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元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~ 作者:沢村治太郎(合成酵素)

第十四章 スタンピード編

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314 願う優雅ね



 心強い援軍、どころの騒ぎではなかった。


 シェリィ・ランバージャックたった一人による、たった一発の伍ノ型で、戦況が完全に逆転したのだ。


 スチームは、頭では理解していたはずの「数より質」というセカンドの提唱する理念を、ここにきて初めて本当の意味で理解した。


 より有利に戦える、などという生半可な理由ではなかったのだ。これこそが最適解であり、これ以外に解決法はなかったのである。


 そして、俄かに恐ろしくなった。


 霊王戦出場者のシェリィ・ランバージャックで、これなのである。


 ならば、タイトル保持者は、八冠王は、一体どれほどだというのか。


 そして、そして、そんな彼らでさえ「大変」と口を揃えて言うスタンピードとは……。



「あとは私に任せなさい。もし手伝ってくれるのなら、横に逸れた取りこぼしをお願いするわ」



 シェリィは兵士たちにそう伝えると、前進を始めた。


 随分と南に押されていた前線を、一人で、歩いて、北の発生地点まで押し込むつもりなのだ。


 兵士たちは、その漆黒の羽織に包まれた小さな女の子の背中を、確と目に焼き付けた。


 なんと可憐で、なんと頼もしい背中なのだろう。


 シェリィが手を一振りし、《土属性・伍ノ型》を放つ度、恐ろしい巨人の魔物も、甲冑の魔物も、重装歩兵の魔物も、騎兵の魔物も、全てが抵抗する間もなく息絶える。



「…………」


 一歩一歩進みながら、シェリィはセカンドの言葉を思い出していた。


 誰が援軍に行くべきかという話し合いの際、セカンドはこう言ったのだ。「一番槍の“栄誉”が欲しいやつはいるか」――と。


 シェリィはその時、栄誉の意味がわからなかった。


 だが、今になってよくわかる。


 背中に浴びる羨望の眼差し、畏敬の視線、信頼の歓声。


 一時は天才精霊術師だと持て囃され、似たような注目を集めていたが……今、シェリィは、それとは比にならないほどの強い快感を覚えていた。


 まさしく栄誉だった。まるで自分が英雄にでもなったかのような気分。否、まさしく英雄なのだ、彼らにとっては。



「あの人も今頃、英雄やってんのかしらねぇ」



 小さな声で呟く。


 シェリィは、自分とほぼ同時に別の場所へと援軍に向かった人の顔を思い浮かべ、ニヤッと笑った。


 そして、正直な感情を思わず吐露する。



「見たいぃ~~~っ」




  ◇ ◇ ◇




 港町クーラ西。


 ゼファーとガラムの率いる兵士たちは、棍棒を持った巨人の魔物の出現で、ついに限界を迎えていた。



「撤退! 撤退せよ!」


 魔術団と弓術隊による必死の牽制で、全軍が撤退する時間を稼ぐ。


 彼らは非常に上手くやっていた。しかし、ここが限界だった。


 唯一の問題は、火力不足。いくら人数がいても、豆鉄砲でちまちまとやっていては埒が明かない。一人の死人も出さないように動きながらでは尚さらのこと。


 このまま粘ることはできる。だが、死人を出さずに粘ることは難しいと言えた。


 引き際を見誤ってはいけない。後がないわけではないのだ。ゼファーとガラムは、兵士たちの安全を第一に考えて決断した。




「――で、私が呼ばれたってわけね」



 突如、真紅の炎がうねり――その中心から、漆黒の羽織を纏ったワインレッドの長髪の美しい女エルフが現れた。


 元霊王ヴォーグ。彼女は《烈火転身れっかてんしん》の炎のエフェクトが収まりきらないうちに、右手を横へと広げて《火属性・伍ノ型》を詠唱する。



「面白味がないかしら?」



 ふと、そう思ったが、しかし“本気”を出して相手するような魔物でもない。


 《精霊憑依》中の伍ノ型で、数字上・・・は十二分なのだ。



「な、なんと……」



 一瞬にして焼き尽くされる巨人の魔物たちを見て、ゼファーは言葉を失う。


 ゼファーもまた伍ノ型の使用者、それも九段である。その上、火炎将軍の異名を持つほどに、火属性魔術は彼の得意分野だった。


 だが……もはや規模が違う。四属性魔術の全ての型を九段まで上げればこうなるのか。はたまた《精霊憑依》九段を発動しているからか。それとも火の大精霊を使役しているからか。理由はわからないが、ゼファーには、自身の使う伍ノ型とはまるで別物のような威力に感じられた。


