歌手・さだまさしの2年ぶりのオリジナルアルバム『孤悲』(こい)が完成した。今年70歳、ソロになってからは43作目、グレープ時代から通算すると47作目のオリジナルアルバムになる。いざアルバムを聴き聞き始めて気づくのは、そのアグレッシブな姿勢だ。70歳という年齢を感じさせず、これまで以上に突き進んでいこうとする今の姿が見えてくる。
■勇気と元気は使うほど増えていくもの 困難に立ち向かう人々を勇気づける歌
「“孤悲”は、山部赤人や柿本人麻呂が万葉集で使っていた。意味としては『一人で思いつめて心が引き裂かれる』というような言葉。つまりは、片思いのこと。最近、僕は「ほんとうのさいわい」っていう言葉に惹かれているんだけど、“孤悲”の根っ子にあるものも、自分の大好きな人の本当の幸いを願う、本当の幸いに辿り着けるように祈ること」とさだ本人は語っている(ファンクラブ会報誌『まさしんぐWOLRD』インタビューより)。
これまでも、森羅万象に対するさまざまな愛を歌で表現してきた。時には亡くなった人への思いを、時には美しい自然への想いを、また時には聴く人それぞれに寄り添うような歌を作り、歌ってきた。コロナで人と人の触れ合いが遮断され、孤独で悲しい気持ちにしかなれなかったこの2年、それをまさに「孤悲」という言葉に置き換え、今の彼ならではの視点で世の中に届けるのが、このアルバムなのだ。
収録されているのは全10曲。最後に完成したのが1曲目に収録されているアルバムタイトルにもなっている「孤悲」であったという。
「孤悲」の詩の世界はまさに大きな愛が、平和を願う心が根底にある。広島・長崎の原爆投下に心を痛めて、1987年から20年間行った長崎野外無料コンサートを始め、常に日本中の人々、いや、世界中の人々にふりかかる災厄に心を痛め、歌を作り、そして積極的に行動してきた。そんな彼の今の境地が歌になったような曲、それが「孤悲」なのだ。
そして「孤悲」でスタートするこのアルバムの楽曲からは、一貫して世界を憂い、人々に心を寄せている姿が見えてくる。
さだはステージでよく「勇気と元気は使うほど増えていくもの」と語る。確かに辛い時、苦しい時、くよくよせずにポジティブ思考で進んでいくと、不思議に前向きな気持ちになってくる。だからこそ、勇気と元気をもって行動し、みんなで良い世の中を作っていこうじゃないか、その思いは今回のアルバムでも変わらない。
いやそれどころか、アルバム制作開始あたりからコロナ禍が世界を襲い、今年に入ってからウクライナの人々が窮地に立つ予測不可能な戦いが勃発するなど、大きな不幸が続く今、これまで以上に世を憂い、そして困難に立ち向かう人々を力強く勇気づけようとしているように思う。
その心は2曲目以降でも続いていく。ドラム・島村英二とパーカッション・木村誠のエッジの効いたリズムにのって、コロナ禍、東日本大震災、ウクライナ、それぞれへの思いを歌う「抱擁」。反戦と平和への思いを、アコースティックギターを中心とした静かな演奏にのせて歌う「キーウから遠く離れて」。緊急事態のロックダウンの中でインフラを護る人々に感謝と応援を捧げ、こんなものに負けずにみんなで頑張ろうという強い意志がみえるロックテイストの「緊急事態宣言の夜に」。美しいメロディーにのせて、誰かの笑顔のために世界中に風を贈ろうと歌う「風を贈ろう」。
そして、ラストを飾るのは「歌を歌おう」。昨年の『24時間テレビ』(日本テレビ系)でMISIAが歌い日本中に感動の嵐を巻き起こした曲だ。どんなに混迷した時代であろうと、どんなに不安な日々が続こうと、歌の力を信じて希望をもって力強く生きていこうよというメッセージが、この曲から痛いほどに伝わってくる。
■この歳でなければ書けない歌がある バラエティに富んだ新曲たち
「この歳でなければ書けない歌があると思うね。泉谷さんに『さだは個人的な溜息を歌にしてきた』と言われて自分でも気付いたんだけど、確かにそのとおりで、そうするしかないんだよね。だから、今回も見事に個人的な溜息ばかりだね」(ファンクラブ会報誌『まさしんぐWOLRD』インタビューより)
アルバム『孤悲』にそびえるメッセージの柱はこれまでより確実に太いのだが、それだけではない。実はこのアルバムでは、ファンおよび世間がイメージするさだまさしそのもののバラエティに富んだ新曲たちが脇を固めている。
