黒王国物語

手と手を繋ぎ(2)

 初夜の次の日。
 フェイはエレンが起きるのをずっと、待っていた。
 あれからというものの、エレンの喘ぎ声が耳に、脳裏に焼き付いて寝た気がしない。あくびをし、眠気を堪えた。
「君は、フェイさん……かな?」
 すると戸が開き、ダニエルが出てきた。ダニエルはフェイの存在を確認すると、声を掛けた。
 相手は護衛する姫の夫だ。フェイは緊張のあまり、あくびをするのを強制的に止めた。
「ダニエル様……」
 フェイはそっと、彼を睨み付けた。
 不躾と思いつつも、彼は――エレンを奪った存在だ。シュヴァルツ王国を復活させるためとはいえ、仕方ない事とはいえ、フェイはダニエルの存在が憎かった。
「ダニエル様、エレンを傷付けたら、例え貴方でも許しません」
 エレンは幼馴染みでもある。もし傷付ければ、その時は剣を抜く――フェイは更にダニエルを睨み付ける。
「大丈夫。君のお姫様を傷付けたりしない、大事にするから」
「なら、良いですが……」
 緊迫した雰囲気が漂う。
 フェイがダニエルを睨み付けているのに対し、ダニエルは大人な対応で応じた。
 そして、こうもダニエルは告げた。
「エレン姫様にも伝えたけど、エレン姫様は光の存在であるべきと思う。君も、そう――僕と相反する存在」
「ダニエル様、何が言いたいのです?」
「だから、君が一緒にエレン姫様と共に、シュヴァルツ王国の道を明るく照らして欲しい」
「よく、意味が分かりませんが……」
 フェイは本当に意味が分からなかった。
 ダニエルはどうして、そう曖昧な意味で言葉を使うのだろう。
「あ、フーくん。おはよう!」
「げ、エレン……、おはようございます、エレン姫様」
「うん、おはよ!」
 そこに、寝間着姿のエレンがダニエルの隣りで大あくびをしている。緊迫した雰囲気が緩んだ。
「二人とも、朝ご飯食べようか。今日は何かな?」
「ハムエッグが食べたいです、ダニエル様!」
「じゃ、召使いさんに頼もうか」
「はい。あ、フーくんも一緒に行こうよ」
「俺は飯は良い」
 そう言い、フェイはそのまま廊下を渡り階段を降りていった。
「どうしたんだろ、フーくん……?」
「ご飯食べなきゃ、お腹減るのに、どうしたんだろう。仕方ない、エレン姫様、行きましょう」
「はい、ダニエル様!」
 フェイが自分達を避けている事に疑問視しながらも、二人は食事をしに向かった。





 ノールオリゾン国の牢獄。
 そこに一人の男が目を覚ました。
「ふぁあああ、なんか、よく眠ったみたいだけど……ここは何処?」
「あ、寝ぼすけアレックよォ。おはようさんだァ」
「ニコラ、君……、ここは何処?」
「ここはノールオリゾン国。俺達が眠ってる間、連れてこられたらしいぜェ」
 通りで、視野が暗く、鉄柵が並んだ部屋だと思った。
 アレックは記憶を呼び起こす。
 ツツジの里で襲撃を行った時だ。
 とある兵達によって、催眠をかけられたらしい。そして、ノールオリゾン国に連れてこられたという。
「お前、ずっと寝てて、起きなかっただろォ……」
「ねえ、セレナちゃんは何処?」
 セレナ、アレックのその言葉に、ニコラは罰の悪い顔で応じた。
「セレナは、ノールオリゾン国王、フェルナンドの所だァ」
「何を、しに……?」
「何でもよォ、妾にするらしいぜェ。ロボットを抱く趣味があるのかよ、この国は……」
「それ、どういう、事?」
 アレックの柔らかい顔が、顰めていく。
 何故、フェルナンドの所へ連れて行かれた。しかも、妾として。
「なんでも、シュヴァルツ王国の姫を側室にしたいんだとよォ」
「ニコラ君、どうして、止めなかったの?」
「だ、だってさァ、止めたら殺されるかと思ったんだァ」
「ふざけないでよ、ニコラ君。なんとしてでも、フェルナンド様を止めなきゃ……」
 アレックは焦っていた。
 それは、シュヴァルツ王国に不利になるという事というより、セレナが別の男に抱かれる可能性が出てきたからだ。
 そんなこと、許してなるものか――アレックは焦り、苛立ちを隠せないでいた。
「でもよォ、どうやって、ここを出るんだァ?」
「そ、それは……」
 今いるのは牢屋。つまり厳重に鍵が閉まって、出る事なんて不可能だ。
 セレナが妾になるのも時間の問題だ――絶望的である。
「アレック、どうしたんだァ? お前、ロボットなんかに情を入れすぎだぜェ?」
「俺の言動は、おかしいかもしれない。でも、ニコラ君。君のせいでもあるんだよ? あんなセレナ姫に似せたロボットを作るなんて……」
「仕方ねェだろ。というか、セレナ姫が死んだ事を認めないお前に問題が有りすぎるんだろォ!」
「ニコラ君、君、俺の逆鱗に触れたよ?」
「そんなの知るかァ!」
 二人は今にも取っ組み合いを始めようとしていた時だ。牢屋の鍵ががちゃりと開いたのだ。
「アレック・リトナー、ニコラ・オルセン……二人を釈放します」
 兵士はそう言い、出るように言う。何故、いきなり釈放になったのだろう。ニコラは理由を問う。
「セレナ姫が、側室になる事を呑みました。その代わり、貴方達を釈放して欲しいとの事です」
「セレナ、ちゃんが……」
 高貴な知能を持ち合わせているとはいえ、ここまで思考が人間らしいとは。
 いや、そんなことより、アレックはセレナが自己犠牲し、自分達を助けた――その事が許せないでいた。





 ノールオリゾン国城外。
 二人は久しぶりに澄んだ空気を吸った気がした。
「これから、どうするよォ……、シュヴァルツ王国はもう壊滅的だしよォ……アレック、おい、聞いてるかァ?」
 行き場のない二人。
 ニコラは上の空のアレックに声を掛けた。
「セレナちゃんは、一体、何を望んでいるんだろう」
 自分達の幸せだろうか、エレン姫の幸せだろうか、シュヴァルツ王国の復活だろうか。
 恐らく、それは、どれも当てはまる事だ。
「ニコラ君、ノールオリゾン国兵でもなるよ」
「はァ? 何言ってんだ? お前、言っている意味が分かってんのか?」
「分かってるよ。セレナちゃんの願いを叶える。その為に、支えるよ」
「って、ちょっと、アレック……参ったなァ、これじゃ、まるで……」
 ニコラはエルマの予言を思い出した。
 自分達は、恐らく死ぬより酷い事を受ける。破滅的な運命を辿る。
「なるほどよォ、そういう事かよ、エルマ……」
 ニコラはそう呟くと、アレックを追いかけた。
 運命を辿っても良い。とにかく、自分達はセレナの願いの為に、シュヴァルツ王国を裏切る。
 セレナの願いの為に――自分達は国を裏切るのだ。
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