2000/03/29: ◆こころ 「引きこもり」への取り組み 安倍クリニック院長 安倍英一郎さん
思うようにならない事柄や対人関係のストレスから、自宅に「引きこもる」若者が増えていると言われます。中には、一年以上ほとんど外出していない人もいます。こうした若者の引きこもりに対して、特に、家族や周囲の人はどのように接していったらいいのでしょうか。今回は、若者の「引きこもり」への取り組みをめぐって、安倍クリニック院長・安倍英一郎さん(精神科医)に聞きました。
●「回避性人格障害」に当てはまる人が多い
―最近、「引きこもり」の若者が多いと指摘されています。
□…私も、そのことは感じています。中には、一年以上、外出していない例もあります。本人は「そっとしておいてほしい」という気持ちがあります。家族も時間がたてば解決すると思っていますが、三カ月も過ぎると心配のあまりに、あわてて医療機関に相談に行くというケースも多いですね。
―家族は「心の病(やまい)」ではないかと心配して。
□…分裂病のため「引きこもる」例がありますが、この場合、薬物による治療が基本です。今、増えている「引きこもり」は、ほとんどの場合、「クスリの効く病」ではありません。よって、すぐに解決するような「処方箋(せん)」はありません。
ただ、「引きこもり」は狭義の(従来の意味での)病ではありませんが、「回避性人格障害」の特徴に当てはまる人が多いという感じがします。
―狭義の病ではないけれど、「回避性人格障害」に当てはまる人が多いと。
□…そうです。「回避性人格障害」は、「DSM―IV」(米国精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引)によると、十種の人格障害(妄想性・分裂病質・分裂病型・反社会性・境界性・演技性・自己愛性・回避性・依存性・強迫性)の一つで、「社会的制止、不適切感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、成人期早期に始まる」とされます。その特徴は七つあります。
―その七つとは。
□…長くなりますが、全部挙げてみます。
(1)批判、否認、または拒絶に対する恐怖のため、重要な対人接触のある職業的活動を避ける(2)好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない(3)恥をかかされること、またはばかにされることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す(4)社会的な状況では、批判されること、または拒絶されることに心がとらわれている(5)不適切感のために、新しい対人関係状況で制止が起こる(6)自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、またはほかの人より劣っていると思っている(7)恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険をおかすこと、または何か新しい活動に取りかかることに、異常なほど引っ込み思案である――以上の七つです。
こうした特徴から浮かび上がるのは、自信の持てないことや面倒なことは「回避する」という心理です。それは「心が成熟していない」からではないかと考えられます。
●子供の言いなりにならない注意を
―「避ける」のは、心が成熟していないから……。
□…心が成熟していない背景には、さまざま考えられます。
親子関係からみれば、親が、子供が「失敗しないように」「けがをしないように」育てている――愛情から出ていることですが、そういう親の行動が、子供の心の成長を遅らせているという一面もあります。
人間は、「失敗したり」「傷ついたり」――そういう体験を繰り返していくなかで、心は強くなり、人格も豊かに育っていくと思います。
―「失敗」が心の成長をうながすわけですね。
□…ええ。精神分析学では、人間は幼少期は「万能感」に浸(ひた)って生きていると考えます。
幼少期は、そういう期間が必要なのですが、成長するにしたがって、さまざまな「障害」にあって万能感がしぼんでいく。この、万能感がしぼむことが大人への成長過程に必要なのです。つまり、「競争」「障害」「鍛錬」など、本人にとって超えがたいことにぶつかる体験を繰り返すことで心の成長、人格の成熟がはかられていくわけです。
また、社会的には、「モノが豊かになったこと」「働かなくても生活していけること」などが挙げられます。
引きこもっていても、家族が食べさせてくれる。温かく見守ってくれる。働かなくても十分に生きていける。面倒な対人関係に煩わされることもありません。食べていける限り、「引きこもり」はなかなか解決しないともいえます……。どうやら、「引きこもり」は“先進国”にしか見られない現象のようです。
―親が、「引きこもり」に対する取り組みで心掛けることは。
□…いくつか挙げると、第一には、「解決には時間がかかる」ということを自覚することです。「早期解決」はありえないと思ってください。
第二には、「コミュニケーションを回復すること」です。言葉をかけて返事をしないことがあっても、粘り強く言葉かけをしてください。三カ月間、まったく返事がなかったのに、四カ月目に返事があったというケースもありますから。