文学性の高さを感じる「詩人」、過去の自分へのバッシングを振り返りながら、今は亡きさだの応援者、遠藤周作、山本健吉両氏の名前をあげながら応援してくれている人やファンに支えられてきた半生を振返る「偶成」、さだメロディーの神髄が垣間見える「OLD ROSE」、そして吉を祈念する「鷽替え」は、「飛梅」「修二会」などに続く日本の古式ゆかしい世界をモチーフにしたさだの音楽世界に欠かすことのできない作品。これらの曲は大樹に広がる立派な枝葉か。楽曲バリエーションのさじ加減は、長いキャリアの賜物だ。
ジャケットは鳥の鷽(うそ)をテーマにしたイラストだ。アルバム収録曲の「鷽替え」は前年の災厄や凶事を嘘として本年の吉を祈る神事を歌ったもの。鷽の絵を中心に置くことで、まさにアルバムの楽曲を通して流れるメッセージがそのままジャケットになったことにも注目したい。
そして、もうひとつ。アルバム『孤悲』から少し遅れて発売されるのがライブ作品『さだ丼~新自分風土記~さだまさしコンサートツアー2021』だ。
こちらはコンサート回数4500回目を記念して企画された、21年9月15日の東京ガーデンシアターでの特別公演の模様を収録した作品だ。実はこの特別公演前にコロナの影響で延期や中止になった公演が数回あったために、“ほぼソロコンサート4500回ぐらい記念公演”としたところは、実にさだらしいウイットに富んだ柔軟な対応と感じる。セルフカバーアルバム『さだ丼~新自分風土記III~』に収録されたヒット曲・代表曲14曲を収録順に演奏、そして特別メニューとして、フォークの名曲をカバーしたアルバム『アオハル49.69』から4曲の計18曲を収録。コンサートスタート前に本人が登場して行われた前説まで含む完全収録盤だ。
今回のライブ作品は、131分の本編では大ネタトークを披露できなかったために、特典映像として26分のトークを別収録。歌はもちろん凄いのだが、実はトークを楽しみに来る観客も多い。その話術の魅力までたっぷり楽しめる映像作品なのだ。
今や小説家、そして俳優としても大活躍のさだ。しかし、原点は歌作りとライブにある。その世界を堪能するにはうってつけの2作品だといえよう。
文・垂石克哉
■作品情報
さだまさし『孤悲』
発売日:2022年6月1日発売
価格:3850円(税込)
【収録曲】
01. 孤悲
02. 抱擁
03. 詩人
04. キーウから遠く離れて
05. 緊急事態宣言の夜に
06. 風を贈ろう
07. 偶成
08. OLD ROSE
09. 鷽替え
10. 歌を歌おう
■勇気と元気は使うほど増えていくもの 困難に立ち向かう人々を勇気づける歌
「“孤悲”は、山部赤人や柿本人麻呂が万葉集で使っていた。意味としては『一人で思いつめて心が引き裂かれる』というような言葉。つまりは、片思いのこと。最近、僕は「ほんとうのさいわい」っていう言葉に惹かれているんだけど、“孤悲”の根っ子にあるものも、自分の大好きな人の本当の幸いを願う、本当の幸いに辿り着けるように祈ること」とさだ本人は語っている(ファンクラブ会報誌『まさしんぐWOLRD』インタビューより)。
これまでも、森羅万象に対するさまざまな愛を歌で表現してきた。時には亡くなった人への思いを、時には美しい自然への想いを、また時には聴く人それぞれに寄り添うような歌を作り、歌ってきた。コロナで人と人の触れ合いが遮断され、孤独で悲しい気持ちにしかなれなかったこの2年、それをまさに「孤悲」という言葉に置き換え、今の彼ならではの視点で世の中に届けるのが、このアルバムなのだ。
収録されているのは全10曲。最後に完成したのが1曲目に収録されているアルバムタイトルにもなっている「孤悲」であったという。
「孤悲」の詩の世界はまさに大きな愛が、平和を願う心が根底にある。広島・長崎の原爆投下に心を痛めて、1987年から20年間行った長崎野外無料コンサートを始め、常に日本中の人々、いや、世界中の人々にふりかかる災厄に心を痛め、歌を作り、そして積極的に行動してきた。そんな彼の今の境地が歌になったような曲、それが「孤悲」なのだ。
そして「孤悲」でスタートするこのアルバムの楽曲からは、一貫して世界を憂い、人々に心を寄せている姿が見えてくる。
さだはステージでよく「勇気と元気は使うほど増えていくもの」と語る。確かに辛い時、苦しい時、くよくよせずにポジティブ思考で進んでいくと、不思議に前向きな気持ちになってくる。だからこそ、勇気と元気をもって行動し、みんなで良い世の中を作っていこうじゃないか、その思いは今回のアルバムでも変わらない。
