<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
□サンラク
えーと、はい、状況を整理してみましょう。
<エンブリオ>が孵化しました。
そして半裸になりました。
ホワイ?
あ、半裸と言うのはインナーとアイテムボックス、それに武器として選んだナイフが残っているからだ。
要するに、防具が全部吹っ飛んだ形だ。
状況がリュカオーンの呪い以上にひどいんだけどどうしよう。
いやまあ、バフを弾いたりはしないと思うけど。……しないよな?
「サンラク君」
しかしマジでどうしよう。
これ<エンブリオ>が原因だと思うんだけど、デメリットをもたらすとか滅茶苦茶なんだよなあ。
せめて何かメリットが欲しいところだ。
とりあえずヘルプを読んで。
「サンラク君!」
『え?』
いつの間にか、レイの顔が目の前にあった。
やばい全然気づかなかった。
『あー、レイこれはその』
まだ原因が完全にはわからないが、とりあえず俺の意志で服を脱いだとかではないことを伝えないと。
恋人に変態とか頭おかしい人だと誤解されてしまうことだけは避けなくてはならない。
しかし俺が言い切る前に、レイは心配そうな顔で。
「サンラク君。その、頭、大丈夫ですか?」
……ショックで死にたくなった。
外道共じゃなくて、レイに言われたのもつらいんだけど、悪意無く心配そうな顔で言われると、本当に死にたくなるんだなこれが。
知りたくなかったよ、そんな真実。
『ごめん、死にたいので帰りますね』
「え、あの、ああ違うんですサンラク君!その頭じゃなくて、
『鳥?』
ちょっと待ってほしい。いったい何の話をしているのか。
そう尋ねようとして、彼女の目を、きれいな瞳を見て気づいてしまった。
彼女の瞳に、
慌てて噴水の水面をのぞき込むと、やっぱり白い羽毛の鳥頭がこちらを見ている。
なぜか目だけが爬虫類のそれだが、鳥頭である。
いやいや、いくらなんでもこれが俺のはずが
もふっ(顔に伸ばした手が、羽毛に触れる音)
もふもふっ(手を伸ばしても人の顔の感触はなく、ただ羽毛に手が当たる音)
『なんじゃこりゃあああああああ!』
さすがに俺も叫ばずにはいられなかった。
……シャンフロに寄りすぎじゃないっすかね、俺の<エンブリオ>。
◇◇◇
「なるほどなあ」
俺は『詳細ステータス画面』を見てすべてを理解する。
いや、させられてしまったというべきか。
【機動戦支 ケツァルコアトル】
TYPE:アームズ
到達形態:Ⅰ
ステータス補正
HP補正:G
MP補正:G
SP補正:E
STR補正:F
END補正:G
AGI補正:C
DEX補正:G
LUC補正:G
ここまではいい。
AGI補正が高いのは実に俺好みだ。
ついでにいうと、左手の甲にある「羽毛の生えた蛇神」の紋章も悪くない。
だがここから、<エンブリオ>の<エンブリオ>たる所以、固有スキルに問題があった。
【蛇眼鳥面】
装備攻撃力:0
装備防御力:50
『保有スキル』
・《風の如き脱装者》Lv1:自身の<エンブリオ>以外の防具を失う代わりに、AGIに莫大な補正を与える。
このスキルはオフにできない。
パッシブスキル
・《風除けの闘走者》:自身の速度に応じて、自身の攻撃の反動を軽減する。
パッシブスキル
『尖りすぎだろ……』
ため息をつきたくもなる。
防御完全に捨ててんじゃねえか。
何なら羞恥心も捨ててるまである。
ちなみにだが、防具を失うというのがデメリットであるため、武器やアクセサリーの類は壊れないようだ。
……まあ、俺は現状アクセサリーを一つも持ってないわけだが。
防具の一種である【蛇眼鳥面】--覆面型の<エンブリオ>を除けば何の防具もまとえない。
装備枠の半分を潰すだけあってかなりAGIは上がってるみたいだが、オワタ式極まりすぎて割に合わない。
それに、もう一つのスキルも別の意味で謎だ。
……まさか、このゲーム攻撃による反動があるのか?
