研究ブログ

東大情報学環大澤昇平氏の差別発言について

1 はじめに

東京大学大学院情報学環特任准教授の大澤昇平氏(@Ohsaworks)が、11月20日にtwitter上で行った差別発言について書きます。この件については、11月24日に情報学環長名ですでに以下のような文書が出されています。

しかし残念ながら、上記の文書からは誰がどのような言動を行い、それがなぜ問題なのかということがわかりません。筆者(明戸)は現在同じ大学、同じ部局の特任助教であり(ただしプロジェクト雇用なので部局そのものの運営等には関わっていません)、また差別やヘイトスピーチにかかわる研究者でもあります。こうしたことをふまえて、ここでは明戸個人の立場から、今回の経緯および論点を整理し、自身の立場を明らかにしておこうと思います。

2 国籍差別について

今回の一連の発言の中でもっとも問題が明確なのは、11月20日午前11:12の以下のツイートです。「弊社 Daisy では中国人は採用しません」。なおこのツイートには11月24日18時時点で、318件のリツイートがなされ、511件のいいねがついています。

続いて同日午後1:21には、他のアカウントからの批判を受けて以下のようにツイート。「中国人のパフォーマンス低いので営利企業じゃ使えないっすね」。

同日午後2:02には、さらに別のアカウントからの批判を受けて「そもそも中国人って時点で面接に呼びません。書類で落とします。」とツイート。これは460件リツイートされ、385件のいいねが付いています。

ここで使われている「中国人」というのはおそらく中国国籍者を指すものだと思いますが、twitter上などでもすでに多くの人から指摘を受けているように、「中国人」というカテゴリー全体について「パフォーマンスが低い」と断定し、それを理由として「採用しない」「面接に呼ばない」と判断することは、きわめて露骨な国籍差別です。

ただし付け加えれば、現在の日本においてこうした国籍差別を違法とする法整備が進んでいないことは事実です。日本では2016年にヘイトスピーチ解消法が施行されましたが、本来その前提となるはずの人種差別禁止法、すなわち入店差別(「外国人お断り」)、不動産などの契約上の差別(その多くは「外国人であることを理由に部屋を貸さない」)、学校の入学での差別、そして今回のような職場での採用や昇進にかかわる差別など、いわゆる「(人種などに基づく)差別的取り扱い」を包括的に禁止する法律は、いまだありません。

とはいえ現時点で法律がないことは、そうした差別をしてもよいということを意味しません。実際法務省ではこうした外国人差別についての調査を行い、その結果を2017年に公表しています。この調査によると「外国人であることを理由に就職を断られた」人の割合は約25%となり、もし大澤氏が経営する企業で実際に国籍差別が行われているとしたら、その被害はこれに該当することになります。
http://www.moj.go.jp/content/001226182.pdf

また厚生労働省は「公正な採用選考を目指して」という文書を毎年発行していますが、その基本的な考え方の一つに「応募者の適正・能力のみを基準として行うこと」が掲げられています。ちなみにP18に記載されている国籍についての問題事例は「語学の講師の募集の際に国籍を限定する」で、これに比べると今回の件は差別としてあまりにも露骨なので正直あまり参考にならないのですが、能力を国籍などのカテゴリーで代替させて判断することが上の基本的な考え方に反するものだということは、ここからも明らかであろうと思います。
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdf

3 差別煽動(ヘイトスピーチ)について

とはいえ今回の件の核心は、国籍差別それ自体よりも、そうした差別を煽るような発言を、東大教員という責任ある立場で行ったということのほうにあります。大澤氏は今回の発言について「これは私企業の話で、東大とは無関係」といったツイートを繰り返しており、また情報学環長名の文書でも「学環・学府の活動とは一切関係がありません」とされています。しかしむしろ問題なのは、「無関係」なはずの東大教員の肩書きを前面に出したアカウントで、こうした発言を行ったことです。

こうした発言は、ヘイトスピーチという観点から考えることができます。ヘイトスピーチという言葉はこの間広く知られるようになった一方、その分誤解もされていて、ある人を貶めるようなことを言えば何でもヘイトスピーチだと思われているようなところもあるのですが、実際にこの言葉が意味するのは、特定の属性を理由として行われる脅迫や侮辱、あるいは煽動です。

このうちとくに煽動というのが重要で、これはある属性をもった人々に対する暴力的言動や差別的取り扱いを、煽ったり正当化したりするような発言を指します。そうした意味で今回の一連の発言の問題はたんに一私企業の差別的実態についての言明にとどまるものではなく、そうした発言を通して「中国人を採用しないのは当然」という風潮を作り出したり、そこに加担したりすることのほうにあるわけです。

