レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:MJワトソン

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ブラン・ニュー・パワー part12

「グウェン……大丈夫だっ──

 

 

病室を開けると、そこにはげっそりしてるグウェンと、色黒の……眼帯を付けた厳つい男がいた。

 

僕達に気付き、ニッコリと人当たりの良さそうな顔で一礼し、病室から出て行った。

 

……な、なんだ、あの人?

 

明らかに堅気じゃない姿に、僕は戸惑いながらもグウェンに声を掛ける。

 

 

「えーっと、グウェン?」

 

「……何?」

 

 

病衣を着て、ベッドに横たわっている。

凄い……不機嫌そうだ。

 

いやコレ、声を掛けに来たのは失敗だったかもってちょっと思った。

 

 

「いや……無事で良かったよって」

 

「……そりゃ、どうも」

 

 

心なしか目が死んでる。

……これ不機嫌なんじゃなくて、疲れてるだけなのかも。

 

 

「えっと、良かったら飲み物とか取ってくるけど」

 

「良い……まだちょっと、気分が悪くて……吐くかも」

 

「そ、そっか」

 

 

僕とネッド、両者共にどうしたら良いか分からずにオドオドしている。

 

それを見てグウェンがちょっと笑った。

 

 

「ハハ、そんなに慌てなくて良いって……ホントに気分悪いだけだから……はぁ」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 

ネッドが訊いた。

 

 

「大丈夫だったら入院してない」

 

「へへ、そ、そうだよな……?」

 

 

ネッドが項垂れた。

 

僕も気になる事があって、質問を投げかける。

 

 

「グウェン、さっきの……あの、眼帯の人って誰?」

 

「アレ?あぁ、えーっと、私のリハビリを手伝ってるお医者さん……」

 

「……え?あの見た目で?」

 

「……何?ピーターって見た目で差別するタイプの人なの?幻滅するわ……ナードの癖に」

 

「い、いや、そんなつもりじゃなくて!」

 

 

ネッドが僕の脇を肘で突いた。

チラリとそちらを見ると、ポスターを指差していた。

 

 

『病院ではお静かに』

 

 

……僕は黙って、頷いた。

 

 

「無茶したから、メチャクチャ怒られてた……まぁ、私が悪いから文句は言えないんだけどさ」

 

「あの顔で怒ったら怖そう、だね……」

 

 

僕はさっきの眼帯を付けた厳しい顔が……怒っている顔を想像して、震えた。

 

胡乱な目で、グウェンが僕を見た。

 

 

「それで……ミシェルの見舞いには行ったの?」

 

「え……いや、まだ……」

 

「は?……元気だったら、思いっきり蹴飛ばしてたのに」

 

 

不服そうな顔で物騒な事を言うグウェンに、僕とネッドは顔を青褪めた。

 

 

「ははは、うん、じゃあ僕、ミシェルの所行くね」

 

「お、俺も……」

 

 

二人でそそくさと逃げるように部屋を出ようとして。

 

 

「ネッドは残って。さっき先生が来て夏期旅行の予定変更あったし……相談したい事もあるから。あと、八つ当たりさせて」

 

「ア、ハイ……」

 

 

僕はネッドを見捨てて、病室を出た。

 

自分から八つ当たりさせろって言う人、初めて見たかも知れない。

 

 

病室を出ると、先程の眼帯をした人がいた。

夏なのに黒いコートを着ていて……おかしな人だ。

 

僕はなるべく顔を合わせないよう、そこから離れて──

 

 

「オイ、そこの君」

 

 

呼び止められた。

 

 

「ぼ、僕ですか?」

 

「そうだ。君以外に誰がいる?少し、聞きたい事がある」

 

「は、はぁ……?」

 

 

僕は慌てて、眼帯の人に向き合った。

 

 

「君から見て、彼女はどう見える?変わりはないか?」

 

 

彼女……グウェンの事だと察した。

 

 

「あ、いえ……グウェンはいつも通りだと思いますよ?今はちょっと疲れてそうですけど」

 

「……そうか、なら良い」

 

「えっと……」

 

「なんだ?話は終わったぞ。君はもう好きな所に行けば良い」

 

 

何だか追い払うような仕草をされて、僕は眉を顰めた。

 

