https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB15DX90V10C22A6000000
家族でも財産処分できず
「持ち主の意向だったのに家が売れないなんて。このままでは塩漬けになってしまう」。米国に住む50代の男性会社員は思わぬ事態に困惑している。コロナ下で2年あまり帰国できなかった間に、介護施設で暮らす70代の父親に認知症の症状が出始めた。介護費用を捻出するため進めていた実家の売却手続きが中断したという。
認知症と診断されると、原則として本人の意思に基づいて不動産を売買したり預貯金を引き出したりできなくなる。たとえ介護が目的でも親に代わって子供が財産を処分することはできず、資産が凍結状態となる。財産の使い込みなどによる本人の不利益を避けるためだ。
こうしたケースでは成年後見制度を利用することが選択肢になる。親族らが家庭裁判所に申し立て、家裁が選任した後見人が判断能力が低下した人の代わりに財産管理や契約行為などを担う。
子供ら親族を法定後見人の候補に申し立てても、必ずしも家裁が選任するとは限らない点だ。後見人は財産や生活の状況を定期的に家裁に報告する義務を負うため、現実には実務に慣れた司法書士や弁護士といった専門職が後見人に選ばれるケースが目立つ。21年に選任された後見人に占める親族の割合は約20%と、10年前の3分の1の水準に減った。
成年後見、コストも課題
もう一つの課題がコスト負担の大きさだ。専門職が後見人になると報酬費用が発生し、管理する資産額などに応じて月額2万~6万円程度の報酬を本人が死亡するまで払い続ける必要がある。仮に10年間利用すれば、報酬だけで数百万円に上る計算だ。
こうした状況を改善するため、政府は今年3月に成年後見制度の利用を促進する22年度から5年間の基本計画を閣議決定した。原則として本人の死亡まで終了できない現行の仕組みを改め、利用者のニーズに応じて後見人の交代を柔軟に認めるとともに、必要な期間に絞って利用できるよう見直す方針を打ち出した。成年後見人の経験もある社会保険労務士の望月厚子氏は「一時的な利用が認められれば、自宅売却などで活用が広がる可能性がある」と評価する。
金融資産、20年度比5割増へ
第一生命経済研究所は30年度に認知症患者の金融資産が231兆円に達し、患者が所有する住宅も40年に280万戸になると試算する。金融資産は20年度推定比で約5割増える見通しだ。認知症対策では、自身が信頼する家族に財産管理を任せる契約を事前に結ぶ「家族信託」の仕組みがあるが、認知症になることを前提に家族間で話し合う抵抗感もあり、本格的な普及に至っていない。