黒王国物語

墜ちた先へ(4)

 マクスウェル家領地の片隅にある処刑場。
 リリアンはそっとその光景を目に焼き付けた。
 自分は今から、エレンの子を堕ろしたという罪で、処刑される。
 人の子供を手に掛けるなんて――許されない罪を犯してしまった。
「セラビム、様……」
 愛しい名前を呼んでも、満たされる事のない幸せ。
 ならば、この不幸せを、自分は抱き、死んでいこう。





 先日の火事で、亡くなったセラビムの後を追うようにリリアンは泣きながら死んだ。





 悪い夢から、自分は覚めたようだった。
 自分は何処まで墜ちたのだろう。
 与えられた虚無感を抱き、ユウは嘆いた。
 今から天使教の神子は殺される。
 天使教と共に殺されるのだ。ああ、こうなる事など、分かっていたのに。
 アリスと出会った時から、自分は狂いだしたのだ。
 こんな運命を辿るなら、彼女に会うなんてしなければ良かった。それなのに。
 未だ、自分は邪教の神子としてのプライドがあるのだ。こんなプライドなど、無いにも等しいのに。





 風が頬に触れる――とても、とても、冷たい風だ。
 そっと、ユウは目の前にいる男女――セシルとアリスを見た。
 二人は自分を恨むように睨み付けている。
「ユウ・アレンゼ、お前が得た物など、何も無い」
「分かって、います」
 アリスの心も、自分の子供も、手に入れる事など出来なかった。
 欲に塗れた自分は、何も手にする事が出来なかったのだ。
「ユウ・アレンゼ、この毒を飲め」
 セシルから手渡されたのは毒の入った瓶だった。
 天使教では自ら死ぬのは罪に当たる――死ぬ間際も、死んでからも、自分は墜ちるのか。
 ならば、その定めを受けよう。それが自分の罪である。
 ユウは、毒の液体を飲み干した。突如、口元から血が零れ始める――死の感覚が訪れる。
 そっと、ユウはアリスを見据えた。
「ユウ、様……」
 アリスは涙を流しながら、自分が死ぬ様子を見ているのだ。
 ああ、それだけでも、自分は報われた気がした――ユウは愛しい者を見ながら、死んだ。





 リリアン、ユウは処刑され、セラビムの妹・リリィは終身刑を言い渡された。





「セシルさん、私は貴方を傷付けました。一緒になる事など許されません」
「アリス、何を言っている。全て、ある神子から聞いた。お前は俺を守ってくれただけではないか」
「でも、それでも……」
 一度崩れた関係など、修復は難しい。例えどんなに愛し合ったアリスとセシルの二人でも。
 アリスはそう思っていた――その時、赤子の声が聞こえる。我が子の声だ。
「その子達を、俺と一緒に育てていこう。俺はこの子達の父親になりたいのだ」
「セシルさん……」
 修復に時間がかかっても良い。
 愛しい子達を、一緒に育てる――それが、アリスの、セシルの、役目である。





「メリルさん、ごめんな。国外追放なんて……」
「良いよ。こんな事になるのは、予想していた事だから。それじゃ、行くね」
 メリルが国から追放されていく。
 その様をずっと、ずっと、七瀬は見届けていた――時だった。
 七瀬は兵――ソレイユ兵に囲まれる。
「香月七瀬、お前を連行する」
 七瀬は逃げようと思ったが、既に時は遅し。
 七瀬はそのまま、ソレイユ家領地に連行された。
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