アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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14.最狂

 

 

 

完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』という魔法がある。

 

 これは使用した魔法詠唱者(マジックキャスター)のレベルを全てそっくり戦士レベルに移し替えるというものだ。魔法詠唱者には装備できない全ての武装が使用可能となり、レベル百戦士と変わらぬ身体能力を得られる為、一時的とはいえ魔法職が魔法に頼らない近接戦闘を可能とする。カタログスペックだけ聞けば大した魔法だと思うだろう。MP残量が少なくなった魔法詠唱者が突如近接戦闘にスイッチしてくることを思えば、厄介極まりない。

 

 しかしこの魔法は実は欠陥的要素を多く抱えており、『ユグドラシル』のゲーム内に於いて有効に活用されたケースは極稀だったと言ってよい。その欠陥要素としてまず『完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』の使用時、使用者は他の魔法を使えなくなる。更に戦士化するとはいえ近接戦闘に有効なスキルを手に入るわけではない為、同レベルの戦士と比べると完全劣化になってしまうという点も見逃せない。

 

 プラス要素がない戦士がスキルに頼らない素殴りをしてくるだけ、というのはゲーム的に解釈すれば余りにもしょぼい。どちらかと言えばユグドラシル内に於いては『完璧なる戦士』というのは、ジョーク系の魔法と言ってよいだろう。

 

 

 ……だが、今のアルベドと合体したステータスのモモンガがそれを使うとどうなるのか。

 

 元々百レベルの戦士であるアルベドのステータスに、百レベルの死の支配者(オーバーロード)のステータスを丸ごと戦士化転換して上乗せだ。戦士職としても魔法職としても百二十点だったモモンガが使えば、二百四十点の戦士職が爆誕するということになる。

 

 これは最早ジョークとは言えない。

 立派な奥の手と言っても過言ではないだろう。

 モモンガはこの肉体を得てから、ずっとこれの実験をやってみたかったのだ。

 

 

(……すごいな、これは)

 

 

 モモンガは自身の身に満ちる力に、驚きを隠せない。

完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』を唱えた瞬間に、体が綿毛の様に軽くなった。軽くなったというより、重さが消えたという方が感覚に近いだろうか。

 

 

「……」

 

 

 手を握る。そして開く。

 まるで高熱の体がたちまち全快した様な清々しさがそこにあった。自らの内にあった魔法詠唱者としての力がごっそり消えた喪失感はあるが、体に満ちる全能感はそれを遥かに凌ぐ。

 

 

(今なら、本当にこの体一つで何でも出来そうだ)

 

 

 エ・ランテルまで一足飛びで到達する自分、ヒヒイロカネを指で千切る自分、全力の殴打を打ちつけて大災害と見紛う程の地震を起こす自分……その想像してみたどれもが容易く行えそうな、それほどの力が彼の身の内に充実していた。

 

 アルベドの翼による飛行は魔法の飛行(フライ)より速度が少し落ちる。しかし今ならば、翼を使用した肉体飛行で戦闘機すら置き去りにできる超高速を実現できるだろう。

 

 モモンガがザイトルクワエを見上げると、びくりと震えた……様に身じろぎした。実際に恐怖したかは定かではない。しかしモモンガが3F(バルディッシュ)の切っ先を僅かに揺らした様を見て、何かを感じたのだろう。ザイトルクワエは己が身から伸びた最後の二本の触手を振り乱した。

 

 恐ろしい速度と質量を兼ね備えた触手が左右から迫る。対するモモンガは、瞬き一つすらしなかった。

 

 

(遅い)

 

 

 意識を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませる程に、時の流れが鈍くなっていく。

 あの触手が動いてからモモンガの体に到達するまで一秒と掛からないのに、彼は触手のノロマさに僅かな苛立ちを覚えてしまうほどだった。

 

 きり、と戦斧の柄を握り込む。

 刃先を揺らして、一閃横に薙ぐ。

 

 甲高い音が劈いた。

 重々しい得物を振ったとは思えない、世界が裂ける様な音だった。その音を聞く者がいたなら、鼓膜から脳に長く鋭い針を刺されたと錯覚するものもいるかもしれない。それほど異様で、異常な音が3Fから発せられたのだ。

 

 予備動作を介さない技とも言えぬ暴力によって、ザイトルクワエの二本の触手は切り飛ばされた。ずん、と地を揺らす音が二つ聞こえる。のたうつ触手が、森の遥か遠くで落下した様だ。

 

 

「……次はこちらから行くぞ」

 

 

 それは、ザイトルクワエに告げる死の宣告。

 魔樹の死が確定された瞬間だった。

 

