pixivは2021年5月31日付けでプライバシーポリシーを改定しました。
私にも会いたい人たちが居るんだ。どんなに会いたくても会えない人たちが。私が会いたい人たちはみんな空の上に行ってしまったから。だから寂しくないのかって言われたら寂しい。胸が掻きむしられるほど寂しくて寂しくて堪らない。
どれだけ大勢の人たちに囲まれたとしてもこの寂しさがなくなることはきっとない。だって死んだ人たちの代わりなんて居ないんだ。
「誰も死んだ人たちの代わりになんてならないし。代わりにしてはいけないって。それぐらい私でも分かっているんだ。」
だからこそ私はもう誰も失いたくない。失う訳にはいかないんだよ。だから貴方が私の大事な人たちを傷つける敵であるならば私は貴方を決して許さない。
「例えどんな理由があったとしても。私は、私から大事な人を奪う貴方を許さない。私から、貴方を奪う貴方を許さない!どれだけ生きることが辛くても生きて、生きてよおじ様!」
私のために生きてくれと焔のように強い意志が揺らめく琥珀の瞳から涙を流す立夏にアイリッシュは思わず笑い出す。まったく父親に似て頑固な娘だと。
弱気な癖に変に意地っ張りで、繊細かと思えば図々しいところがあって。だが腹を決めれば絶対に退いたりしない。そう言う男が居たのだと思い出せた。思い出せてしまったから。
「嬢ちゃんと再会したときからこの勝負の勝敗は決まっていたのかもしれねぇな。まったく俺も焼きが回ったもんだ。」
梅雨が終わり本格的な夏が来て。立夏は両親の墓参りをするために地元に戻って来ていた。ゲーティアを連れて。墓参りに行くことは言っていなかったのだが。
「お前を一人にすると何が起きるか分からないからな。それにお前の両親には世話になっていた。挨拶に行くのは当然のことだ。」
立夏のことを気にかけてくれたのだろう。ゲーティアと帰宅した実家の家屋は時折隣人が空気を入れ替えてくれていることもあってか埃臭さはない。
それでも息苦しさを感じて雨戸を開け放てば涼やかな風が髪を揺らした。ゲーティアと幾つかの部屋を掃除して回るなかで耳が痛いほどの静けさに満たされた家に、この家はこんなにも静かだったろうかと振り返って苦笑した。
この家はあの日からなにも変わらない。変わってしまったのは立夏たちの方なのだと分かっていた。黙りこんだ立夏の頭を乱雑に撫で。ゲーティアは墓参りに行くかと告げた。
掃除を終えて納戸から見つけたアルバムを鞄に仕舞いこみ、立夏は戸締まりを済ませると両親が眠る菩提寺にゲーティアと向かった。
菩提寺に行くと顔見知りの住職は引退して、跡を継いだと言う年若い青年が出迎えてくれた。名を胤舜と言う若い僧侶は壮年の男に知り合いは居るかなと立夏に訊ねた。
なんでも藤丸家の墓は何処にあるか見知らぬ男に訊ねられたと言うのだ。四十九日の法要には両親の知り合いが大勢訪れたのだが先代の住職と一緒に法要に携わっていた胤舜が言うには法要では見かけなかった人物らしい。
「立夏お前に心当たりはあるか?」
「少なくともバビロニア商事の人ではなないかな。どんな方でしたか胤舜さん?」
「拙僧は先代に拾われるまでは荒れた暮らしをしていたからこれでも腕には覚えがある。ゴロツキ紛いのこともしてきた。だからこそ分かることがある。あれなる人物には死臭が染み着いていることがな。故に拙僧としては会うことを勧められんのだが。」
「会ってみないことには人となりはわかりませんし。それにわざわざ父さんたちの墓の在処を訊ねて手を合わせてくれるような人が怖い人には思えない。だからこれから会ってきたいと思います。」
ならばなにかあれば本堂に駈け込んで来られよ。拙僧は経を読んでいるからなと頭を撫でられ、立夏たちは当初の目的通り両親の墓に向かう。
不意に澄んだアイリスの香りがして。香りを辿った先に居たのは背の高い壮年の男性だった。短い金髪に厳めしくも精悍な顔付き、衣服の上からでも鍛えられていることが良く分かる強靭な体つきをした男には見覚えがあった。
鞄に仕舞った父のアルバムに貼ってある写真のなかに病院のベッドで横になって苦笑する母と泣きながら赤ん坊の立夏を抱える父。そして笑いながら父と肩を組んだ男が写っているものがあったのだ。