中には、コミュニケーションが回復すると、「あの時、○○してくれなかった」など、十数年前のことを、あたかも昨日あったかのように親に苦情を言う人がいます。一応、それを聞きながら、その言葉に心を動かされ、子供の言いなり(例えば、高価な物を親に買わせたりする)にならないようにしてください。
●「第三者」の力を借りることも大切
―そのほかには。
□…第三には、「自尊心を傷つけないようにすること」です。
例えば、同年代の知人を例に挙げ、「○○さんは○○の仕事をした」「○○さんは、結婚して家庭をもった」など、ほかの人と比較しないようにする。
第四には、もし、引きこもりから家庭内暴力が起きた場合には、まず逃げることが賢明です。親が逃げてしまったことが、治療のきっかけになったケースもあります。
第五には、自分だけが悩まないで、信頼できる人や専門の医療機関に相談することが大切です(もし、引きこもりが三カ月を超したら、専門機関を訪ねたほうがいいと思います)。
―「ほかの人に知られたくない」という気持ちもあると思いますが。
□…その気持ちは分かりますが、家族だけで悩んでいると行き詰まってきます。むしろ、「第三者」の力を借りることで、親自身も、大きな視点で問題を考えられるようになります。ともかく、家族だけで悩まないようにすることです。
医師と緊密な連携をとりながら問題に対処している方の場合、注意しなければならないことは、子供がどうであれ(子供といっても成人なのですから)、子供の問題で親が振り回されるのではなく、親自身が自分の生き方を貫くことです。
―周囲の人はどのようなことを心掛ければ。
□…悩んでいる親に対しては、話を聞いてあげるなど、「大丈夫」と励まし、長い間苦労している親をサポートしてあげることも大切なことです。
中には、「自分の育て方が悪かった」と過度に自分を責める方もおられますので(そういう必要はありません)、「気分転換」に、外出を勧めることなどもいいと思います。
もし、引きこもった人が外に出てきた場合(会社なら、一、二カ月休んで出勤することも多いと思いますが)、「甘えている!」などと叱責(しっせき)せず、温かな目で見てあげることが必要です。
もし、対人関係のストレスなどから、再び引きこもっても、そういうことを繰り返しながら、徐々に解決していくと考えてください。休養は、「引きこもり」を脱する心のエネルギーを蓄えることになるからです。
―問題解決には、親自身の生き方を貫くことが大事と言われましたが……。
□…ええ。親が自分の決めた生き方を子供に見せ続けることで、「親には親の生き方がある。社会的な役割がある」ことを子供に自覚させていくことができるからです。
それが、親自身が子供の問題に引きずられない道であり、子供にとっても、「引きこもり」から脱して、自分自身の生き方を作り出すきっかけになること――つまり、「問題解決」につながってくるからです。
思うようにならない事柄や対人関係のストレスから、自宅に「引きこもる」若者が増えていると言われます。中には、一年以上ほとんど外出していない人もいます。こうした若者の引きこもりに対して、特に、家族や周囲の人はどのように接していったらいいのでしょうか。今回は、若者の「引きこもり」への取り組みをめぐって、安倍クリニック院長・安倍英一郎さん(精神科医)に聞きました。
●「回避性人格障害」に当てはまる人が多い
―最近、「引きこもり」の若者が多いと指摘されています。
□…私も、そのことは感じています。中には、一年以上、外出していない例もあります。本人は「そっとしておいてほしい」という気持ちがあります。家族も時間がたてば解決すると思っていますが、三カ月も過ぎると心配のあまりに、あわてて医療機関に相談に行くというケースも多いですね。
―家族は「心の病(やまい)」ではないかと心配して。
□…分裂病のため「引きこもる」例がありますが、この場合、薬物による治療が基本です。今、増えている「引きこもり」は、ほとんどの場合、「クスリの効く病」ではありません。よって、すぐに解決するような「処方箋(せん)」はありません。
ただ、「引きこもり」は狭義の(従来の意味での)病ではありませんが、「回避性人格障害」の特徴に当てはまる人が多いという感じがします。
―狭義の病ではないけれど、「回避性人格障害」に当てはまる人が多いと。
□…そうです。「回避性人格障害」は、「DSM―IV」(米国精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引)によると、十種の人格障害(妄想性・分裂病質・分裂病型・反社会性・境界性・演技性・自己愛性・回避性・依存性・強迫性)の一つで、「社会的制止、不適切感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、成人期早期に始まる」とされます。その特徴は七つあります。
―その七つとは。
□…長くなりますが、全部挙げてみます。
(1)批判、否認、または拒絶に対する恐怖のため、重要な対人接触のある職業的活動を避ける(2)好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない(3)恥をかかされること、またはばかにされることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す(4)社会的な状況では、批判されること、または拒絶されることに心がとらわれている(5)不適切感のために、新しい対人関係状況で制止が起こる(6)自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、またはほかの人より劣っていると思っている(7)恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険をおかすこと、または何か新しい活動に取りかかることに、異常なほど引っ込み思案である――以上の七つです。
