こちら特報部 親学(上) 非科学と時代錯誤の家族観 教育へ再燃懸念 推進議連 安倍内閣ずらり
(9月6日東京新聞記事コピー)
「伝統的な子育てで発達障害が予防できる」。およそ科学的根拠を欠いた主張と時代錯誤の家族観を掲げる「親学」はたびたび物議を醸してきた。これが安倍改造内閣の教育論議の焦点に浮上しかねない。超党派の推進議員連盟が発足した当初の会長は安倍晋三首相、事務局長は下村博文文部科学相、さらに新入閣した山谷えり子拉致問題相や有村治子女性活躍相も有力メンバーなのだ。議連は、親学を具現化する議員立法の提出を目指している。もし成立を許せば、女性の活躍どころではない。
「戦後の一つの問題点は家庭教育がスポッと落ちてしまい、その存在が希薄化されてきたことにある。家庭教育支援の施策を推進していくように政府は努めていかなければならない」 二〇一二年十月、安倍首相の地元山口県下関市で開かれた「山口県親学推進セミナー」。教育雑誌「教室ツーウェイ」によると、当時野党自民党総裁だった安倍首相はあいさつで、親学の大切さを強調した。
このセミナーに先立つ一二年四月、国会では、超党派の「親学」推進議員連盟が発足した。設立の呼び掛け人には自民、公明、民主、みんなの党などの議員が名を連ね、初会合には約五十人が出席。安倍首相が会長、事務局長に下村文科相が就任した。設立趣意書には「子供の発達段階に応じたかかわり方についての科学的根拠に基づく知見や情報、日本の伝統的な子育ての知恵を伝える」ことや「日本人の精神的伝統を親学としてよみがえらせる」ことで、日本の教育再生を目指すとしている。子育て家庭支援に向けた「家庭教育支援法」制定が目標だ。
親学とは何か。〇六年十二月発足の社団法人「親学推進協会」(会長・高橋史朗明星大教授)のホームページは「親になるための学習、親としての学習」と説明する。世間の注目を集めたのは、第一次安倍政権時の〇七年一月に出された教育再生会議の第一次報告だ。親学は「これから親になろうとする人が育児について学ぶ」と定義した上で、子供の規範意識低下対策として「教育委員会、自治体および関係機関は、これから親になる全ての人たちや乳幼児期の子供を持つ保護者に、親として必要な『親学』を学ぶ機会を提供する」と明記した。
幻の「親学マニュアル」があった。当時首相補佐官だった山谷拉致問題相が中心になってまとめた「緊急提言」だ。「赤ちゃんの瞳をのぞきながら子守歌を歌い、できるだけ母乳で育てる」「授乳中や食事中はテレビをつけない」などが列挙されていた。個人差のある母乳による育児の「提言」は問題視された。当時の伊吹文明文科相は「人を見下したような訓示」と厳しく批判。自民党の中堅・若手議員六人は月刊誌で「『教育時事放談』になっている」と断じた。結局、提言は封印され、第二次報告からも「親学」の文字は消えた。
安倍首相は冒頭のあいさつで「(第一次安倍政権で成立した改正教育基本法の)家庭教育は具体的に実行されていない」と無念さをにじませた。今回の内閣改造で新入閣した山谷、有村両氏は親学に積極的だ。安倍改造内閣は「親学リベンジ内閣」でもある。
こちら特報部 親学(下) 女性躍進と矛盾 育児押しつけ就労も… 地方でも条例案で物議 家庭に政治が介入
親学は、地方でも波紋を広げている。大阪市では二〇一二年に一騒動起きた。大阪維新の会の大阪市議団が持ち出した家庭教育支援条例案だ。同案には、発達障害について「わが国の伝統的子育てによって予防、防止できる」との記述があった。これには大阪自閉症協会など市民団体が「発達障害は脳機能障害で、子育てとは関係ない」「偏見を助長する」と猛反発。維新の会は提出を見送らざるを得ず、市民団体に謝罪した。この案は、親学推進協会の高橋氏が作成したとされる。高橋氏はネット上の声明で「(学童期から思春期にかけて出現するとされる)二次障害については早期発見、早期支援、療育などによって症状を予防、改善できる可能性が高い」と弁明した。
非科学的な物言いにはあきれるばかりだが、さらに問題なのが、家庭への政治の介入を促していることだ。同案では「家庭教育の支援は、官民の区別なく(中略)企業、地域社会、行政が連携して、社会総がかりで取り組まなければならない」と訴えていた。反対運動を支援した大前治弁護士は「どんな子育てをするかは家庭の問題。そこに権力は介入すべきではない。それを許せば、戦前のような愛国心を強制する家庭教育にもつながりかねない」と懸念する。
大阪では頓挫したが、家庭教育支援条例は熊本、鹿児島両県で成立した。ただし、発達障害に関する記載はない。条例はないが、宇都宮市、名古屋市などでも「親学講座」は開かれている。だが、いずれも「早寝早起き」といった生活習慣の講座や、就学直前の子どもを持つ親の勉強会といった内容で「価値観の押し付けはしない。『介入』とは一線を画している」(熊本県)という。とはいえ、親学の根底には、「母性、父性」を前面に打ち出す古い家族観があるのは間違いない。
安倍内閣の成長戦略の柱の一つが女性の活用だ。首相は、二〇二〇年までに指導的な地位に就く人の三割を女性にする政策目標を掲げる。改造内閣では女性活躍相を新設した。ところが、そのポストに就いたのが、親学推進の有村氏では矛盾しないか。もっとも、自民、公明両党が先の通常国会に議員立法で提出、継続審議となっている女性活躍推進法案の本質は少子化対策だ。それが証拠に、条文には「少子化社会対策基本法に配慮する」とある。高橋氏らは、民主党政権時代に策定された第三次男女共同参画計画に不満とされる。このため来年に予定される改定では、伝統的な家族観を強調する内容が盛り込まれるかもしれない。その先に控えるのが親学法案というわけだ。
ジェンダー問題に詳しい松本侑壬子・十文字学園女子大元教授は「現状のまま、家庭教育の充実といっても女性の負担が増えるだけだ。それでいて社会に出て働けというのは大きな矛盾だ」と指摘する。「『女子大生に専業主婦志向』といったデータがあるが、働きたくても就職難、働けてもワーキングプア、それなら専業主婦という消極的選択。長時間労働の解消、男性の育休消化率のアップなど、女性が活躍するための土壌作りは何十年も前から言われていながら放置されている」
米モンタナ州立大の山口智美准教授(文化人類学)は「安倍政権における『女性の活躍』は、経済再生と少子化対策を目的にしており、人権の視点がない。このままでは、男女の役割分業という伝統的な家族観に逆戻りする危険がある」と警鐘を鳴らした。