殴れば自分の拳も痛めるってのは、リアリティ高すぎてクソゲー案件だぞ。
ええい、やめやめ。ネガティブシンキングばっかしてても気が滅入るだけだ。
名前から言っても、スキルから考えても、特性は機動力なんだろう。
それならまあ、俺のパーソナルから生まれた<エンブリオ>としては納得できる。
装甲捨てて速度に特化するビルドがほとんどだったからなあ。
はたから見れば、ただの変態なんだろうが。
とりあえず気分を変えよう。
『ところでレイ。もう電話は終わったの』
「あ、そうでした。そのことなんですけど、その」
『どうかしたの?』
「実は、仙姉さんからで、祖父が体調を崩したから、実家に帰ってきなさいと」
『……まじかあ』
俺たちにとって仙さんは頭の上がらない相手だ。
なにせ同棲について反対意見をすべて封殺してくれたのが彼女だし。
そうでなくても、そもそも斎賀祖父が体調を崩したとなれば戻ったほうがいいだろう。
最後にあったときは、元気そうだったけど。
「本当にごめんなさい。だから、もうログアウトしないといけなくて」
「大丈夫。っていうか、俺は行かなくてもいいの?」
「楽郎君は、今のところ来なくていいらしいです」
まあ、今のところ俺は斎賀家の一員というわけでもないし、そう言われてしまうと着いていくわけにもいかない。
『わかった。でも、状況が変わったり、なんかあったら連絡してね。すぐ行くから」
「はい。名残惜しいですけど、もう行きますね」
『わかった。行ってらっしゃい。気を付けて』
「はい、行ってきます」
寂しそうな顔をして、レイはログアウトした。
『まじかあ』
正直辛い。
レイと二人で遊ぶことを楽しみにしていたので、俺としてはかなりきつい。
ああもう。
目的の一つである、レイとゲームすることは、短期間とはいえできない。
なら、全力で楽しもう。
『とりあえず、レベル上げすっかあ!』
己の精神を奮い立たせるため、大声で叫ぶ。
全力で楽しんでいるあなたの姿が好きだと、彼女が言ってくれたから。
□七月十七日・【旅狼】チャットルーム
鉛筆騎士王:ようやくチュートリアル終わったよー。いやーキャラメイク大変だったな
オイカッツォ:同じく。とりあえず二人とも<エンブリオ>も孵化してないから適当なジョブについたとこだよ
京極:具体的には?僕は【野伏】だけど
鉛筆騎士王:まだ内緒
オイカッツォ:【騎士】と【死霊術師】だね
鉛筆騎士王:へいへーい、さらっとネタばらしするのはどうかと思うな
オイカッツォ:お前には言われたくない
オイカッツォ:お前らにリアルばらされたこと忘れてないからな
秋津茜:私は【忍者】です。あ、<エンブリオ>も孵化しました!
京極:僕もだよ
京極:詳細は教えないけど、TYPE:アームズとだけ言っておく
オイカッツォ:基本的に五種類のカテゴリーに分類されてるんだっけ?
鉛筆騎士王:ところでサンラク君と妹ちゃんはどうなの?もう<エンブリオ>孵化した?
サイガ‐0:あの、すいません
サイガ‐0:私今実家に戻ってて
サイガ‐0:ゲームができる状況ではなくて、<エンブリオ>もまだ孵化してません
鉛筆騎士王:あー、そういえば百ちゃんもそんなこと言ってたなあ。おぜん立てしてあげた意味なしか
鉛筆騎士王:で、サンラク君は?
サイガ‐0:えっと
ルスト:まさか噂のレアカテゴリー?
サイガ‐0:そういうわけではないのですが
京極:ひょっとしてもうデスペナルティ食らったとか?
ルスト:指名手配されてる可能性も無きにしも非ず
モルド:そ、それはさすがにないんじゃ……
サンラク:おはよう
オイカッツォ:今午後一時なんだよなあ
サンラク:あたまいたい、ねぶそく
鉛筆騎士王:気持ち悪いときはさ、吐くとすっきりするよ
オイカッツォ:な、ゲロって楽になっちゃえよ
モルド:この人達呼吸するように無茶苦茶なこと言うよね……
サンラク:裸です
京極:は?
鉛筆騎士王:え?
ルスト:?
モルド:はい?
秋津茜:え!
オイカッツォ:どういうこと?
サイガ‐0:あの、多分デンドロの話です
京極:ああ、そういうことなら……いややっぱりおかしいよそれ
鉛筆騎士王:待ってその状況めっちゃモルドえるんだけど
オイカッツォ:モルドえる(形容詞)
サンラク:<エンブリオ>のスキルのデメリットで防具が全部はじけ飛びます
サンラク:半裸です。
鉛筆騎士王:ある意味リュカオーンよりひどいじゃん
ルスト:ちなみにカテゴリーは?
サンラク:アームズ
サンラク:鳥の覆面
オイカッツォ:ただの変質者じゃん
サンラク:まあ、そっちはレジェンダリアだとあんまり目立たんけどな、亜人多いし
秋津茜:なるほど!
モルド:……なんか謎の単語が増えてるんだけど
ルスト:モルドには申し訳ないけど、ちょっと面白い
To be continued
ヒロインちゃんファンの皆さん、本当にごめんなさい。
ちゃんと、見せ場作りますから、ご勘弁を。
余談
・ケツァルコアトル
能力特性は機動力。
《脱装者》はスケルトンのAGI版みたいなもの。
割合強化だけど。
《闘走者》はクロノみたいなことにならないためのスキル。
モチーフはアステカ神話の羽毛の生えた蛇神。
風、水、命、冶金、農耕などの神。
スキル特化型なのでお楽しみに。
追伸 活動報告上げてます。