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かのこ
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その想いに少女はまだ気付かない

その想いに少女はまだ気付かない - かのこの小説 - pixiv
その想いに少女はまだ気付かない - かのこの小説 - pixiv
35,111文字
人類最後のマスターじゃありません!
その想いに少女はまだ気付かない
夏と言えば熱い、熱いと言えば情熱、情熱と言えば恋心ということで今回は恋愛編です!!魔術王似の彼とすったもんだがあります!恋愛回路が死滅してる作者の書いた作品なので甘さはないですがハラハラはあります!多分。ホラーなオマケもあるよ!!人類最後のマスターに似てしまったばっかりにコナンキャラたちに勘違いを振り撒いていく女の子の話。副題擦れ違い
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2019年8月16日 08:15

どうすればこの想いを余すことなく君に伝えられるのだろうか。隣を歩く君の指先が触れる度に泣き出したいような多幸感が込み上げる。君の隣に立つ権利を得るために費やした年月は十年。十年間。君に抱いた想いは消えることなく私の胸の内に深く深く積み重なっていった。

君が愛しい。狂おしいほどに。君が、君だけが。泣きたいくらいに好きで、好きで堪らないのに。君の全てを奪いさってしまいたくなるんだ。君が愛しい。君に嫌われたくない。

けれど君に酷いことを平気でしてしまえる自分にあのとき気づいて急に怖くなったんだ。

君を傷つけてしまう前に離れるべきだと柄にもなく殊勝なことを考えた私は、どうしようもなく愚かだったんだ。

廃工場の床に横たわるのは小さな女の子を身体で庇い、暴行を受けた愛しい少女。ソロモンの登場に立夏を殴っていた男たちが騒ぎだすなか。ソロモンは立夏の目の端に滲んでいた涙が伝い落ちたのを見逃さなかった。

ソロモンは笑う。例え君を傷つけてしまったとしても君から離れるべきではなかった。こんな風に君を失うかもしれないと分かっていたら私はなにがあっても離れたりはしなかったんだ。

ソロモンは死角から飛び掛かってきた男を振り返ることなく交わし足を払うと背中を踏みつけて笑う。これでも私は怒っているんだよ。とてもね。

「許可を求められても許す気はないけれど一応聞いておくとしようか。お前たちは一体誰の許可を得て、私の愛しい人に触れているのかってね?」

それは初めて見るソロモンの本気の怒りだったと後になって立夏はこの時のことを振り返る。触れてしまえば肌が焼け爛れるほどの強い怒りを滲ませていたソロモン。けれど立夏には彼が泣いているような気がしたのだ。



遡ること一ヶ月前のことになるが私は舞台の公演中に腹部を銃で撃たれて生死の境をさ迷ったらしい。銃で撃たれた理由は公安調査庁の首席調査官であるキアラさんが手掛けた事件。

郊外に拠点を持つと言う宗教団体を解散させた際キアラさんを新しい教祖としたい過激派の信者が、彼女に言うことを聞かせるために交遊関係にあった私を狙撃したんだ。

幸いにも狙撃手が銃の扱いに慣れていない素人だったこともあり、心臓を狙った狙撃は幸いにも腹部に反れた。重要な器官には当たらなかったこと。

また元医者であるアンデルセンの素早い応急手当の甲斐もあり怪我自体は見た目ほど酷くはないと私なんかは思うんだけど。

一時期意識不明となっていたこともあり周りの人達からは絶対安静を言い渡されて、長期間病院に入院することになっていた。友人たちには説教されて、後から事件に巻き込まれたことを知った後輩のマシュには泣かれてしまい。

周りの人達に随分と心配をかけてしまったことを痛感していた最中に。ソロモンが私の病室を訪れたんだ。

彼が病室に来たときは深夜だった。寝ていた私は人の気配に目を覚まして身構え、それがソロモンだと分かると私は警戒を解いた。

なにがあっても彼が私を傷つけるような真似はしない。そう信じていたからだ。ソロモンはベッドに乗り上げると私に覆い被さって戸惑う私に問い掛けたんだ。

「ソ、ロモン?」

「君が撃たれたと聞かされたとき。私がどんな思いをしたか分かるかい?いっそ君の脚の腱を切れば何処にもいけなくなって私の知らないところで怪我をするようなことはなくなると。そう思ったことなんて君は知らないだろう。」

君は何時も誰かの為に無茶をする。こんな風に傷だらけになっていると言うのに。下手をすれば君は死んでいたかもしれないのに!! 君は何時だって自分のことなんて後回しで周りを気遣ってばかりいる!!

「私は、私はそんな君が嫌いだよ。自分をなにひとつ大事にしようとしない立夏ちゃんなんて嫌いだ!!大嫌いだッ!!」

そう言って私を見下ろしていたソロモンは泣いていた。声を震わせて泣きながら怒っていた。彼の言葉を否定したくても私はなにひとつ否定することが出来なかった。

彼が言う通り私は下手をすれば死んでいたかもしれない。それでも私は時が巻き戻せたとしても同じ選択をすることが分かっていた。

涙を流す彼に伸ばした手は彼自身に払われて、彼は苦し気に顔を歪めて壁を殴ると奥歯を音が鳴るほど噛み締めた。

「今の私は君を傷つけることしか考えられそうにない。けれど私は君を傷つけることだけはしたくない。だから、だからお別れだ立夏ちゃん。」

そう言って笑った姿を見たきりソロモンは私の前から忽然と居なくなったんだ。一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎた頃になれば私はソロモンに見放されたのだと理解する。

ソロモンは優しい人だ。無茶をしてばかりの私を何時も気にかけてくれていたから忘れていたんだ。その優しさが当たり前のものではないことを。

私だって何度言い聞かせても性懲りもなく怪我をしてくる人間が目の前に居たら呆れるかもしれない。嫌われたって仕方がないことは頭では分かっている。

分かっているのにソロモンに嫌われたと言う事実に打ちのめされていた。私は、私が思っているよりも随分と彼に嫌われたことに堪えていた。

万人に好かれようなんて傲慢なことは思ってはいないけれど。彼は、ソロモンだけは例えなにがあったとしても最後まで私の側に居てくれると信じていた。

自分が思っている以上に私は彼を、ソロモンを必要としていたのだと自覚した。自覚するのが遅すぎるんだ私は。失ってから気づくなんてさ。

溜め息を溢して私は目を通していた書類の束に頭を埋めた。退院してから気を紛らわせるため無理を言って必要以上に仕事を回して貰っていた。

けれど束の間の休息に思い浮かぶのはソロモンのことだった。もう会えないのだろうか。彼を酷く傷つけたままで終わらせても良いのか。そんなこと良い訳ないって分かっているのに。

取り出した携帯に登録した電話番号に掛けようとした指先が躊躇うように震え出した。

携帯を額に押し当てて項垂れる。本当に彼が私を嫌ってしまっていたならば、こうして無理に会おうとすることで更に嫌われてしまうかもしれないと心臓が痛みに竦み上がるのだ。

ソロモンに嫌われてしまったら。そう思うと途端に臆病な自分が顔を覗かせるのだ。私はソロモンに嫌われたくない、嫌われたくないと臆病な私が心で泣くのだ。

手遅れかもしれないと分かっているけれど。これ以上ソロモンに嫌われたくなかったんだ。

だからソロモンのことなら弟であるゲーティアに聞けば良いと分かっているのに聞くことすら未だに出来ずに居る。

猪突猛進なのが私の取り柄だったはずなんだけど何時から私はこんな臆病になってしまったんだろうかと考えて、違うなと首を振る。

私はことのほかソロモンに嫌われることを恐れているような気がする。それは何故だろう。何故こんなにもソロモンに嫌われてしまうことが怖いんだろうか。

後少し、後少しでその答えに手が届きそうで届かないもどかしさを感じながら、胸の痛みから目を反らして書類の束に手にとったとき私が居た部屋にノックが響いて。

伯父の史郎さんが顔を出す。手にしている書類から考えると『シャドウボーダー・セキュリティ』に持ち込まれた依頼についての話だろう。

けれど史郎さんは難しい顔をしたまま警護の依頼を出した顧客から君に指名が入ったと言われたんだ。このとき私はなにか予感めいたものを感じた。虫の知らせと言うべきか、大概この手の予感は何時だって私に悪い知らせを連れてくる。

依頼人が待つと言う部屋に通され、待ち構えて居たのは十四歳頃の愛らしい少女。腰まで伸ばされた艶やかな金糸の髪には黒いリボンが彩り、蒼玉の瞳が美しい。少女特有の天真爛漫さを垣間見せる小造の顔は人形のように整っていた。

気にかかるのは少女の顔色の悪さだ。俯きながら腕に抱えた赤いクマのぬいぐるみを強く握り締める少女はなにかに怯えているようにも見える。

グランドオーダーにおいて亜種特異点『異端なるセイレム』のキーパーソンだった二人の少女の片割れである女の子。フォーリナーのアビゲイルに似た彼女を真ん中に中近東の国の出だと分かる男女がソファに腰掛けているのだが。

三人は親子には見えないし。明らかに怯えている彼女に気遣うことすらしない様子に違和感を覚えた。親子でないならば彼等は一体。

それを知るためにも依頼内容の確認をする必要がある。何よりもわざわざ私を警護人に指名してきた理由を探らなければいけない。

私は表向きには『シャドウボーダー・セキュリティ』の専属モデルってことになっている。私が特例として警護に就くことはあるにある。以前警護を行ったマーリンが良い例だ。けれどそれは彼と面識があったからで。

生憎彼等と私に面識はない。私はわざわざ指名されるほど優れた警護人ではない。一応訓練は受けているけれど私よりも遥かに優れた警護人がシャドウボーダーには勢揃いしているんだ。なのに彼等が私を指名してきた理由はなんなのか気になった。