こうした特徴から浮かび上がるのは、自信の持てないことや面倒なことは「回避する」という心理です。それは「心が成熟していない」からではないかと考えられます。
●子供の言いなりにならない注意を
―「避ける」のは、心が成熟していないから……。
□…心が成熟していない背景には、さまざま考えられます。
親子関係からみれば、親が、子供が「失敗しないように」「けがをしないように」育てている――愛情から出ていることですが、そういう親の行動が、子供の心の成長を遅らせているという一面もあります。
人間は、「失敗したり」「傷ついたり」――そういう体験を繰り返していくなかで、心は強くなり、人格も豊かに育っていくと思います。
―「失敗」が心の成長をうながすわけですね。
□…ええ。精神分析学では、人間は幼少期は「万能感」に浸(ひた)って生きていると考えます。
幼少期は、そういう期間が必要なのですが、成長するにしたがって、さまざまな「障害」にあって万能感がしぼんでいく。この、万能感がしぼむことが大人への成長過程に必要なのです。つまり、「競争」「障害」「鍛錬」など、本人にとって超えがたいことにぶつかる体験を繰り返すことで心の成長、人格の成熟がはかられていくわけです。
また、社会的には、「モノが豊かになったこと」「働かなくても生活していけること」などが挙げられます。
引きこもっていても、家族が食べさせてくれる。温かく見守ってくれる。働かなくても十分に生きていける。面倒な対人関係に煩わされることもありません。食べていける限り、「引きこもり」はなかなか解決しないともいえます……。どうやら、「引きこもり」は“先進国”にしか見られない現象のようです。
―親が、「引きこもり」に対する取り組みで心掛けることは。
□…いくつか挙げると、第一には、「解決には時間がかかる」ということを自覚することです。「早期解決」はありえないと思ってください。
第二には、「コミュニケーションを回復すること」です。言葉をかけて返事をしないことがあっても、粘り強く言葉かけをしてください。三カ月間、まったく返事がなかったのに、四カ月目に返事があったというケースもありますから。
中には、コミュニケーションが回復すると、「あの時、○○してくれなかった」など、十数年前のことを、あたかも昨日あったかのように親に苦情を言う人がいます。一応、それを聞きながら、その言葉に心を動かされ、子供の言いなり(例えば、高価な物を親に買わせたりする)にならないようにしてください。
●「第三者」の力を借りることも大切
―そのほかには。
□…第三には、「自尊心を傷つけないようにすること」です。
例えば、同年代の知人を例に挙げ、「○○さんは○○の仕事をした」「○○さんは、結婚して家庭をもった」など、ほかの人と比較しないようにする。
第四には、もし、引きこもりから家庭内暴力が起きた場合には、まず逃げることが賢明です。親が逃げてしまったことが、治療のきっかけになったケースもあります。
第五には、自分だけが悩まないで、信頼できる人や専門の医療機関に相談することが大切です(もし、引きこもりが三カ月を超したら、専門機関を訪ねたほうがいいと思います)。
―「ほかの人に知られたくない」という気持ちもあると思いますが。
□…その気持ちは分かりますが、家族だけで悩んでいると行き詰まってきます。むしろ、「第三者」の力を借りることで、親自身も、大きな視点で問題を考えられるようになります。ともかく、家族だけで悩まないようにすることです。
医師と緊密な連携をとりながら問題に対処している方の場合、注意しなければならないことは、子供がどうであれ(子供といっても成人なのですから)、子供の問題で親が振り回されるのではなく、親自身が自分の生き方を貫くことです。
―周囲の人はどのようなことを心掛ければ。
□…悩んでいる親に対しては、話を聞いてあげるなど、「大丈夫」と励まし、長い間苦労している親をサポートしてあげることも大切なことです。
中には、「自分の育て方が悪かった」と過度に自分を責める方もおられますので(そういう必要はありません)、「気分転換」に、外出を勧めることなどもいいと思います。
もし、引きこもった人が外に出てきた場合(会社なら、一、二カ月休んで出勤することも多いと思いますが)、「甘えている!」などと叱責(しっせき)せず、温かな目で見てあげることが必要です。
もし、対人関係のストレスなどから、再び引きこもっても、そういうことを繰り返しながら、徐々に解決していくと考えてください。休養は、「引きこもり」を脱する心のエネルギーを蓄えることになるからです。
―問題解決には、親自身の生き方を貫くことが大事と言われましたが……。
□…ええ。親が自分の決めた生き方を子供に見せ続けることで、「親には親の生き方がある。社会的な役割がある」ことを子供に自覚させていくことができるからです。
それが、親自身が子供の問題に引きずられない道であり、子供にとっても、「引きこもり」から脱して、自分自身の生き方を作り出すきっかけになること――つまり、「問題解決」につながってくるからです。