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元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~ 作者:沢村治太郎(合成酵素)

第十四章 スタンピード編

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313 良い援軍、栄誉



 11時10分、次第に押され始めた兵士たちを見て、スチームは決断を下す。



「全魔術隊に通達、“高位魔術”の使用を許可します。MP回復ポーションは一人あたり毎分一本の服用までとしてください」



 高位魔術――すなわち肆ノ型と伍ノ型のことである。


 かつては宮廷魔術師の中でもほんのひと握りしか習得できていなかった肆ノ型。伍ノ型に至っては叡将戦出場者レベルでないと習得している者はいなかった。


 それが今や、何十人という魔術師によって戦場で使用されている。


 この事実がどれほど革命的か――圧倒的火力で魔物を蹂躙するその高位魔術の嵐を目の当たりにしたスチームは、思わず身震いした。


 セカンドとムラッティという、たった二人の革命児がもたらした偉業が、この戦慄の光景である。ほんの数ページの冊子一つによって、世の中の“戦争”は大きく形を変えてしまったのだ。


 そして、その変化はもはや留まる所を知らない。



「まあ、こうなると理解してはいましたが……」



 スチームが指示を出してからわずか5分で、魔物の隊列は壊滅状態へと追いやられた。


 効果は絶大と言える。


 しかし、スチームの顔色は芳しくない。


 使わされた・・・・・――スチームはそう考えていた。


 見上げるような甲冑の魔物。遠距離攻撃方法のないこの魔物相手には、本来ならば温存できているはずだった。


 だが、実際の、実物の“迫力”は、彼らの士気を著しく下げた。


 33歳の若さで辺境伯へと上り詰めた超の付く有能指揮官スチーム・ビターバレーでさえ、その迫力に気圧されたのだ。


 スチームは内心で実戦不足を嘆き、後悔をした。


 “次”を知っているからだ。12時にどうなるかを。


 そして、その時、自分がどのような行動に出るのかも。



「せめて負んぶに抱っこは回避したいですね」



 高位魔術のMP消費量は相当に多い。このままポーションを毎分一本ペースで節約し続けられれば持ち堪えられるだろうが、12時になればそうも言っていられなくなる。


 魔術隊のポーションが尽きた時が、彼らのタイムリミットとなることは明白だった。




  ◇ ◇ ◇




「ハルバードはこうやって使うんだ、お前ら」



 甲冑の魔物が湧き出してから、シガローネは更にイキイキと動き始めた。


 手本を見せてやるとばかりに兵士たちへ向かってそう言うと、魔物から強奪したハルバードを手にして、馬に乗り、おもむろに《飛車槍術》を発動する。


 《飛車槍術》は突進攻撃。《乗馬》スキル使用中に発動した場合、騎乗状態での突進が可能である。


 シガローネは凄まじいスピードで突進すると、ハルバードの矛先をやや斜めにずらし、甲冑の魔物と次々にすれ違った。


 すると魔物たちはまるで車にはねられたようにして吹き飛び、どんどんと倒れていく。


 そして、頃合と見るやいなや、シガローネは馬から飛び降り、魔物の密集している方へ《龍馬槍術》を放つ。


 凄まじい火力の衝撃破が魔物たちの巨躯を易々と飲み込み、一瞬にして十体以上を屠った。



「将軍閣下に続け!」



 兵隊長が号令をすると、兵士たちは皆「おう!」と威勢良く声を上げ、魔物の群れに突撃する。


 キャスタル王国の兵士たちに比べ、マルベル帝国の兵士たちは少しばかり練度が高い。そしてシガローネの活躍もあってか、士気も高かった。


 シガローネが敵陣のど真ん中で暴れまわり、良い具合に魔物の数を減らして、魔物の隊列を散り散りにさせている。そうすることで、個々の火力が低い兵士たちであっても、多対一の構図を作りやすく、敵を殲滅しやすくなっていた。



