黒王国物語
再起を懸けた戦い(4)
ノールオリゾン国軍がシュヴァルツ王国軍に惨敗した。
その噂は、瞬く間に世界に轟く事となる。
アレックとニコラは、例え心はセレナにあるとしても、自軍の負けに少しだけ悔しい思いをした。
だが、自分達はノールオリゾン国に刃を向けながら歩いている。
その刃を鋭くして、セレナの願望を叶えたい――その一心で、自分達は歩いているのだ。
ノールオリゾン国城で、国王であるフェルナンドは兵の報告を受けていた。
今や国民は麻薬に酔っている。
この国の国民は毒されたのだ――何者かによって。
その事にフェルナンドは心を痛めていたし、莫大な治療費がかかっている事を杞憂した。
「はて、ニコラ・オルセンとは……?」
「確か、新米の騎士の名です。どうやら彼が、密売に関わっているようでした。商人が言ったので間違いないと」
その陰謀者の名に、ニコラの名が上がった。
フェルナンドはニコラを尋問せよと、命じた。
「セレナちゃん、今日、ニコラ君、見ないんだよね。何処行っちゃったのかな? 逃げ出しちゃったりして」
いつも会うニコラ姿がない事に、疑問視していたアレックはふと、セレナと会うやそう告げる。
セレナはそっと、アレックを見据えた――両目が潤んでいるように見えた。どうしたのだろう。
「ニコラ、苦しい、尋問、受けて、いる」
「じ、尋問? 一体どうしたの? ニコラ君が何したって言うの?」
「麻薬密売」
「麻薬、密売……だって?」
アレックはセレナの言葉に驚き、言葉を失う。
アレックはニコラが勝手に行動を移していた事を知る。あの男、自分に内緒でそんな行動をしていたのか――何故、気付いてやれなかった。
アレックは後悔の念でいっぱいだった。
アレックは急いで尋問部屋に向かった。
ニコラの体は鞭の痕が沢山あった――あの鋭い鞭で何回も打たれたのだろう。
「ニコラ君!」
「アレック、悪りィ……、しくじってしまったぜェ……」
「何で、そんな事……」
アレックはニコラに近付く。すると、ニコラは笑って告げる。
とてもじゃないが、笑っていられる状態では無いのに、何故、彼は笑っていられるのだろう。
早く尋問が終われば良い。ニコラに疑いの目を向けなくなれば良い――アレックはそう願っていた。
それなのに。
「ニコラ・オルセン、お前が麻薬密売していた証拠が出てきた。もう言い逃れが出来ないぞ!」
紙切れには確かに、ニコラの筆跡で麻薬密売の契約をしていた。
もう、逃げられない事実――ニコラは微かに笑う。あの時、契約書も消しておくべきだった。
「ニコラ・オルセンを、処する。アレック・リトナー、付いて来い!」
そう言い、ニコラをアレックを騎士達は処刑場へ連れて行った。
北国の風が吹き荒れる。
ノールオリゾン国の処刑場はとても殺風景だった。
「アレック・リトナー、こいつを殺せ。これは命令だ」
騎士の命に、アレックは体が強ばる感覚を覚えた。
恐らく、自分がニコラとよく連んでいたからだろう。
この国は最悪の方法で、ニコラを殺そうとしている。
アレックは言われるがまま、ニコラの前へ向かった。
ニコラはじっと、アレックを見据えている――その瞳は、とても澄んでいた。
「アレック、斬れよォ。お前の立派な剣術で」
「ニコラ君、今、俺がどんな心境か分かってるの?」
「分かってる訳ねェだろ」
「ニコラ君……」
この男は、死ぬ前でも自分に罵声を浴びせるのか。
「アレック・リトナー、こいつを殺せ」
騎士達はそう言い、ニコラを斬れと命じる。
ここで、彼を斬らなければ、自分も恐らく――この城にいられなくなるだろう。
それだけは避けなければならない。セレナの為だ――アレックは長剣をニコラの心の臓に突き刺した。
「アレック……、上出来だぜェ……」
「ニコラ君……」
傷口から、血が溢れていく。
それでも尚、ニコラは笑っている――憎いぐらい愉快に。
騎士達は、ニコラがやがて死ぬと察したのかその場から立ち去った。
その瞬間、アレックはニコラを抱きかかえる。
「おい……、アレック……。笑って、見届けてくれよォ……、テメェの、泣き顔を……、見るのは、ごめんだぜェ……」
「ニコラ君の馬鹿、こんな時まで、笑ってられる? 俺、そんな無神経じゃないよ?」
アレックの涙がぽたぽたと、ニコラの傷口に染みていく――相棒はこんなにも自分を思ってくれる。
それが、唯一、悔しい事だった。
「アレック、お願い、だァ……、セレナを……、頼む……」
「ニコラ君――」
そう言い、ニコラは笑いながら逝った。
親友である、片割れの胸に抱かれ、死んでいった。
奇しくも、ニコラは故郷の国によって殺されたのだった。
ニコラが付けたノールオリゾン国の傷は、やがて彼の国を滅していくだろう。