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【Web版】怨獄の薔薇姫 政治の都合で殺されましたが最強のアンデッドとして蘇りました 作者:霧崎 雀@作家系バ美肉YouTuber

第四部B 赤薔薇の予告状編

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[4b-21] 5秒でも9秒でもない

「【身体強化紋(エンハンススティグマ)三重複(トリプル)】【魔力錬成紋(マナスティグマ)三重複(トリプル)】【聖剣紋(ウェポンスティグマ)三重複(トリプル)】……九重(ノニュプル)励起(アクティベイト)


 内からの暴圧に、ジュマルレの聖衣がばたついた。

 全身に光の紋様が浮かび、奇跡の力が総身に満ちる。

 ジュマルレが放つ輝きによって、辺りはまるで昼のように明るくなった。


 これぞ、滅月会ムーンイーターの戦闘員が賜る加護。

 邪悪を滅するため、超人的な戦闘力を一時的に発揮する技、戦闘聖紋スティグマだ。


「命を喰らう戦闘聖紋スティグマ……自ら壊れていくなんて、哀れな玩具だこと」

「黙れ、アンデッド」


 金色の光を纏う聖剣を片手で構え、ジュマルレは“怨獄の薔薇姫”を睨み付けた。

 大げさに憐れむ彼女の言葉は、まるで本当に深く悲しみ嘆いているかのような響きもあった。それがジュマルレにとっては神の正義を貶められたように感じ、怒りの炎は更に燃え上がった。

 怒りは良い。邪悪への怒りは人の正義だ。


 ――奴の魂まで滅することができるか?

   ……難しいな。そのための備えが無い。だからこそ、奴は堂々と現れたのだ。


 しかしジュマルレは、信心を知らぬ愚か者どものように、怒りに呑まれたりはしない。冷静に考えを巡らせてもいた。

 “怨獄の薔薇姫”についてはジュマルレも情報を受け取っている。

 霊体系のアンデッドだというなら、この肉体も仮のものに過ぎないだろう。滅ぼしても無意味。

 魂を討たねばならないが、逃げに徹する悪霊は厄介だ。まず捕らえねばならず、その備えが無い。


 ――ならば一撃に賭ける。せめて手傷を負わせて、次の戦いに繋げるが最善か。


 即座にジュマルレは断じた。

 戦闘聖紋スティグマの力であれば、強大なアンデッドをも傷付けうる。容易くは癒えぬ傷を。

 さすれば、自分の次に戦う者が“怨獄の薔薇姫”を討ち取るかも知れない。

 そうでなくてもしばしの間、動きを封じることが叶うだろう。それはほんの一時でも世界の天秤を正へ、聖へ傾ける有意義な戦果。

 己が捨て石になることは厭わない。それこそが神の僕。神の剣たる滅月会ムーンイーター


「神々よ、我が戦いを御照覧あれ!」


 ジュマルレは地上の流星となった。

 光の尾を引いて駆けるジュマルレの周囲では、石畳がめくれ上がって吹き飛んでいき、用水路のような一直線のミゾを刻む。


 “怨獄の薔薇姫”は深紅の魔剣を構える。それは物理的な武器ではなく、呪いを研ぎ澄ました魔力の結晶だと、ジュマルレには気配だけで分かった。

 【聖剣紋(ウェポンスティグマ)三重複(トリプル)】の力を乗せた聖剣にとって、かの魔剣は棒きれ同然。打ち合えば一合でへし折れる。そして“怨獄の薔薇姫”をも斬り裂こう。


 あくまでも“怨獄の薔薇姫”は迎え撃つ構え。

 ジュマルレは迫る。あと二歩。一歩……


 ――無防備すぎる。


 多くの戦いを乗り越えてきたジュマルレだからこそ持ちうる、勘だった。

 咄嗟の判断。ジュマルレは踏み込みを半歩浅くして、“怨獄の薔薇姫”の動きに備えた。

 正解だった。


 一瞬の攻防!