「シャドウボーダー・セキュリティの藤丸立夏と言います。警護の依頼と窺っていますが。依頼内容の確認のために改めて警護依頼の理由をお聞きしても構いませんか?」

そう切り出した私は男性が微かに目を見開いて自分を見詰めていることに気付いた。彼は恐ろしく顔が整った人だった。

夜の帳色の黒髪に冷徹なまでに冴え渡る色素の薄い金眼。青ざめて見えるほどの白い肌、精悍な美貌。彼は色味こそ違えどソロモンに良く似ていて。そのことに驚く私を見て彼は呆然としながら呟いた。

「エ、リシェヴァ?そんな筈は。何故、何故彼女の面影をこの娘が。」

「アドニヤ様?」

取り乱した彼に同席している女性が声を掛けると見苦しいところを見せたと、取り乱していたのが嘘のように落ち着き払って彼は咳払いした。

彼等は懐から一枚の名刺を取り出す。名刺に刻印されている紋章には見覚えがあった。見忘れることはない。菱形を二つ重ねた紋章はフィニス・カルデア共和国の国章だ。

部下らしき女性は彼を敬いながら私たちに男性のことを話し出す。

「この方はフィニス・カルデア共和国駐日大使アドニヤ様であらせられます。現共和国の国王ダビデ様の弟であり、ダビデ王の嫡子ソロモン様及びゲーティア様とは伯父と甥のご関係に当たる方です。」

心臓がソロモンの名に脈を強く打つ。彼がソロモンに似ている理由は血の繋がりがあるからか。血縁関係ならばソロモンに似ていることに納得が行く。

同席した史郎さんが道理で似ている訳だと相槌を打つ。確かに彼らの顔立ちは良く似ている。

けれどソロモンを良く知る私からすると伯父と甥の関係だとしても、落ち着いて見ればそこまで似ていないと思うのだ。

それはソロモンの友人としての贔屓目があるのかもしれないけれど。もっとも肝心のソロモンにはすっかり嫌われてるワケで。

自分で自分の傷を思いっきり抉って凹んだ私は切り替えるようにアドニヤ氏に話を促すことにした。彼は自己紹介をしなさいと少女の肩に手を添えた。

ビクリと肩を跳ねらせた少女はややあって言葉少なげに私たちに自己紹介を行った。

「わ、私はフィニス・カルデア共和国国王ダビデ様の兄。先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァの孫娘アビゲ、アビヤタルと申します。王太子ソロモン様の婚、約者です。」

頭を殴られたような衝撃と言うのはこのことを言うのかもしれないと他人事のように思う。アドニヤ氏は今回依頼したいのはソロモンの婚約者であるアビヤタルの警護だと私たちに告げた。

アドニヤ氏が言うには彼女アビヤタルはソロモンの父ダビデ王の兄先王ヨアブの第六側妃であるエリシェヴァの娘なのだと言う。

エドニヤ氏が言うには先王ヨアブと言う人は随分と浪費家な王様だったらしい。どれだけ金遣いが荒いかと言うと国が傾くほどだった。なんでも国のあちこちに自分を讃える建造物を作らせていたとか。

公共事業として行われたならば問題はないけどヨアブは国民が王に奉仕するのは当然と言う意識があったらしく。建造物などは全て国民の納めた税金で賄われたそうだ。

この当時のフィニス・カルデアは小国で今のようにレアメタルの鉱山や天然ガスの産出がなかったこともあり、ヨアブの統治下にあったフィニス・カルデア共和国は瞬く間に財政難に陥った。

それでいてヨアブの浪費は収まることはなく国民はヨアブに国王の座を退かせ、新たな王を求めたと言う。

白羽の矢が立ったのは当時十代半ばの若者でヨアブの異母弟であるダビデ王だった。幼い頃から英明だったこともあるけれど。

先進国で経済学を学んだ彼は優れた経済センスの持ち主だと知られていたらしく、ダビデ王は半ば国民に担がれる形で次の王になったと言うのだが。

黙っていないのが遷移させられたヨアブ。国民にとっては困った人だけどヨアブ自体は根っからの悪人だった訳じゃないのだ。

彼に従う人達は少なからず居てダビデ王に不満を募らせていた。そこでヨアブたちを懐柔するためにダビデ王は一つの提案をした。

それがヨアブの子供を自分の嫡子の婚約者にすること。

これにはヨアブの顔を立てる目的があった。ヨアブはこの提案を受け入れる。この当時はヨアブには子供が居なかった。だから言ってしまえば口約束みたいなものだったらしい。

ヨアブは王を退いたあとは離宮に六人の側妃と移り、割りと自由気儘に過ごしていた。それを気に入らなかったのはダビデ王を担いだ国民たち。

あるとき離宮が一部の国民に襲撃されヨアブが買い集めた美術品や家財道具、宝飾品が強奪されるだけでなくヨアブは殺害され側妃たちは連れ拐われてしまったと言う。

ダビデ王は直ぐ様連れ拐われた側妃たちを捜索。なんとか五人は見つけ出したが第六側妃エリシェヴァだけが見つからなかった。使用人が言うには当時エリシェヴァは子供を身籠ったばかりだったと言う。

離宮襲撃事件から長い月日が経ちダビデ王の同腹の弟アドニヤ氏が偶々訪れた国の孤児院でエリシェヴァを祖母に持つ子供に出会った。それが彼女アビヤタル嬢だった。

彼女がエリシェヴァの孫娘であると判断した決め手はエリシェヴァの写真を持っていたこと。それから離宮に残されていたと言うエリシェヴァの毛髪を遺伝子鑑定に出した結果八割の確率で血縁関係にあると分かったからだ。

これを受けてアドニヤ氏はアビヤタル嬢を引き取り後見人となることを決めたんだ。アドニヤ氏は彼女を連れて国に帰還したんだけど、此処でヨアブとダビデ王の口約束を知る者たちがアビヤタル嬢をソロモンの婚約者にすべきだと主張することになる。

ダビデ王の嫡子ソロモンには未だに婚約者は居ない。アビヤタル嬢はまだ幼いけれど婚約者とするなら問題はない。

けれどフィニス・カルデア共和国には我が娘こそ将来の王妃にと望む人々が数多居た。

そんな折りにアビヤタル嬢の殺害予告が出され駐日大使であるアドニヤ氏はアビヤタル嬢を守るために日本に彼女を連れて来たけれど。

一週間前に大使館にアビヤタル嬢殺害予告と思われるFAX が多数届き、アビヤタル嬢が滞在するホテルで異臭騒ぎが起きた。避難したあとホテルの安全を確認して部屋に戻ると壁に赤い塗料で罵詈雑言が書かれていたと言う。

アビヤタル嬢が日本に居ることは限られた人間にしか伝えていない。新たに警備を強化しようにも身内から情報が漏洩した可能性が否めなかった。

そのため自分たちと関わりがない警備会社。世紀の大女優クリス・ヴィンヤードが気に入ったと公言している我が社『シャドウボーダー・セキュリティ』にアビヤタル嬢の警護を日本滞在期間中任せることにした。

と言うのが今回の警護依頼の理由だったようだけれど。

「警護依頼の理由は分かりました。ですが今回私の姪である立夏を警護人に加えて欲しいと指名した理由はなんですか?」

史郎さんの疑問に答えたのはアドニヤ氏だった。

「今回の依頼の前に申し訳ないが我々の方でシャドウボーダー・セキュリティの関係者数人を調査させて貰った。君は我が甥二人と。特にソロモンとは随分と仲が良いことは此方でも把握してるよ。」

確かにソロモンとは仲の良い友人だった。けれど。

「残念ながら私は彼を酷く怒らせてしまったらしく。最近はソロモンと顔を会わせてはいないんです。」

アドニヤ氏は甥であるソロモンが感情を露にするなど珍しいと関心を寄せた。仲違いしているにしろ君はソロモンに近い人間だと我々は判断した。

「君にはそれとなくアビヤタルのフォローをして貰いたいのだ。今はまだ正式な婚約関係には至ってはいないが私としてはアビヤタルを婚約者に据えたいところでね。」

その為にはソロモンと仲を深める必要がある。そこでソロモンと友人関係にある君に手助けを頼みたいんだ。

「この依頼を受けてくれるだろうか。」

警護内容を粗方詰めて部屋を出ていくアドニヤ氏たちを見送り書類をまとめていた私の肩を史郎さんが掴む。眉を潜めて良かったのか問う彼に私は正式な警護人ではないけれど少なくとも暴漢からの盾にはなれますからねと握り拳を作った。

「私が言いたいのは警護のことじゃない。ソロモンは君にとっては!!」

「彼は、ソロモンは大事な友人だよ。だから彼がなにか困っているなら助けたいし、あの子が彼の婚約者であるならば私はあの子を全霊を持って守りたいと思うんだ。」

それぐらいしかいまの私は出来ないから。でもソロモンは嫌がるかもしれないな。嫌いな私が大事な婚約者の側に居たりしたら。

「ますますソロモンに嫌われてしまいそうだ。」

史郎さんは再度君はそれで良いのか私に問う。私は、私はそれに答えようとして。胸に走った痛みを誤魔化すようにテーブルの下に落ちていたハンカチに気付き届けて来ますと部屋を出ていった。