男は随分と大きくなったもんだなと目を細めて笑う。男の名を立夏は知っていた。立夏の父が大事な友人だと言っていたその人の名前はアイリッシュ。アイリッシュのおじ様だ。
立夏の名付け親でもある男はこれから飯でも食いに行くかと彼女たちに笑ってみせたのだ。
父さん貴方の交遊関係はどうなっているのでしょうか。アイリッシュのおじ様の運転する車で。地元に近い小田原市に観光がてら食事に向かうことになった。
最初に難攻不落と謳われた戦国大名北条氏の本拠地である小田原城を三人で見学して、小田原フラワーガーデンに行き亜熱帯地域の植物を見たあとかまぼこ博物館でかまぼこを作って、小田原漁港の近くの店で海鮮料理を食べる。
ごく普通に観光してしまったが貴方は確か黒の組織の幹部のアイリッシュではなかったかと立夏は遠い目をした。
パーキングエリアにて休憩がてらソフトクリームをベンチに並んで座りながら食べる立夏を見て、連れ出した俺が言うのもなんなんだがな嬢ちゃんはもっと警戒心を持った方が良いぞと苦笑するアイリッシュにゲーティアは嘆息した。
「我が運命の警戒心に過度の期待はしないことだ。持ち主に似たのか変なとこでポンコツだからな。」
「ポンコツじゃないやい!別に警戒心がない訳じゃないんだ。でも父さんの友人だっていうならきっと悪い人じゃないって思うから。」
父さんって見てる人間が心配になるぐらい人が良いけど。人を見ることに関しては変にシビアって言うか。人を見る目は確かだった。
「だから父さんの友達だって言うなら貴方はきっと怖い人ではないと思うんだ。」
それに貴方は私の名付け親だからさ。どうせなら仲良くしたいじゃないかと笑うとアイリッシュはお人好しはアイツ譲りかと溜め息を吐き出した。
休憩を終えて談笑しながら旧箱根ターンパイク早川料金所に向かっていたとき。前方を走る乗用車が可笑しなことに立夏は気付いた。
蛇行しながら速度を上げていく乗用車に立夏はブレーキが壊れたのかもしれないとアイリッシュを見て速度を上げてあの車の真横に着くことは可能か訊ねた。
「やってやれないことはないが。まさか。」
「そのまさかなんだよアイリッシュのおじ様。このまま行くと車は有料道路の出口にある料金所で横転する可能性が高い。その前に運転手の男性にこの車に移って貰う。」
立夏が座椅子を横に倒すとゲーティアは立夏の腰を片腕に抱き。何時でも扉から身を乗り出せるようにする。アイリッシュは声を荒げ二人を引き留めた。
上手く行くか分からないうえに下手をすれば巻き添えで此方が事故に遭う可能性が高いと唸るアイリッシュに立夏は笑った。
「それでも目の前にある救えるかもしれない命を見捨てることだけはしたくない。救える技術と救える手段が私にはあるのに見捨てたりなんかしない。」
「こういう娘なんだ我が運命はな。生憎と一度言い出したら止まらん質だ。諦めて手を貸した方が早い。」
アイリッシュは目を見開き。口端を釣り上げて笑い出すとギアを入れて速度を上げながらチャンスは一度切りだと告げた。
「助け出す機会が一回あれば十分だ。必ず助ける!ドライブテクニックに自信はおありかなアイリッシュのおじ様!!」
「運転なら任せてくれて構わないぜ。嬢ちゃんこそ荒い運転で舌を噛むんじゃないぞ!」
「分かってる!ゲーティア。私の命を預かってくれるか。」
「死んでも返してやらんから安心するがいい。目測三メートル。接触まであと五秒。今だ立夏!!」
速度を上げ続ける乗用車の真横に滑り込むように並走し。立夏は窓を開けると叫ぶように扉を開いて立夏たちの車に移るように乗用車の運転手である男性に指示を出した。
乗用車の男性は青ざめながら頷き、シートベルトを外して乗用車の扉を開けた。立夏は限界まで身を乗り出して手を伸ばし。
乗用車が料金所の出口に追突したのは男性が伸ばした腕を立夏が掴んで車内に引き寄せた後だった。
無事に立夏たちにより助け出されたかに思われた男性だったが。腹部に刺さるナイフを押さえて血を流しながら。
震える手で麻雀牌を取りだして『七夕』『きょう』と呻くように告げて意識を手放した。