 ジュマルレが聖剣を叩き付ける刹那、“怨獄の薔薇姫”は≪短距離転移ショートテレポート≫で僅かに立ち位置をずらし、攻撃を回避しつつのカウンターを仕掛けた。

 そこまではジュマルレも予想していた。“怨獄の薔薇姫”は近接戦闘において、≪短距離転移ショートテレポート≫を多用して対手を翻弄する戦術を好むと、ジュマルレは聞いていたから。

 ジュマルレは間髪入れずに刃を返して二撃目を放った。


 だが“怨獄の薔薇姫”は再び姿を現したとき、深紅の魔剣だけでなく、もう一本の剣を手にしていた。

 つまりは二刀流だ。収納魔法でも使って隠し持っていたのだろう。

 自ら蒼銀色に輝く宝剣で、“怨獄の薔薇姫”はジュマルレの聖剣を受けた。鋭く澄んだ音がして、火花が散り、宝剣は聖剣を受け止めた。


 そして深紅の魔剣が一閃!

 ジュマルレが胴部両断されなかったのは、踏み込みを浅くしていたからだ。後方に身を投げて離脱したジュマルレは、地面を削るように鋭く受身を取りながら、周囲を切り払って牽制しつつ起き上がった。

 魔剣は左脇腹を浅く斬り裂いただけだった。


 ――掠り傷……ではないな。


 全身が心臓になったかのように熱く脈打っていて、その度に脇腹と左肩の傷から、黒く汚れた血が流れた。


 “怨獄の薔薇姫”は深紅の魔剣を払い、刃に付いた血を振り飛ばす。

 長大な刃の二箇所が、ギザギザに欠けていた。斬撃の瞬間に刃が毀れ、その破片がジュマルレの身体に埋め込まれたのだ。おぞましき呪いの塊が。


 常人であれば即座に身体が腐れて死んでいただろう。

 ジュマルレは総身に満ちた聖気によって、その侵蝕を食い止められている。やがては聖気と邪気が相殺されて、打ち込まれた呪いを磨り潰す。

 だがそれまでは再生を上回る速度で肉体が破壊されていく。それがほんの二、三分であろうと、決着までには充分な時間だった。


 ジュマルレが次のまばたきをした瞬間、前方に“怨獄の薔薇姫”は居なかった。


「≪血染槍衾カズイクルベイ≫」

「くっ!」


 気配のみで反応し、ジュマルレは踵を返し、左後方に剣を薙いだ。

 左腕が既に動かぬ故の、一瞬の遅滞!

 擲たれた大量の呪血の槍は、聖剣の一閃であらかた消し飛んだが、最も先んじた一本がジュマルレの左太ももを抉り抜いた。


 さらに次の瞬間、“怨獄の薔薇姫”はジュマルレのすぐ背後、衣擦れすら聞こえるほどの位置に再度転移していた。

 彼女の魔剣が風を切る。


 ――【光翼紋(ディセンドスティグマ)励起アクティベイト


 ジュマルレは一瞬だけ、追加の戦闘聖紋スティグマを用いた。

 輝ける天使の翼がジュマルレの背に生み出され、崩れた体勢のまま、ジュマルレは前方に吹っ飛んで致命的な剣閃を回避した。


 己の肉体が徐々に壊れていくのをジュマルレは感じていた。世界が歪んで揺れているように感じられるほどだ。騙し討ちだった最初の一撃が大きすぎる。


 ジュマルレは全身に戦闘聖紋スティグマを刻んでいるが、それはひたすら攻撃と破壊による浄化を考えた構成だ。

 我が身の守りを考えれば、それだけ剣が鈍る。必要なら神聖魔法で補えばいい。『血涙』によって賜りし奇跡の力は、余さず剣に注いでこそ、いかなる邪悪をも粉砕する神罰の具現となるのだと。

 実際その力でジュマルレは、邪悪なる魔物たちを圧倒し、退けてきた。


 だがそのためジュマルレは、邪気に重度汚染された呪いの傷を癒し、肉体を瞬時に再生させることなどできなかった。

 故にただ、一撃あるのみ。

 神のため、世のため、その身を捧げることに躊躇無し。

 己の後に続く者が、戦いを受け継ぐのだから!


 再度の転移。

 気配は少し遠い。側面高所。神殿の屋根上か。なんたる冒涜。

 ジュマルレは聖剣を最大の武器としている。故に、先程のように剣の射程外から牽制し、一撃を狙う心算か。だとしたら“怨獄の薔薇姫”は実に愚かである。もちろん邪神に仕える者など、全てが愚かであるのだが。


 ――ここだ!


