[4b-21] 5秒でも9秒でもない
「【
内からの暴圧に、ジュマルレの聖衣がばたついた。
全身に光の紋様が浮かび、奇跡の力が総身に満ちる。
ジュマルレが放つ輝きによって、辺りはまるで昼のように明るくなった。
これぞ、
邪悪を滅するため、超人的な戦闘力を一時的に発揮する技、
「命を喰らう
「黙れ、アンデッド」
金色の光を纏う聖剣を片手で構え、ジュマルレは“怨獄の薔薇姫”を睨み付けた。
大げさに憐れむ彼女の言葉は、まるで本当に深く悲しみ嘆いているかのような響きもあった。それがジュマルレにとっては神の正義を貶められたように感じ、怒りの炎は更に燃え上がった。
怒りは良い。邪悪への怒りは人の正義だ。
――奴の魂まで滅することができるか?
……難しいな。そのための備えが無い。だからこそ、奴は堂々と現れたのだ。
しかしジュマルレは、信心を知らぬ愚か者どものように、怒りに呑まれたりはしない。冷静に考えを巡らせてもいた。
“怨獄の薔薇姫”についてはジュマルレも情報を受け取っている。
霊体系のアンデッドだというなら、この肉体も仮のものに過ぎないだろう。滅ぼしても無意味。
魂を討たねばならないが、逃げに徹する悪霊は厄介だ。まず捕らえねばならず、その備えが無い。
――ならば一撃に賭ける。せめて手傷を負わせて、次の戦いに繋げるが最善か。
即座にジュマルレは断じた。
さすれば、自分の次に戦う者が“怨獄の薔薇姫”を討ち取るかも知れない。
そうでなくてもしばしの間、動きを封じることが叶うだろう。それはほんの一時でも世界の天秤を正へ、聖へ傾ける有意義な戦果。
己が捨て石になることは厭わない。それこそが神の僕。神の剣たる
「神々よ、我が戦いを御照覧あれ!」
ジュマルレは地上の流星となった。
光の尾を引いて駆けるジュマルレの周囲では、石畳がめくれ上がって吹き飛んでいき、用水路のような一直線のミゾを刻む。
“怨獄の薔薇姫”は深紅の魔剣を構える。それは物理的な武器ではなく、呪いを研ぎ澄ました魔力の結晶だと、ジュマルレには気配だけで分かった。
【
あくまでも“怨獄の薔薇姫”は迎え撃つ構え。
ジュマルレは迫る。あと二歩。一歩……
――無防備すぎる。
多くの戦いを乗り越えてきたジュマルレだからこそ持ちうる、勘だった。
咄嗟の判断。ジュマルレは踏み込みを半歩浅くして、“怨獄の薔薇姫”の動きに備えた。
正解だった。
一瞬の攻防!
ジュマルレが聖剣を叩き付ける刹那、“怨獄の薔薇姫”は≪
そこまではジュマルレも予想していた。“怨獄の薔薇姫”は近接戦闘において、≪
ジュマルレは間髪入れずに刃を返して二撃目を放った。
だが“怨獄の薔薇姫”は再び姿を現したとき、深紅の魔剣だけでなく、もう一本の剣を手にしていた。
つまりは二刀流だ。収納魔法でも使って隠し持っていたのだろう。
自ら蒼銀色に輝く宝剣で、“怨獄の薔薇姫”はジュマルレの聖剣を受けた。鋭く澄んだ音がして、火花が散り、宝剣は聖剣を受け止めた。
そして深紅の魔剣が一閃!
ジュマルレが胴部両断されなかったのは、踏み込みを浅くしていたからだ。後方に身を投げて離脱したジュマルレは、地面を削るように鋭く受身を取りながら、周囲を切り払って牽制しつつ起き上がった。
魔剣は左脇腹を浅く斬り裂いただけだった。
――掠り傷……ではないな。
全身が心臓になったかのように熱く脈打っていて、その度に脇腹と左肩の傷から、黒く汚れた血が流れた。
“怨獄の薔薇姫”は深紅の魔剣を払い、刃に付いた血を振り飛ばす。
長大な刃の二箇所が、ギザギザに欠けていた。斬撃の瞬間に刃が毀れ、その破片がジュマルレの身体に埋め込まれたのだ。おぞましき呪いの塊が。
常人であれば即座に身体が腐れて死んでいただろう。
ジュマルレは総身に満ちた聖気によって、その侵蝕を食い止められている。やがては聖気と邪気が相殺されて、打ち込まれた呪いを磨り潰す。
だがそれまでは再生を上回る速度で肉体が破壊されていく。それがほんの二、三分であろうと、決着までには充分な時間だった。
ジュマルレが次のまばたきをした瞬間、前方に“怨獄の薔薇姫”は居なかった。
「≪
「くっ!」
気配のみで反応し、ジュマルレは踵を返し、左後方に剣を薙いだ。
左腕が既に動かぬ故の、一瞬の遅滞!
