黒王国物語

戦いの始まり(3)

 人通りの少ない住宅街。
 夜はひっそりして、いかにも野獣がうろついている様だ。
「ここら辺で待ち合わせしてたんだけど、何処にいるんだろう?」
 そこに、一人の男がやって来る――彼の名はメリル・ライト。
 天使教の神子だが、今はその身分が分からない服装をしている。
「こっちや、こっち」
 そこに独特の訛りの女性が手招きをしている。
 メリルは迷いもなく、付いていく――手招きしている女性は、あのツツジの里を裏切ったとされる、香月七瀬だ。
「……七瀬さん、貴方はツツジの里を裏切ってまで、何をしようとしてるの?」
「そんなん、初めて会った人に言うわけないやん。まあ、ちょっとツツジの里の方針が嫌になってなあ」
 と、少し七瀬は一息吐き、告げる。
「まあ、あんさんも、天使教の方針が嫌になってる訳やろ? お互い様やで」
「そうだね。まあ、僕の同盟を組むのにはうってつけな相手という訳か」
 そう言い、メリルはにやりと笑う。
 天使教の方針に嫌気が差し、敵と手を組む感覚は、まさにメリルにとって快感だ。
「あんさん、良い考えある? うち、シュヴァルツ王国はなんとか生き残って欲しいんやけどなあ……」
「強靱な同盟が、必要と言えるよ。じゃないと、ノールオリゾンには勝てない」
「なるほどなあ。同盟、まさか、エレン姫様とダニエル様……?」
 七瀬はある考えに行き着き、少し胸が痛んだ――七瀬は微かに、ダニエルを好いているのだ。
 よそ者である自分を迎えてくれたダニエルは、悪名は轟いているとはいえ、器のでかい人と言えるだろう。
 彼を利用する、と言うことに更に胸を痛ませる。
 そして、同時に罪悪感という快感に苛まれる。
「ええね。それ……、ええなあ、それ……、ええで、手を打ってあげるわ」
「交渉成立、と言うわけだね。僕も天使教で手に入れた情報は売ってあげる」
「情報料、安くしといてなあ。よろしゅう、頼むで……」
 二人はにやりと、再び笑い合う。
 しかし、まさか、こんな考えを引き出すとは――七瀬は思う。
 自分もメリルも悪である、と。
「でも、ダニエル様が別の人と結ばれるのは、少し嫌やな……」
 例え、シュヴァルツ王国の王女という強大な権力を手に入れるとはいえ、一人の女性としては苦しい決断を、七瀬はした。




 元シュヴァルツ王国、リーフィ村の境。
 そこに、沢山の兵達が集まっていた。
「よくぞ、皆、集まってくれた。エレン姫の為に共に戦おう」
 今から、自分達はツツジの里を攻める。久しぶりの戦になる――セシルはシュヴァルツ王国への忠誠に燃えていた。
「セシル様、アリスさんが来られていますよ」
「アリスが、か?」
 一人の兵がそう告げると、セシルは急いで、アリスの元へ向かった。
「アリス、大丈夫なのか……お前をまた、一人にするのは申し訳ない」
「いえ。セシルさん、必ずや、エレン姫様の名誉を、シュヴァルツ王国を守って下さいね」
 抑揚のない言葉だが、アリスは精一杯告げる。
 その様が、セシルの心を苦しめる――必ずや、アリスの元に帰ってくる。そうセシルは誓った。
「アリス、行ってくる」
「行ってらっしゃい、セシルさん。お帰りをお待ちしてます」
 あの一件以来、涙も流れないアリスは懸命にセシルに告げたのだった。





「あっれ、ラルフ君じゃない。元気?」
「お前は、アレック……、元気だったのか。まあ、死んではないとは思っていたが」
「酷い言い様だね。相変わらず、ラルフ君冷たいねえ」
 アレックとラルフは久しぶりの再会をした。
 まさか、共に戦う事になるとは。この一件だけで、ラルフは半分得をした感じがした。
 友とまた、再び会えたのだから。
「あいつが、ニコラ、それにセレナ姫か……、お前も面倒事に首を突っ込みすぎだ」
「良いの良いの。俺はね、そういう役割だと思ってるからね」
「お前、昔から損な役回りしてるからな……。まあ、精々ヘマするなよ」
 ラルフはそう言いつつも、アレックが何故ここまで――セレナ姫に執着しているのか、分からなかった。





 一方、ニコラは兵達とは少し離れた場所にいた。
 まさか、戦に参加する事になるとは――ウィルも人使いが荒い。
 帰って来れたら、ウィルに言う文句を考えていたその時だった。
「ニコラ殿」
「エルマ、なんだァ……」
「行くな、と言っても、ニコラ殿は行くんだな?」
「当たり前だァ、それが男という奴だァ。で、エルマはなんだァ?」
 そうニコラが言うと、エルマは顔を俯かせた。
 この先、ニコラ達にとって過酷な運命が待ち受けている――エルマはその事実に、耐えられなかった。
「笑って、送り出してくれねェか。エルマ」
「馬鹿ニコラ、死ぬかも分からないんだな。そんな状態で、笑える訳無いんだな」
「あんた、久しぶりに感情をぶつけて俺に話したな。ありがと、必ず戻ってくるからなァ」
「馬鹿ニコラ、行くんじゃないんだな……行かないで欲しいんだな……」
 エルマはその場で泣き崩れる。
 その様を見て、ニコラは胸を打たれる何かを感じた――そっと、エルマを抱き寄せる。
「俺は戻ってくるぜェ……、必ず」
 そう言い、エルマに軽く口づけを施す。
 いきなりのニコラの行動に、エルマは涙を零しながら、それを受け入れた。
「じゃあ、行ってくるなァ。エルマ、お前は真実であり続けろよォ」
 そう言い、ニコラはエルマに背を向けた。
 彼には、死より辛い現実が待ち受けている。なんとしてでもそれを阻止したいのに、出来ない彼の覚悟。
 その覚悟を見届けるしか出来ないのだろうか。
 予言者として生きるエルマは、彼の待ち受けている未来に、暫く動けずにいた。





 こうして、シュヴァルツ王国軍はツツジの里へ進軍を始めた。
 歯車は回り回り続ける――シュヴァルツ王国の運命は動き出したのだった。
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