 翼を消したジュマルレは、大地を踏みしめブレーキ。

 身を翻し構えると、己の全てを祈りと共に、剣に注いだ。


「【性能偏向:放出射撃(ショットカスタム)】……≪烈光の一撃(ディバインストライク)≫!」


 武器に聖気を纏わせる、瞬間的な附与魔法エンチャント

 聖剣紋(ウェポンスティグマ)によって神の威光を纏っていた聖剣に、魔力錬成紋(マナスティグマ)で高められた魔法力により、神聖魔法の力が上乗せされる。

 膨れあがった金色の光は、まさしく太陽。全ての邪悪を滅する神罰の具現だ。

 今、この聖剣は……そしてそれを振るうジュマルレは、正しく『神の剣』であった。


 ジュマルレは聖剣を天に向かって鋭く切り上げた。

 その軌跡が金色の大波となり、放たれた。

 転移魔法で小賢しく飛び跳ねる相手と言えど、射撃の瞬間は身を晒している。全ての力を込めた遠当てで、そこを狙えばいい。

 これが幾度も邪悪を葬ってきた、ジュマルレの得意技。受ければ魔王さえもただでは済まないだろう!


 揺れる視界の中で、夜が壊れた。


 ジュマルレの放った聖なる光よりも遥かに眩い日中の光が、辺りを満たした。

 耳に流れ込んでくるのは人々のざわめき、次いで、悲鳴だった。


 大神殿前には多くの市民が詰めかけていた。

 簡素な飾り付けをされたテントが並び、神官たちの作った菓子や、お守り(タリスマン)が売られている。それと一緒に飲み物や古着を売る市民の姿もあった。

 安息日のバザーだ。

 市民と神殿の交流の場、そして、ささやかながら浄財を得る手段として、多くの神殿がこれを行っている。

 共和国首都たるリャーティルトゥレともなれば、それは大規模で、ちょっとしたお祭りのような騒ぎだ。俗世的な悪しき商業主義のニオイを感じ、ジュマルレは好きになれなかった。


 その只中にジュマルレは居た。中天の太陽が辺りを照らしていた。

 ジュマルレの放った必殺の一撃は、大地と神殿に大きな爪痕を残していた。

 人体の残骸が、風に巻き上げられた木の葉のように散らばっていた。


 ――なんだ? これは……どういう事だ?


 ジュマルレは渾身の一撃を放った体勢のまま、動けなくなっていた。

 いつの間にか五本もの深紅の魔剣によって全身を貫かれ、地に縫い留められていたからだ。

 視界は朱く染まり、全身からぼたぼた血が流れ落ちていた。


 周囲の人々は、驚きおののき、怪物でも見るような目でジュマルレを見ていた。ジュマルレの顔を知り、神の傍に近き者として敬服していたはずの神官たちさえもが。

 腕だけになった母親に抱かれた赤子が、地面に転がって泣いていた。純粋な聖気による攻撃は人を傷付けないが、あれほどの力の奔流は、大いなる物理的破壊をも伴うのだ。


 ――私は、“怨獄の薔薇姫”を……奴は、どこに……


 身動きできぬジュマルレの手から、輝きを失った聖剣が滑り落ちた。

 最期にジュマルレが見た光景は、己を捕らえに来たらしき衛兵の足が、聖剣を踏みつけるところだった。


 * * *


 ジュマルレは、魔剣の欠片が埋め込まれたのを、単なる呪いの攻撃だと思っていた。

 だが実際はそれだけではなく、ルネが作り出した異界へ彼を引きずり込むいかりとして機能したのだ。


 ルネはこの世と少しズレた『隠れ里』を生み出す能力を持つが、それは『異界の構成への賛同者を集める』という準備をしなければ大した規模にならない。まして相手は、一時的な借り物とは言え、神秘チートを身に宿した滅月会ムーンイーター戒師。同じ神秘チートの産物である異界にも、いくらかは耐性がある。

 だから、やったことは単純だ。


 最後の一撃の瞬間、時の流れが存在しない極小の異界を生みだし、そこにジュマルレを引き入れて半日後に解放した。

 結果として三十五人の死者と六人の重軽傷者が発生し、リャーティルトゥレの大神殿は半壊した。

 ただそれだけのことだった。

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