<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~   作:折本装置

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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の八

 □■数分前・<這いよる混沌>本拠地手前

 

 

 つい先日まで王国最大の野盗クランであった<這いよる混沌>。

 多くの戦闘能力に秀でた<マスター>を抱え、さらに二人の超級職がいる。

 いまだ超級職にも<超級エンブリオ>にも至った<マスター>がいないアルター王国では間違いなく最強の犯罪者集団であった。

 しかし、もはや見る影もない。

 多くの<マスター>は主に二人のランカーの活躍でデスペナルティに追い込まれ、二人の超級職ティアンさえも撃破されてしまっている。

 

 

「…………」

「あの、この人、死んだんですモグ?」

「死んじゃいねえよ、まあ、もう何もできないだろうけどな」

 

 

 腕を失い、下半身を砕かれて。

 【掻王】タロンは、既にその意識を手放していた。

 心が折れたのではない。

 大量の【出血】により【気絶】したのだ。

 常人よりは高いENDとHPでかろうじて死亡は免れているが、<マスター>とは違い精神保護もないティアンの身ではもはや何もできはしない。

 

 

「お、あいつも終わったみたいだな」

「?」

 

 

 シュウは何かを察したのか、入口の方を見る。

 つられたモールも状況がわからないままそちらを見る。

 何もないところから、虹色の光があふれる。

 光が収まると、そこには一人の男ーーフィガロがいた。

 どうやらかなりのダメージがあるようで、ポーションを体に振りかけながら亜音速でシュウのほうへと駆け寄ってくる。

 

 

「待たせてしまったね、ここはもう片付いたのかな?」

「おう、そっちも大変だったみたいだな。お疲れフィガ公」

「うん、なんとか勝てたよ。シュウも勝った……ということでいいのかな?」

 

 

 フィガロは、シュウと近くに倒れているタロン、そして周囲に彼ら以外誰もいないことを気配で察してから確認する。

 ちなみにフィガロを見た直後、シュウはバルドルを紋章に戻している。

 それはフィガロが戻ったからだけではなく、《看破》したタロンの残りHPがもはや死の間際だったからだ。

 撃たなくても、もう死ぬだろうし死ぬ直前に何かできる様子もない。

 【出血】の副作用なのか、もう意識もはっきりしていないようだ。

 であれば、タロン以外に対応するために形態をリセットする必要があった。

 戦いは、ここだけで終わるとは限らないから。

 シュウは本拠地を見ながら、フィガロに指示を出した。

 

 

「とりあえず、フィガ公、モールと一緒にここを任せる。あの馬車の管理もな、子供を救出した後に送り届けるためのもんだ」

「わかったよ。でも、シュウはどうするの?」

「……サンラク達のカバーに入る。今のところデスぺナにはなってないみたいだが、まだ戻ってきてないからな」

「なるほど……それなら君一人で行くのが最善かな」

 

 

 奥にどれだけ戦力が残っているのかシュウも完全に把握できていないので、ここでの戦いが決着した時点で援護に入らなくてはならない。

 最悪の場合、サンラク達が内部の戦力に敗れたケースまで想定しなくてはならないから。

 そうなった場合、シュウが内部の敵を打倒したうえで子供を救出しなくてはならない。

 また、フィガロに任せるわけにもいかない。

 十中八九、未だサンラク達は戦闘中であり、援護に向かった時点でも戦闘が決着していないかもしれない。

 その場合は仲間との連携が不可能なフィガロは全く戦力にならない。敵の隙をついて救出することさえ難しいだろう。

 シュウが一人で向かう以外の選択肢はなかった。

 収納したバルドルはまだ出さない。

 相手や状況によってどの形態が必要なのかわからないからだ。

 あまりにも仕組みが形態の変更に時間がかかるのは多機能型のバルドルにとって大きすぎる欠点だった。

 屋内ではまず間違いなく戦車や固定砲台は使えないので、第一形態か第二形態のガトリングを使うことになるだろうが。

 

 

「とりあえず、行って来る」

「わかっ!」

 

 

 その時、彼等は振動を感じた。

 地震か、と一瞬シュウは考えて……違うと気づく。

 リアルでーー地震の多い国日本で体験したことのある自然災害による振動と、これは明らかに異なる。

 むしろこれは、彼がリアルで体験した別の記憶に近い。

 天災ではなく、むしろ人災。

 まるで「ビルさえも破壊できる人外レベルのステータスを持った生物」が「地下一階程度の深さで暴れている」かのような揺れだ。

 だがそれとも少し違う。

 シュウは状況と過去の経験則、そして直感から総合的に判断して、結論を下す。

 

 

「……これは」

 

 

 この状況を、端的に言い表すなら。

「ビルさえも破壊できる”巨大”な怪物が地下一階程度の深さで暴れている」というのが正解だ。

 

 

「まずいね、シュウ」

「えっと、これどうなってるんですモグ?」

「わからんが、多分何か巨大なモンスターが暴れてるんじゃねえかな。それも、相当強力……<UBM>と同格クラスのやつらが」

「「…………!」」

 

 

