黒王国物語
再起を懸けた戦い(3)
ツツジが燃える――あの幼い頃の思い出をもう抱きたくない、最愛の者を奪われたくない。
玲は真理奈の方針に疑問を持っていた。
何故、ノールオリゾン国を裏切る必要があったのか。あんな強国を寝返って里の利益になんかならない。
だが、思えば、いつまでも、シュヴァルツ王国を襲撃された事を、思い起こしてはいけないような気がする。
後ろ向きなのは、きっと、この里の為にも良くないと思う――玲は感じていた。
ノールオリゾン国によって家々に火が放たれる。
民家が次々、火の海になっていく――折角、復興したばかりだというのに、また――真理奈は自分の選択が間違っていたかのような錯覚を覚える。
「真理奈姫様、後悔ですか?」
カイは神妙な面持ちの真理奈に告げる。
やはり、シュヴァルツ王国軍と手を結んだとはいえ、こちらは小さな里――強大なノールオリゾン国には敵わないのだろうか。
「いえ、我が軍もシュヴァルツ王国軍も、敵陣に切り込んで行っています」
「……そうですね。勢力は五分五分という所でしょうか」
大丈夫、真理奈はそう一言告げるや、カイは情勢を真理奈に告げる。
「真理奈姫様、シュヴァルツ王国を寝返りますか?」
そして、カイはまさかの一言を告げる。先代の首領である玲がやって来た手法。
「そうすれば、忠義が揺るぎます。私達の、ツツジの里の忠義を、ノールオリゾン国にもシュヴァルツ王国にも見せつけたい」
「だと、思いました。真理奈姫様」
幼い時から一緒にいるが、真理奈姫はやはり芯の強い女性だ。
その女性に、カイは心から惚れ、心から尊敬していた
「貴方の事は、この俺が護ります。必ずや、ノールオリゾン国に勝利致しますよ」
「ええ。カイ様、必ずや、勝利を我が手に!」
そう言い、真理奈はツツジの里の兵を信じ戦いを続けた。
この戦いは手応えがある。以前のツツジの里の襲撃とは比べられない物だ。
騎士団員のラルフはそう、思っていた。
「ラルフさん、こっちは俺に任せろ!」
「ああ、よろしく頼む」
ラルフは賢明に指揮を執っていた――その時だ。
目の前にいる男の存在に驚いた。
「お前は、アレック……」
どうして、敵兵の格好をしているのだろうか。
アレックは行方不明になっていたが、まさか、シュヴァルツ王国を裏切っていたとは。
あの男の事はよく分からない。
幼馴染みでもあるが、アレックの考えていることがいつもラルフは読むことが出来ない。
「あ、ラルフ君。やば、すごく気まずい」
「お前、どうして、エレン姫様を裏切った?」
ラルフはアレックを睨み付け、告げる。
すると、アレックはラルフに澄ました笑顔をし、応じた。
「俺が最初から仕えているのは、セレナ姫だよ?」
「何を言う、セレナ姫はもう……」
「ちゃんと、セレナ姫はいる。仮初めの姫なんかじゃない」
アレックは未だ、あのロボットを姫だと敬っているのか。
その姫の忠誠心は、どこかラルフの心を打つ。
「セレナ姫の為なら、何だってする。それが俺のモットーなんだから」
アレックはそう言い、その場から去った。
ラルフはその様子を黙って見据えていた。あの男はどうして、セレナ姫を好いているのだろうか。
その深さには、呆れるぐらい尊敬した。
情勢は変わった。今や、自分達の勝利目前である。真理奈はそう自負した時だった。
香月家の屋敷が、ノールオリゾン国によって破壊されていく――炎が燃え移った。
「兄様!」
屋敷の中には、兄である玲がいる。このままでは、玲が焼け死んでしまうだろう。
きっと、妻のアニタを深く愛していた男だ――きっと、焼け死んで天国へ逝こうとでも考えているだろう。
誰もが、玲の死を悟った――その時だ。
「兄様、無事ですか?」
なんと、シュヴァルツ王国軍が玲を連れ出してくれたのだ。
それを見て、真理奈はシュヴァルツ王国軍の忠義の深さを感じた。
やはり、この同盟国を信頼して良い。
自分達も、このように、なりたい――真理奈の思う国の形だ。
「セシル騎士団長、何故、私を助けた?」
玲を助けよと指示したのは、シュヴァルツ王国軍の騎士団長であるセシルだ。
玲は、セシルに尋ねた。
「ウィル様に、言われました事を実行しているだけです。我が軍は忠義という深い信念があります。それに……」
「それに……?」
「我が軍は、同盟国ではありませんか。いつまでも啀み合いは良くない」
セシルから感じる忠義の深さ――それに、玲は気付かされた。
やはり、いつまでも後ろを向くのは良くないのだ。
それに、もし、シュヴァルツ王国がノールオリゾン国を攻めるなら、今度こそツツジの里の忠義を見せたい。
「アニタ、私は、変わらなければならないのかもな」
玲はそう言い、亡き妻であるアニタに誓う。
真理奈と共に、ツツジの里を盛り立てていきたい――アニタが見せた玲への忠義のように。
玲は誓ったのだった。
ツツジの里とシュヴァルツ王国軍は、敵国であるノールオリゾン国に勝利した。
この勝利の気運は、まだ止まない。