立夏たちが巻き込まれたこの事件が東京を始めとした神奈川県、静岡県、長野県の各県で起きていた広域連続殺人事件であることをこのとき立夏はまだ知らずに居たのだ。
「そんな訳で父さんたちのお墓参りの帰りに今回の事件に巻き込まれることになったんだよね。」
旧箱根ターンパイク早川料金所での事件から数日後。立夏は偶々コナンと鉢合わせしたことから自分が広域連続殺人事件に意図せず巻き込まれたことを話すことになる。
コナンたちは毛利小五郎が管理官の松本清長に事件解決のために特別顧問として捜査会議に呼ばれた関係から、一緒に警視庁に来たらしい。
立夏ちゃんは事件の事情聴取のために警視庁に来たのと蘭に訊ねられて、それも理由のひとつかなと笑う。
「実はうちのシャドウボーダー・セキュリティと警視庁が連携を取って東都で起きる事件事故の対策のためにパートナーシップ協定を取ることになったんだ。」
主な活動は官民合同テロ対処訓練と合同パトロール。それから米花町の春の名物と言われるほどに増加の一途を辿っている爆破物に関する事件から。爆破物処理班の人達を講師に招いて万が一街中で爆破物を発見したときの正しい対処の仕方に関する研修会なんてものもあったりするんだけれど。
「合同キャンペーンの一環として警視庁の各部署から代表者が二名ずつ選ばれて一緒に広報活動をすることになったんだ。」
「そんで捜査一課からは俺と松田の二人が代表に選ばれたって訳さ。すっかり待たせてごめんな立夏ちゃん。捜査会議が長引いちまってさ。」
「萩原刑事!」
「松田刑事も!」
会議室から出てきた萩原と松田が。お宅たちも来てたんだなと朗らかに笑いながら声を掛けた。立夏は萩原たちを待っていたらしい。
松田は辺りを見渡してお前んとこの強面マネージャーはどうしたと聞いた。ロビンさんのことですかと蘭が聞き返すと違う違うと萩原が手を振る。
「俺のダチなんだけど最近幹部にまでなってた会社を辞めて立夏ちゃんトコに転職して来た奴が居るんだよ。」
「黒澤さんなら警視庁は居心地悪いからって時間まで外で待機してるって言ってましたよ。警視庁内なら萩原さんたちが居るから私が事件に巻き込まれる心配もないからってさ。」
「警視庁が居心地悪いってアイツは前科者みてーなこと言いやがるな。」
呆れたように笑う松田に前科ものどころか現役ですとは言えないよなと立夏は遠い目をした。コナンに袖を引かれたのはこのときだ。立夏お姉さんの新しいマネージャーさんが黒澤って言う名前は本当なのと険しい顔で問い質すコナン。
そう言えば伊豆高原のテニス場でも顔を会わせる前にコナンたちは帰宅して、黒澤とは顔を会わせてはいなかったことに気付く。
黒澤さんがどうかしたのかなと頷いた立夏の腕を引いて観葉植物で死角になる位置に来ると良く聞いて立夏お姉さんとコナンは顔に焦りを滲ませた。
「僕が知っている通りの人なら黒澤って人は本当はとても悪い人かもしれないんだ。立夏お姉さんの会社に来たのも裏があるのかもしれない!!」
そう言って立夏の手を掴むコナンの手は緊張に震えていた。彼からしたら親しい人間の側に冷酷な殺し屋が現れたのだ。心配しない方が可笑しいのだ。
だが立夏は大丈夫だよと笑う。確かに黒澤さんって顔がおっかないし。言葉だって荒い。でも良い人なんだ。
少なくとも私やマシュ、シャドウボーダーの人たちの前では良い人で居ようと努力してる。努力出来る人なんだよ黒澤さんは。
「その努力を知っているからこそ私は黒澤さんのことを怖いとは思えないんだ。だから黒澤さんが悪党だとしても。私は彼の側から離れないよ。」
「立夏お姉さんはお人好しが過ぎるよ。本当に危険かも知れないんだ!黒澤と言う人は!なのに側に好き好んで置いておくなんて。なにかあってからじゃ遅過ぎるのに。」
「それなら尚更黒澤さんの側を離れる訳にはいかないかな。大好きな人に犯罪なんてさせたくはないもの。黒澤さんが悪い人なら私は側に居て声を掛け続けようと思う。これ以上道を踏み外してしまわないように。迷ってしまわないように。」
それがきっと非力な私に出来ることだと思うから。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから安心して欲しい。