 そう言われて、フィガロとモールが思い浮かべたのは、一頭の青い虎。

 土竜人では歯が立たず、フィガロにとっては今までで最強クラスの敵。

 だが、だからこそシュウは今ここにいるソレが【クローザー】たちと同等以上だというのだ。

 類まれなる戦闘経験や直感を持つ自分やフィガロでさえ、今の今まで気配にさえ気づけなかったのだから。

 フィガロは武器を取り出し、構え、シュウは紋章から最も対応力のある第四形態を呼び出す。

 【エンネア】が<這いよる混沌>本拠地を破壊して飛び出してきたのは、その直後のことだった。

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 どうすんのこれ……。

 え、いやマジでどうしよう。

 大きさから言っても威圧感から言ってもまず間違いなく【ロウファン】より格上。

 考えるべきは、どっちを優先すべきか。

 正直、この化け物に挑みたいという思いはある。

 勝てるか勝てないかは別にしても、デンドロの<UBM>が退屈させてくれないモンスターであることはわかり切っているのだ。一ゲーマーとしては挑みたい。

 しかし、今俺たちはクエスト中だ。それを放り出して突撃するのもいかがなものか。

 とりあえず手もふさがってしまうし、子供たちをどこかに……。

 

 

「サンラク!とりあえずあの馬車に子供たちを乗せてくれ!フィガ公!」

 

 

 言われたとおりにレイ達と一緒に子供たちを抱えて奥にあった馬車に乗せる。

 乗せた直後、フィガロが土竜人を抱えて、馬車の御者台の上に乗った。

 そして。

 

 

「すまない。ここはまかせるよ」

「任された」

 

 

 そういえば、こいつは確か集団での戦闘ができないといっていた。

 これほどの強敵を前にして、一人で戦うという選択肢は取れないのだろう。

 誰かと戦うことはできない。だからこうして退場しつつ、子供や土竜人を逃がすという選択肢しか取れない。

 

 

「サンラクも、ごめんね」

 

 

 その顔は、どこか申し訳なさそうな顔だった。

 だから、俺は友人に向かって不敵に笑ってこう言うのだ。

 

 

『何言ってんだ、ここは俺たちに任せて先に行けよ。お前にはお前の役割があるだろ』

「サンラク……」

「安心しろよ。あんな奴カリッとタコ焼きにして、さくっと二つ目の特典武具獲ってやるから覚悟しやがれ』

「そうか……。うん、わかった、ありがとう。僕と並ぶのを楽しみにしているよ」

『え……今なんて?』

 

 

 うっそだろお前。

 何?特典武具最低でも二つはもってるってこと?

 羨ましい……!羨ましいぞお!

 俺も一つ持ってるけどさ、そういうことじゃないじゃん?

 それはそれ、これはこれで羨ましいじゃん?

 あ、ちょっと待て爆速で走り去る前にもうちょい詳しく!

 

 

「サンラク君!動いてます!」

『うおっ!』

 

 

 危ない危ない。

 あれ、何か動いてるというか、あいつフィガロ達が行った方に向かってない?

 あるいはギデオンに向かってるのか。

 いずれにせよ、目的が何かははっきりわかる。

 それをわざわざ放っておく手はないだろ。

 リセットできないオンラインゲームでバッドエンドは選ばない。

 そのためには。

 

 

『レイ!捕まって!』

「ひゃふっ!」

 

 

 以前【ロウファン】戦でも使った、レイをお姫様抱っこして移動式固定砲台とする戦術。

 正直色々どうかと思うんだが、まあ恋人同士なのでその辺大目に見てもらえるとありがたいですね。

 あの時はその場のテンションと

 俺自身が攻撃できなくなるというデメリットこそあれ、基本が機動力特化した俺と火力特化のレイの長所を伸ばし短所を補い合える最強戦術だからな。

 見た目は半裸の変質者が美女を抱えている光景(悪夢)なのだが。

 

 

「キヨヒメ!」

『バルドル!ありったけ撃ちまくれ!』

 

 

 あれ、触手の何本かが赤くなって、キヨヒメの弾丸を弾いた。

 うーん、あれ炎熱の耐性がアップした感じかな。

 多分銀色の時は物理攻撃に耐性があるんだと思う。

 あ、砲弾が頭に当たってるけど全然通ってない。

 

 

 

「サンラク君、ダメみたいです、攻撃が通りません」

「特殊弾は?」

 

 

 特殊弾こと《恋獄降火(メルト・ダウン)》を使えば相手の耐性や防御力を無視できるはずだ。

 

 

『不可能。《恋獄降火》は一発当たりの範囲が狭いです。今ある弾数では体の四割も覆えないでしょう。というか、おそらく大半は触手に弾かれます』

『触手をかいくぐって主要器官に攻撃しないといけないってわけか』

「それなら、俺に任せてくれないか?」

『シュウ、何か手があるのか?』

 

 

 今んとこ、こいつも銀だこ相手に打点なさそうだが。

 戦車の砲弾は全く通ってないし。

 なんか切り札でもあるのか?

 

 

「俺の奥の手、つーか第一形態を使えば主要器官は吹っ飛ばせる」

 

 

 それは、単なる断言。

 自分の一撃は確実にあの怪物を倒せるという証言。

 そして。

 

 

「一分間、隙を作ってくれさえすればーーあの蛸のどてっ腹、この俺が破壊してやる」

 

 

 【破壊者】シュウ・スターリングとしての、宣言である。

 

 

 □???

 

 

「本当に、やってくれるよねえサンラク君」

『そうだよね、抜け駆けの罰としてどうやって責任を取らせようかな』

「とりあえず、例の格好のまま王都の噴水前で土下座かな。当然スクショありで」

『鬼かな?』

「そこまで言うなら、君の意見は?さぞかしマシな提案があるんだろうね?」

『パーティー組んで経験値均等配分に設定したうえで、デスぺナ前提特攻十連で』

「外道かな?」

 

 

 二人の外道が笑う。

 笑いながら、彼らがどこへ向かうのか。

 そして向かった先で何をもたらすのか。

 それは神のみぞ知る……否、神さえも予想しきれぬことだ。

 

 

 To be continued


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