それでも、あまり話をしたい訳でもないし……ミシェルの所へ行く事を優先したくて、僕はその場を離れた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ミシェル・ジェーン。

 

そう書かれた病室の前で、僕は立っていた。

深呼吸して、ドアを叩く。

 

……返事はない。

僕はそっとドアを開けて、中に入る。

 

薄緑色のカーテンに落ちゆく太陽が遮られて、蛍光灯の光が部屋の主を照らしている。

 

……きっと、何もなかったら今頃、僕達は帰りのバスに乗っていただろう。

 

 

僕は服の裾を握りしめて、ミシェルの前に立った。

 

 

……目を、瞑っている。

白い肌はいつも以上に白く……生気を感じさせない。

その整った顔立ちとも合わさって、まるで精巧に作られた人形のようだ。

 

だけど、微かに漏れる吐息が彼女が生きているのだと教えてくれる。

 

病室の隅に置かれた計測器から、僅かな電子音が聞こえる。

 

 

……僕は、少し……心が痛んだ。

 

 

彼女の寝顔を見たのは初めてだったけど……寝顔すら綺麗だと、場違いなのに思ってしまった。

 

 

「……ごめん」

 

 

何に謝っているのか、何故謝るのか。

それは分からないけど、ただ胸の中にあった罪悪感を吐き出した。

 

 

「……これも、渡せなかったな」

 

 

胸の中に入れてあった小さな木箱を手に取る。

表面が少し焦げていて……僕は顔を顰めた。

 

そっか。

戦っている途中も入れていたから……ダメージがあったんだ。

 

僕は中身の無事を確認しようとして……。

 

 

「……何してるの?ピーター」

 

 

声が、聞こえた。

目の前のベッドから。

 

そこには目を細めて、眠そうな顔をしているミシェルが居た。

 

 

「……あ、あぁ、えっと、その、おはよう?ミシェル」

 

 

思わず慌ててしまって……少し気恥ずかしく感じて、目を逸らした。

 

 

「おはよう……お見舞い?」

 

「そ、そうなんだ。お見舞い……入院してるって聞いたから」

 

「……大袈裟。そんなに重傷じゃない」

 

 

ミシェルが呆れたような顔でため息を吐いた。

 

……でも、大量出血で気を失ってたって聞いてたけど。

それは重傷なんじゃないだろうか。

 

 

「そっか、何があったの?」

 

「撃たれた」

 

 

一瞬、思考が全部飛んだ。

 

 

「う、撃たれたの?」

 

 

出来るだけ、意図的に声を抑えて聞いた。

 

 

「うん……見る?」

 

 

そう言って、彼女は布団を捲り……病衣を捲ろうとして。

 

白い肌が見えた。

 

 

「あ、いや、ちょちょっと、大丈夫!大丈夫だから……」

 

 

慌てて止めつつ、目はそちらの方に向かう。

 

……包帯で巻かれた彼女の腹部が見えた。

外からは傷の具合も、血も、何も見えない。

 

それでも巻かれた包帯の量と範囲から、結構な重傷だった事は目に見えて分かった。

 

 

「……凄く、痛そう」

 

 

何も思い付かなくて、そんな感想しか出てこない。

 

 

「そうでもない。痛過ぎると、脳が痛覚を遮断するように人間は出来てる。ショック死しないように」

 

 

あまりに物騒な事を言うのだから、僕は目を丸くした。

 

 

「で、でも……それでも、生きてて良かった」

 

 

僕は、心の中からそう思った。

彼女が死んでいたら僕は……きっと、立ち直れなかった。

 

……身近な人の死は、何度体験しても、耐えられる物じゃない。

 

 

「……そう。生きてて良かった。私も、そう思う」

 

 

……普段は自己評価が低い彼女でも、死ぬのは嫌だったらしい。

僕は「生きていて良かった」と考えてくれる彼女に安堵した。

 

そんな僕に、彼女が口を開いた。

 

 

「ところで、その箱……」

 

 

ミシェルが目敏く、僕の手に持っていた木箱に指差した。

……これはミシェルにプレゼントしようと思ってた、青いバラのアクセサリーだ。

 

だけど。

 

 

「え、えっと、これは……」

 

 

僕は慌てて隠した。

隠してしまった。

 

こんな所でヘタレだから、僕は……。

 

 