立夏と言う少女は人間の善性を疑わない。悪性を見ない訳ではないのだろう。それでも例え一握りしか善性を持たない相手でも。その僅かな善性を信じて命を賭けることを躊躇わない。
危ういほどの真っ直ぐさにコナンはもどかしくなる。けれど立夏お姉さんの言い分も分かると苦笑した。
でも必要とあれば僕は疑うことを躊躇わない。それが大事な人を守ることに繋がると信じているんだ。
「立夏お姉さんが疑わない分、僕は疑う。いざというとき立夏お姉さんたちを守れるようにね。」
それで良いよと立夏は笑う。お互いに譲れないものがある。それでも大事な人を守ると言う共通の目的が二人にはあるのだから。
守り方は人それぞれに違う。立夏の守り方は相手を信じることで。コナンの守り方は相手を疑うことだった。これはそれだけのことなのだと立夏は笑ってみせたのだ。
「話し合いは済んだみたいだな立夏ちゃん。」
コナンを連れだって会議室の前に戻って来た立夏は。なんの話をしてたんだと興味深げに訊ねた萩原にお互いに譲れないポリシーについてかなと苦笑した。
立夏たちは広報活動に関する打ち合わせ、コナンたちは過去に類似した事件がないか資料を見るために。下の階にある会議室と資料室に向かうエレベーターのなかで立夏は自分が巻き込まれた事件について話を聞くことになる。
小五郎と言う関係者が居るため幾らか詳しい話を聞けた。今回起きた事件はいずれも現場から裏面に真ん中で黒い線が引かれたアルファベットが描かれる麻雀牌が発見されていると言う。
麻雀牌は筒子と言うもので七つの丸が連なる形をしている。発見された筒子はそれぞれに異なる丸が赤く塗り潰されていた。
また裏面に描かれたアルファベットはA、A、E、H、Z、と続いて裏返しになった逆さまのLだ。更に被害者の六人は普段から身に付けている物が一つずつ持ち去られていたそうだ。
持ち去られてたものはペンダントに巾着、お守り袋にバイクのキーホルダーとコンパクト、マスコットの人形といったもので。身に付けていることが印象的なこともあり、現場からなくなっていることに親しい人たちが直ぐに気づいたと言う。
第六の被害者であり立夏が出会った竜崎と言う人物は幸いにも一命を取り留めたらしく。犯人に生きていることが気づかれないように偽名で警察病院に収容されているそうだ。もっとも大量に出血したことで未だに意識は回復していないが。
竜崎は犯人に襲撃されたところでなんとか逃げ延びるも車にブレーキが効かないよう犯人に細工をされていたらしい。
彼が残した『七夕』『きょう』と言うメッセージと麻雀牌の筒子に込められた意味がなにか。事件を解くにはそれらを突き止める必要があるだろう。
「六人の被害者にはなにかしらの共通点があるのかもしれない。例えば同じ趣味があるとか。竜崎と言う人が言い残したように被害者の人たちは七夕が誕生日って訳じゃないんだよね松田さん。」
「その線も洗ってみたが見事に被害者たちの誕生日はバラバラだったらしい。仕事も趣味にも共通点らしい共通点は見られなかった。だがなにか必ず共通点があるはずなんだ。被害者と犯人を繋ぐなんらかの共通点が。」
「七夕って言うと仙台の七夕祭りが有名だよな。」
萩原の言葉に仙台の七夕祭りの他に京都の北野天満宮の御手洗祭りなんかも有名ですよねと蘭が言うと。蘭ちゃんにも彦星がいるんだってなと萩原が笑う。
顔を赤くしたあと蘭は一年に一回しか会えない訳じゃないけれど。なかなか会えないと言う意味なら彦星かもしれませんと苦笑した。
「それでも会うことが出来るっていうのは幸せなことだと思う。会いたいときに会いたい人は居ない。なんてこともあるんだから。」
「立夏ちゃん。」
私には年に一度でも構わないから会いたい人たちがいるから。なんてねと明るく立夏が笑ったところで停まったエレベーターに松本清長管理官が乗り込んで来たのだが立夏に目を止めると大きな手で立夏の頭を軽く撫でた。
広報課から君の話は回ってきている。頑張りなさいと告げ目的の階で降りていった松本清長管理官から微かに香る匂いに立夏は目を見開いた。
(どうしてあの人からあの匂いがするんだ?)