 ザイトルクワエの口腔から、大量の種が射出される。彼奴なりの、最後の必死の抵抗だった。

 

 

 地を蹴る。

 ステップ程度のつもりが、ぐんと景色が後ろに吹っ飛んだ。モモンガに蹴られた箇所に円形のクレーターが形成され、衝撃に悲鳴を上げた様に大地が蜘蛛の巣状に罅割れた。

 

 飛び礫の様に加速していくモモンガの視界は、しかし良好そのものだった。これだけの超高速の世界にいるというのに、まるで時空が停滞していく様に世界がスローモーションになっていく。

 

 飛来してくる種の嵐のその最先端。

 モモンガにとっては欠伸が出る様な速度の先頭の種に踵を乗せると、彼は雑技団の様に跳躍した。

 

 錐揉み回転しながら跳ぶ様は、最早芸術的な身のこなしと言えよう。

 

 そして、その連続。

 モモンガは自身にに飛んでくる種を蹴っては後続の種へ飛び移り、そしてまた次の種へと恐ろしい速度で飛び乗っていく。

 

 一つ一つが絶死の弾丸だというのに、彼はものともせずにパルクールを用いて稲妻の様に空を駆ける。

 

 気づけば標高百メートル超の中空。

 つまりザイトルクワエの脳天の側まで跳躍していた。

 

 足元にはトブの大森林がミニチュア模型の様に広がっている。しかしモモンガに恐怖はない。この浮遊感さえ、心地よく感じられる。

 

 ヒュ、と鋭く空気を肺に送り込んだ。

 上段に目一杯構えたモモンガの両手には、しっかりと3Fの柄が握られている。

 

 病んだ様な鈍い光を湛える戦斧の刃が、陽の光を妖しく照り返す。攻撃準備完了を示す様な光に、ザイトルクワエが絶叫した。

 

 

 

 

「う──お、りゃあああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 モモンガは渾身の力を込めて3Fを縦に振り下ろした。太刀筋には一縷の淀みも濁りもない。ただ真っ直ぐに、愚直に、振り抜いた。この世界にきて初めてと言ってよい、まさしく全力の一撃だ。

 

 

 

 ──光が閃く。

 

 

 

 ザイトルクワエの頭部から根元まで、正中線を淀みなく走った光の軌跡。その裂け目から、劈く様な七色の光が止めどなく乱反射された。

 

 稲光にも似た光の奔流は、日光に照らされる辺り一帯を更なる光量で覆いつくした。

 

 ザイトルクワエの巨躯が、そのダメージ量に耐え切れずに崩壊を始めていく。怒号とも思える低く重たい断末魔が、トブの大森林全域を大きく震撼させた。

 

 そして魔樹はすっぱりと、面白いように真っ二つに左右に分かたれた。竹を割った様な清々しいまでの切り口と切れ味だ。

 

 

(……やはり一撃か)

 

 

 魔樹の麓で柔らかく着地したモモンガはその様子を眺めながら、その結果に我ながら呆れてしまう。スキルやバフ効果の絡まない、いわゆる素殴りの攻撃。力任せに振り下ろしただけの攻撃が、『ワールド・チャンピオン』の『次元切断』を嘲笑う様な火力を叩き出してしまっている。

 

 桁外れのHPを誇るザイトルクワエを一撃とは言うが、実際にはダメージ値のみで言えばかなり余剰分が出ているだろう。

 

 実験の結果は大成功に終わった。

 やはりモモンガの目論見通り、『完璧なる戦士』はこの世界……いや、この体に於いてのみ、有用に活用できる。それを知れただけでも、ザイトルクワエと戦った意義はあったと言えるだろう。

 

 血に濡れているでもないのに、3Fを大仰に振り払う。

 

 こういうときに詰まらぬものを斬ったと言うのがマナーだと、モモンガはギルメンの誰かに聞いたことがあった。誰の言葉だったか、と思い出そうとして──彼は予想外の出来事に直面することになる。

 

 

「え?」

 

 

 モモンガの喉の奥から、擦れた声が出た。

 彼を覆う様に聳え立つ魔樹・ザイトルクワエ。真っ二つに斬られ、そのまま倒壊するだけの樹木と化したあれに、明らかな異常が発生した。

 

 まず彼奴を象る──線。

 

 輪郭や幹の窪み、葉脈といった、彼奴を視覚的に捉える為の線が狂い始めた。歪み、淀み、撓んで、ぼやけては再生し、それが目まぐるしく繰り返す。まるで水面に映る魔樹に石を投じた様な現状が起こっていた。