 その差はなんなのかと言えば、彼の想像した全て・・であった。


 言葉にすれば簡単だが……道程はあまりにも長い。少なくとも、56歳の彼にとっては。



「久しく感じてなかったわね、この注目。やはり悪くないものだわ」



 当のヴォーグは、自分が霊王だった頃を思い出し、上機嫌で魔物の軍勢を蹂躙していた。


 セカンドが現れてからというもの、彼女は酷い目に遭い続けてきた。


 霊王から蹴落とされ、半年の努力はおろか百年の努力も全否定され、苦労してテイムした魔物を逃がせと言われ、朝から晩まで地獄のような特訓をさせられ……傍から見ても散々である。


 しかし、彼女自身は、むしろ出会えて良かったとさえ思っていた。


 セカンドと出会ったことで、彼女の目に映る世界が、何十倍にも広がって見えたのだ。


 嫉妬もするし、恨んだこともあるし、恐ろしくも思う。だが、尊敬しているし、憧れてもいる。そんな複雑な思いを抱きながらも、同時に深く感謝していた。


 セカンドがいるから、今の自分がいる。それが、なんだか誇らしく思えるのだ。



「いつだって“優雅”に。私が健在であること、思い知りなさい」



 ヴォーグは、霊王戦でセカンドに敗れた後に記者からインタビューされた際、負けた言い訳をつらつらと述べてしまったことを、内心でずっと恥じていた。


 優雅。かつては彼女の代名詞であったその二文字に、相応しくない振る舞い。


 今こそ自分のスタイルを取り戻す時。


 いつだって優雅に。彼女の持つエレガントなそのスタイルは、唯一無二のもの。


 たとえ手酷く敗北しようが、その優雅な美しさまでは、誰も彼女から奪えないのだ。


 漆黒の羽織には、白く輝くファーを付けてゴージャスに装飾している。


 羽織の裾が、襟についたファーが、風にはためく度、それを目にした者たちは、まるで貴族の令嬢が婉麗なダンスを踊っているかのように錯覚した。


 そして、これがヴォーグだと、彼女のスタイルなのだと、皆が胸に刻む。


 この場にいる誰もが、無様にも敗北に言い訳していた彼女のことなど思い出せずにいた。


 ヴォーグのファンは、こう思う。帰ってきたと。あの頃の優雅なヴォーグ霊王が、パワーアップして帰ってきたのだと。


 言わばこれは、自分のスタイルを見失いファンを落胆させてしまったことを反省した、ヴォーグの復帰戦。


 彼女にとっては、これ以上ない檜舞台なのである。


 それを知ってか知らずか、セカンドはヴォーグを選び、援軍に向かわせた。


 ヴォーグ自身は、セカンドが故意に与えてくれた機会だと確信している。


 何も考えていないようで、誰よりも深く考えているのだ。馬鹿なフリして聡明なのは、嫌というほど身に染みた。あの飄々とした切れ者は、憎らしいほどにオンとオフの切り替えが上手い男なのである。



「いつか“恩返し”しないとね」



 勝負事における恩返しとは、師弟関係において、弟子が師匠に勝つことを意味する。


 別に弟子でも師匠でもないが、もう似たような関係になってしまっているとヴォーグは思っていた。


 感謝の言葉なんて、口が裂けても言わない。


 真っ向から打ち負かしてやることこそが、彼の望んでいる感謝の形なのだと知っている。


 その時の自分は、きっと誰よりも優雅なのだ。いや、そうでなければならないのだ。


 ゆえに今は、誰もが羨む優雅で美しい女エルフ、ヴォーグはここにいるぞと、盛大にアピールする必要がある。


 時間経過によって《精霊憑依》が解けると同時に、ヴォーグは不敵に微笑み、こう口にした。



 派手に行きましょう――。




「――変身」




  ◇ ◇ ◇




「おい貴様、随分とゆっくり昼食をとっていたと思ったら今頃になって出勤か? 良いご身分だなぁ。近衛騎士長殿はどうも三時間きっかり昼休憩を取らなければまともに働けないらしい」