資料を確認したあと警視庁捜査一課の千葉、白鳥。静岡県警神奈川県警の横溝参悟重悟兄弟。埼玉県警の荻野警部と事件に関して話し合う小五郎の横で。
童謡の七つの子を歌いながら男子トイレから出てきた群馬県警の山村にコナンは目を見開いた。
とある事件で童謡の七つの子に聞こえる携帯のプッシュ音が黒の組織のボスが使用するメールアドレスだと突き止めていたコナンは今の歌はどうしたのと訊ねた。
「さっき、トイレの外から聞こえてきたんだよ。ピッポッパッて音で。トイレから出たときメガネの刑事さんがケータイかけてたけれど。」
(立夏さんの話によればジンは警視庁の外に居る筈だ。となるとジン以外に黒の組織の人間が警視庁内に居たってことじゃねーか!!)
何故だ、黒の組織の人間がどうして警視庁に居るんだ。コナンは山村が見た人間を探して駆け出して目についた窓を覗き込み。白いRX7に乗り込むスーツの男を見つけた。
(白いRX7ってことは安室透、黒の組織のバーボンの車だ。やはり警視庁に黒の組織の人間が居たんだ。それも広域連続殺人事件の合同捜査会議に!)
コナンが捜査会議に黒の組織の人間が居たことに気づいた数時間後。宅配業者を装いシャドウボーダー・セキュリティ本社を訪れた安室透こと降谷零は。
通された会議室で待ち構えていたジェームズ、史朗、ゲーティア。そして今は黒澤と名乗るジンに警視庁に黒の組織のNOCが居ることは確定のようですと頷く。
「ジン。なにかベルモットから話は聞いていませんか?」
「あの女のくだらない秘密主義はいまに始まったことじゃねぇからな。まして組織の命令で動いているとなるとあの女は口が堅くなるが。まだあの女は俺を疑ってはいなかった見てぇだ。」
ジェームズに目で促されたジンは話し出す。黒の組織は日本のあらゆる行政機関に複数のNOCを送り込んでいる。
だがNOCの一人が保身のために黒の組織が送り込んでいるNOCを名簿化して密かに所持していたらしい。組織は近々ソイツを消す気でいたんだが。
「ところが組織が消す前に広域連続殺人事件の被害者としてNOCだった人間が死亡したのだネ?」
「確か広域連続殺人事件の被害者は所有物が犯人に持ち去られていたそうだ。」
事件のことを話すために呼び出されたゲーティアが補足するように頷くと史朗は腕を組む。
「殺人事件の犯人はそうとは知らずにNOCリストを現場から持ち去った。黒の組織が警視庁に潜り込んだ理由は持ち去られたNOCリストを取り返す為と言うことか。」
組織瓦解の足掛かりとして警視庁に潜り込んだ黒の組織の人間より早くNOCリストを手に入れたいところだが。
今回動いているのはベルモットだけかカナとジェームズが降谷に問うと今回ベルモットはあくまでサポートとして動いているようですと険しい顔付きで首を振る。
「黒の組織がNOCリストの回収を命じたのは貴方にとっては因縁深い相手のようですよジン。 」
「まさかアイツか?」
今回NOCリスト回収のために動いているのは黒の組織の幹部であり。貴方に親同然のピスコを殺された男。アイリッシュですと降谷は頷いてみせたのだ。
アイリッシュと言う名に黙って壁際に背中を預けていた人物が身動いだ。警視庁公安部に所属する人間で組織ではモルトと呼ばれている立夏の本当の伯父である藤丸史朗。
此処ではモルトで通している彼はあの男が立夏が居る日本に来ているのかと訊ねた。
「アイリッシュらしき人間がマイガールに接触を計っていたことは既にゲーティア君から聞いて把握しているが。まさかアイリッシュはマイガールとなにか関わりがあると言うのかネ?」
「あるとも。黒の組織が知らない因縁がな。」
ずっと両親に似ていない自分を気にしていた。だから警視庁公安部に配属されたとき両親との血の繋がりを確かめた。自分は養子ではないかと。
そこで分かったのは自分ではなく兄が養子だという事実だったことをモルトは思い出していた。
照明が落とされた警視庁捜査一課オフィス。微かな駆動音がするパソコンで警視庁の資料データにアクセスし江戸川コナンに関する資料を閲覧したあと。
とある人間に扮したアイリッシュは立夏たち一家に起きた事件の資料に目を通し奥歯を強く噛み締めたあと睨むように虚空を見詰めた。
(この手口から黒の組織が関わっていることは明白だ。何故アイツらが殺されなくてはならない!何故だ!何故アイツが、俺の弟が死ななくちゃいけなかったと言うんだ!!)