いやそれどころか、アルバム制作開始あたりからコロナ禍が世界を襲い、今年に入ってからウクライナの人々が窮地に立つ予測不可能な戦いが勃発するなど、大きな不幸が続く今、これまで以上に世を憂い、そして困難に立ち向かう人々を力強く勇気づけようとしているように思う。
その心は2曲目以降でも続いていく。ドラム・島村英二とパーカッション・木村誠のエッジの効いたリズムにのって、コロナ禍、東日本大震災、ウクライナ、それぞれへの思いを歌う「抱擁」。反戦と平和への思いを、アコースティックギターを中心とした静かな演奏にのせて歌う「キーウから遠く離れて」。緊急事態のロックダウンの中でインフラを護る人々に感謝と応援を捧げ、こんなものに負けずにみんなで頑張ろうという強い意志がみえるロックテイストの「緊急事態宣言の夜に」。美しいメロディーにのせて、誰かの笑顔のために世界中に風を贈ろうと歌う「風を贈ろう」。
そして、ラストを飾るのは「歌を歌おう」。昨年の『24時間テレビ』(日本テレビ系)でMISIAが歌い日本中に感動の嵐を巻き起こした曲だ。どんなに混迷した時代であろうと、どんなに不安な日々が続こうと、歌の力を信じて希望をもって力強く生きていこうよというメッセージが、この曲から痛いほどに伝わってくる。
■この歳でなければ書けない歌がある バラエティに富んだ新曲たち
「この歳でなければ書けない歌があると思うね。泉谷さんに『さだは個人的な溜息を歌にしてきた』と言われて自分でも気付いたんだけど、確かにそのとおりで、そうするしかないんだよね。だから、今回も見事に個人的な溜息ばかりだね」(ファンクラブ会報誌『まさしんぐWOLRD』インタビューより)
アルバム『孤悲』にそびえるメッセージの柱はこれまでより確実に太いのだが、それだけではない。実はこのアルバムでは、ファンおよび世間がイメージするさだまさしそのもののバラエティに富んだ新曲たちが脇を固めている。
文学性の高さを感じる「詩人」、過去の自分へのバッシングを振り返りながら、今は亡きさだの応援者、遠藤周作、山本健吉両氏の名前をあげながら応援してくれている人やファンに支えられてきた半生を振返る「偶成」、さだメロディーの神髄が垣間見える「OLD ROSE」、そして吉を祈念する「鷽替え」は、「飛梅」「修二会」などに続く日本の古式ゆかしい世界をモチーフにしたさだの音楽世界に欠かすことのできない作品。これらの曲は大樹に広がる立派な枝葉か。楽曲バリエーションのさじ加減は、長いキャリアの賜物だ。
ジャケットは鳥の鷽(うそ)をテーマにしたイラストだ。アルバム収録曲の「鷽替え」は前年の災厄や凶事を嘘として本年の吉を祈る神事を歌ったもの。鷽の絵を中心に置くことで、まさにアルバムの楽曲を通して流れるメッセージがそのままジャケットになったことにも注目したい。
そして、もうひとつ。アルバム『孤悲』から少し遅れて発売されるのがライブ作品『さだ丼~新自分風土記~さだまさしコンサートツアー2021』だ。
こちらはコンサート回数4500回目を記念して企画された、21年9月15日の東京ガーデンシアターでの特別公演の模様を収録した作品だ。実はこの特別公演前にコロナの影響で延期や中止になった公演が数回あったために、“ほぼソロコンサート4500回ぐらい記念公演”としたところは、実にさだらしいウイットに富んだ柔軟な対応と感じる。セルフカバーアルバム『さだ丼~新自分風土記III~』に収録されたヒット曲・代表曲14曲を収録順に演奏、そして特別メニューとして、フォークの名曲をカバーしたアルバム『アオハル49.69』から4曲の計18曲を収録。コンサートスタート前に本人が登場して行われた前説まで含む完全収録盤だ。
今回のライブ作品は、131分の本編では大ネタトークを披露できなかったために、特典映像として26分のトークを別収録。歌はもちろん凄いのだが、実はトークを楽しみに来る観客も多い。その話術の魅力までたっぷり楽しめる映像作品なのだ。
今や小説家、そして俳優としても大活躍のさだ。しかし、原点は歌作りとライブにある。その世界を堪能するにはうってつけの2作品だといえよう。
文・垂石克哉
■作品情報
さだまさし『孤悲』
発売日:2022年6月1日発売
価格:3850円(税込)
【収録曲】
01. 孤悲
02. 抱擁
03. 詩人
04. キーウから遠く離れて
05. 緊急事態宣言の夜に
06. 風を贈ろう
07. 偶成
08. OLD ROSE
09. 鷽替え
10. 歌を歌おう
2022/06/20