「言いたくないなら、良い。気になっただけだから」

 

 

彼女はそう言って諦めた。

諦めてくれる。

 

だけど……今だけは、深く聞いてほしくて……。

 

違う。

違うんだ。

 

僕は自力で彼女に渡さなきゃならないんだ。

 

人に聞かれて、済し崩しに渡してるようじゃ……いつまで経っても、前には進めない。

 

だから──

 

 

「その、実はこれ……」

 

 

僕はミシェルへ木箱を見せた。

 

 

「何?」

 

「その、ミシェル似合うかなって……思って、その、プレゼントを……」

 

「どうして?」

 

 

ど、どうしてって。

それは僕が君の事を好きだから、なんだけど。

 

そこまで言うには自信がなくて、僕は咄嗟に言い訳を考える。

 

 

「いつも、その、仲良くしてもらってるから。お礼と言うか……その」

 

「……私の方こそ、ピーターには感謝してる」

 

「でも……えっと……」

 

 

あぁ、もう。

僕は一体何を言っているんだ。

 

混乱しながらも、必死に言葉を繋いでいく。

 

 

「似合う、って思ったから……その、受け取って欲しくて」

 

「……よく、分からないけど。うん、受け取る」

 

 

ミシェルが木箱を手に取って、開ける。

 

だけど。

 

……中に入っていたガラスのバラは……ウィップラッシュによって受けた電撃によって……白く、変色していて。

 

青いバラじゃなくて。

青と白の混ざった「まだら模様」になっていて。

 

僕は思わず声を出した。

 

 

「あ、ご、ごめん!避難してる最中に落っことしちゃって……色が……変になって。また、その、別のを用意するから」

 

 

慌てて、僕は木箱を手に取ろうとして……ミシェルに避けられた。

 

 

「あ……」

 

「ううん、ピーター。これで良い……これが良いから」

 

 

彼女が木箱の中の、青と白のバラを手に取った。

表面に少し、ヒビが入っている。

割れるほどじゃないけど……不恰好だ。

 

色も、変だし。

 

 

「ピーターが選んで買ってくれたんだから……それだけで嬉しい。ずっと持ってたって事は……ずっと渡そうと思ってたって……違う?」

 

 

……僕の考えなんてお見通しみたいだ。

 

 

「そう、そうだよ。渡そうと思ってた。病室なんかじゃなくて……もっと、良い所で」

 

「……そう。そっか。それなら、やっぱり……私はこれが良い」

 

 

バラのネックレスを首から掛けた。

 

その姿に……僕は見惚れてしまいそうになった。

 

お洒落とは程遠い病衣だし、ネックレスも割れているし。

 

それでも、彼女が身に付ければ……そういう物なのだと納得させられるような、不思議な感覚があった。

 

……端的に言うと、似合っていると感じた。

 

 

「似合うかな……?」

 

「……うん、綺麗だと、思う」

 

「ん……ありがとう」

 

 

ミシェルが……仄かに笑った。

 

それだけで僕は……この夏期旅行も悪い物じゃなかったなって……そう思えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ピーターが病室から出て行って。

 

私は胸元のバラのネックレスを手に持った。

 

光に、透かす。

 

青色と白色が混じっている。

中で小さな傷がいくつも出来ていて、光を乱反射する。

 

キラキラと煌めいて、私は目を細めた。

 

綺麗だ。

……ピーターも、そう言っていた。

 

きっと元々は青くて、綺麗なバラのアクセサリーだったのだろう。

その頃を見ていないけれど、そちらの方が綺麗だと感じる人が多いのかも知れない。

 

だけど、私は……純粋なものは似合わない。

汚れの一切ない綺麗なガラス細工は……私には不相応だ。

 

私は白と青のバラを両手で、壊れないように優しく握りしめる。

 

 

……ピーターは、私にコレをくれた。

 

それは何故?

 

ピーターは私に世話になったから、仲良くしてくれているからと言っていた。

 

だけど、私には違うと分かる。

 

もっと良い景色で渡したかった、と言っていた。

ただプレゼントをするだけなら、そんな事を気にしなくても良い。

 

年頃の男が……女にアクセサリーを渡す意味なんて。

どれだけ鈍くても分かってしまう。

 

彼は……ピーターは。

 

きっと。

 

 

私の事が好き、なのだと思う。

 

 

顔が熱くなっていくのを自覚した。

 

ピーターの前では冷静を装っていたけれど……正直、ずっと恥ずかしかった。

 

彼が……まだ、私に好意を気付かれていないと思っているから……私は敢えて、気付かないフリをしたけれど。

 

……いつから?