七月六日。七夕を前日に控えたこの日コナンは森で見つけた羽にVの字になるようにテープが張られていたところを発見して阿笠博士が飼育しているカブトムシを見に行く少年探偵団とは別に。
一人帰路につきながら被害者である竜崎が立夏に言い残した『七夕』『きょう』と言う言葉の意味を考え。目の前を通った車に顔を上げた。
(いま通り過ぎた車に目暮警部が乗っていなかったか。なにか事件のことが分かるかもしれないし追い掛けてみるか。)
目暮が乗った車が辿り着いたのは米花ショッピングモール。そこでコナンは思いもかけず立夏たちと鉢合わせすることになる。立夏は幼馴染みのエドモン、ゲーティア、燕青。
仲の良い蘭、園子、世良たちと一緒に小説家でもあるシェラザードの新刊『カルデアの乙女』の発売を記念したサイン会に来ていたらしい。
フードコートで休んで行くと言う立夏たちに連れられながらあちこちに散見する刑事たちの動向に気をとられているコナンに。立夏は訊ねた。
「コナン君はどうして此処に?」
「実は目暮警部たちを追い掛けて来たんだ。この間起きた事件のことがなにか分かるかなって。」
コナンが掻い摘まんで話すと道理でピリピリした人間が居るわけだと燕青がそれとなく辺りを見渡した。
立夏は目が合い軽く手を振る萩原に気づき取り合えず刑事さんたちの邪魔にならないようフードコートに急ごうかと蘭たちと頷いた。
問題が起きたのはこのときだった。立夏たちの背後で目暮たち警察が追っていた被疑者である男女が近づき、警察が確保に動くなかで。山村警部が転んだ拍子に手にしていた警察手帳が被疑者たちの足下に落ち。
警察に囲まれていると気づき焦った被疑者の男が異変に気づき振り返った立夏の腕を掴んだ。ナイフを構えながらジリジリと立夏を引き摺りながら後退する被疑者の男に立夏は厄日が続くなと遠い目をしたあと様子を伺う燕青、ゲーティア、エドモンに小さく頷いた。
被疑者の男がナイフを振り上げようとして、肩に走る痛みに気を取られたとき。エドモンがフロアに飾られた観葉植物を派手に倒して被疑者たちの注意をひき。間を置かずに立夏が全体重を込めて被疑者の男の足の小指を踏み抜き。
「無事だな我が運命!」
「なんとかね!」
痛みに呻いて緩んだ腕から抜け出すとゲーティアが背中に立夏を庇い。被疑者の男の背後から気配を殺して近づいた燕青が首筋に腕を回して意識を刈り取った。
これで一丁上がりってなとエドモンとハイタッチしながら笑う燕青。怪我はないかと駆け寄って来た萩原たちに。ゲーティアの背中から出てきた立夏が頷くなか。
被疑者の男が意識を失ったときに手放したナイフを掴んで被疑者の男と居た女が稔から離れてと叫び出す。長野県警の女性刑事の制止を振り払い駆け出した女だったが。
「ちょっと往生際が悪いんじゃないかアンタ。」
勢いよく世良が脚を払って転ばせ、取り落としたナイフを遠くに蹴飛ばすとコイツらが立夏君が巻き込まれたっていう事件の犯人かと目暮たちに訊ねたのだった。
一先ず被疑者二人を連行するかと話し合う警察からそっと人混みに紛れて離れていく観客女性に気づき、コナンは後を追い掛ける。
立夏が被疑者の男に捕まったとき眼鏡に備え付けられたズーム機能で、右の足首に不自然な膨らみがあることに気づいていたからだ。
「良いのか?このまま行っちまっても。あの男に用があるんじゃねーのか。ベルモット。」
案の定追い付いた駐車場で声を掛ければ女性は不敵に笑うと久し振りねクールキッドと肩を竦めて。フェイスマスクを剥ぎ取って見せたのだ。
「仕方ないじゃない。人質になるつもりでいたのにあの男と来たら彼女を選ぶんですもの。それにあの男は多分犯人じゃないわ。」
ベルモットの話によってコナンは事件被害者のなかに黒の組織のNOCが居たことを知った。NOCは保険として組織のNOCリストが入っていたと言うメモリーカードを持ち歩いていた。
だが事件の犯人が持ち去ったことで組織はリストを奪取するため警視庁に組織の人間を送り込んだことを聞き出し。
コナンはオメーが組織の仲間を捜査官に化けさせたんだなと追求すると貴方に教えられるのはここまでよとベルモットは微笑む。
「あとはあなた自身で調べることね。警視庁に潜り込んだNOCのコードネームはアイリッシュ。雑味が少なくマイルドなウィスキーよ。案外貴方が良く知る人物の側にアイリッシュは居るかもしれないわ。彼にとってのエンジェルの側にね。」
(一体アイリッシュは誰に化けているんだ。俺が良く知る人間の側に居るかもしれないだなんて!!)
