<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
□【猛牛闘士】サンラク
外道共に理不尽にしばかれたり、そのあとレイやキヨヒメ、ステラと買い物を楽しんだりしながら昨日を過ごし、そして今日。
俺はトーナメント本戦二回戦に出ている。
ちなみに日をまたいだというのは、あくまでゲーム時間だ。
三倍加速時間はありがたいし、それを作った奴にはぜひとも感謝したいが、時々混乱することもある。
さて、それはともかく。
「こうして向かい合うのは、久しぶりね」
『そうだな。あー、例のイベント以来か』
「そうね。昨日のことみたいだわ、顔隠し」
『その呼び方止めろよ全一……』
そう、今日の相手はシルヴィ……もとい、なぞのゲーマーAGAUである。
最後にあったのいつだっけ?
いや、何かしらのイベントであったのは間違いないんだよな。
じゃあいつだったかといわれると……やっべえ思い出せねえ。
まあいいか。しょうがない。
どうせバレへんやろ、適当に話合わせとけ。
『ま、前回も負けたんだよな』
「いい試合だったけど、ね」
『まあ安心しろよ、今日の試合では俺が勝つ』
「上等!」
「試合!開始!」
開始と同時、俺は地をかけ、遠距離武器を構えて。
あいつは、天を翔けた。
彼女の履く青いブーツから蒼い炎が噴き出す。
そして、彼女は空を飛ぶ。
サンラクと同じ、超音速起動。
『これが、カッツォの言ってたやつか』
さてはあの星形ゴーグル、単なるファッションってわけじゃねえな。
カッツォやルストの就いてる操縦士系統のように、AGIが低くても高速移動に適応できるよう動体視力を引き上げるスキルがあるのだろう。
そうでなければ鈍足耐久型のジョブで、自分の動きを制御できるはずもない。
俺も以前、《回遊》の速度強化をかけすぎて制御を失って死んだことがある。闘技場の中での話だったから運がよかったけどな。
スキルの練習として、あの場所はいい。
欠点が金がかかることだけだからな。
デンドロでは公的機関に預けてさえ置けば、デスぺナで金銭をロストしないことも大きい。
空を翔けるのは、俺だけではない、ということだろう。
AGAUの見た目は、完全にヒーロー、ミーティアスのそれだ。
ブーツから炎を噴射して移動する、それは直線的な移動のはずだ。
しかし、カッツォの試合でもそうだったように、至極滑らかにカーブしている。
ロケットエンジンから噴き出して直線に移動し、ブレーキを掛けつつ停止、そして別の方向に移動することによって、まるで流れるように自在に動く。
『やっぱやべえなあいつの<エンブリオ>と、プレイヤースキル』
□■ある<マスター>について
万能型に類するAGAUという<マスター>。
彼女の<エンブリオ>は、TYPE:ウェポン、【蒼双狼脚 シリウス】という。
その能力特性は、炎熱噴射。
ブーツ型<エンブリオ>の噴射口から青い炎を吹き出してロケットのように推進力とする。
その性能はすさまじい。
超音速機動を行うことができるうえに、必殺スキルを抜きにしても上級炎熱魔法職相当の熱量攻撃ができる。
速度と火力、その双方を両立した高性能な<エンブリオ>である。
しかし、それゆえにシリウスは二つの大きな欠点を抱えている。
一つは、シリウスの制御が
常人であればまともに飛行できない。
それどころか、両足がバラバラの方向に動き、文字通り真っ二つに裂けてしまうだろう。
しかし、AGAUならば――シルヴィア・ゴールドバーグならばそれができる。
彼女こそは、世界最強のプロゲーマー。
それは、少なくとも公的には世界中の誰よりもプレイヤースキルが高いということ。
彼女ならば制御できるとシステムが判断したからこそ、シリウスはマニュアル操作になっている。