 

いつから、ピーターは私の事を意識していた?

こんな……暗くて、社交性もなくて、女らしさもない、私に?

 

何で?

……容姿?

流石に容姿なら私も自信がある。

誰もが認める美少女だろう。

 

だけど、ピーターはそんな……容姿だけで女性を好きになるような男か?

いや、違う。

絶対、違う筈だ。

 

じゃあ、どこに惹かれた?

 

……わからない。

 

 

そして。

今までの行動を振り返ってみると。

 

 

「う、うぅぅ」

 

 

私は枕に顔を埋めて、唸る。

 

旅行に来てからもそうだけど……ずっと前から。

彼とのコミュニケーションを思い出す。

 

触れたり、触ったり、話したり、無自覚に見せてしまったり。

思わせぶりな事をしてしまっている。

 

 

「こ、これじゃ……人を弄んでる屑……」

 

 

そう言う所でピーターが私に好意を持ってしまったのなら……私はとんでもない悪女だ。

 

それでも、私は彼の好意に……少しだけ、嬉しいと感じてしまっていた。

 

 

だって。

 

 

私はピーターの事は──

 

 

違う。

 

そもそも、好きか、好きじゃないか。

そんな話じゃない。

 

私は人を殺して生きてきた悪人で。

彼は何人もの人を助けてきた善人で。

 

……私には男だった頃の記憶もあって。

性自認すらあやふやで、チグハグで中途半端な人間だ。

 

私の心臓を引き裂いたら、きっとドス黒い邪悪な何かが溢れ出すに違いない。

 

そんな私には、彼は眩し過ぎる。

 

……彼に相応しい人間ではないと、断言できる。

 

誰だって、そう思うだろう?

きっと私も第三者なら、相応しくないと言うだろう。

 

だから、ピーターの恋は実らない。

実らせてはならない。

 

それに、いつか破綻する時が来る。

必ず、別れの時が来る。

 

彼に知られる事なく去るのか……それとも私の悪行が知られて決別するのか。

 

どちらにせよ、ピーターは苦しい思いをするだろう。

 

その時に苦しむぐらいなら……いっそ、今、突き放した方が良い。

 

でも、だけど……私には出来ない。

突き放してしまえば、この心地良い関係も崩れてしまうから。

私はこの感情を手放したくない。

浅はかで未練がましい思いだ。

 

 

彼に好意を持たれる事は、嬉しい。

彼の好意に応えられなくて、苦しい。

彼の純粋さに、憧れている。

だけど、悲しい。

私は、辛い。

気持ち悪い。

 

 

様々な感情が混ざり合う。

 

それは、手元にある白と青が入り混じったバラのアクセサリーのようだ。

 

誰か、私に答えを教えて欲しい。

 

……誰も教えてくれないだろうけど。

 

私にはもう、どうすれば良いか……分からない。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「全く、酷い目に遭った」

 

 

私は態々故郷から離れて……マイアミまで装飾品を売りに来たと言うのに。

 

腰を摩りながら、救難者向けテントのベンチに座る。

 

不幸中の幸いだが、露天の装飾品は全て持ち帰る事が出来た。

 

……ばさり、と本が落ちる。

 

それは花言葉が書かれた辞書のようなもの。

 

 

「おっと。花になんて興味は無いが、これが無ければ売れる物も売れん」

 

 

知識を語って、客をその気にさせるのは商人の手腕だ。

その為ならば、勉学を惜しむ事はない。

 

私は本を地面から拾い、汚れを手で払う。

 

そして、偶々開いたページを見た。

バラの花言葉が書かれたページだ。

 

……そう言えば、先日、バラのアクセサリーを買って行った少年は、好きな娘に渡せたのだろうか?

 

そう思いながらも、内容を流し見る。

 

 

 

 

赤いバラは『純愛』『美しさ』

 

 

 

 

 

青いバラは『奇跡』『神の祝福』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色の混ざったバラは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたを忘れない』

 

 

 

 

 

 

 


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