駐車場の柱に凭れながらコナンとベルモットの話を聞いていたゲーティアにより、ベルモットとコナンの関係はジェームズたちが知ることとなる。
(ただの子供ではないとは思ってはいたが。江戸川コナンを一度調べてみる必要がありそうだな。)
その依頼がシャドウボーダー・セキュリティに来たのは米花ショッピングモールを後にしたあとのことだった。
翌日に東都タワーで警視庁合同イベントを控えていたこともあり打ち合わせの為に友人たちと別れてシャドウボーダー・セキュリティの本社に来ていた立夏は。入口で不安げに辺りを窺う女性に出会う。
受付で藤丸立夏さんに会えませんかと訊ねた女性に私に用ですかと声を掛けると女性は貴女がと安堵の表情を見せた。
「私は殺人事件の犯人に狙われているかもしれないんです。」
犯人が私を殺しに来る筈だと怯えていたら以前挿絵を描いた関係で知り合ったシェイクスピアさんが。それならシャドウボーダー・セキュリティの方々に身辺警護を依頼したらどうかと勧めてくださったんです。
女性の名は新堂すみれと言い。連続殺人事件に関わりのある人物だった。
「全ての始まりは二年前の七夕に京都で起きたホテルの火災でした。」
応接室に通されたすみれにお茶を出し、伯父の史朗と話を聞くことになった。その火災は宿泊客の煙草の不始末によるものでした。
非常階段近くで火が出たことから、逃げ遅れた人たちはエレベーターで一階まで降りることになって。次々にエレベーターに人が乗り込むなかで定員七名のエレベーターは陣野さんが乗り込んだときに重量オーバーのブザーが鳴ったんです。
本上なな子さんがエレベーターを降りたのはこのときでした。
「私達が一階まで降りたあとにまたエレベーターに乗ればいいからと言って。でも火の回りは予想以上に早く、私達が一階に降りたときなな子さんの居た階は火に飲まれてしまった。」
私達はなな子さんを犠牲にして生き延びてしまった。そのことを否定することは出来ません。なな子さんの恋人だった水谷さんに殺されても仕方がないのかもしれない。
「でもなな子さんのためにも私は水谷さんに殺される訳にはいかないんです!なな子さんの恋人にこれ以上に罪を犯させないためにも!!」
「貴方は水谷と言う人物が犯人だと?」
「亡くなった本上なな子さんの恋人だった男性です。今回の事件が起きる一年前に私達七人を訪ねて来て火災のときのことを詳しく調べて回っていたようなんです。だからこそ今回の殺人事件の犯人は水谷さんなのかもしれないと思ったんですが。」
新堂すみれから話を聞き終えるとシャドウボーダー・セキュリティは直ぐに身辺警護のチームを組むと警護に当たらせることにした。
それぞれの得意分野によって七つのクラスに分けられる警護人のうち近接格闘を得意とする『セイバー』からはジークが。対人戦闘に秀でた『アサシン』から以蔵が選出されることになった。
犯人である水谷に自宅を見張られている可能性が高いこともあって当面の間友人宅に滞在すると言う新堂すみれを送り届けたあと警護に移るジークたちを送り出して。
立夏は新堂すみれの聞き取りと平行しながらシャドウボーダーの調査チームが集めた情報を見て腑に落ちないと唸った。
「なにか気になることでもあるのか立夏?」
「調査チームの人たちが集めた情報で気になることがあるんだ。」
水谷っていう人と恋人だったなな子さんは星の観測が共通の趣味だった。取り分けて北斗七星と北極星が好きで。
「だからこそ七人の被害者の遺体を北斗七星の形になるよう各地に遺棄したって言うのが調査チームの見解だったよね史朗さん。」
「麻雀牌の筒子の表の赤く塗りつぶされた丸はエレベーターに乗っていた被害者の位置を示すのに対して裏に書かれたアルファベットはギリシャ文字であり。北斗七星のなかにある星を意味する文字であるとも言っていたな。」
「だからこそ調査チームと。事情を話した警察の人たちは水谷さんが犯人である可能性が高いと見ていたけれど。」
星の観測は、北斗七星と北極星の思い出は水谷さんにとっては亡くなった恋人であるなな子さんと過ごした日々を思い出す美しい思い出だった筈なんだ。
私は父さんと母さんとの思い出は絶対に汚したりしない。そんなことをしたら私はきっと一生後悔する。
