分は客席に座って聴いているのかと思いきや、実はステージ上にいて、ヴォーカルは前から聞こえるんだけど、ブラス中心のバンドが左上方に、コーラスが前方にいるという、臨場感豊かな聴こえ方になりました。

 ある意味で試聴者はバンドに介入しているわけで、こういうことができるのも360 Reality Audioの妙味だと思います。新しい音場体験であり、ライブが行われた会場でもこの音は聴けない、360 Reality Audioコンテンツでだけ楽しめるリッチな体験だといえるでしょう。

 ただ、スタジオ録音とは違い、ライブ収録の360 Reality Audioは難しい面も見えてきました。というのも、各音源の情報量がまちまちで、ブラスなども渾然一体とした聴こえ方になります。音の明瞭度、分離が甘い。ここが改善されると、音を配置した狙いがもっと見えてくると思います。

 360 Reality Audioはクリアーにひとつひとつの音が立ってくるのが魅力ですが、ライブの場合もともとの音に会場の響きが含まれているので、音像位置もマスキングされてしまいます。今後は360 Reality Audioコンテンツを作るための録音テクニックが求められるでしょう。

CLASSIC CONCERT

 クラシック楽曲のイマーシブオーディオは、これまでは基本的にハイトやトップスピーカーはアンビエントを受け持ち、ミドルレイヤーで演奏を再生していました。しかし本作は、音の壁というコンセプトで作った曲だと感じました。

画像: MIL Studioは地下に設けられた空間だ。その入り口から見るとトップスピーカーが綺麗に円を描いて取り付けられているのが分かる

MIL Studioは地下に設けられた空間だ。その入り口から見るとトップスピーカーが綺麗に円を描いて取り付けられているのが分かる

 従来はステージの左側に弦楽器、中央に木管、その奥に金管楽器といった配置がされていましたが、この楽曲ではそれを縦方向に置き換えています。つまり上段に金管楽器が、中央に弦楽器が、下側にティンパニがいるといったイメージです。音は上から降ってくるわけで、新しいオーケストラの聴こえ方がします。

 もちろん音楽としての好みはあるでしょうが、試みとしてはとても面白い。音像そのものがひとつのコンセプト、音楽性であり、新しい音楽体験ができる。この曲では、目の前に音の壁が迫ってくるという画期的な体験が楽しめます。

               ●

 今日は全部のコンテンツを非圧縮の状態で聴かせてもらいましたが、実際には配信のための圧縮が必要なわけで、コンテンツプロバイダーにはその点も充分配慮してもらいたいと思います。

 圧縮によって失われるものは必ずあるわけで、それをどこまで抑えてくれるかによって、ユーザーが楽しめるイマーシブオーディオの品質は大きく変わります。今日の音質が楽しめるのであれば、パッケージメディアとしての価値も充分ありますので、将来的にはそういった展開も考えて欲しいですね。

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