【人生七転八起】うつみ宮土理、記憶を失う激しい喪失感に襲われて 夫・愛川欽也さんの死から7年

愛川欽也さんが残した「中目黒キンケロ・シアター」をバックに笑顔を見せるうつみ宮土理(カメラ・小泉 洋樹)
愛川欽也さんが残した「中目黒キンケロ・シアター」をバックに笑顔を見せるうつみ宮土理(カメラ・小泉 洋樹)

 タレント・うつみ宮土理(79)は、最愛の夫で俳優の愛川欽也さん(享年80)を2015年に失った後の1、2年間、記憶を失うほどの喪失感に襲われたという。しかし、少しずつ気力を取り戻し「今は以前に増して元気」と語るまでに回復した。心のダメージにいかに向き合い、どのように克服していったのか。人生100年時代。長生きをすれば、それだけ過酷な「別れ」に直面する機会は増える。本人の回想をもとに、内面の変化にアプローチした。(内野 小百美)

  夫を見送って7年の時間が流れた。「“その時”まで、キンキン(愛川さんの愛称)がいなくなるって私、本当に思わなかった。あまりの驚きと虚無。1、2年間、ほとんど記憶がないのね。何をして何を食べていたのかも」。しかし、今は客観的に自身を見つめられるまでに回復した。

 後に友人に言われた。「目黒川の散る桜の木のそばに、ぼんやり私、立っていたらしくて。『本当にかわいそう』と思ったって」。悲しみを受け止める許容範囲を超えていたのだろう。うつみはクリスチャン。病に伏した愛川は病床洗礼を受けている。芸能界でも有名なおしどり夫婦として知られたが「そのままだと同じ天国にいけないと思って。(洗礼は)死を覚悟したから、ではなかったの」

 ベスト体重は43キロで現在が40キロ。失意の底にある時は30キロまで落ちた。「もう皮と骨だったわね。(愛川さんの葬儀で)誰が私の喪服を用意していたのか、何も覚えていない。ただお医者さんに、『あと2日くらいでダメかも』と告げられた時、頭が真っ白になったのは覚えていて」

 “快方”の兆候が訪れたのは、夫を見送って数か月後。料理が得意なマネジャーが、うつみの変わり果てた姿にたまりかね、毎日自宅に来てご飯をつくってくれ、一緒に食べるようになった。

 「忘れもしない。最初に口にしたのは筑前煮。あまりにおいしくて五臓六腑(ろっぷ)に染み渡るようで。栄養が心身にどれだけ大事かを知った」と振り返る。マネジャーは「とにかく出汁(だし)の利いた煮物を食べてほしかった」。一緒に会話し、穏やかな時間を過ごすことも始まった。

 20代半ばから約半世紀。この間、テレビのレギュラー番組は絶えず、常に忙しさの中に身を置いてきた。

 「自然、四季を感じるという生活をしてこなかった。空ってこんなに美しかったんだ、とか。空、風、花、鳥の鳴き声。キンキンは風になったってことだから、風の音に耳を澄ませてみたり。自然に癒やされ、励まされて。いつを境に急に元気になった、ではなくて。しっかりした食事と自然を感じることを続けていたら、自分が生きていることを実感し、気持ちも落ち着いてきたのね」

  実践女子中、高、大とオール5で首席の優等生だった。うつみの満点の英語の解答用紙を見ながら他の生徒の答案を採点する先生もいたほど。「実母を10歳で亡くし、育ての親も『男に頼ってちゃダメ』と。仕事を持って収入を得て生きていくように言われたのも大きかった」

 ところが、卒業後に英字雑誌「ジス・イズ・ジャパン」編集部へ入ったのは「正直、お婿さん探しが目的だったわ」と明かす。「記事を書く男性ってすてきじゃない? 横から見ても知的で物静かで。朝日新聞がいいと思ったけれど、入れそうもなくて系列(当時)のところに入ったの」

