<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~   作:折本装置

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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の二

 □■???

 

 

「……ここはどこかな?」

 

 

 オルスロットのスキル宣言の直後、フィガロは奇妙な空間に立っていた。

 あたり一帯は玉虫色であり見覚えのない空間だった、しかしフィガロはそれを奇妙と感じたわけではない。

 むしろその逆といえるかもしれない。

 このような場所は訪れたことはないはずなのに。

 その形自体には見覚えがあるからこそ、奇妙だと思ったのである。

 円形の床。

 透明な結界。

 周囲に設置された数多の客席。

 そう、まるで。

 

 

「……闘技場?」

「正解だ」

 

 

 いつの間にか、一人の男が立っている。

 黒一色で固めた、いかにも悪役という格好の男。

 周りが極彩色であるために、よく目立っている。

 

 

「端的に言えば、俺とお前はここ――俺の<エンブリオ>TYPE:ワールド・ラビリンス、【混沌神話 クトゥルフ】の内部で戦う。そして負ければデスペナルティになる」

「それは僕が勝てば、君がデスペナルティになるということ?」

「ああ、そうだ。勝てれば、な」

 

 

 オルスロットの言葉には、「俺が負けるはずはないけどな」という意味が込められていたが、フィガロは気づかない。

 リアルの事情から人づきあいが足りておらず、相手の言葉の裏を読むことはフィガロにはできない。

 最も、仮に読めたとしても関係はない。

 なぜなら。

 

 

「そっか。……五分くらいかな」

「何?」

 

 

 ただ、彼の思うが儘に行動するだけ。

 

 

「五分以内にここを出るよ。ぐずぐずしていられないからね」

「」

 

 

 それは、ただ彼の予定を告げただけの言葉。

 早くこのスキルを解除して戻らなければ、仲間たちがどうなるかわからないが故に。

 煽っているつもりなどなく、彼の赤心(・・)が漏れてしまっただけ。

 

 

「余裕ぶってんじゃねえぞクソがあ!今ここでぶち殺してやる!」

 

 

 オルスロットがそれをどうとらえるかは別の話だが。

 憤怒の形相で武器を構えるオルスロットに対して、フィガロも武器を構える。

 

 

「ーーやろうか」

 

 

 ただ一言そう言って、獅子は混沌に牙をむいた。

 

 

 ◇

 

 

 戦闘開始直後、先手を取ったのはオルスロットだった。

 

 

「《ファイアーボール》」

 

 

 【賢者】をメインジョブにしているオルスロットが初手で放ったのは初球の火属性魔法。

 しかし、大した威力もなく、速度もでていない。

 《詠唱》などのスキルで強化されているのならともかく、下級職の最初に覚えるような魔法スキルなど、上級前衛職についたものならそのステータスだけで躱す、あるいは受けとめることはたやすい。

 ーー上級前衛職のステータスがあれば(・・・)

 

 

「っ!」

「はっ!耐えたか。やはり特典武具で固めているだけはある!」

 

 

 フィガロは、躱せなかった。

 加えて耐えはしたが、無傷でも軽傷でもない。

 装備補正でかなり防御力が上がっているはずだが、それでもダメージを受けてしまっている。

 加えて【火傷】の状態異常になり、HPがじわじわと削れている。

 

 

「これは……」

 

 

 もろもろの状態から、考えられる可能性は一つしかない。

 フィガロは自身のステータスを確認し、納得に至った。

 フィガロが墓標迷宮を中心にレベルを上げて積み上げてきたステータス。

 それがーー大幅に下がっていた。

 それこそ、魔法職とほとんど差がない(・・・・・・・・・・・・)ほどに。

 さらにウィンドウの他の項目を見れば、いくつかのスキルが使用不可能になっていた。

 ーー例えば、コル・レオニスの保有する二つのスキルなどが。

 

 

(デバフスキルに類するんだろうけど、いくらなんでも効き目が強すぎる。何らかの条件があるはずだ。多分、ステータスのほうは彼自身のステータスと同じところまで引き下げる、といったところなんだろうけど……)

 

 

