吉田拓郎さんの最後となるテレビ出演予定を、きのうスポーツ紙が一斉に伝えていた。〈TV卒業〉〈見納め〉。見開きを割いた紙面まである。昭和から平成、令和とポピュラー音楽の第一線を走ってきた人への敬意だろう▲拓郎さんが広島から上京した半世紀前、前後して多士済々(たしせいせい)の面々が東京に向かう。広島から浜田省吾さん、福岡から井上陽水さん、札幌から中島みゆきさん…。「地方の時代」ともてはやされた当時の音楽業界は裏を返せば、「上京の時代」だった▲そんな上京物語の歩みを手繰ると、ちょうど100年前、尾道の高等女学校を出たばかりの女性が親元を離れ、東京の大学で学ぶ恋人の元に身を寄せる。後に「放浪記」で売れっ子作家となる林芙美子である▲坂の町尾道を後(あと)にしても、芙美子は山あり谷ありの人生行路を突き進む。きつい坂道の向こうに何か、希望を見ていたのかもしれない。晩年を送った東京の旧居が、八つの坂が連なる街にあるのも偶然ではないはずだ▲47歳でたおれた芙美子の頃と違い、昨今は人生100年時代の入り口という。七十路(ななそじ)の坂に差しかかった拓郎さんたち「旗手」は、仕事でどんな有終の美を飾るのだろう。