目当ての人は会社の入り口に停められていた高級車のドアを開けるところだった。アドニヤさんと息を切らして声を掛けた私に彼は目を見開く。

「来るのが間に合って良かった。貴方が座っていた席にハンカチが落ちていたんです。貴方の持ち物であっていますか。」

アイリスの花が刺繍されたハンカチにアドニヤ氏は確かに私の持ち物だと目元を緩めた。そこで差し出された手に切り傷があることに気がつく。

「書類の紙で切ったようだね。とは言えたいした傷ではない。」

自分の怪我に無頓着な姿がソロモンに重なって見えたせいか。なんだか放っておけなかった。

「どんなに小さくても怪我は怪我ですよ。時間は取らないので手当てさせて下さい。」

私はアドニヤ氏の手を取ると何時も常備している腰のポーチから絆創膏を取り出して。消毒を済ませて絆創膏を張り傷のある指先に口付けた。

「痛みよ、痛みよ、魔法のように消えてなくなれ。貴方の痛みが私に移りますように。」

アドニヤ氏は声を微かに震わせて今の言葉はと私に聞いた。今のは小さい頃良く怪我をするお転婆な私に父が手当ての度に掛けてくれた怪我が早く治るおまじないだと告げて。

嫌だったかと離しかけた手をアドニヤ氏は強く握り締めた。泣き出すのを堪えるように。

「昔。怪我をした私に同じまじないをした人が居たんだ。その人は私の前から突然居なくなってしまったけれど。」

「アドニヤさん?」

「私のことはアドと呼んで欲しい。親しい人間には昔からこの愛称で呼ばれている。生憎とその愛称で呼んでくれる人間は今は居なくてね。だから君には愛称で呼ばれたいんだ。」

「ではアドさん。」

「言いにくいだろうし呼び捨てで構わないよ。」

アドと私が呼ぶと彼は古い友人に出会って懐かしさに思わず口許を綻ばせたような、そんな笑みを浮かべてみせる。その笑顔は少しだけソロモンに似ていた気がした。



翌日からアビヤタル嬢の警護が始まった。彼女は基本的に米花サンプラザホテルに数人の関係者と滞在している。彼女の側には大使館職員が常に常駐していた。

大人に囲まれているせいか、或いは命を狙われているせいか気を塞ぐ彼女に私は出来る限り寄りそうことにした。他の人に比べたら年が近く。

何度となく折りを見て話し掛ける私に彼女は日を重ねるごとに少しずつ心を開くようになってくれた気がする。

警護から四日目のことになるが私の話に耳を傾けて声を溢して笑ったあと。アビヤタル嬢はハッと辺りを見渡して普段常駐している大使館職員が居ないことを確かめて安堵の息を吐き出した。

「本当は声を上げて笑うことは深窓の御令嬢らしくないからしてはいけないと怒られてしまうのよ。ソロモン様の婚約者に相応しい振る舞いをなさいとあの人たちは言うの。」

アビヤタル嬢はクマのぬいぐるみユーゴを抱き締め、彼女は相応しくなくたって構わない。だって本当は私とても悪い子なんだものと呟いた。

自分を悪い子だと告げた彼女は私の肩越しに自分を見ていたアドに気付いて顔を青ざめさせ後ろを振り返った私の背中に隠れた。

小さく震える手に戸惑うなかでアドは彼女は仕事中だからあまり困らせてはいけないよと微笑む。

「ご、ごめんなさい。私少し横になりたい。寝室に行きます。お、伯父様たちの手を煩わせてしまってごめんなさい。」

「待って!」

制止を振り切り寝室の扉を閉めた彼女に伸ばした手が空を切った。アビヤタルは明らかに伯父であるアドを恐れていた。

身寄りのなかった彼女を引き取り後見人にもなっている伯父を恐がる理由はなんだろう。分からないと言えばもうひとつ。

「リツカ。このあと時間はあるかい。良ければまた君の話を聞かせて欲しい。」

「交代要員が来るまで持ち場を離れる訳にはいかないんですが。」

「では君の身体が空くまで大人しく待つとしようか。」

理由は分からないんだけれど彼に気に入られているみたいなんだ。待つと言う言葉通り休憩時間になり。代わりの警護人が来ると彼は私を半ば連れ去るようにフロアごと借り受けたと言う自分の滞在する部屋に連れていき。

わざわざこのときのために取り寄せたと言う有名店のケーキをお供に。にこにこと私を眺め出す。

勧められるままにこの時期にしてはまだ早いザクロを散りばめたフルーツタルトを口にしながら居心地の悪さに思わずフォークを噛んだ。

そんな私に口許を緩めて君のことを聞かせてくれないかと微笑む。彼はことあるごとに私の話を聞きたがった。特に家族のことを。なかでも彼は父の話に関心を示した。

父と言うよりも父の出生に興味を抱いているように感じる。詳しい話を聞きたいと言われたが。生憎と人に話して聞かせるには差し障りが大きい。

話せる範囲で構わないと言われた私はとある国で生まれ故郷を離れたシングルマザーの女性の元に生まれたこと。父を生んで直ぐに女性は亡くなって。縁があって養父母に引き取られて日本で育ったことを話した。

父は母親似だったことも。そう言えば父の母もエリシェヴァと言う名だったと私は思い出す。外国では多い名前なのだろうか。

アドは話を聞き終えたあと物思いに耽っていたように思う。気になって顔を覗き見たことを私は後悔した。背筋が粟立つほどに暗く澱んだ瞳には怒りが渦巻いていて思わず肩が跳ねた。

「貴女は死んでいたのかエリシェヴァ。言葉も異なる異国で、たった一人で子供を産んで、我が子を僅かに抱く間しか与えられずに貴女は!!」

このとき小さく呟いた彼の言葉を聞き逃したことを。私は後で後悔することになる。父の話をしてからと言うものの彼は驚くほど距離を詰めてくるようになった。それは悪いことだとは言わない。

依頼人と良好な関係を築けていれば有事の際に効率良く警護に当たれるからだ。けれど彼に優しくされたり、話し掛けられたりする度に。私を通して誰かの面影を探している気がしてなんだか酷く落ち着かなかった。

幾つか気になることはあるけれど依頼人の事情に何処まで踏み込むべきか悩んでいたなかで、私は久し振りにソロモンと再会することになった。

大使館で行われると言う立食パーティでアビヤタル嬢とソロモンが初顔合わせすることが決まったらしく私はアビヤタル嬢の警護に当たるため彼女の側に控えていた。

ソロモンは大勢の人々に囲まれていた。きらびやかで華々しい社交の場でソロモンの周りには自然に人々の輪が出来ていた。

久し振りに会った彼が元気そうで心から安心したのに。やけに彼が遠く感じられてなんだか胸が苦しかった。

そうこうしているうちにアドの紹介でアビヤタル嬢がソロモンと顔を会わせることになるんだけれど。

そうすると当然ながらアビヤタル嬢の警護をしている私ともソロモンは顔を会わせることになる訳で。

「······まさかこんなところで君に会うとは思わなかったよ。まして彼女の警護をしているなんてね。」

そう言って顔を反らしたあと私を見ようとしないソロモンにギシリと胸が軋んだ。そうか、顔を会わせたくないぐらい嫌われてしまってたのか。

息がなんだか上手く出来なくて、視界が滲む。咄嗟に一緒に警護に当たっていたバーソロミューに後を任せる。

最近シャドウボーダーに入った彼は元は軍人だというから安心して任せられると。会場の外を確認してくると告げて会場を出る。

一歩進むごとに駆け足になって、息を切らして人気のない大使館の裏庭に行き着くと背中を壁に預けて座り込む。喉から競り上がる嗚咽を必死に噛み殺しても涙が止まらないのはどうしてだろう。

「立夏!!」

「ゲーティア?」

不意に肩を掴まれ顔を上げた私にゲーティアが息を飲んだ。お前が会場から出ていくところが見えたのだが後を追ってきて正解だったようだなと、私を引き寄せて肩口に頭を押し当てた。

「我が運命よ。何故泣いていた。お前が泣くなど余程のことだろうに。」

堪えていた嗚咽が情けなく口から溢れ出す。ゲーティアのシャツを掴んで私はソロモンに嫌われたと子供のように声を上げて泣き出したのだった。



「落ち着いたか?」

「面目次第もございません。」

鼻を啜りながら膝を抱える私にお前の泣き顔は他人に見せたくないと頭からジャケットを被せられ、見苦しくてごめんと縮こまる。ゲーティアはそう言う意味で言ったんじゃないと私の頬を摘まむ。

「いひゃいっへば。」

「相変わらず柔軟な頬面だな。泣いているよりお前はマヌケ面の方がまだ良く似合う。良いか良く聞け我が運命よ。あのソロモンがお前を嫌う筈がない。あの男の執着はお前がひとつやふたつ無茶をしでかした程度で今更なくなるようなものではないぞ。」

摘まんで勢い良く伸ばされた頬を私が擦って居るとゲーティアは溜め息を吐き出した。私とあの男は良く似ている。だからあの男の執着が如何に深いか手にとるように分かるのだ。

あの男がお前を嫌うことはない。そう頭を乱雑に撫でるゲーティアに気遣ってくれてありがとうと力なく笑う。でも変に気遣わなくても良いんだ。顔も見たくなさそうだったしさ。

「やっぱり受け入れるしかないみたいなんだ。ソロモンに嫌われたことを。嫌われたんなら仕方ない。せめて彼が困らないように彼の婚約者のアビヤタル嬢を守らなくっちゃ。」

そう張り切る私にゲーティアはなにか言い掛け無言で頭を撫でる手に力を込めたあと。アビヤタルと言う娘について聞きたいと言ってきた。

ゲーティアの方がアビヤタル嬢のことは知っていると思うんだけれど。アド、アドニヤから聞いた話を彼に話した。

「一応は伝え聞いた話通りではあるようだが。」

「なにか彼女のことで気にかかることがあるの?」

「アドニヤが連れてきたと言うのが腑に落ちなくてな。」

伯父であるアドニヤは我が父ダビデ王の同腹の弟であることは知っているかと問われ、頷いた私にゲーティアは語る。

アドニヤは兄であるダビデ王を深く恨んでいる。それこそ殺してもあきたりないほどの深い恨みだと。

詳しい話を聞く前にアビヤタルが会場を移動するとワイヤレスイヤホンでバーソロミューに指示を仰がれ、会場に戻る立夏を見送ったゲーティアは後ろを振り返った。

「私は敵に塩を送る主義はありませんが。早めに誤解を解かれては如何かと。あの娘を泣かせるのであれば私とて考えがあると申して起きましょうか。それとも本当にあの娘をお嫌いになられた訳ではありますまい?」

