黒王国物語

夢に見た世界(1)

「七瀬ちゃんが、捕まった、だって……」
 ソレイユ家から伝令がが来た。
 文にはこう書かれている――明後日、香月七瀬を処すると。
 身代金は要らない、七瀬がそれを拒否をしているという。
「ダニエル様、どうされますか?」
「少し、ソレイユ家領へ行って来るよ」
 ダニエルは専属の騎士達の制止も聞かず、ソレイユ領に向かった。





 七瀬はソレイユ領牢屋にいた。
 いずれ、自分の身が危ぶまれるとは思っていたが、シュヴァルツ王国復活がもうすぐ果たされるというのに、それも見れず、終わってしまうのか。
 せめて、最後にダニエルの顔だけでも見たいが、それももう、果たされない願いだろう――そう思っていたのに。
「香月七瀬、面会だ」
「誰、なん?」
「さあ。素性は明らかにしていない」
 一体、誰であろう。七瀬は面会の部屋へ向かった。





「あ、あんさんは……、なんで……」
 七瀬は面会の部屋へ行くや、待ち人に驚きを隠せない。
 変装はしていたが、灰青のオッドアイなど珍しくてすぐ分かった――ダニエルだ。
「七瀬ちゃん」
「すまん。うち、こんな事になって……」
 ダニエルだけには迷惑を掛けたくなかったのに、迂闊だったと七瀬は思う。
「君を守らせてくれないかい?」
「何言っとるん、うちなんかの為にあんさんを危険な目に遭わす事だけは嫌なんや。うちの、わがまま、聞いてくれる?」
「それも、出来ないなんて……僕は君のために何をしてあげた? 僕の手となって、足となってくれた君に……」
「信頼を、くれただけでええんや……それだけで、うちは報われる」
「でも……」
 ダニエルは何としてでも、七瀬をここから連れ出したかった。
 今すぐにでも、ここから連れ出したいのに、それも出来ない――大事な七瀬をこんな目に遭わせたのは自分なのに
「ダニエル様、あんさんは、光になってもええって思ったけど違う。あんたは闇でええ。だってエレン姫様が光輝くには、闇の存在が必要や」
「七瀬ちゃん……」
「ダニエル様、どうかあんたは、エレン姫様が治める国を一緒に支えていってな」
 七瀬はそれだけ言うと、涙を零した――本当は、自分もそれを見守りたかったのに
 そんな七瀬を見て、ダニエルは胸を打たれた。
 側にいるのは、君で無ければ嫌なのに――ダニエルは七瀬の頬に伝う涙を拭いた。
 そして、そっと唇を重ねる――深く口付けした。その行動に、七瀬は驚きを隠せない。
「ダニエル様……?」
「あの前の答え、これが僕の答えだよ」
 七瀬がエレン姫との婚約前のダニエルに好意を告げた、あの時の答えだ。
「そんな、ダニエル様……、あかんわ。未練なんて無かったのに、捨てたのに……この世に未練が出来てしもうたわ。ずるいわあ、ダニエル様」
 七瀬はそう言うと、ダニエルに抱きしめられる。強く、強く、壊れるほど――離れたくないという一心で。
「あんたなら大丈夫や。やから、ちゃんと、闇となってエレン姫様を支えるんやで……」
 無情にも面会終了の時間がやって来た。
 別れの時間がやって来る――七瀬はダニエルに悲しく笑ってその場を去った。
 ダニエルはその様子を静かに泣きながら、見届けた。





 香月七瀬、20歳の若きツツジの花はそっと散っていった。
 ダニエルの花になり続けた七瀬は笑顔で、この世を去ったのだった。
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