黒王国物語

暗雲を切り裂いて(2)

 天使教会の一室。
 アリスは、そっと、ユウの部屋の掃除を止め休憩した。
 まさか、ユウの子を宿してしまうとは。
 何度も中絶を望んだ。だが、この腹の子は罪は無い。
“アリスさん。俺の子を産んで下さいね”
 ユウにもそう言われている。
 自分が神子という立場だというのに、やはり彼は墜ちた天使だ、
 このまま、自分はユウの子を産んでしまうのだろうか。
 そう、アリスは苦しみ、悩んでいた時だ。
「貴方はメリルさん?」
「アリスさん、ちょっとお話良いかな?」
 アリスに会いに来たのは、神子のメリルだった。
「そう。ユウの子を、妊娠してしまったんだね」
「私どうすれば良いのでしょう? この子を産んでも、この子を幸せにしてやれない。そう思っていて……」
「この子に罪はないよ。貴方なら幸せに出来る。アリスさん、この子の母親としてしっかりしないと」
 そっとアリスはメリルの顔を見据えた。
 メリルの姿が、自分の信仰していた天使教――まさにそれは理想の姿だと思った。
「ありがとうございます、メリルさん」
メリルの一言で、アリスは母としてしっかりしようと思ったのだった。





「ユウ、君ってば最低だね」
「メリルさん、いきなり何ですか?」
 教会の式典の準備をしていた時だった。ユウの手を、メリルは止めさせた。
「神子という立場なのに、人を平気で傷付けるんだね」
「それは、もしかして……」
 アリスの事を言っているのだろうか。
 確かに、愛する者から引き離し自分の妾にしているのは、心が痛む。
 だが、それ以上に、自分はアリスと一緒にいたかった。
 セシルと一緒にいる姿を見ているのは、辛くて、自分がどうにかなってしまいそうだ。
「それより、メリルさん。貴方、シュヴァルツ王国の人と繋がってませんか?」
「いきなり、何? 僕はただの神子だよ。シュヴァルツ王国の人の接点なんてないよ」
 と言いつつも、メリルは少し焦っていた。
 内密に七瀬と繋がっている事を知れば、セラビムは黙っていないだろう。
 神子の立場も危うくなるし、命を持って償わなきゃならないかもしれない。
 だが、これ以上、ユウの、セラビムのやり方に、黙ってなんかいられない。
 自分は、自分の意思で、反逆を起こす――メリルは誓った。





 セラビムの部屋で、リリアンはセラビムの命を受けていた。
「エレン姫のご懐妊はめでたいものだ。しかし、ノールオリゾン国にとって、驚異になるだろう」
 皇子が産まれても、姫が産まれても、王位を継ぐ者が現れる事は、シュヴァルツ王国の繁栄に繋がる。
「どうしましょう、セラビム様……」
「リリアン、この薬を、エレン姫に飲ませろ」
 そう言い、一つの薬をセラビムはリリアンに手渡す。
 内装から見ても分かる。毒物だ。
「悪の子を堕ろすのだ」
「……セラビム様、その任務、しかと賜りました」
 そう言い、リリアンはセラビムの部屋から出た。
 とても、気が重い――密かに思いを寄せているセラビムの命とは言え、罪の無い子を殺すなど。
「リリアンさん、なんだか浮かない顔ですが、どうされましたか?」
「え、あ、ユウ? いや、なんでもないわ。気にしないで……」
 どう見ても、何でも無い訳が無い。
 一体、リリアンはどうしたのだろう。
「ねえ、ユウ……天使教って何だろう、って思わない?」
「リリアンさん、どういう意味ですか?」
 リリアンの言葉に、ふとユウは考えを巡らせる。
 天使教――神・エンゲルの信仰だ。エンゲルに自分達は仕えている。
「神・エンゲルの意思なのかな、セラビム様の言葉は?」
「そ、それは……」
 ユウはリリアンにそう問われ、口を噤む。
 神・エンゲルは、卑劣な手を使わないし、愛する者を傷付けたりしない。
 それに、罪の無い子を殺すなどしないだろう。
「あたし達、ここに来た時から変わったわよね。何でだろう?」
「ええ……」
 天使教の本来の姿を、リーフィ村で見てしまったからだろう。
 だが、自分達はもう、行動を止めることが出来ないのだ。
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