もう一つは、コスト。
速度と火力を両立している仕様上、MPの消費が膨大であり、上級カンスト魔法職でもそれを補うのは難しい。
シルヴィアの技量をもってしても、システム上のコストはどうしようもない。
だから――彼女はジョブシステムを使ってその問題を解決した。
【
回復魔法は自分にしか使用できず、パーティーにおける回復薬にはなりえない。
ソロプレイヤーに有利なように見えるが、AGIとSTRの伸びが全くと言っていいほどないので、ソロプレイとして使うには火力が足りない。
ではタンクとしては、どうか。
これもダメだ。聖騎士という、タンクとしての上位互換がいる上にあちらには攻撃力がある。
結論を言えば、【破戒僧】というジョブは今まで転職条件の難易度の割には扱いづらい、存在価値がなく、誰も就こうとはしないロストジョブ寸前のジョブだった。
条件が残っていたのが奇跡といってもいい。
だが、AGAUはそんなジョブにこそ、可能性を見出した。
火力がない?<エンブリオ>で攻撃すればいい。
速度が足りない?<エンブリオ>で動けばいい。
仲間が回復できない?基本的にソロだから問題はない。
彼女ならば、このジョブの本領発揮することが可能だった。
特に、シルヴィアが着目したのはMP、SPの自動回復スキルだ。
【破戒僧】の時点で取得可能であり、超級職になった今スキルレベルはEXである。
ジョブに由来する耐久力と持久力、<エンブリオ>に由来する攻撃力と機動力。
彼女のスタイルは、いわゆる万能型といわれるものである。
それに対抗する方法は二つ。
何かしらの尖った能力でごり押しするか。彼女と同じ純粋な戦力でごり押しするか。
あるいは――
「いいね、それを使ってくれるんだ」
『これ使わんと、削り切れねえからな』
サンラクがアイテムボックスから《即時放出》したのは一体の機械の巨人。
伝説級特典武具であり、最強の切り札。
それに乗り込む。
AGAUはスキル発動を妨害しようとするが、それは触手と遠距離攻撃によって一瞬遅れる。
『《
「ハハッ来たね!顔隠し!」
サンラクのスキル宣言に呼応して、白銀の巨人が赤く染まり、動き出す。
速度と火力、そして防御力を両立した最強のサンラク。
速度と攻撃力が通常時の倍になり、防御力も伝説級武具のそれ。
機体の耐久値を犠牲に驚異的な力を手にする、極端なスキル。
しかして、それこそがAGAUを超えられる方法。
「速い、ね、
『そりゃそうだろ!今は
ルスト戦ではミサイルで耐久値の半分以上が削れて
しまっていたうえ、【蛇眼鳥面】が壊れていた。
それゆえに、本来の出力を出せていなかったが――今は違う。
STRとAGIが二万オーバー、防御力も数値に換算すれば五千はある。
速度も攻撃力の双方で、
サンラクの打撃に耐えきれず、ガリガリとAGAUのHPが削られていく。
空中に逃げ切ろうにも、サンラクも《配水の陣》による空中戦が可能であるうえ速度で負けているので、避けられない。
サンラクが完全に優勢に回ったかに見える。
『オオ!』
「ふっ!」
だがそれは。
あくまでお互いの手札を出し尽くしていれば、の話である。
「《
【凶星天衣 ミーティア】ーーベルト型の伝説級特典武具の効果。
その効果は、自身の転移。
コストがかかる代わりに射程は《キャスリング》や《逃非行》よりもはるかに長く、条件も非常に軽い。
そのコストも、彼女のMPと《MP自動回復》を考えれば、あってないようなもの。
お互いに、手札を切った。
『あー、これは仕方ないわ』
そんな言葉を、サンラクが漏らして。
「《
シリウスの、必殺スキルの宣言と同時。
彼女の<エンブリオ>のブースターから出た蒼く、太い、炎の柱が【甲剥機甲 プリズンブレイカー】のコクピットを完全に消し飛ばした。
To be continued