「私の出番は暫くなさそうですね……」



 シガローネは戦闘をいいことに二年間の鬱憤を晴らしているだけのように見えるが、しかし、その実は深い考えのもと動いているに違いない。


 ナトはそう判断し、ひょっとするとかなり先まで自分の出る幕はないかもしれないなと、感心しつつも呆れ顔で呟いた。




  ◇ ◇ ◇




 ヴァニラ湖南東。


 時刻は今、12時になろうとしている。


 次なる魔物が湧き始める時間だ。


 10時は、長剣を持った甲冑の魔物。


 11時は、ハルバードを持った体長約2.5メートルの重装歩兵の魔物。


 そして、12時は――。



「――騎兵型の魔物を確認! 長剣の魔物と、ハルバードの魔物も確認できます!」



 混合湧き。通称、チャンポン。


 12時は、10時の魔物と11時の魔物に加え、鎧の馬に乗り薙刀を持った甲冑の魔物が出現する。



「作戦通りにね」


「はい、副団長」



 アイリーがサッと右手をあげて指示を出すと同時に、宮廷魔術師団は横に広い陣形をとった。


 陣形はどんどんと広がり、北上する魔物群を受ける皿のような半円を描く。



「“ササシ式”、用意!」



 魔術師団によるヒフミ式に次ぐ作戦が、このササシ式であった。


 接近する魔物と魔術師との距離がなるべく一定になるような配置、加えて複数人の魔術師が同時に魔物を射程距離へと捉えられるように工夫した陣形だ。


 この陣形を組み、参ノ型と肆ノ型を2:1の比率で集中砲火する。


 セカンドから魔物の特徴などについて根掘り葉掘り聞いていたチェリによる立案だ。チェリがあまりにも質問を止めないため会議が二時間半押したこともあるほどだが、そんな彼女の分析したがりな性格のおかげでこの作戦は生まれた。