ただし日本のヘイトスピーチ解消法では、煽動について「地域社会から排除することを煽動する」という非常に狭い形で規定しており、そこで念頭に置かれているのは、在特会などの過激な排外主義団体が主張する「○○人は出て行け」というような発言です。またヘイトスピーチ解消法はそもそも罰則のない理念法なので、それに違反したからといってただちに法的な判断を受けるわけでもありません。

したがってむしろここで重要なのは、情報学環長名の文書にもあるように、今回の発言が東京大学憲章(「国籍、信条、性別、障害、門地等の事由による不当な差別と抑圧を排除する」)に照らしてどのように判断されるかでしょう。ある私企業で実際に国籍差別が行われているとすればそれはもちろん問題ですが、そうした国籍差別を肯定するような発言が東大教員の肩書きで拡散されること、これは非常に大きな社会的害悪です。

また東京大学、とりわけ情報学環は留学生を多く受け入れている部局であり、国籍の異なる学生に対する配慮は非常に重要な課題です。そうした中で、今回のような発言を堂々と行うような教員が学内に存在するということは、彼ら/彼女らに大きな不安を呼び起こすものです。こうした点からも「国籍はもとより、あらゆる形態の差別や不寛容を許さず、すべての人に開かれた組織であることを保障」するという今回の情報学環長名の文書の内容は、きわめて切迫した必要性をもつものだと思います。

4 統計的差別について

最後にやや補足的な論点になりますが、今回の発言では発言主がAIの研究者で、当該発言についても「データに基づいた差別であれば問題ない」という趣旨のことをたびたび示唆していた点に、少し触れておくべきかと思います。

こうした問題はいわゆる「統計的差別」と呼ばれるもので、日本でよく言及されるのは女性に対する統計的差別です。たとえば「女性は男性よりも早期に離職しやすい」というデータがあったとして、そうしたデータに基づいて男性を女性よりも優先的に採用したり、あるいは採用後の昇進の機会を男性優先にしたりすることは、統計的差別ということになります。

「統計的」差別と言っても「差別」は「差別」であり、「統計的」であるかどうかとそれが許容されるかどうかは本来は何の関係もありません。実際、先ほど言及した「応募者の適正・能力のみを基準として行うこと」という厚生労働省のガイドラインから見ても、上のような採用や昇進の判断は、明らかに不当なものです。

その一方で、統計的差別についてはたとえば「偏見ではなく事実に基づいているのならやってもいいのではないか」といった反応が出てきがちで、実際大澤氏もそうした趣旨のツイートをしています。しかし差別かどうかを判断するにあたって重要なのは個人ではなくカテゴリーで判断するということであり、そこでの判断材料が事実であるかどうかは関係がありません。統計は差別的な実態を含めて事実を事実として示すだけなので、現実に差別が存在する場合、統計のみに基づいた判断はそのまま差別の肯定につながります。

また「そのほうが雇用者にとって合理的ならやむをえないんじゃないか」といった反応もよくあるものですが、これまで行われてきた差別のうち「合理的」なものとして説明できない、いわば純粋な悪意によるものはほぼありません。過去の事例を見ても、ほとんどの差別は力を持った側の「合理性」として説明されるようなものであり、もし合理的な理由があれば差別してもよいということになるなら、「差別禁止」はほとんど意味をもたない概念になります。

なおこうした論点は差別論においては比較的なじみのあるものですが、一般に広く共有されているかと言えば、必ずしもそうではありません。そうした中でAIの研究者が自身の研究に基づいた専門的知見であるかのような形で統計的差別の肯定を行うことは、一見した信ぴょう性が高い分、そうでない立場からの発言に比べてより悪質なものとなります。この点については、一つ前の一般的な差別の肯定という点に付け加える形で、ここで指摘しておくべきことかと思います。

5 おわりに

以上のように今回の大澤氏の発言は、自身の経営する企業が明らかな国籍差別を行っていることを、東大教員の立場で明言することで差別を正当化し、さらにAI研究者としての肩書きでそうした発言にもっともらしさを与えようとするものです。ここではこうした観点から今回情報学環長名で出された文書をの重要なものとして受け止め、それに基づいた対応が今後実効性をもった形で実施されることを強く望みます。その上で、同じ大学の同じ部局の特任教員であり、今回の問題に強く関わる研究を行っている研究者として、今後の対応にあたって必要な貢献を惜しまないことを、ここに記します。