「私が立夏ちゃんを嫌うものか!!」

物陰に隠れていたソロモンはゲーティアの言葉を否定する。胸元を強く握り締めながら。苦し気に立夏ちゃんを嫌う訳がないじゃないかと項垂れた。

ならば早めに誤解を解かれることだとゲーティアは溜め息を吐き出した。

ソロモンはそれは出来ないと首を振る。立夏ちゃんを傷付けていることは分かっているんだ。

「けれどいまは会えない。顔を会わせる訳にはいかないんだ。いまの私は立夏ちゃんに酷いことをしてしまうから。」

私はあの子に、立夏ちゃんにだけは嫌われたくはない。だから会えないし会っちゃいけないんだと踵を返したソロモンに乱雑に頭を掻くとゲーティアは何度目かの溜め息を噛み殺して。

あのアドニヤが立夏を気に入っていることをソロモンに伝え忘れていたと気づいた。

「憎悪の化身の如きアドニヤが、な。我が運命は厄介な輩ばかりを惹き付ける。なにかよからぬことがあの娘の身に起こらなければ良いんだが。」

この不安が杞憂であれば良いとゲーティアは思いを巡らした。嫌な予感を肌で感じ取りながらも。

立夏が意気消沈しながらもアビヤタルの警護を務めていた一方。毛利探偵事務所にはアメリカ国籍だという壮年の男とアルビノの少女が眠りの小五郎を頼って訪れていた。

毛利探偵事務所を探していたところを偶々公園で遊んでいた少年探偵団と案内した関係から同席していたコナンは、赤いクマのぬいぐるみを抱えて不安げなアルビノの少女。

大きな目に、目の下の隈、華奢な身体から大病を患った。或いは病後の身であると察せられる少女は名をラヴィニアと言った。

コナンは不安そうにしているラヴィニアを安心させるように来客用のソファに座る彼女の前に膝を屈め大丈夫だよと笑みを浮かべた。

「小五郎のおじさんは凄い探偵なんだ。きっと君の悩みを取り除いてくれるよ。僕も出来るだけ力になるから。」

「ほ、本当に?け、警察も、私たちの話を嘘だって取り合ってくれなかった!あの子は、アビゲイルは私のたった一人の友達だったのに!!」

「ラヴィニア。」

ポロポロと大きな目から涙を流すラヴィニアに身元引き受け人だと名乗った男ランドルフ・カーターに。小五郎は煙草の箱を取り出しかけ、胸ポケットに仕舞い直し我が毛利探偵事務所に内密に依頼したいこととは何ですかなと問い掛けた。

「その話をする前に我々の身の上を話す必要があります。私の名はランドルフ・カーター。アメリカで小さな孤児院の院長をしていました。ラヴィニアは私の孤児院の子供でして。お気づきかとは思いますが少し前まで難病に冒されていました。」

そう前置きを話したあとランドルフは静かに語りだした。一年前のことランドルフが営むアメリカの海沿いの街に古くからある孤児院は。地域再開発の為に取り壊しの危機にあっていたと言う。

孤児院取り壊しを擁護する派と拒絶派で小さな街は分かれ随分と揉めていたなかでラヴィニアが病を患っていることが判明した。

五歳の折りに両親が相次いで病で亡くなり身寄りがなかったラヴィニアをランドルフは孤児院に引き取り、以来実の子供のように育てて来た。だからこそランドルフはラヴィニアの病を治そうと方々に働き掛け、金を工面しようとしたが。

取り壊しが半ば決まった孤児院に金を貸してくれるような人間は居なかった。そんな時にラヴィニアの親友。やはり物心がつく前に両親を病で亡くし、ランドルフの孤児院に来た一人の少女がラヴィニアの為に立ち上がった。

その少女の名はアビゲイル。少女はビラを手に募金を呼び掛けた。来る日も来る日も。

だが思うように募金は集まらない。更には日に日にラヴィニアの病は進行していく。誰しもが、ラヴィニア本人すら諦めを滲ませたなかラヴィニアが入院していた病院に多額の手術代が振り込まれ。

その直後にアビゲイルが失踪した。アビゲイルの部屋には置き手紙があり、募金を呼び掛けていたときに出会った人から金銭と引き換えに仕事を頼みたいと言われて承諾したと書かれていた。

ランドルフたちはアビゲイルを探し回った。だがアビゲイルの行方は分からないままだった。手術代が振り込まれたことでラヴィニアの病は完治した。

だがラヴィニアは親友を犠牲に生き長らえたと自分を責め続けた。そんな折りにランドルフはテレビのなかでアビゲイルの姿を見かけたのだ。

それはフィニス・カルデア共和国の王太子ソロモンに婚約者候補が現れたことを報じるニュースだった。ランドルフたちは驚愕した。婚約者候補の少女は姿を消したアビゲイルだったのだから。

「本当にニュースを見たときは驚きました。フィニス・カルデア共和国先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァと言う方の孫娘アビヤタルと名乗っていましたが。間違いなくアビゲイルでした。」

アビゲイルの両親のことは良く存じています。彼女の祖父母のことも。なにせ小さな街でしたから。大概の人間の家族構成は把握しています。

「だからこそ断言出来るのです。アビゲイルは先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァ様の孫娘ではないことが。」

「い、遺伝子鑑定で血縁があるってことになってるけど、きっとなにかの間違いなんだ!で、でも警察も、アメリカの探偵事務所も、わ、私たちの言うことを信じてくれなかった。それどころか変な言い掛かりをしたら刑務所にぶちこむって。」

でも本当にあの子はアビゲイルなんだ。私の大事な親友だったアビゲイルなのに誰も信じてくれなかったよとラヴィニアはクマのぬいぐるみを強く抱き締めて項垂れた。

「そ、そんなときに。あの子が。い、命を狙われたって聞いたの。あの子の身元引き受け人だっていう人と、身を守るために日本に行ったって。」

「最近になってラヴィニアの手術代として振り込まれた額の金銭を返す見通しが立ったんです。孤児院取り壊しに応じた見返りと趣味で書いていた小説が大手の出版社の目に止まって賞を頂きまして。工面できた金を手にアビゲイルを返してくれないかとフィニス・カルデア共和国の大使館に行ってはみましたが。」

「応じては貰えなかったと言う訳ですな。」

コナンは考える。彼等の言い分が正しいとするならば今回の依頼は一介の探偵事務所が扱う事件のレベルを遥かに越えていると。

なにせ少女失踪に関与している疑いがあるのは大国フィニス・カルデア共和国だ。正攻法では恐らく通用しないだろう。コナンの脳裏に浮かぶのは立夏の顔だった。

彼女ならば渦中のフィニス・カルデア共和国の人間。ソロモンとゲーティアから話を聞くことが可能かもしれない。

事情を話して協力して貰えるか立夏に聞いてみようと考えて小五郎を見る。小五郎が依頼を受けるかで取るべき行動が変わってくる。

「無理は承知でお願いします。私の娘を、アビゲイルをフィニス・カルデア共和国から取り戻して下さい!!」

だがコナンはあまり心配してはいなかった。小五郎はこういうときは必ず。

「この依頼この名探偵毛利小五郎が引き請けさせて頂きましょう。小さな女の子が居なくなった友達に会いてぇって泣いてんだ。相手がなんであれ見捨てたりしねぇよ。」

弱いものの味方になると知っているのだ。小五郎のおっちゃんの男気に答えて、俺も俺で出来ることを全力でやるかと意気込み。涙を流すラヴィニアの手を取って笑った。

「心配すんなって。必ずまた友達と会わしてやっからよ。」

ラヴィニアは涙を拭って頷くとこれを持って行って欲しいと。髪を縛っていた黒いリボンを解いてクマのぬいぐるみに結ぶとコナンに手渡した。

「り、リボンとクマのぬいぐるみのミーゴはアビゲイルとお揃いなんだ。だからアビゲイルに会ったときこれを見せたら。き、きっとアビゲイルもあんた達の話をきちんと聞いてくれると思う。」

これはきっと自分たちに対する信頼の形だとコナンはクマのぬいぐるみを受け取って。必ず二人が会えるように。力を惜しまないと決めたのだ。



警護六日目。大使館の立食パーティでソロモンと顔を会わせたアビヤタル嬢はより気を塞ぐようになった。それを気にかけながらも打開策を見いだせないまま、アドの働き掛けもあるのか頻繁にアビヤタル嬢はソロモンに会うようになった。

となるとアビヤタル嬢の警護人である私も否応なしにソロモンと顔を会わせることになる。

ソロモンに嫌われたことは辛くても受け入れた。だからと言って胸の痛みが消える訳でもなし。アビヤタル嬢の背後に控える私を見て眉をしかめたソロモンに私は力なく笑う。

日本人お得意の困ったときのアルカイックスマイルはソロモンのお気に召さなかったらしい。勢い良く顔を反らされて流石に泣いてもいい気がするんだと痛む胸を小さく擦すった。

ホテルのバルコニーで歓談したあと帰るソロモンを入り口まで見送るアドと分かれ、滞在する部屋にアビヤタルを送り届ける最中に、それは起きたんだ。

エレベーターが急に止まり火災を報せる音が鳴り響く。この日一緒に警護に就いていた黒髭、

警護対象が幼い少女と聞いて警護チームに自ら立候補した彼が嫌な予感がするでござるなと砕けた口調で目だけは油断なく光らせた。

エレベーターを降りて辺りを窺う。どうやら緊急停止した階は八階なようだ。一先ず一階のエントランスに向かうかと話していたとき隠れていた数名の男たちに襲撃された。

咄嗟にアビヤタル嬢を抱き込み振りかざされた金属パイプを腕で受ける。鋭い痛みが走ったが構うことなく。黒髭と目配せして私は彼が男たちを引き付ける隙にアビヤタル嬢を抱えて走る。