 フィガロの推測は間違いではない。

 オルスロットの<エンブリオ>の必殺スキルの効果はクトゥルフ内に引きずり込んだ相手を自分と同じステータスにまで弱体化させること。

 加えて、相手はオルスロットの知っている(・・・・・・・・・・・・)スキルしか使うことができなくなる。

 フィガロの場合、ジョブスキルや装備スキルの大半は決闘で手の内が読まれているため使用できるが、<エンブリオ>のスキルは使用できない。

 最も、これは彼の手落ちではなく、手の内をさらけ出さないというのは定石以前に常識だ。ただ相手が悪すぎたというだけの話である。

 同等以下のステータスまで相手を貶めスキルを削ったうえで、相手を手札の多い【賢者】のスキルで一方的に蹂躙する。

 それがオルスロットの戦術である。

 しかし、それが彼の<エンブリオ>のすべてではない。

 そもそも、彼の<エンブリオ>の能力特性は単なる弱体化ではない。

 まったく別のものだ。

 

 

 ◇

 

 

 クトゥルフとは、ラブクラフトという人物が産み出した神話である。

 しかし、それだけではクトゥルフ神話を語ることはできない。

 ラブクラフト以外の数多の人間が、ラブクラフトの作り出したクトゥルフという世界を軸にしながら、さまざまな物語を展開していった。

 いまでも、ライトノベルなどでモチーフとされることは少なくない。

 数多の者に承認された(・・・・・)、いわばシェアワールドといわれるものである。

 【クトゥルフ】の能力特性は、そのシェアワールドである。

 多くのメンバーの同意を得ることで、その出力を引き上げることができる。

 具体的には、大幅に必殺スキルの制限時間を延ばし、クールタイムも大幅に短縮できる。

 逆に言えば、オルスロット一人では必殺スキルをごく短時間……三十秒程度しか維持できない。

 加えてクールタイムも最低で一日、相手の強さに応じて変化していく。

 仮に対象がフィガロであれば、本来のクールタイムは一週間程度であろうか。

 オルスロットが敗北した場合、同意者はペナルティを受けるが、逆に言えば負けなければペナルティはない。

 そして彼の仲間は、未だペナルティを受けたことはない。

 

 

 それはーー【クトゥルフ】は彼が望んだ力。

 所謂「俺TUEEEEE」による圧倒的な無双を求めた、否、無双したうえで数多の者に畏れられ敬われ、承認される(・・・・・)ことを望んだ彼の心から生まれた力。

 そしてそのような<エンブリオ>から生まれた力は、強者を潰すのにこれ以上ないほど優れていた。

 今この時、闘技場の獅子を追い詰めているように。

 

 

「《魔法多重発動》!《ファイアーボール》!」

「くっ!」

 

 

(避けられない。防御態勢を取っても、いずれ負ける)

 

 

 魔法職相手ならば近づいて接近戦に持ち込むのが定石だが、近づけない。

 フィガロよりオルスロットの方が早いからだ。

 フィガロとオルスロットのAGIは現在同速だ。

 しかしそれはあくまでも素のAGIの話。

 装備補正を勘定に入れれば、オルスロットのほうが速くなる。

 フィガロとて【不縛足 アンチェイン】などの装備補正でAGIは引き上げているが、それでも届かない。

 なぜならそれらの装備はあくまで割合強化(・・・・)だからだ。

 現在100にも満たない彼のAGIを割合強化で引き上げても限度がある。

 対してオルスロットは固定値のステータスアップ装備で固めているからステータスでフィガロを上回っている。

 故に未だフィガロはオルスロットに追いつけない。

 

 

「…………」

「ハハハハハ、どうした、手詰まりかあ!」

 

 

 手詰まりではない。こんな状況下でも、フィガロに手はある。

 この状況を打開する方法はある。

 うまくいく保証はないが。

 それでも、フィガロの直感はそれしかないと告げていた。

 ならば可能性を信じるのみ。

 フィガロの頭に浮かぶのは、着ぐるみを着た友人と、覆面をかぶった友人の顔。そして、助けたい少女の顔。 

 ここで自分が倒れれば、ここに来た目的を果たせなくなる。

 なら、勝利の可能性に向かって進むしかない。

 

 

 

「行こうか。《断命絶界陣》」

 

 

 フィガロはーー己の切り札を展開した。

 かつて【絶界虎 クローザー】が編み出しフィガロに使用した切り札。

 オリジナルのそれに劣りはするが、MPはオルスロットを下回っており唯一弱体化しなかったため、問題なく展開できた。

 

 

「……?」

 

 

 オルスロットは疑問に思う。

 《断命絶界陣》そのものに対してではない。攻性斬撃結界自体は彼にとっても既知のもの。

 そもそも彼にとって既知でなければこの世界では使えないが。

 直接ではないが、フィガロの試合を見たことがある故に。

 わからないのは、何故それをここで使うのか、だ。

 あの結界は確かに広域をカバー出来るが攻撃力に欠ける。

 実際AGI型超級職であるトム・キャットのHPを削り切れていなかった。

 ならばこれを守りに使い距離を詰める気だろうか、とオルスロットは考える。

 