「ようやく出番と思って来てみれば、酷い言われようです」


「何? 私が何か間違ったことを言ったか? 事実に基づいた推察を口にしたに過ぎん」


「……将軍閣下は一日に幾つ皮肉を言えるか競争でもしておられるのですか?」


「そうだ。今頃気付いたのか? 全く馬鹿の相手は疲れるな」


「馬鹿の方が疲れていますよ……」


「三時間も休んでいたのにもう疲れただと?」


「…………」



 淡々とどうでもいいことを言い合いながら、シガローネとナトは戦場を駆けていた。


 シガローネの《龍王体術》が、ナトの《龍馬槍術》が、巨人の魔物などものともせずに吹き飛ばす。


 帝国兵たちは、そんな二人が討ち漏らした僅かな数の魔物を囲んで殲滅する。



「おい、その背中の弓は飾りか? わざわざ出しておいて全く使わんではないか」


「将軍閣下が使う暇を与えてくださらないではないですか」


「貴様から言い出すのを待っていたのだ」


「戦場で試すような真似はおやめください」



 シガローネはちらりとナトの様子を横目で一瞥すると、風の精霊ジルを《精霊召喚》し、ジルと同時に《風属性・伍ノ型》を詠唱、即座に放った。


 あえて《精霊憑依》せず、単純に精霊とダブルで発動する。こうすることで、精霊憑依を節約したのだ。憑依中の伍ノ型ではオーバーキルになることを理解していなければ、そして精霊とのダブル発動で確キルが取れると計算できなければ、この判断は容易にはできない。



「これで使う気も起きただろう」


「ええ、お陰様、でっ」



 シガローネの伍ノ型による広範囲攻撃で、戦線は一気に押し込めた。


 すなわち、ナトが遠距離攻撃へとシフトする余裕ができたということ。


 ナトは返事をしつつも素早くミスリルコンパウンドボウへと武器を持ち替えると、《龍王弓術》を準備する。



「そっちか」


「密集しておりますので」



 弓術の範囲攻撃には龍王と龍馬の二種類が存在する。龍王は着弾地点での破裂型範囲攻撃。それに対し、龍馬は発射時点から広範囲に拡散する貫通攻撃。


 敵がある程度密集している場合、龍王の方が殲滅に向いている。



「これは独り言だが、龍馬弓術に火属性・参ノ型と風属性・参ノ型を相乗して曲射すると面白いことが起こる」


「……あとで試してみることにします」



 シガローネがニヤニヤと笑って口にした。ナトは既に《龍王弓術》を準備してしまったので、今さらキャンセルする気も起きない。狙い澄まされたいやらしいタイミングだった。


 シガローネの言う「馬弓火風参相」は、セカンドからの入れ知恵である。伍ノ型の代替として使用するプレイヤーも多かったことから「だいたい伍ノ型」と呼ばれていたが、DEXを上げることで伍ノ型より火力を出すこともできる上、矢に貫通効果も付いているため、伍ノ型よりも実は使い勝手の良いスキルであった。デメリットとしては、攻撃範囲が伍ノ型並に広がる組み合わせが火と風しかないということと、屋外でしか使えないということ、SP消費が激しいということくらいのものだ。



「ふむ、まずまずの火力だ。三時間休んでよかったなぁ」


「休憩時間は関係ありません」



 龍王弓術が敵陣に着弾すると、着弾地点を中心に円形に衝撃が広がり、大量の魔物が息絶えた。


 シガローネとナトは、相変わらずの調子で魔物の軍勢を薙ぎ倒していく。



 次の14時まで、どうやらこの調子は続きそうであった……。



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