「こちら藤丸!ホテル八階エレベーターホール前で襲撃あり!!至急応援求む!!」

ワイヤレスマイクで応援を求めたが同時にホテル一階入り口でも複数の男たちが襲撃してきたらしく、駆けつけるまで時間が掛かると言われた。

「お姉さん!!」

「先回りされたか!」

前方に襲撃者たちの仲間らしき覆面を被った男たちが見。咄嗟にドアが空いている部屋に入って鍵を閉める。だが勢い良くドアが叩かれて軋み出す。ドアが打ち破られるのも時間の問題だろう。

部屋の奥に向かいバルコニーから外を見下ろした。バルコニーの真下にはプールが広がっている。最近新たに屋外プールが作られたと聞いていたことを思い出す。

警護の為に一通りホテルの構造は頭に入れていた。プールの水深は深かった筈だ。私は覚悟を決めてアビヤタル嬢に向き直った。

バルコニーからプール目掛けて降下すると告げるとアビヤタル嬢は無茶だわと怖がるようにクマのぬいぐるみを強く抱き締めた。

「良く聞いて。私たち警護人は命を賭けて依頼人を守る。例えなにがあっても依頼人のことを見捨てたりしない。だから私を信じて欲しい。必ず貴女を助けると約束する。」

「本当に、守ってくださるの?わ、私が本当はとても悪い子だとしても!貴女は私を助けてくれるの?」

「自分のことをとても悪い子だって怯えている貴女が本当に悪い子だとは思わないよ。大丈夫。絶対に貴女を死なせたりしない。」

貴女はソロモンの、私の大事な人の婚約者なんだもの。私の言葉にアビヤタル嬢は泣き出しそうな顔をした。

「大使館職員の方々が言っていたわ。あの方の恋人だったと言うの本当なのね?」

私は顔を赤くして勢い良く咳き込んだ。友達、友達だからと狼狽えた私にアビヤタル嬢は私にも大事な友達が居るのとクマのぬいぐるみを抱いた。

「その子のためなら私はどんなことだって出来るの。でも私がしていることは本当は許されないことだって分かってる。」

だから無事に助かることが出来たら。貴女に話したいことがあるの。貴女になら話せる。

だから聞いてくださるかしらと私の上着を震える手で握り締めたアビヤタル嬢に私は約束すると告げたんだ。

そしてドアが打ち破られたとき私はアビヤタル嬢を抱き締め、部屋から助走をつけてバルコニー目掛けて走り欄干を蹴り飛ばして勢い良く身を投げ出した。

風を切りながら落下するなかで少しでも衝撃がアビヤタル嬢に行かないよう、私は背中から落ちるように体勢を取って巨大な水飛沫を舞い上げながらプールに着水した。

勢いが殺しきれずに背中をプールの底に打ち付け痛みに意識が霞んだけれど、意地で腕のなかのアビヤタル嬢を抱えてプールから這い上がる。

駆けつけた仲間に気絶したアビヤタル嬢を預けたところで気が抜けて倒れかけた私を抱き止めたのはアドだった。

「なんて無茶をするんだ君は!?私は、私は君まで喪うかと思った!!」

良かった。本当に君が無事で良かったと私を抱き締めてアドは声を震わせる。何故ここまで彼は私を気遣ってくれるんだろう。

震えるアドの背中を撫でようか撫でまいかと悩んでいたとき後ろから腕を取られアドから引き離された。

「なんのつもりだいソロモン?」

「その言葉はそのまま貴方にお返しするとしましょうか。伯父上。」

振り返って後悔した。感情を顔から削ぎ落としたソロモンがそこには居たから。怒りを瞳に滲ませた彼に思わず後ずさる。

「私は言った筈だよ。無茶をする君は嫌いだって。」

そう言って私の腕を掴んだソロモンは人垣を掻き分けて歩き出す。そのとき私のもう片方の腕を掴んだアドがソロモンを引き留めた。

「その娘をお前どうするつもりだい。」

「貴方には関係のないことでは?この娘に貴方が気安く触れることは私が許さない。」

「親が親なら子は子と言うことか。お前はあの男に良く似ているね。お前たち親子はまたしても私から愛しい女性を奪うのかい。」

「なんとでも。」

憎しみを込めた瞳で睨むアドの手を払いソロモンは私を半ば引き摺るように歩を進める。私は必死にソロモンを止めようと声を掛けた。

「待って、待ってソロモン!いま持ち場を離れる訳にはいかない!!まだ襲撃者がアビヤタル嬢を襲うかもしれない!」

「そのことなら問題はないよ。私の身辺警護をしているものを数名ほど回しておいたから。だから君は。」

自分の身の危機を感じていた方が良い。ソロモンは私を抱き上げて空き部屋に連れ込み私が抵抗する間も与えずベッドに縫い付けた。

「どうしてアドニヤに抱き締められていた?」

「ソロモン?」

「まさかアドニヤと付き合って居るのか?」

「ソロモン頼むから話を!」

「私は君を自由にさせ過ぎたのかもしれない。君に嫌われたくなくて、傷つけたくなくて、必死に離れたのに!!」

「ソロモン!」

「―――――嫉妬で頭がどうにかなりそうだ!!」

ソロモンの怒気に怖じ気が走り後ずさる私の腕を掴みシーツに押し付けた彼は、噛み付くように私に口付けた。

舌を絡め取られて攻め立てられるように吐息さえ奪われる口付けに思考が掻き乱されて上手く考えられない。

腕を押さえていない手で胸元が開かれ制止するより早く首筋を舌が這い、強く食まれて背中が弓形に仰け反る。痛みと、羞恥と、僅かな恐怖が鈍った思考を呼び覚ます。

このままじゃ色々と不味いと私は焦りを滲ませた。ソロモンに口付けられたことは、嫌じゃない。むしろ嬉しいとさえ思う自分が居て酷く戸惑う。けれど、なにかを誤解されたままこんな風に。

(なんで貴方が泣きそうな顔をしているのソロモン。)

彼が、ソロモンが傷ついた顔をしたまま身体を暴かれるのだけは嫌だった。

「ッソ、ロモン!話を聞いてくれ!私はアドとは!!」

「―――――ッ聞きたくない、聞くもんか!!」

君の口から他の男への想いなんて聞きたくなんかない。そう言って彼が私の着ていたシャツの裾から滑り込ませた手が腹部の傷に触れたときソロモンは一瞬動きを止めた。

「久々の肉体労働は堪えますなーって。んんー??もしかしてお取り込み中??オッケー。クールな男はなにも聞かずに立ち去るぜ。」

そのとき部屋のドアが勢い良く開き警護をサボりに来た黒髭が顔を見せた。その隙を突いてソロモンの胸ぐらを掴み、立ち位置を反転させてベッドに彼を押し付けて叫んだ。

「嫌いな私が大事な婚約者の側に居るのが許せないのは分かる。でもだからってなにもこんなことしなくたって良いじゃないか!!」

なんでキスするのか分からないけれど嫌いなら勘違いさせるようなことはしないでくれ!

「キスされたら幾ら私でも君に好かれているんじゃないかって。そんな馬鹿な誤解をしてしまう。嫌いなら、きちんと嫌ってくれないと私は物分かりが悪いから何時までも期待して君のこと諦めきれないじゃないか!」

「待っ!」

溢れ落ちそうな涙を乱雑に腕で拭うと私は必死に空気になろうと務める黒髭の腕を掴み部屋を出ていく。

だから部屋に残されたソロモンが顔を手で覆い、そんなことを君に言わせたかった訳じゃないと後悔を滲ませていたなんて知らずにいたんだ。



怪我の手当てのために私はこの日病院に連れていかれ。診断された結果は腕の打撲と背中の打ち身だった。

警護には支障がない怪我で安心したところで、病院の待ち合い室に座っていた私は毛利探偵とコナン君に声を掛けられた。

「シャドウボーダー・セキュリティに電話したら病院に居るって聞いたんだ。その様子だと怪我だけじゃなく、なにかあったみたいだね?」

「コナン君には隠せないな。ちょっとソロモンと喧嘩してね。嫌われたくないのに嫌われるようなことをしてしまったみたいで。流石に今回ばかりはどうしたらいいか分からないんだ。」

「詳しくは聞かねぇけれど。早めに仲直りした方がいいぞ?心配しなくても本当に仲が良いやつは派手に喧嘩したとしても些細な切っ掛けさえありゃ元通り。また仲の良い関係に戻るもんだ。」

「小五郎のおじさん。」

そう気にすることじゃないと私の頭を撫でる毛利探偵に、コナン君はおじさんと妃先生みたいにねと笑うと。

そうそう俺と英理みてぇにって余計なことは言うなと毛利探偵はコナンの軽く頭を軽く小突く。そのやり取りに小さく笑うと女の子は笑った顔が一番だと毛利探偵はからから笑う。

「ありがとう。二人のお陰で随分と心が軽くなった気がする。それでわざわざ病院まで私に会いに来た理由を聞いても?」

「立夏お姉さんに無理を承知で頼みたいことがあるんだ。フィニス・カルデア共和国のソロモンさん。或いはゲーティアさんに直接会ってどうしても確かめたいこどかあるんだ。」