擲たれた大量の呪血の槍は、聖剣の一閃であらかた消し飛んだが、最も先んじた一本がジュマルレの左太ももを抉り抜いた。
さらに次の瞬間、“怨獄の薔薇姫”はジュマルレのすぐ背後、衣擦れすら聞こえるほどの位置に再度転移していた。
彼女の魔剣が風を切る。
――【
ジュマルレは一瞬だけ、追加の
輝ける天使の翼がジュマルレの背に生み出され、崩れた体勢のまま、ジュマルレは前方に吹っ飛んで致命的な剣閃を回避した。
己の肉体が徐々に壊れていくのをジュマルレは感じていた。世界が歪んで揺れているように感じられるほどだ。騙し討ちだった最初の一撃が大きすぎる。
ジュマルレは全身に
我が身の守りを考えれば、それだけ剣が鈍る。必要なら神聖魔法で補えばいい。『血涙』によって賜りし奇跡の力は、余さず剣に注いでこそ、いかなる邪悪をも粉砕する神罰の具現となるのだと。
実際その力でジュマルレは、邪悪なる魔物たちを圧倒し、退けてきた。
だがそのためジュマルレは、邪気に重度汚染された呪いの傷を癒し、肉体を瞬時に再生させることなどできなかった。
故にただ、一撃あるのみ。
神のため、世のため、その身を捧げることに躊躇無し。
己の後に続く者が、戦いを受け継ぐのだから!
再度の転移。
気配は少し遠い。側面高所。神殿の屋根上か。なんたる冒涜。
ジュマルレは聖剣を最大の武器としている。故に、先程のように剣の射程外から牽制し、一撃を狙う心算か。だとしたら“怨獄の薔薇姫”は実に愚かである。もちろん邪神に仕える者など、全てが愚かであるのだが。
――ここだ!
翼を消したジュマルレは、大地を踏みしめブレーキ。
身を翻し構えると、己の全てを祈りと共に、剣に注いだ。
「【
武器に聖気を纏わせる、瞬間的な
膨れあがった金色の光は、まさしく太陽。全ての邪悪を滅する神罰の具現だ。
今、この聖剣は……そしてそれを振るうジュマルレは、正しく『神の剣』であった。
ジュマルレは聖剣を天に向かって鋭く切り上げた。
その軌跡が金色の大波となり、放たれた。
転移魔法で小賢しく飛び跳ねる相手と言えど、射撃の瞬間は身を晒している。全ての力を込めた遠当てで、そこを狙えばいい。
これが幾度も邪悪を葬ってきた、ジュマルレの得意技。受ければ魔王さえもただでは済まないだろう!
揺れる視界の中で、夜が壊れた。
ジュマルレの放った聖なる光よりも遥かに眩い日中の光が、辺りを満たした。
耳に流れ込んでくるのは人々のざわめき、次いで、悲鳴だった。
大神殿前には多くの市民が詰めかけていた。
簡素な飾り付けをされたテントが並び、神官たちの作った菓子や、
安息日のバザーだ。
市民と神殿の交流の場、そして、ささやかながら浄財を得る手段として、多くの神殿がこれを行っている。
共和国首都たるリャーティルトゥレともなれば、それは大規模で、ちょっとしたお祭りのような騒ぎだ。俗世的な悪しき商業主義のニオイを感じ、ジュマルレは好きになれなかった。
その只中にジュマルレは居た。中天の太陽が辺りを照らしていた。
ジュマルレの放った必殺の一撃は、大地と神殿に大きな爪痕を残していた。
人体の残骸が、風に巻き上げられた木の葉のように散らばっていた。
――なんだ? これは……どういう事だ?
ジュマルレは渾身の一撃を放った体勢のまま、動けなくなっていた。
いつの間にか五本もの深紅の魔剣によって全身を貫かれ、地に縫い留められていたからだ。
視界は朱く染まり、全身からぼたぼた血が流れ落ちていた。
周囲の人々は、驚きおののき、怪物でも見るような目でジュマルレを見ていた。ジュマルレの顔を知り、神の傍に近き者として敬服していたはずの神官たちさえもが。
腕だけになった母親に抱かれた赤子が、地面に転がって泣いていた。純粋な聖気による攻撃は人を傷付けないが、あれほどの力の奔流は、大いなる物理的破壊をも伴うのだ。
――私は、“怨獄の薔薇姫”を……奴は、どこに……
身動きできぬジュマルレの手から、輝きを失った聖剣が滑り落ちた。
最期にジュマルレが見た光景は、己を捕らえに来たらしき衛兵の足が、聖剣を踏みつけるところだった。
* * *
ジュマルレは、魔剣の欠片が埋め込まれたのを、単なる呪いの攻撃だと思っていた。
だが実際はそれだけではなく、ルネが作り出した異界へ彼を引きずり込む
ルネはこの世と少しズレた『隠れ里』を生み出す能力を持つが、それは『異界の構成への賛同者を集める』という準備をしなければ大した規模にならない。まして相手は、一時的な借り物とは言え、
だから、やったことは単純だ。
最後の一撃の瞬間、時の流れが存在しない極小の異界を生みだし、そこにジュマルレを引き入れて半日後に解放した。
結果として三十五人の死者と六人の重軽傷者が発生し、リャーティルトゥレの大神殿は半壊した。
ただそれだけのことだった。
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