黒王国物語

暗雲を切り裂いて(4)

 マクスウェル邸。
 そこで、ウィル、ダニエル、セシルと、ツツジの里の家臣であるカイが内密に会談していた。
「つまり、ツツジの里はシュヴァルツ王国に付くと……」
「ええ。それが、ツツジの里新首領である真理奈姫の意向です」
 一体、どういう風の吹き回しだろう。
 ウィルは目の前の男――カイが言っている事を、疑っていた。
「でも、ツツジの里がこちら側に寝返れば、ノールオリゾン国から仕打ちを受けるんじゃ……」
「それも、覚悟の上です」
 そう言い、カイはシュヴァルツ王国側の三人を見据えた。
「ツツジの里は長年、忠義を尽くす者達の集団でした。しかし、玲様は十七年前の襲撃に心を痛め、ノールオリゾン国側に付いていました」
 カイは一息吐き、告げる。
「しかし、実際はシュヴァルツ王国から沢山の支援を頂いた。その事に真理奈姫は感謝しているのです。だからこそ、今、シュヴァルツ王国復興の為にお力を添えたいと思っております」
「そうですか……」
 事情は分かった。
 だが、簡単に信じて良いものか。相手は、シュヴァルツ王国を裏切ったツツジの里だ。
 ウィルは返事を渋っていた。
 その時だった。一人の騎士が、緊急の来客だと告げる。その騎士の様は、切羽詰まっていた。
 その様を見て、ウィルは通すよう告げる。
「ウィル様、ダニエル様、セシル様……、私はジュリア・アレンゼ。情報屋です」
「情報屋……、ああ、シュヴァルツ王国の情報屋さんだね。そんな方がどうして?」
 微かに噂だったジュリアの事を、ダニエルは思い出す。
「ツツジの里の人もいますね。丁度良かった。ノールオリゾン国がツツジの里へ進軍する為、兵を準備しているとの事です」
「なんですって!」
「どうやら、ノールオリゾン国はツツジの里を手放したくないようだな」
 ツツジの里は貴重品である金が採掘される、重要な地域。
 簡単に、ノールオリゾン国はツツジの里を手放したくはないようだ。
「どうします、ウィル様。このままでは、ツツジの里が征服されるでしょう」
「そう、ですね……分かりました。ツツジの里が忠義を語るなら、我々が忠義の手本を見せましょう」
「と、言う事は?」
 カイは、ウィルの目を見据える。ウィルは決心した。
「我々と軍事同盟を結びましょう。貴方方の窮地には、駆けつけます」
「勿体ないお言葉、すぐさま真理奈姫にお伝えします」
 こうして、シュヴァルツ王国とツツジの里は軍事という形ではあるが、同盟を結ぶことになった。





 カイは早く、同盟を結んだ事を真理奈に伝えたかった。
 その時だった。目の前にかつて見慣れた二人が買い物から帰ってくる様を伺える。
「あ、貴方は……」
「お前達は、柚にミツルか……、元気だったか?」
「カイ様、お久しぶりです」
 柚とミツルは、ツツジの里の家臣であるカイに頭を下げた。
 と言っても、カイは香月家に従っている武人――香月家本家と柚達の家は仲が悪い。だから、久しぶりの再会に柚達は戸惑いを隠せなかった。
 しかし、一体カイは、シュヴァルツ王国に何の用事で来たのだろう。
「二人とも、たまには帰ってくるんだぞ。真理奈姫が、お前達を心配していた」
「でも、玲様が……」
「あー、まあ、玲様もいらっしゃるけど、ツツジの里は変わろうとしているんだ」
 一息、カイは吐き、柚とミツルに告げる。
「玲様も、俺も、真理奈姫も、変わらなきゃならない。それがシュヴァルツ王国と歩くためだ」
 カイの言葉に、柚ははっとした。
 ツツジの里の内乱は、かつて自分達の親が図った事――シュヴァルツ王国に里を売った。
 そのせいで、自分達はツツジの里に居場所が無かった。
 ミツルはそっとカイに手をさしのべる。
「ボク達、ずっと居場所が無かったんです。作っていただけますか?」
 こう申しつけるのは烏滸がましいかもしれない。だが、故郷をやはりミツルは捨てられなかった。
「ああ。勿論だ」
「良かった。ね、姉さん!」
「まあ、シュヴァルツ王国も良い所だし、俺はここにいるけどな」
「ウィル様もエレン姫様も優しいもんね。ボク達、シュヴァルツ王国とツツジの里の架け橋になれば良いよね……」
 真理奈の家と柚の家の絆が、修復されようとしている。
 それが、シュヴァルツ王国とツツジの里の絆を強固なものにしていくだろう。





 マクスウェル領地内。
 エレンとフェイは市場に散策に来ていた。
 エレンの体調も安定した。エレンは相変わらず、呑気に空を見上げている。
 少しは母親の自覚が生まれれば良いのだが――それはまだ先になりそうだ。
 フェイがふとエレンから目を離していた時だった。
「エレン姫様、お一つ如何ですか?」
「あ、マフィン! 美味しそう、頂きまーす!」
 銀髪の長い耳の女性から、美味しそうなマフィンをエレンは頂く。
 それを見たフェイは、エレンに制止をかける――が、時は遅し。エレンはマフィンを頬張ったのだ。
「うっ……、なんだか、苦しい……っ……」
「おい、エレン!」
 エレンはその場に倒れ込んだ。
 フェイの嘆きの声が、空を制した。
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