黒王国物語

戦いの始まり(5)

 ツツジの集落近郊。
 そこで、シュヴァルツ王国軍の兵達が、グローヴァー兵、ソレイユ兵、そしてツツジの兵に囲まれた。
 その場で指揮を執っていたラルフは、無念に思いながら、投降する事を決めた。
 最初は優勢だったが、こうも混合軍によって破滅させられるとは――こうなった以上、相手の意に従うしか無い。
 騎士団長・セシルと共に、シュヴァルツ王国軍はツツジの里の牢に収監される事になった。





 ツツジの里の牢は、雨漏りのするとても居心地の悪い場所だった。
 丁度、雨が降っている――自分たちが放った炎達も、消火されただろう。
 そっと、ラルフは目の前を見た。
 そこには、疲れて倒れているジュリアの姿があった。
 彼女のいつもの勢いはまるでない。
 まるで生きた屍のようだ――酷い拷問でも受けたのだろう。
「ジュリア、ジュリア……!」
「貴方は……、ラルフ……?」
「良かった、生きてた。レオンがお前を心配をしていたぞ」
「レオン……、あの人が、元気なら良いわ」
 ゆっくり開けた服を直しながら、ジュリアはラルフに話しかける。
「ねえ、アレックはどうしたの? 一緒じゃ無いの?」
 情報屋として仕入れていた情報を、ジュリアはラルフに問う。
「そう言えば、奴の姿を見ない。ニコラも、セレナも……同じ檻じゃなきゃ、何処へ行ったんだ……?」
 ラルフは疑問を問いかける。
 一緒にいたはずの三人は何処へ行ったのだろう。まさか、セレナ姫と共に連れて行かれたのだろうか。
 嫌な予感がする――どうか、無事でいて欲しい。友であるアレック達の行く末をラルフは祈った。





 リーフィ村に経つ前日。
 アリスは、シュヴァルツ王国軍が次々ツツジの里の牢へ連れて行かれていると村人の噂を聞いた。
 まさか、シュヴァルツ王国軍が負けるとは――自分の夫も、無事ではないだろう。
「セシル、さん、無事で、いて……」
 アリスは不安で押しつぶれそうだった。只でさえ、上手く笑えないでいる。嫌な思考が脳裏を過ぎる。
 無事である、そう暗示をかけていた――その時だった。
「アリスさん、鍵を閉めないなんて、不用心ですね」
「貴方、は、ユウ、様……」
 今や天使教を信じていないアリスにとって一番の敵である、ユウ。
 何故、彼がこの場所にいるのだろう。アリスは精一杯睨み付ける。
「どうしたのです? そんなに睨んで。体を交えた仲じゃないですか?」
「黙って下さい!」
「その顔、怖いですね。あの時、あんあんって鳴いてた様な、とても欲に塗れた顔をしてみて下さいよ」
「何の、用ですか。出来るだけ、簡潔にお願いします」
 そうアリスが告ぐと、仕方ないですね、とばかりにユウは告げる。
「セシル・ユイリスはやがて処刑されるでしょう。どうします?」
「夫を戦場に送り出した身です。それぐらい覚悟しています」
「もし、助かる、のであれば、どうします?」
「た、助かる、ですって?」
「セラビム様の一声で出来ますよ」
「何が、条件ですか?」
 アリスは再び、ユウを睨み付ける。すると、ユウは微笑を見せる。アリスの顔に手を添え、告げる。
「俺の妾になって下さい」
「貴方、神子の立場ですよ。婚約なんて、出来るはずが……」
「神の前で契りを結ばなければ良いのです」
「貴方は堕天使、ですか……」
「セラビム様の要求を聞いた時から、俺は墜ちていますよ」
 そして、にやり、またユウは笑みをアリスに向ける。
「どうします? 貴方の最愛の人が助かるなら、俺の妻になるなんて簡単ですよね?」
「……セシルさんが、助かる、なら」
「混ざり気のない愛情、ご馳走様です」
 そう言い、ユウは深く、深く、アリスに口づけする。
 最初は嫌がったアリスも、やがて、それを受け入れる――罠にかかってしまった。
「沢山、抱いてあげますよ。セシルさん、以上に、大切に、抱いてあげます」
 だから、ずっと、俺の側にいて下さいね――そう、ユウは告げる。
「セシル・ユイリスと離縁しますよね?」
「神の契りは、破棄、します……」
「それで、良いのです。アリスさん」
 再び口づけを交わすや、ユウはアリスの服に手を掛け、そのまま――アリスを思うまま抱いた。





 エレン姫一行はマクスウェル家の領地に着いた。
 エレンはフェイ、そして七瀬に守られ――馬車に乗ったのだ。
「なあ、エレン姫様。ちょっと聞いて欲しい事があるんやけど、ええ?」
「なんですか、七瀬さん?」
 真面目な面持ちで、七瀬が問うや、エレンは応じた。
「あんさん、ダニエル様と一緒になる気ない?」
「何を言ってる、香月七瀬。正気か?」
 それを待ったと言ったのは、護衛兵のフェイだ。
 フェイは七瀬の頭が逝かれていると思った。例え、自分達を保護してくれる立場の人間とはいえ、結婚などいきなり過ぎる。
「うちは本気や。シュヴァルツ王国をあんさんは守っていかなきゃならんやろ? 大きな力は必要やで。ダニエル様を利用するしかないで」
 今や、シュヴァルツ王国派はマクスウェル家だけになってしまった。
 何故、マクスウェル家がここまで自分達ディル家に尽くしてくれるか分からないが、エレンをまさか嫁に出すなど――フェイは混乱してしまいそうだった。
「それは賢明な判断かもしれませんね。同盟を結び、その証として婚約する――昔からあった方法です」
「兄上まで……」
「大丈夫。ダニエル様の人柄は保証します。彼は信頼に値する人間ですよ」
 今まで、彼は自分達に良くしてくれた。悪い事を率先してやってくれた。
 そんな人間を信じないで、何を信じれば良いのだろう。
「な、ええやろ? お願いや、シュヴァルツ王国は何としてでも生き残って欲しい。な、エレン姫様?」
 七瀬は頭を下げ、エレンに懇願した。その要求に、エレンは呑んだ。
「今まで、私達ディル家のために、皆、皆、犠牲になって下さいました。今も、なってます……」
 エレンはそっと七瀬の手を握る。七瀬の手はとても温かかった。
「もう、守られるだけなのは、嫌です」
「エレン姫……」
「フーくん、いえ、フェイ・ローレンス、婚約した後も、ずっと私を守ってくれますか?」
「エレン姫、ああ、当たり前だ。これからも、お前を守る……だから、そんなに……」
 悲しい顔をしないでくれ、フェイは言葉に出来なかった。エレンが何もかも受け入れているのに、自分が受け入れないでどうする――そう自分に何度も言い聞かせた。
 マクスウェル家の屋敷はすぐ側だ。馬車は進むのを止めたのだった。
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