「二人とも訳ありみたいだね。ソロモンは無理でもゲーティアになら直ぐに連絡出来る。少し待っていて貰えるかな。」

そこで私はコナン君が腕に抱えていたクマのぬいぐるみに気づいた。

「アビヤタル嬢のクマのぬいぐるみ?」

「このクマのぬいぐるみを持っている女の子を知っているの!?」

「詳しいことは守秘義務があるから言えないけれど。警護対象の女の子が持っているものに似ているんだ。それがどうかしたかな?」

毛利探偵とコナン君は顔を見合わせるとゲーティアさんが来てから話をするねと告げたのだ。生憎と私はそこで本社に戻らなくてはならなかった。

ゲーティアに二人のことを頼み。本社に戻った私と入れ違いで病院を訪れたゲーティアは二人を連れて喫茶ポアロに場所を移し彼らの元に持ち込まれた依頼について聞かされることになる。

「要するにアビヤタルは先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァの孫娘ではなく偽者である可能性が高いということか。」

「驚かないんだね?」

あまり驚きを見せず何処か納得したような顔を見せたゲーティアに。コナンが首を傾げるとアドニヤが連れてきたときからなにか裏があることは私も、兄であるソロモンも疑っていたことだからなと頷いた。

恐らく伯父であるアドニヤは偽者の先王の孫娘アビヤタルをソロモンの婚約者とすることにより王太子ソロモンの婚約者。ようは次期王妃となるアビヤタルを操り政権を裏から握る目的があったのだろうよ。

「そのアドニヤって奴はそこまでして権力が欲しいのか?」

「アドニヤには権力欲などありはしない。在るのは我が父ダビデ王に対する憎悪だけだ。アドニヤは恐らくダビデ王に復讐するため。ダビデ王の息子であるソロモンの権勢を崩したいのだ。直接的にダビデ王を害することが出来ない代わりにな。」

「どうしてアドニヤって人は回りくどいことをしてまで復讐しようとしているの。」

「生憎と父と伯父の間になにがあったのかは王宮において秘事とされてきた。そのため私たちでさえも詳しい経緯は知らないのだ。」

だが洩れ聞いた話によれば伯父は一度ダビデ王をナイフで刺そうとしたことがあるらしい。

「当時は心神喪失による凶行だとして罪には問われず数年間の療養のあとに駐日大使の役目を言いつかりこの日本に追いやられたらしい。伯父は優秀な人間だったからな。外交において成果を挙げることで半ば罪を不問にされたのだ。」

だが一度私はダビデ王を憎悪の籠った眼差しで見詰めるアドニヤを見たことがある。憎しみをたぎらせたあの瞳はいまなお目に焼き付いている。

「そしてアドニヤと我が兄ソロモンは死ぬほど仲が悪い。憎んでいる兄の子と言う理由以上に根本的なところで良く似ているせいか隙あらば蹴落とそうとしあうのだ。」

「あのソロモンさんが?」

「まるで鏡像を見ているようで気に入らないと言っていた。だからアドニヤが兄に婚約者を連れてきたとき真っ先に裏があると疑った訳だ。」

詳しい話をゲーティアから聞いている毛利小五郎の横で話をまとめていたコナンはラヴィニアから話を聞いてから、妙に頭に引っ掛かっていたことに気づく。

先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァの孫娘を。アビヤタルことアビゲイルは騙った。

「なんか聞き覚えがあると思ったら立夏さんの祖母に当たる人の名前も確かエリシェヴァだって言ってたな。」

「···それは本当か?」

「う、うん。立夏さんから聞いてなかった?」

ゲーティアに問われて話を聞いた状況は色々と差し障りがあるため伏せておき。東都タワーで立夏の伯父であるアイリッシュから聞いた話だと伝えると。

ゲーティアは目を見開き勢い良く席を立つと小五郎にこの子供を少し借りていくとコナンを脇に抱えて歩き出す。

行き着いた先はシャドウボーダー・セキュリティ本社。先んじて連絡していたからか入り口で待ち構えていたらしきアイリッシュが久し振りだな工藤新一と手を振る。

アイリッシュが居ることに驚きながらもやっぱり死んでなかったのかとコナンは乾いた笑いを溢した。なんとなくそんな気はしていたけれども。

コナンの頭を乱雑に撫でたあとそんで俺に聞きたい話って一体なんだとアイリッシュは訊ねた。

「立夏の祖母がエリシェヴァと言う名であることは本当のことか?」

「そうだ。惚れた女の名だ。忘れようたって忘れられるものじゃない。」

「ではヨアブもしくはアドニヤの名をエリシェヴァから聞いた覚えはないか?」

アイリッシュは眉を跳ね上げた。何故その名前を知っているんだと。アイリッシュの運転する車に乗り込むとゲーティアたちは小五郎を途中で拾い、幾らかぼかして立夏の父親の事情を語った。

「その名前を彼女から。エリシェヴァから聞いたのは一度切りだ。立夏の父親をエリシェヴァが産んだとき。生まれてきた我が子を見て彼女が愛しげに呟いた名だった。」

だから直ぐにその名前が子供の父親の名であることは察せられたんだ。まさかエリシェヴァがフィニス・カルデア共和国の生まれで。第六側妃と言う身分だったなんてな。

「まだ確証はないがな。」

「それでいま僕たちは何処に向かっているの?」

「大使館職員から聞いた話では親睦を深める為にソロモンとアビヤタルは都内の夏祭りを見学しているらしい。今回の襲撃事件を受けてアドニヤが婚約を急がせていると情報を掴んだ。」

婚約後アビヤタルはフィニス・カルデア共和国に渡る。

「ことの真偽を確かめるなら今しかチャンスはない。」

何時だったかソロモンと夏祭りに行こうと約束したことがあったと思い出したのは、夏祭りを取り仕切る町内会の人々から出し物の話を聞いているソロモンの横顔を見たときだった。

胸を過った痛みを誤魔化すように落ち込んでいる暇はないと頬を叩く。親睦の為に急遽盛り込まれた夏祭りの視察。

賑やかに屋台の合間を行き交う人々に注意しながら辺りの様子を窺い怪しい人間は居ないか確認する。

一昨日の襲撃者は幾人か捕らえられたが警察に突き出したあとは黙秘を貫いているため、他に何人仲間が居るのか掴みきれていないこともあり厳戒体制が敷かれていた。

正式にアビヤタル嬢とソロモンの婚約が決まれば彼らは日本を離れてフィニス・カルデア共和国に戻ると聞かされた。婚約と同時にソロモンが王位を継ぐことが決まっていたと言う。

これが彼らが、ソロモンが日本で過ごす最後の日ならせめて綺麗な思い出をソロモンに残してあげたかった。余計なお世話なのかもしれないけれどね。

最後に残った思い出が綺麗なら少しは私のことも良い思い出にしてくれるんじゃないかって。そんな勝手な期待をしている自分が居るんだ。諦めが悪いにも程がある。

思わず込み上げた溜め息を飲み込んだとき打ち上げられる花火を見るために大勢の人々が前方から押し寄せる。

「そんな、どうしてラヴィニアが!」

その人混みが通り過ぎたときアビヤタル嬢が小さな紙を握り締めて顔を青ざめさせた。彼女は警護の網を擦り抜けて駆け出していく。

咄嗟に私は一緒に警護していた黒髭に目配せしてアビヤタル嬢を追い掛けた。私がアビヤタル嬢を追った直後にゲーティアたちが夏祭りの会場に辿り着いていて、アドと対峙していたことも知らずに。

場所を夏祭りの会場に程近い人気のない神社に移してゲーティアから幾つかの話を聞き終えたあと。ソロモンはアドニヤにアビヤタルと言う娘は偽者ですねと切り込んだ。

「いきなりなにを言うのかと思えば。彼女は間違いなく先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァの孫娘だと判明しているじゃないか。」

「彼女が彼らの孫娘であると裏付ける証拠はあくまでも一枚の写真と遺伝子鑑定だけ。写真は幾らでも偽造することが可能だった。」

そして先程貴方に金を積まれて鑑定結果を書き換えたことを遺伝子鑑定を行った研究所から証言が取れた。そして先王ヨアブと第六側妃エリシェヴァの血を引く人間を我々は突き止めている。

「彼女の名は藤丸立夏。生憎と真偽を確かめるだけの時間はなかったけれど。少なくとも貴方が連れてきた少女よりも遥かに本物である可能性が高いと言える!!」

アドニヤはソロモンの言葉に驚くことはしなかった。立夏がエリシェヴァの孫娘であると既に気がついていたかのように。

「仮にそれらが事実だと認めるとして。私が何故そんな手間をかけてまでお前を騙す必要があると言うんだい?」

余裕を崩さなかったアドニヤがソロモンの放った言葉で表情を変えたのはこの直後のことだった。

「我が父ダビデに対する復讐。一度父を殺しかけた貴方は周囲に疑われていた。疑いの目があるなかで直接的に父を殺すことが難しいと思った貴方は父ではなく息子である私を復讐対象に選んだ。」

アビゲイルと言う少女を偽の婚約者を仕立て上げ私の王妃にすることにより彼女を通して裏で政権を操ることこそが父に対する復讐になると貴方は考えたのでは?