 

 それから──音。

 

 モモンガの攻撃を受けた魔樹の体から、数百の女神の断末魔の集合体の様な悍ましい声が森中に拡散されていく。ザイトルクワエ本体からというより、バルディッシュの斬撃を受けたところから発せられているようだ。余りの超音波に雲が砕け、木々がへしゃげ、飛ぶ鳥が墜落していく。

 

 そして──色。

 

 魔樹の明度、彩度、輝度が、目まぐるしく変容している。色を失ったかと思えば目が痛い程の極彩色に変わり、マーブル調に様々な七色に変化していく。

 

 モモンガの目が見開かれる。

 兜の中の双眸には、明らかな焦りと困惑の色が滲み出していた。

 

 

「お、おい……」

 

 

 背筋に冷や汗が一筋伝う。

 もしやザイトルクワエに第二形態があるのでは、と様子を見ていたがどうも違う。余りにも様子がおかしい。

 

 

「おい、おいおいおいおい……!」

 

 

 俄に滲み出した可能性に、モモンガの心臓がぎわと握られる。かつてない悪寒が背筋を走り回る。彼は踏みしめる大地の頼りなさを感じていた。

 

 

(もしかして……)

 

 

 芽生えた一つの懸念。

 見逃せない異常事態。しかし有り得るのだろうか、と思わずにはいられない。

 

 モモンガは拳を握りしめて、ザイトルクワエを見上げている。

 

 

 

 これは、もしかして──

 

 

 

(バグ)ってる……のか……!?)

 

 

 

 ──バグ。

 

 想定されてないことが起こることで吐き出されるシステムエラー。その可能性。

 

 ユグドラシルに於いて、ダメージというのはかなり複雑な過程を経て弾き出される数値だ。

 

 まずはキャラクターのステータス。それからパッシブスキルや種族特性によるボーナス効果。武器が持つダメージ値、属性、特殊効果。そこから装備品や戦闘エリアの如何によってもかなり数値が変動する。

 

 これらを足し算、掛け算することによってユグドラシルではこのキャラクターが殴ればこれだけのアタック値が出せますよ、というのが算出できる。

 

 ならば、今のモモンガはどうだ。

 そもそもがチートでも使用しなければ到達不可能なレベル二百。そしてそのレベルを全て戦士職に回す『完璧なる戦士』の使用。その全力、一撃。

 

 

 この世界を作った(うんえい)は、そんなものは想定していない。そういう様な事が出来るデータを作った覚えはない。モモンガという存在がそもそも規格外だった。そんな規格外がバグ技にも近い魔法を用いたらどうなるというのかは、想像に難くない。

 

 

 

 ──宇宙の法則が、乱れる。

 

 

 

「う、おわあああ……!」

 

 

 モモンガは途轍もない焦りと恐怖を覚えた。

 世界そのものの在り様が乱れている。トリガーを引いたのは誰あろう彼自身だ。

 

 最悪の事態が脳裏を過る。

 世界がこの過負荷に耐えられず、崩壊していく光景が瞼に張り付いて離れない。

 

 こうなればもう祈るしかない。

 モモンガは膝を折って手を合わせ、事態の収束を心から祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……五分程経過した後。

 ザイトルクワエの異常はそこで急に掻き消えた。恐らく、異常なダメージ値の演算処理が終わったのだろう。ザイトルクワエは元の真っ二つの魔樹の様相を取り戻し、重力に逆らわずにその体を森の中に堕とした。

 

 

「……な……なんとかなった、か……」

 

 

 モモンガは兜を脱いで、だくだくの額を拭う。

 もう『完璧なる戦士』は使用しないと、心の中で固く固く、誓うのだった。次に使用してもまた都合良く収まってくれるというのは、余りにも甘い考えだ。

 

 

「ふぅ──…………」

 

 

 長い溜息の後、モモンガはヘタリと腰を落とした。

 力の使い方、そして自身の身の振る舞い方にはもっと気を使わねばならない。彼は疲労を知らない体の疲れを感じながら、猛省を繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなモモンガの前に、苔みたいな薬草が生えたザイトルクワエの一部がぼとりと都合よく落ちてきたのはちょっとした余談だ。

 

 

 

 

 




【補足】

モモンガさん幸運にもザイトルクワエの『どんな病も治せる薬草』を回収。

その後『魔封じの水晶』を暴走させて倒しましたという工作の為に魔法最強化した『核爆発《ニュークリアブラスト》』で自爆。
次回モモンガさんは漆黒の鎧がボロボロに破損した状態で登場します。

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