黒王国物語

戦いの始まり(2)

 ノールオリゾン国城。
 ある一室で、会談が行われていた。
「ルイス様、エイミー様、わざわざ遠方からいらっしゃり、ご苦労様だ」
 国王――フェルナンドは、謁見しに来た二人の貴族にそう告げる。
「フェルナンド様、噂に寄りますと、シュヴァルツ王国が奇襲をかけようとしているみたいだ」
 ルイスは部下達に纏めさせた報告書をフェルナンドに手渡した。
 さらに、ルイス似続いてエイミーが告ぐ。
「ツツジの里を守るために、私達も、兵を出す所存ですわ」
「そうしてくれると有り難い。あのツツジの里の特産品は、とても貴重でね。ツツジの里を手放したくないのだよ」
 ツツジの里から採れる金はとても貴重な物。
 まさに、それを手に入れれば、この国の覇権を握ったも同然なのだ。
 だからこそ、ツツジの里を手に入れるのはとても大事で、ツツジの里の機嫌を取るのは大変なのだ。
 会談が終わり、ルイスとエイミーは、フェルナンドに今ノールオリゾン国城で捕まっているイオン、ノエルの二人に会うことを許された。
「イオン、すごく、痩せているが……、ちゃんと食っているか?」
 牢獄で監禁されていたイオンは、随分と痩せていた。
 ちゃんとイオンは、一日三食食べているのだろうか。
「ルイス様、貴方様に合わせる顔はありません」
「そんなことを言うな。お前が悪い訳じゃない。全てはあの……」
 ダニエル・フォン・マクスウェルが悪いのだから。
 そう、ルイスはイオンに言い聞かせた。
「お前を解放して欲しいと、フェルナンド様に献金を渡すつもりだ。もう少ししたら、お前はここから出られるよ。そしたら、もう一度俺と一緒にグローヴァー家を盛り立てて行こう」
「貴方様は優しいです。その優しさが、僕にとってはとても残酷です」
 ルイスの為でもあったが、自分は、金に目が眩んで、主人であるルイスの父親を殺したのだ。
 イオンは帰る場所はないと思っていた。
「戻って、来てくれるよな?」
「…………、それは例え貴方様の命令でも許されないでしょう」
「嫌でも、戻らせるから。良いな」
 それだけ言うと、ルイスはイオンの元から去った。
 その様を見て、自分はとんでもない人を裏切ってしまった――後悔しか出来なかった。





 別の檻で、エイミーとノエルは会っていた。
 エイミーにとって、ノエルは姉を殺した天敵である。
 何故、エイミーが自分に会おうとするのか、ノエルは不思議でやれなかった。
「エイミー嬢、ローゼを殺した事、今でも申し訳ないと思っている」
 オリジン――ダニエルに命じられたとはいえ、権力欲しさに欲に駆られてしまったのだ。
「ノエル、私は貴方を憎んでいます。殺したいぐらい。でもそれ以上に、マクスウェル家のやり方が許せないのですわ」
 そう、一息吐き、エイミーは告げる。
「私に協力するのであれば、貴方をここから出します」
「どうするつもりですか? ダニエル様を毒殺でも、企てるつもりか?」
 ノエルの言う事は図星だった。
 やはり、ノエルの頭は冴えている――エイミーは、そう察した。
「ええ。そうですわ。だから、貴方を出しますわ。一緒に、ノールオリゾン国の繁栄を喜びますわよ」
「ソレイユ家に勤めていた身――、それが領主である貴方様の言う事なら、それに従うまでです」
「良い返事ですこと。私は偽りは言いませんわ。時期に貴方は釈放されますわ」
 権力が物を言うのだ。
 ノールオリゾン国の公爵になったエイミーにとって、一人罪人を釈放するなど容易い事なのだ。





 こうして、イオン・カルロスそして、ノエル・クレイは釈放された。
 ルイス、そしてエイミーの手によって――これらの運命が、また歯車を逆戻しさせる事になるとは、今はまだ誰も知らない。





 それと同じ頃、ツツジの里で、一種の拷問が行われていた。
「ジュリアさん、そろそろ吐いて欲しいのですけども」
 真理奈はそう言い、ジュリアに水を浴びせる。
 ここ数日、厳しい拷問が真理奈姫の命によって行われている。
「何を吐けと? 私は情報屋、偽りなど吐けないわ」
「そうですか。ならば、もっと酷い方法で吐かせる事しかありませんね」
 真理奈はため息を吐いた。
 エルマの言葉は偽りである――そう告げれば良いのに、ジュリアは意外と本心を曲げない頑固者である。





「カイ様、ツツジの里はどうなってしまわれるのでしょう?」
「……真理奈様、不安ですか。我々は強い者に付く、それだけの事ですよ」
「そうですけど、シュヴァルツ王国には良くしてもらった身です。シュヴァルツ王国への忠義は失われたのでしょうか?」
 真理奈は兄の行動を疑問に思った。
 忠義を裏切る事をするのは、よっぽど、ノールオリゾン国側の方が理に適っているのだろう。
「それより、香月七瀬の処遇はどうしましょう?」
「永久追放で良いんじゃ無いでしょうか? まあ、それは玲様、アニタ様が決める事ですよ」
 カイはそっと空を見上げる。
 この空はとてもとても、闇の中で澄んでいる。
「我々は我々のすべき事をすべきです。それより、真理奈姫。お耳に入れたい事が。シュヴァルツ王国側の動きですが――」
 カイは耳元で告げるや、真理奈の顔が顰められる。
 襲撃――また、ツツジが燃えるのだろうか。幼い頃の思い出が、真理奈の脳裏に焼き付いた。
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