アドニヤは笑みを浮かべた。見る者に怖じ気をもたらすような酷薄な笑みを口許に上らせて額を片手で覆いながら笑いだした。その賢さも本当にお前はあの男に似ているよ。腹が立つほどに。

「エリシェヴァを死に追いやった殺したいほど憎くて堪らない我が兄ダビデにね!!」

「·····私は最初第六側妃エリシェヴァが身籠った子供の父親が貴方ではないかと考えていた。」

ソロモンの言葉にアドニヤは笑う。私は一度としてエリシェヴァに触れたことはない。触れることさえ許されない恋だったのだから。

「それでも、それでも私は彼女を愛していた。彼女の幸せこそが我が望み、我が願い!彼女が笑っていてくれるなら私はそれだけで構わなかった!だが私のたった一つの望みは、願いは離宮が炎に包まれたあの日に死に絶えたのだ!!」



元々エリシェヴァと言う娘は兄であるダビデの乳兄弟だった。幼少期共に王宮で育った美しく聡明な少女は王宮の誰しもが好きにならずには居られなかった。

お転婆な少女は幼い頃良く私たち兄弟と王宮を駆け回ったものさ。

エリシェヴァは日に日に花が咲き綻ぶように美しくなっていった。そんな少女を異母兄弟だったヨアブが見初めたと知ったとき私たち兄弟は怒りを覚えた。

私たち兄弟は彼女のことが好きだったのだ。だからこそ年若い彼女を側室に望むヨアブに怒りを覚えずには居られなかった。けれど私たち兄弟は気づいていた。

『なにを見ているんだいエリシェヴァ?』

『向こうに居るのはヨアブだね。』

窓の向こう。側室たちと談笑しながら歩くヨアブをエリシェヴァは熱を秘めた眼差しで見つめる姿に、エリシェヴァがヨアブのことを好いていたことを私たち兄弟は悟った。

そして彼女とヨアブは間違いなく愛し合っていた。二人の間にはなにがあっても切れない確かな絆があった。二人の間に付け入る隙など私たち兄弟にはなかったのだ。

物分かりの良い兄とは違い私は彼女が他の男のものになるなど嫌だった。幼かった私は王宮のなかを散々荒らし回ったあと王宮の庭の片隅の大木に隠れているところをとうのエリシェヴァに見付かって。

渋々ながら木から降りてきた私に彼女は苦笑したあと逃げ回っているときについた傷を手当てしてくれた。

『本当に貴女は嫁いでしまうのかい?既に五人の妻をめとっているような男のもとに。』

『もう決めたことなのよアド。あの人には確かに五人の奥さんが既に居るわ。けれど好きになってしまったの。』

あの人は何度も自分で良いのかと私に聞いたわ。私はあの人に無理を言って妻にして貰ったの。あの人は度が過ぎた浪費家だし美人な女性には弱腰になるような女好きだけど。

『本当は誰よりも優しい人よ。』

だから私はいまが一番幸せなのよ。そう言って彼女は微笑んだ。ヨアブとの婚姻が決まってから彼女は満ち足りた笑みを浮かべるようになった。

『あの人と結婚したら今までみたいに貴方に頻繁には会えなくなる。怪我をしても私はもう手当てしてはあげられない。』

だからもう無茶をしてはダメよ。そう言って彼女は血が滲む私の膝にハンカチを巻き口付けた。

『痛みよ、痛みよ、魔法のように消えてなくなれ。貴方の痛みが私に移りますように。離れていても何時も貴方のことを思ってるわ。貴方は私の大切な友達だもの。』

彼女に想いを伝えることは出来なかった。伝えてしまえば彼女が戸惑うことが分かっていた。なによりも想いを伝えることで彼女の笑みを翳らせたくはなかった。

想いを伝られなくても良い。彼女が幸せなら私は他になにも望みはしなかった。

それが間違いだったんだと炎に包まれた離宮を見ながら突きつけられた気がした。国民は王位をヨアブが我が兄ダビデに譲り渡してなお。ヨアブに対する憎しみを募らせていた。

そしてあの日離宮が国民たちに襲撃されてヨアブは殺され六人の側室は襲撃者たちに連れ拐われた。五人の側室は国境近くで拘束されているところを発見したが、エリシェヴァだけは見つけ出すことが出来なかった。

そんなとき私は離宮襲撃が兄の指示であると耳にした。兄が裏で糸を引き離宮を襲撃させたと。当時ヨアブを支持する者たちが少なからず存在し、ダビデに反感を抱いていた。なかにはヨアブを担ぎ上げ兄にクーデターを起こそうと企む者も居たと言う。

兄は支持者たちを押さえつけるために離宮を襲撃させたのだと人から聞かされた私は直ぐに兄を問い正した。兄は、ダビデは疑いを否定してはくれなかった。

兄に対する憎悪が溢れたのはこのとき。私はエリシェヴァの行方を探す一方、ダビデに対する復讐を模索し続けた。

一度はあと少しで殺す手前まで漕ぎ着けたが兄を殺し損ねてしまったせいで直接的な手段は取れなくなり。あの男ではなく息子であるソロモンを復讐対象にしたと言う訳だ。

「アビゲイルと言う少女をエリシェヴァの孫娘だと偽ったのは兄であるダビデに対する挑発のためだった。貴方が死に追いやった女性の血を引く子供に少しでも、僅かなりにも後悔を覚えるのならば離宮襲撃の真実を明らかにしてみろというね。」

もっとも全ての企みが明るみになったいまとなっては無駄となったことだが、詳しい話は大使館に戻ってからにしようかと。職員たちに連れられて立ち去ろうとしたアドニヤに。

コナンはまだ明らかになっていないことがあると引き留めた。僕たちは婚約を急がせるために貴方がアビゲイル襲撃事件を起こしたと考えていた。あれは貴方の犯行ではなかったのか。

「確かにあれは婚約を急がせる良い口実にはなったけれど。私はアビゲイルが襲撃された事件とは無関係だよ。」

「と言うことはアビゲイルを襲撃してきた人間が他に居るってことじゃないか!!」

コナンはアビゲイルはいまどこに居ると大使館職員に詰め寄ったとき。ことの顛末を眺めていた黒髭が不味いことになりやがったとワイヤレスイヤホンから聞こえてくる音にすかさずソロモンたちに声をかけた。

「襲撃者にアビゲイル嬢が何処かの廃墟に連れ込まれて。うちんとこのマスターが襲撃者に攻撃を受けているらしい!!」

「―――――ッ立夏ちゃん!!」

ソロモンは駆け出す。嫌な予感が胸を酷く騒がせる。彼女が遠くに行ってしまうような,そんな予感が。私はまだ君になにひとつ謝れていない。まだなにも自分の気持ちを話せてはいないんだ。

失うのか、アドニヤがエリシェヴァを失ったように。私は君を。ダメだ、そんなことは。それだけは絶対に認められはしないんだ!!



殴られたとき側頭部に鉄パイプが当たったせいで通信機器は何処かに吹き飛んだ。探せたとしても壊れて使い物にはならないだろう。

状況は最悪と言うしかない。駆け出したアビヤタル嬢を追い掛け、追い付いたとき彼女は廃墟に居た。

そこで彼女が本当はアビゲイルと言う少女であり、親友の病を治すためにアドの命令で偽の婚約者になったと聞かされ戸惑う暇もなくアビゲイルの命を狙う襲撃者に強襲された。

咄嗟にアビゲイルの腕を引き背中に隠したところで鉄パイプに頭を打ち付けられ、額の薄い皮膚が切れたらしく顎に血が滴り落ちる。襲撃者はアビゲイルの正体を知った上で彼女の親友ラヴィニアを捕らえたと言って廃墟に彼女を誘き寄せた。

「彼女の正体を知っていながら何故殺そうとする!!」

恐らく仲間は異常事態に気付いた筈だ。仲間が来るまで時間を稼がねばと対話を試みるた八人居る襲撃者のうちリーダー格らしき男が笑い出した。

「我々はその娘が偽者であったとしても関係はない。先王ヨアブの血を引くと言い出したことに罪があるのだからな。ことの真偽がどうであれ先王ヨアブの子供は殺さねばならないのだ。」

「随分と先王ヨアブは恨まれたものだ、ね!」

鼻先を掠めた鉄パイプを避け、アビゲイルを背に庇ったまま後ずさる。対話は失敗。逃げようにも入り口は襲撃者たちに塞がれている。

そのとき襲撃者が床に投げつけた代物に耳を塞いで目を閉じてと叫んでアビゲイルを抱き込んで私は床を転がった。

この直後破裂音と共に閃光が走り、聴覚と視覚。平衡感覚が一辺に失われる。フラッシュバン。その武器をスタングレネードと言った。

強力な閃光と爆発音を同時に起こすことで敵を麻痺させて制圧するための武器だ。間近に閃光を受けたせいだろう視界はなにも見えず、音を拾うことも出来ない。

それでも近付いて来る気配に私はアビゲイルをより強く抱き込んで背中を向けた。続けざまに蹴り飛ばされた痛みに呻き声を噛み殺す。私を引き剥がしてアビゲイルを連れ去ろうとする彼らは容赦なく私を殴ってくる。

「もういい!もう良いの!私を離して!このままじゃ、このままじゃお姉さんが死んでしまうわ!!」

「絶対離さない!!」

「ど、うして、どうしてそこまで私を庇ってくれるの!?私はお姉さんを騙していた悪い子なのに!!」

アビゲイルの言葉は殆ど聞き取れなかった。けれど彼女が泣いていることだけは分かったから。

彼女の後頭部に手を添えて肩口に埋めるように抱き締めて私は、だって約束したものと笑った。

「私は約束したはずだよ。貴女を必ず助けるって!絶対に貴女を死なせたりはしない!!」

背中を強く鉄パイプで頭を殴られて霞む意識のなかで。私はソロモンを見た気がした。結局私は貴方になにひとつ謝れてはいない。

貴方のことが大切で、傷つけたくなんかないのに。どうして上手く行かないんだろう。

意識を失った立夏を無理矢理アビゲイルから引き剥がし床に転がした男たちは案外可愛い見た目じゃないかと笑う。

「散々手こずらされたんだ。少しは役に立って貰おうか。」

そう言って立夏の襟元に手を伸ばした男は首筋を斬られるような錯覚に陥った。身体を震わせ後ろを振り返った男たちにソロモンは怒りに色味を増した金色の瞳を妖しく揺らめかせた。

