馬上槍試合 長剣、魔力
前回6/8の更新で、予約投稿の設定を間違って2話同時に投稿してしまいました。
まだ書きかけだった今回の更新が最新話として反映されてしまったため、8:20くらい(出社前の電車内でした……)には削除したのですが、今回の更新は前半見覚えがある方がたくさんいらっしゃると思います。申し訳ございません。
前回、やけに短い最新話だけをお読みになった方がおられましたら、前話が抜けてしまっている可能性がありますので、よろしければいったん「前へ」で前話を読みくださいませ。
馬場の簡易な入場門に、アレクセイとニコライが現れる。
それまでの三組の騎士たちも凛々しい姿だったが、二人の美丈夫の甲冑姿は、物語の英雄のようだ。
かたや白銀の鎧に青いマント、いかにも貴族的な優雅と冷酷を感じさせるアレクセイ。
かたや赤銅色の鎧に赤いマント、いかにも武人らしく力強い、頼もしげなニコライ。
両者とも兜は被っているが、
観客席の女子たちも馬場外周の柵外にいる男子たちも、一斉に歓声をあげた。
もちろんエカテリーナも叫んでいる。
「お兄様ー!」
アレクセイのネオンブルーの瞳が、真っ直ぐにエカテリーナを見た。
きゃー!
「きゃーっ!」
お姉様方……。
ちょっと慣れてしまった自分が怖いかも。
柵外の男子からは、ニコライへの声援が多く飛んでいる。観客席の女子たちからはアレクセイへ、華やいだ声がひっきりなしだ。だがニコライへの声援も、決して少なくはないようだった。
「お兄様!」
マリーナが叫んでいる。兄妹揃って豊かな声量の持ち主なのは、広大な牧場を駆け回って育ったからなのかもしれない。
ニコライがにっと笑い、赤いリボンを結び付けてある腕を上げた。
「負けたら簀巻きにしますわよー!」
マリーナちゃん……。
五匹の猫が彼女を見上げて『フレーメン反応』の顔をしている図を、幻視してしまったエカテリーナであった。
ニコライは笑っている。
この兄妹らしいなあ、とほっこりしたエカテリーナだが、ふと気付いた。
昨日、世界一素敵なお兄様はどちらのお兄様かで、エリザヴェータちゃんと大人げなく言い合ってしまったけれど……。
ニコライさん、ウラジーミル君以上の強敵では!
お兄様とはタイプが違うとはいえ、兄属性としてかなり強力。これはいけない、世界一のお兄様はお兄様です!
絶対に負けられない戦いがここにもあったー!
アホな気付きで燃え上がりかけたエカテリーナだが、すぐ我に返った。
いや、ニコライさんはお兄様というより兄貴キャラだった。世界一の兄貴はニコライさん、世界一のお兄様はお兄様で、平和に住み分けが可能だったわ。
うん!世界一のお兄様は、お兄様です!
我に返っても、そもそもおかしいエカテリーナであった。
勝手に住み分けが決められたとは夢にも知らず、アレクセイとニコライは、馬場の中央で少し離れて向き合う。
アレクセイが
ニコライも同じく、
赤と青の旗を手にした従者たちが、両者の中間地点に駆けてきた。背中合わせになり、旗を掲げる。
しん、と静寂が満ちた。
どくん、と大きく心臓の音がして、エカテリーナは胸を押さえる。
向き合う二人の騎士、腰には長剣。
竹刀どころか、木刀どころか、鞘の中身は刃を潰しただけの鋼鉄の剣であるはずだ。斬れはしなくとも強度と重さから、殺傷能力は間違いなく、ある。二十一世紀の日本とは安全基準がまったく異なるこの世界で、兄とニコライは闘おうとしているのだ。
ここに至ってその事実が、大きな不安と共にエカテリーナに突きつけられる。
どくん、どくん、と心臓の音は響き続けていた。
時間の流れが、やけに遅く感じる。
しかし、ついに。
赤と青の旗が、振り下ろされた。
二名の従者は全速力で離脱する。
アレクセイとニコライが、同時に剣を抜き放った。
馬が駆け出す。赤と青が交錯する。
剣の切っ先が軌跡を描き、二人は真正面から斬り結んだ。
鋼と鋼が激突する、硬質な音が響き渡る。
ニコライがわずかに速く、アレクセイが防いだようだ。観客が上げる歓声の中、馬はそのまま駆け続けて両者はすれ違い、こすれ合う刃に火花が散った。
エカテリーナは、上げかけた悲鳴を押し殺している。この世でただ一人の兄に、剣が振り下ろされたのだ。
馬場の端と端で、アレクセイとニコライは反転し、互いを視界に捉えている。
間合いは充分。
(あ)
エカテリーナは目を見開いた。見えない稲光のように、魔力が
両者の中間付近の中空に青白い光が生じ、そこから氷の槍がニコライ目がけて撃ち出される。
魔力ではアレクセイが先制、ニコライは防ぐ側。
観客が悲鳴のような声を上げる中、槍の前に炎が生じた。
ニコライの魔力属性は火。氷の槍に絡みつくように渦を巻いて、炎は喰らい尽くすかのように氷を溶かす。溶けて細りながらも槍は目標のもとへ到達したが、ニコライが手甲で弾いただけで折れて落ちた。
その時には、馬を疾走させたアレクセイが、ニコライの目前に迫っている。
アレクセイが剣を振り下ろし、ニコライが防いだ。
鋼と鋼の間に再び火花が散り、アレクセイを乗せた芦毛の馬は留まることなく駆け抜けて、再び離れる。
この時には、馬場の周囲の観客は皆、沸き立っていた。メジャーなスポーツで国の代表チームを応援している国立競技場のような興奮ぶりだ。
「いや、お見事ですな。前の三組もなかなかのものでしたが、このお二方はやはり違う。魔力、武術、馬術、どれをとっても一級品です。学園で見られるようなレベルの試合ではない」
ノヴァクが唸った。
「閣下の力量はよく存じ上げておりますが、あちらも大したものです。さすがはクルイモフ家のご嫡男。皇帝陛下の御馬係であり、陛下が親征されることがあればしばしば
先馬とは、先導のことだ。親征とは皇帝が自ら軍を率いて戦に出ること。
皇帝の先導を任されるほどの人物を、輩出してきた家柄。クルイモフ家が代々の皇帝から培ってきた信頼が、どれほどのものかが
いつもなら歴女の血を滾らせる話題だったが、兄が心配なエカテリーナは気もそぞろで、相槌ひとつ打てずに試合を見つめるばかりだ。
しばし相手の出方を伺う様子だったアレクセイとニコライが――。
動いた。
本作の書籍6巻について、6/10に角川ビーンズ文庫からお知らせが出ております。
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そして申し訳ございません、次回6/18の定期更新はお休みとさせてください。本業がやたらと忙しくなっておりまして……(泣)
6/23に次回を更新させていただきます。お待ちいただければ幸いです。