いとしき日本、悲しき差別――属性で規定されない世界を夢想して

暮らし

李 琴峰 【Profile】

「日本には差別なんてない」と頭がお花畑の右の人が言う。
「日本は差別大国だ」と社会に失望した左の人が言う。

今日の日本で、差別について語ることはますます難しくなってきていると感じる。差別を指摘するとしばしば過激派と見なされ、即座に「パヨク」「反日」などのレッテルを貼られ、「差別ではなく区別だ」というもっともらしい反論ではぐらかされ、場合によっては「そんなに日本が嫌なら出ていったら?」と嘲(あざけ)られる。しかし、どの国、どの共同体にも差別は存在し、それを指摘することは当の共同体に対する攻撃には直結しない。臭い物に蓋(ふた)をしても、桶の中でぷんぷんする悪臭はいずれ溢れ出る。にもかかわらず、溢れ出る不快な臭いにも見て見ぬふりをしようとし、時にはきつい香水を吹きかけてそれをかき消そうとする今の社会の雰囲気には、とても違和感を覚える。何かが腐って臭っているのなら、臭いの発生源をきちんときれいにするのが正しい対策ではないだろうか。

日本という国を無条件に擁護し、「美しい国・日本」と褒めそやすことも、この地に居住している愛しい人間の存在を無視し、「差別大国」と貶(おと)すことも、私はしたくない。日本でも台湾でも、私は人間の温もりを垣間見たことがあり、涙ぐみ、憤るような差別を受けたことがあったからだ。

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台湾 LGBT 差別 外国人

李 琴峰LI Kotomi経歴・執筆一覧を見る

日中二言語作家、翻訳家。1989年台湾生まれ。2013年来日。2017年、初めて日本語で書いた小説『独り舞』で群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。2019年、『五つ数えれば三日月が』で芥川龍之介賞と野間文芸新人賞のダブル候補となる。2021年、『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。『彼岸花が咲く島』が芥川賞を受賞。他の著書に『星月夜(ほしつきよる)』がある。
李琴峰の公式サイト

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