 仕事はそこそこに、社内の論説委員など年齢を重ねた男性たちから毎日のように食事に誘われた。「みんなに『君と話していると楽しい』と言われて。予定帳が埋まるほど入って。しかもすしなど高いお店ばかりで舌も肥えて。でも若いイケメンの男性記者からはさっぱりだったわね」

 転機は24歳の時。子ども向け番組「ロンパールーム」(日テレ系)の「2代目先生」に周囲の勧めで応募した。「履歴書の写真、カメラの部長さんが少しでも良く見えるよう“修整”してくれたり。最終審査まで残ったけれど松坂慶子さんみたいなきれいな人ばかり3人。私なんて全然ダメ」と諦めていた。ところが「どの人がいい?」と聞かれた子どもたちは、一斉にうつみに駆け寄った。「実は昔から子ども、赤ちゃん、おじいちゃんが大好きで。それを幼い子なりの感性で見抜いてくれたのかな」

 同番組で、うつみの人懐っこく明るいキャラクターは一気に覚えられた。後の「ゲバゲバ90分!」(日テレ系)への出演も、この時の先生姿を前田武彦さん(2011年没、享年82)が気に入っての起用だった。

 「50年くらい、長く芸能生活を続けているけれど、私にとって一番印象的だった仕事は、今も『ロンパールーム』。芸能界志望など全くなかった。人の運命って本当にどうなるか分からない、と24歳の私に教えてくれたんですから」

  うつみの一日は、朝5時に始まる。家の掃除、洗濯をしたりして1時間。その後、近所の人と公園までラジオ体操に行く。

 「365日、ラジオ体操は欠かしません。雨でも行く。しないと一日、気持ち悪くて。公園には少ない日でも50人ほど集まる。体を動かしながら、つい人間観察してしまう。あの方の連れている犬は高価な名犬だな、とか(笑い)」。前日に見た演歌の番組の話になると歌手の化粧の濃さや声の出具合など感想を聞くことも。「皆さんの指摘が鋭いの。よく観察されていて。いま芸能界で誰が人気があるのか。ここから推測できるくらい」

 生きがいを尋ねると「長生きしてキンキンがつくった劇場を守っていきたい」と力強い口調で返ってきた。愛川さんが2009年に建てた東京・青葉台にある「中目黒キンケロ・シアター」(客席数133)のこと。最初は生前のことが思い出されてつらく、手放すことも考えた。が、心身の回復とともに、考え方は変わった。

 「『お客さんを疲れさせちゃいけない』とファーストクラスのイスにすると聞いた時、驚きましたよ。でも、ここにはキンキンのこだわりが詰まっている。いま思うと、私が寂しがらないよう、ここを残したんじゃないか、そんなふうにも思えて」

 1934(昭和9)年生まれの愛川さんは、戦時中を知る。特に晩年は平和の尊さを伝えることにも力を注いだ。「キンキンが生きていたら、いまのウクライナのことを何て言ったか。教わるときは『かみさんは授業料取らないと覚えないから』と、1時間1000円徴収されて。地図を描いて時代背景から教えてくれたと思う」

 劇場空間に身を置くと、無数の思い出がよみがえってくる。悲しみの喪失は癒やされ、いまでは劇場から活力をもらっている。「なかなか疲労感を感じないくらい元気だし、長生きしないと。塞ぎ込んでいる間なんてない。時間がもったいなくて。毎日、やりたいことがたくさんありすぎて」。気力あふれる笑顔が広がった。

 ○…うつみは11月にキンケロ・シアターで上演される新作コメディー「豆子セブンティーン」(横山一真脚本・演出、19~25日で全10公演)に主演する。“豆子シリーズ”の第3弾で、これまでは8歳、14歳の主人公を演じてきたが、今回はタイトルにもあるように17歳に挑戦。「役を通して違う自分を発見できる喜び、幸福。すごく楽しみ」といい、「開幕までの稽古も、準備もすべてワクワクです」と話している。

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