「放て!」



 ……作戦は、見事にハマった。


 騎兵型の魔物は、他の魔物に比べて機動力が高い。


 あえて長めに距離を取り、魔物を少し進軍させることで、魔物群から騎兵型の魔物が浮いて出てくる。


 そこを参ノ型の集中砲火で一気に叩き潰し、範囲攻撃の肆ノ型でその後ろに続く魔物群を足止め、ないし処理するのだ。



「見事」


 ササシ式の邪魔にならないよう、クラウス率いる第一騎士団は、魔術師団から少し距離を取って控えていた。


 スチーム辺境伯の所と打って変わって、こちらは12時~13時まで遠距離攻撃中心に戦い、“近接火力”を温存する作戦なのである。


 MP回復ポーションも、HP回復ポーションも、当然ながら有限。特に即時回復の見込める高級ポーションは、十分な量を用意することが難しい。


 どちらを温存するかは、まさに指揮官の性格が出る部分だと言えた。



「クラウス様、13時までは暫しお体を休めておいては」


 いつでも助太刀できるようにと警戒を怠らないクラウスに、第一騎士団の騎士が不安そうな表情で話しかける。



「心配無用だ」


「しかし、クラウス様は14時以降も」


「問題ない」



 だが、クラウスは頑として休もうとはしなかった。


 王国を守護する――クラウスは使命に燃えているのだ。


 かつての愚かさを猛省し、決して使命を履き違えぬよう己を律してきた。


 だからこそ、クラウスはこのスタンピードを挽回のチャンスだと捉えている。


 そして、恩返しのチャンスだとも。


 彼の中には、ずっと、ずっと、深い感謝があった。


 マイン・キャスタルへ、フロン・キャスタルへ、セカンド・ファーステストへ、こんな自分を見捨てないでいてくれた全ての人へ、深い感謝が。


 今こそ報いる時なのだ。


 守護すべきものが明確となった今、クラウスは何があろうと真っ直ぐに突き進む。


 そんな強い覚悟があった。



「…………」


 クラウスの言葉を受けて、騎士はそれ以上何も言わずにその場を去った。


 張り詰めている――まるで、かつての第一王子クラウスだった頃のように。


 陛下の従者となり、セカンド八冠の弟子となって、近頃は楽しそうに活き活きとしていたクラウスが、また元に戻ってしまったような気がして、騎士は途端に心配になった。



「……杞憂であってほしいが」


 昔のままのクラウスであれば、このまま放置されただろう。


 しかし、今のクラウスには、過去にないものがある。


 それは“人望”。


 近衛として志を共にする、第一騎士団の騎士たちがいるのだ。


 彼らは、今のクラウスを慕っていた。


 だからこそ、このままではいけないと、クラウスのために動こうとする。



「失礼。私は第一騎士団の騎士だが、セカンド八冠に言伝を頼みたい――」



 騎士は、ファーステストのメイドを探し出して言伝を頼んだ。


 彼の中で、考え得る限り最も心強い相談相手であった。




  * * *




「うはは! クラウスが気合入り過ぎて空回ってるらしい」



 メイドさんから笑える通信が入った。


 面白いので皆と共有してみる。



「あかんやん。うちが説教しに行ったろか?」


「いや、口で言って聞くようなやつじゃないっしょ」



 あいつ、キュベロに似て頑固なんだよなあ。



「ほなセンパイ行ってきた方がええんちゃう?」


「えぇー……?」



 気乗りしないなぁ。



「セカンド殿の気持ちもわかるぞ。難しい問題だからな」



 俺が嫌がっていると、シルビアがフォローしてくれた。


 シルビアにも何やら思うところがあるらしく、難儀そうな顔をして悩んでいる。


 そういえば、そうだったな。


 ちらりとキュベロの様子を見ると、さっと視線を逸らされた。


 それからキュベロは眉間に皺を寄せて、ふぅと溜め息をつく。


 あいつめ、あれこれ悩んで答えを出せない自分が不甲斐ない……なんて考えてそうだな。


 そうだとしたら、尚さら言葉だけで解決するような問題じゃない。



「よし!」



 決めた。


 俺は膝をパンと叩いて、宣言する。



「とりあえず昼メシ食おうぜ」



 ガクッと、皆がずっこけた。




   * * *




「右翼を更に厚くせよ! 左翼は流れた敵を誘い込み、囲んで殲滅するのだ!」



 ガラムの号令で、第二騎士団が一斉に陣形を動かす。


 帝国兵に次いで実戦経験豊富なだけあって、非常に見事な連携であった。



「儂らは中央に陣取り、可能な限り敵の数を減らす! 左翼の仕事を奪ってしまえ!」



 ゼファーによる指示で、魔術師団は参ノ型と肆ノ型を射程距離ギリギリから斉射した。


 そして、その取りこぼしを左翼に陣取った第二騎士団が処理をする。


 経験豊富な指揮官と兵士たちによる連携は、まさに阿吽の呼吸と言えた。


 この陣形で、かれこれ三十分以上、魔物の進軍を食い止めることができている。


 変幻自在に動き、戦場を掌握する。大きな魔物に対しても臆しておらず、士気も高い。抜群の安定感だ。



「……マズイな……」



 だからこそ、ガラムとゼファーは現状の厳しさをよく理解していた。


 食い止めるだけではなく、押し込むことができなければならない。


 戦場では、決して“安定感”を覚えてはいけないのだ。


 それは安定ではなく膠着なのである。


 そして、崩れる時は一瞬。その瞬間こそ、自陣が最も脆さを露呈する隙となる。


 数々の作戦を使ってなんとか対応してきたが、膠着してしまった今のこの状況というのは、力の限界が来ている証拠なのだ。



「儂らが最初だろうか? 全く嫌になるな」



 12時55分、ゼファーは溜息とともに決断する。


 援軍要請の決断を――。




  ◇ ◇ ◇




 13時。


 戦場に立つ兵士たちは皆、己の目を疑った。


 歩兵の魔物、重装歩兵の魔物、騎兵の魔物の混合湧きが続く中、その奥からズシンズシンと歩んできた魔物の姿。


 地面が揺れている。錯覚ではない。


 体長約2.5メートルもあるハルバードを持った重装歩兵の魔物が、まるで小人に感じるほどの巨大な魔物が、何十体と進軍してきていた。


 体長は重装歩兵の倍、すなわち約5メートル。手には大きな棍棒を持ち、騎兵の魔物以上のスピードで接近してきている。



「高位魔術用意! 只今より、ポーションの使用制限を解除する!」



 スチームは号令をかけた。


 魔術隊は指示に従うが、尽くが恐怖に呼吸を震わせていた。


 そして、第一陣が接触する。


 巨人の魔物は……伍ノ型を四発も耐えた。


 冗談じゃない。


 スチームは舌打ちを一つ、即座に決断を下す。


 予定より早まった、と――。




「!!」



 次の瞬間、突如として地面が盛り上がり、土が人型を形成する。


 《天土転身あめつちてんしん》――シェリィ・ランバージャックによるスキルだ。




「私の地元で幅きかせてんじゃないわよ」



 魔物はビターバレーから商業都市レニャドーへと向かって進軍している。確かに、シェリィの地元であった。


 だからであろうか、少しイラついた様子のシェリィは、現れた瞬間に《土属性・伍ノ型》を詠唱すると、魔物の軍勢に向けてすぐさま放った。




「  」



 兵士たちは皆、絶句した。


 そして、四属性の魔術のランクを上げて《精霊憑依》九段を発動した者による伍ノ型は、これほどに凄まじいのかと思い知る。


 土埃が収まった時の光景は、想像を絶するものだった。



 ――視界の中にいる魔物が、全て消し飛んだ・・・・・・・のだ。



 魔術師たちは、あれは本当に自分たちと同じ魔術なのかと疑ったほどである。


 皆が、シェリィ・ランバージャックの後ろ姿を見つめていた。


 漆黒の羽織が風にはためく。ちぐはぐな穴熊装備を隠すためのそれは、しかし、実に見栄えが良かった。


 シェリィは、皆の注目を集めていることを知ってか知らずか、ちらりと後ろを振り返り、こう口にした。



「シェリィ・ランバージャック、参上よ」



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