見張りに残して置いた仲間が首を掴まれてソロモンに引き摺られていることに気づき男たちは後ずさる。

「私は君から離れるべきではなかった。君を傷つけないために離れたせいで君を失うのかい?」

ソロモンは顔を手で覆い笑い出す。どうしようもなく自分の愚かさに腹が立って仕方がないんだ。

背後から気配を消して殴り掛かってきた一人を振り返ることなく交わして脚を払い、倒れたところを踏みつけ。ソロモンは笑い。

私がこれからすることは八つ当たりだと怒りを隠すことなく男たちに告げたのだ。

それは一方的な蹂躙だった。多少なりとも腕に覚えがある襲撃者たちは驚愕する。攻撃がソロモンに当たらないのだ。

まるで何処から攻撃が来るか見えているかのようにソロモンは軽々と襲撃者の攻撃を交わしていった。

「大概の人間は荒事は弟であるゲーティアの得意分野だと見ているし、強ち間違いでもないのだがね。これでも武術の鍛練でゲーティアに負けたことは一度もないのだよ。」

私は他の人間よりも目が良くてね。微妙な筋肉の動き、目の動き。息遣いや顔の表情から。ある程度相手の行動を予測出来るんだ。

それこそ相手の思考も読めたりする。ソロモンは襲撃者の顔を掴んで微笑む。君たちは逃げたいと思って居るみたいだね。

そしてどうして自分たちがこんな目に遇うのかと嘆いてもいる。簡単な話さとソロモンは顔を掴んだ手に力を入れた。

「私の大切な人に手を出した。その罪は万死に値すると言っておこう。もっとも既に聞こえてはいないみたいだがね。」

強すぎる殺気に当てられて泡を噴いて意識を失った襲撃者から興味を無くして、ソロモンは立夏に駆け寄り掻き抱いて。何度も何度も彼女の名を呼んだ。

「起きてくれ、起きてくれ立夏ちゃん!!私はまだ君になにも謝れてはいないんだ。なにも、君に伝えられていない!お願いだから目を覚ましてくれ!私は、私は君を失いたくなんかないッ!!」

好きなんだ、君が。嫌いになんかなれるはずがない。どうしようもなく君が好きで、好きで堪らないんだ。愛してるんだ君を。

額を合わせ泣きながら立夏の名を呼んだソロモンに答えるように目蓋を震わせ立夏は目を覚まし。ソロモンの頬に手を添えて思いっきり頬を摘まんで引っ張る。

立夏ちゃんと戸惑うソロモンにこれでおあいこにしようかと立夏は笑う。ソロモンに嫌いって言われたことは辛かったけれど。私だってソロモンに嫌いだって言っちゃたからね。だからこれで手打ちにしよう。

「貴方の側に居られないことが私には辛くて堪らないらしいんだ。貴方が泣きそうな顔をしていることも私には辛い。だからソロモンの側に居させて。そして出来ることなら貴方に笑っていて欲しい。ダメかな?」

ソロモンは目を見開いたあと笑いながら立夏と額を合わせ肩口に頭を預けて強く抱き締めた。

「もうなにがあっても君を離したりない。だから立夏ちゃんも私の側から離れないで。君が居ないと私は息をすることさえままならないんだ。」

「約束する。ソロモンの側を離れたりしないってさ。私がソロモンの側に居たいんだ。だから絶対に貴方を一人にしない。」

そう笑った立夏の後頭部に手を添えてソロモンが顔を近づけたとき大勢の警官隊と大使館職員が駆け付け、ソロモンは恨めしげに立夏を抱き締めたまま背後を振り返る。

「~~~~わざとかいゲーティア?」

「この上無く空気を読んだ結果ですが?」

ゲーティアとソロモンが喧嘩を始めたところで立夏は辺りを見渡す。コナンが持っていたクマのぬいぐるみのミーゴにアビゲイルがラヴィニアの無事を知り。

小五郎たちが襲撃者達を拘束するのを手伝うなかアイリッシュが黒髭たちと本社に連絡する姿に、漸く長い夜が開けたらしいと肩から力を抜いたのだった。



数日後。日を改めて立夏はソロモンと夏祭りに出掛けることになった。ベビーカステラや林檎飴に目を輝かせているソロモンはこの日のために新調した浴衣姿で。女性たちの目を見事に浚っていた。そのことになんだか無性にムカムカと腹が立つのはどうしてだろう。

「立夏ちゃん?」

どうかしたかいとベビーカステラを口元に押し当てて来るソロモンに。なんでもないと苛立ち紛れに指先ごと噛み付いた。

ソロモンの指先についた砂糖を舐めとると少しだけ素朴なベビーカステラの甘さに気分が浮上した気がして。もうひとつ欲しいなと顔を上げるとソロモンが目に見えて狼狽していた。

赤くなった顔を手で覆って肩を震わせたあとソロモンは真顔で立夏の肩を掴んだ。

「あんまり可愛いことしていると頭から食べられても知らないよ?」

「私なんか食べても腹の足しにはならないんじゃないかな。」

良く分からないながらも立夏が答えると君の鈍さが今は憎いと天を仰いだソロモンに、立夏は背伸びして頬に口付けた。

「頬に砂糖が付いてたよ。」

「私の話を聞いてなかったのかな立夏ちゃんは!?」

(ちゃんとソロモンの話は聞いてた。ソロモンにしかこんなことしないよ。この気持ちがなんなのか言葉に出来るほどまだ確かな形ではないけれど。この気持ちを手放せる段階は過ぎていた。だからあとは大事に育てるしかない。)

ソロモンの手を取って立夏は笑う。何時かこの気持ちが、想いが形になるまで貴方の側に居させてと。

そんな二人を見ながら政務は宜しいのでと隣を歩く男にゲーティアは訊ねた。息子の恋路を見守りながらダビデは多少の息抜きは必要さと笑う。

「聞きたかったことがあります。貴方は何故アドニヤに離宮襲撃事件に関与を疑われたとき否定しなかったのですか。」

射的を覗いていたダビデがゲーティアの言葉に苦笑を溢した。強いて言うなら失いたくなかったからかなと肩を竦めた。

「僕はヨアブのこともエリシェヴァのことも大好きだった。ヨアブは僕にとって大事な兄であり、エリシェヴァは大事な幼馴染みだった。その二人を一辺に無くして。こんな僕でも弟まで失いたくないと思った。」

弟はエリシェヴァが死んでしまえば彼女の後を追いかねなかった。だから僕を恨むことで生きれるなら、それで構わないと思ったんだ。ソロモンを巻き込んでしまったことに関しては僕も少なからず反省している。

事件後アドニヤは謹慎処分が下され本人は粛々と処分を受けているらしい。ことがことだけに大事にはならないように根回しがされソロモンの婚約話も無事に白紙に戻された。

またアドニヤに脅されていたとしてアビゲイルは無罪放免。ランドルフと親友のラヴィニアとアメリカに帰国している。

顔を寄せて何事か話し込み、笑いあうソロモンと立夏になにはともあれ丸く収まったかとゲーティアは肩を竦めたのだった。



人類最後のマスター似の彼女 彼女は自分に向けられる好意には鈍い。それは自分が好きになった人間は死んでしまうと無意識に恐れているから。

愛すべき家族は無惨にも奪われ初恋だった人は殺されてしまった。もう誰も失いたくはないと言う強い想いが皮肉なことに好意に対して鈍くさせている。

けれど少しだけ、少しだけ今回のことで彼女に変化が起きた。君を失いたくないと叫んだ魔術王似の彼の言葉が頑なだった彼女の心に届き。

失いたくないのは彼も一緒なんだと気づき自分のなかにいつの間にか芽生えていた彼に対する感情に向き合うことになる。

ソロモンに触られると心臓がドキドキする。友達相手に可笑しいかな。でもキスされたし。そう言えばなんでキスしてきたか理由聞いてなかったとあとから気付きこのあとソロモンに会う度にギクシャクする彼女が居たとか。

魔術王似の彼 度重なる事件に遭遇して怪我をする彼女に。彼女を失うかもしれないと不安を募らせ。恐慌状態に陥った結果こうなりました。割りと一杯一杯。なにせ彼も人間の心ビギナーなので。

作中何気なく彼女が取った選択肢次第ではメリーバッドエンド(どう足掻いても18禁ルート)だった。脚の腱を切るは比喩ではなく本気の本気だった。

今回のことで彼女が自分に好意を持っていると確信が持てたので瀬戸際で踏み留まってる状態。ギリギリ。本当にギリギリなので賢王様貴方の出番です。早急に。

人王似の彼 自分の感情に振り回されている兄を随分と人間らしくなってきたなと傍観中。それはそれとして我が運命を泣かせたことにはご立腹。

彼女の兄に対する想いが友情以上恋情未満なことは把握済み。誰よりも彼女に近しいのは自分だと自負してるので。割りと余裕な人。

ただし良い空気にはさせない。断固として。こちらもこちらで彼女の精神状態次第ではメリーバッドエンドルート(全てを捨てて逃避行エンド)だったとか。

魔術王似の彼の伯父 愛した女性を失ったことで世界を憎み、死に追いやった兄を憎み。なによりも自分自身を強く憎んでいた人。魔術王似の彼のあり得たかもしれない可能性。そのひとつ。

シャドウボーダーの黒澤さん 可愛い姪に手を出した銀髪褐色イケメン野郎を始末してくると目が据わったアイリッシュを首筋に手刀を落として気絶させて。魔術王似の彼に良い雰囲気になれる穴場の夏祭りを教えてアシストした。

なお穴場の夏祭りを探しだしたのは公安の皆様。なんならあちこちの屋台に公安職員が居たりする。彼らは何時でも推しと推しの為なら全力を尽くします。



その想いに少女はまだ気付かない
夏と言えば熱い、熱いと言えば情熱、情熱と言えば恋心ということで今回は恋愛編です!!魔術王似の彼とすったもんだがあります!恋愛回路が死滅してる作者の書いた作品なので甘さはないですがハラハラはあります!多分。ホラーなオマケもあるよ!!人類最後のマスターに似てしまったばっかりにコナンキャラたちに勘違いを振り撒いていく女の子の話。副題擦れ違い
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2372003926
2019年8月16日 08:15
かのこ

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