【水際対策緩和で蠢くベトナム人利権の闇】#49
朝日新聞の新聞奨学生として来日したキエット君(21)は、勤務先の新聞販売所で「週28時間以内」の法定上限を大幅に上回る就労を強いられた。そこで販売所に彼を斡旋した「朝日奨学会」の担当者に相談したが、冷たくあしらわれてしまう。そんな経緯をキエット君から聞いていると、2018年にやはり朝日の販売所で働いていたタン君というベトナム人奨学生を取材した時の記憶が蘇った。
タン君を取材したのは、私が彼の兄と親しかったからだ。兄も元新聞奨学生で、現在は日本で就職している。その兄から、私にこんな相談があったのだ。
「弟は販売所で週40時間も働いている。日本人は原付バイクで配達するのに、ベトナム人奨学生たちは自転車しか使わせてもらえないんです」
タン君が働く販売所では、しばらく前まで配達区域を7つに分け、5人のベトナム人奨学生と2人の日本人で新聞を配っていた。しかし購読者数が減少し区域を6つに再編した結果、1人当たりの区域が広がり、配達する新聞の部数も増えることになった。タン君が配る朝刊は350部から400部へ増えた。自転車での配達なので、そのぶん時間も余計にかかる。人件費を削りたい販売所が、ベトナム人奨学生に犠牲を強いた格好だ。
■4時間かけて朝刊を配達
私はタン君の朝刊配達を自転車で追いかけてみた。もちろん、販売所には内緒でのことだ。
19歳のタン君には体力があり、仕事も慣れたものだった。荷台と前カゴいっぱいに新聞を積み込むと、自転車は相当に重くなる。そんな自転車を難なく乗りこなし、タン君は配達を続けた。それでも400部の配達に4時間を要した。自転車での配達と担当区域の広さを考えれば、それぐらいかかって当然である。
さらに理不尽なことには、就労が週28時間を超えようと、ベトナム人奨学生には残業代が支払われない。残業代を払えば、彼らを違法に働かせていることを販売所が認めたことになるからだ。タン君はこう話していた。
「せめて自転車での配達だけでも改善してもらおうと、奨学会に相談しました。でも、何もしてくれないんです」
その後、私はタン君が働く販売所や奨学会にも取材したうえで、ネット媒体でベトナム人奨学生たちの就労実態を記事にした。その途端、奨学会から販売所に指導が入り、ベトナム人たち全員に電動アシスト自転車があてがわれた。そして、違法就労状態も解消されることになる。
タン君と同様、助けを求めたキエット君にも、奨学会は対処しようとしなかった。キエット君が奨学会の担当者とのメッセージのやりとりを見ると、違法就労の原因はキエット君の仕事の遅さにあると突き放している。
違法就労は、本当にキエット君のせいなのか。私は彼の配達にも同行してみることにした。 =つづく
(出井康博/ジャーナリスト)