 

「甘いわ!《ヒート・ジャベリン》」

 

 

 彼が出せる最大火力の魔法。

 今のフィガロには耐えられない。

 また、広域に展開した結界では単体集中型の攻撃は防げない。

 当たれば確実に死ぬ。

 しかしそれでも、フィガロは止まることはなく。

 

 

「そこまで行くよ」

 

 

 結界を足場に駆け出した。

 

 

「……っ!」

 

 

 オルスロットはフィガロに向かって魔法を撃とうとして、フィガロをとらえられずに魔法を外す。

 速度が落ちているはずなのに、多数の足場を利用し、自由自在に跳ね回るフィガロをオルスロットでは目で追えない。

 さらには《魔法多重発動》で複数魔法を乱射しても当たらない。

 相手がフィガロでなければ当たっていたはずだが、悉く避けられる。

 撹乱した上で弓で射撃するのか。

 あるいは接近戦に持ち込むつもりかとオルスロットは考え、手を打つ。

 

 

「《クリエイト・フロストゴーレム》」

 

 

 オルスロットは、氷結の守護者を呼び出す。

 だがそれも、意味をなさない。

 自身に鎧のごとく纏うならともかく、三次元機動で接近してくる相手にモンスターで受けるのは難しい。

 自身もモンスターも鈍足であればなおさらだ。

 加えて、かく乱するためか、フィガロの動きは読みづらい。

 ただ単に最短経路をかけるのではない。

 むしろ、不規則に走り、跳躍し、時には腕を使って移動する。

 人というより、サルの移動方法に近いかもしれない。

 まさに獣のふるまいだが、フィガロはそれを気にするような手合いではない。

 戦いのためなら、ちぐはぐ装備だろうが半裸にだろうが、なる男だ。

 見栄えを気にするはずもない。

 だんだんと彼我の距離は縮まり、ついに。

 

 

「ーー追いついた」

「くそっ!」

 

 

 フィガロは完全に、間合いへと入った。

 それは接近戦を可能とする距離。

 オルスロットは逃げようと、距離を取ろうとする。

 

 

「《ファイアーボー」

「させないよ」

「がっ!」

 

 

 《瞬間装備》した槍による攻撃。

 攻撃力が足りず、HPを削り切るには至らない。

 また先ほどの結界の展開でMPは尽き、装備スキルも発動しない。

 しかし、それは的確に相手の喉を突き、スキル宣言と動きを止めた。

 

 

「--■■■!」

 

 

 フィガロは槍を捨て、同時に《瞬間装着》で防具の大半を捨て、鉤爪のついた手甲を装着する。

 特典武具でこそないが、彼が扱う武具の中でも最高レベルの品。

 先日伝説級の虎を討伐した時、報酬としてもらった素材で製作された代物、それを今、身に着ける。

 刹那、フィガロの目が赤く光る。

 《フィジカルバーサーク》、アクティブスキルを使えなくなる代わり、ステータスを大幅に引き上げるスキルを起動する。

 SPも下がっているため今この時まで使用していなかった。

 

 

 そして今この時こそ、使うべきだとフィガロは判断した。

 

 

「ヒィッ!」

「-ー■■■」

 

 

 事ここに至ってなお、オルスロットは往生際悪く逃げようとする。

 しかし、足が動かない。

 フィガロの攻撃による生理的な怯み以前に、完全に気圧されてしまっている。

 それもそのはず。

 彼の<エンブリオ>による戦術は、一切の想定外を許さないというもの。

 それ自体は強力な戦術であり、それこそ王国内でも彼に勝てるものはまずいなかっただろう。

 しかし、それにもかかわらず、フィガロは彼の才覚とひらめきによって彼に想定外をもたらした。

 反応も対処も、できるはずがない。

 自身の対人戦術が通用しない(フィガロ)に対して、心がすでに負けてしまっている。

 速度と攻撃力に特化した今のフィガロを振り切ることもしのぎ切ることもできはしない。

 そうして、フィガロの爪がオルスロットのHPをすべて削り切った。

 

 

「……アア」

 

 

 自身の死によって、クトゥルフもオルスロットのアバターも、光の塵へと変わっていく。

 散り際に彼ーー天音久遠が思ったことはただ一つ。

 

 

(理不尽だ……)

 

 

 

 To be continued




ちなみに《クトゥルフ》敗北時のペナルティは一定時間のステータスデバフです。
デスぺナしても無駄です。
またカウントされます。


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