「だから同じように水谷さんもなな子さんとの思い出がある北斗七星と北極星を汚すようなことはしないんじゃないかな。」
何よりも全てが水谷さんが犯人だと裏付けているけれど私にはそれが少し作為的に見えるんだ。私が考えすぎなだけかもしれないけれど。史朗は立夏の頭を撫でると君の勘は良く当たるからなと考え出す。
「とは言え今の我々がすべきことは新堂すみれの身辺警護だ。あとのことは我々に任せて君は帰ること。東都タワーのイベントが明日に控えているんだからな。」
「明日のイベントでは確か浴衣を着るんだったよね。マシュとお揃いの浴衣だし。ゲーティアたちもイベントに来るみたいだから頑張らなくちゃね。」
そう言って素直に頷いてシャドウボーダー・セキュリティの本社を出たあと。これからアイリッシュのおじ様と食事に行くんだけど史朗さんに言い忘れたことを思い出した。
江戸川コナンを調べるに当たって、江戸川コナンと組織が始末した工藤新一との接点を洗い出したことで浮かんだ疑惑。
江戸川コナンが工藤新一である可能性を確かめるために密かに忍び込んだ小学校に飾られていた紙粘土のイルカと、帝丹高校演劇部に保管された黒衣の騎士の衣装から検出した指紋を比較し。
二人が同一人物だと確信したアイリッシュはこれであの男を、ジンを追い落とせると笑う。ジン。アイリッシュにとって親同然だったピスコを殺した男。
不意に死んだ男の声を聞いた気がした。淡い茶色の髪を揺らして。何時でも手当てするとは言ったけれど。なんで毎回会うたびに怪我をしてくるんだいと怒るのは普段は穏和なはずの男だった。
『またピスコって人の為に怪我したんだね。君にとっては親代わりな人らしいから僕としてはその人の為に無理はするなって強くは言えないかな。』
アイリッシュがピスコさんを慕う気持ちは分かるんだ。僕も両親とは血が繋がってないからさ。そう言えば言ってなかったってか。僕って孤児だったらしいんだよね。
『だから本当の両親のことも分からないし、兄弟がいるのかも分からない。だからかな。アイリッシュを見ていると僕にも兄が居たらこんな感じなのかなって思うんだ。』
不意に肩を叩かれて振り返った先に居た少女にアイリッシュは目を見開いた。少女に重なって見えたのだ。死んだアイリッシュの弟と。
驚かせたかなと慌てる少女に苦笑を溢した。ふとした少女の仕草のなかに死んだ男の名残りがあることをアイリッシュは既に知っていた。
「嬢ちゃんか。悪い。考え込んでいて気づかなかった。」
「こっちこそ待たせてしまってごめんねアイリッシュのおじ様。」
アイリッシュはこの間のボウズも一緒かと立夏の隣に立つゲーティアに視線を移す。
「話して起きたいことが出来たものでな。」
フィニス・カルデア王位継承権二位の坊っちゃんが俺になんの話があるんだかとアイリッシュは肩を竦めた。
「アイリッシュのおじ様と食事に行くっていったら話があるって言うから一緒に来たんだけど構わないかな。」
一人増えたところで問題はない。立夏の頭を撫でると感傷を振り払うように嬢ちゃんたちはなにが食いたいと笑ってみせた。
「そう言えばショッピングモールで事件の被疑者に人質にされたんだってな。怪我はなかったか。」
立夏はゲーティアたちが助けてくれたからと笑い返したあと。アイリッシュのおじ様って良い匂いするよねと徐に腰に抱き着いた。
「おいおい!嬢ちゃんの警戒心は何処に家出しちまったんだ!?」
「いまからでも遅くないから警戒心を拾ってこい我が運命!」
「言っとくけど幾ら私でも仲の良い人にしかしないからね。相手がアイリッシュのおじ様たちだからしてるんだし。」
頬を膨らませる立夏にアイリッシュが顔を覆えばゲーティアは唸り出す。
「嬢ちゃんは俺が悪い大人だったらどうするんだ!?」
「本当に悪い大人は自分のことを悪い大人だなんて言わないよ。アイリッシュのおじ様が良識のある大人だって分かっているもの。」
それでもお前は少しは気にしろと立夏の頬をゲーティアが摘まんで左右に引っ張った。アイリッシュたちがなんとか気を取り直しところで立夏は訊ねた。
アイリッシュのおじ様は良く食事に連れて行ってくれるけど私ってそんなに食いしん坊のイメージがあるかなと立夏は気恥ずかしそうにする。
「あー···アイツに似てるからついな。アイツは会うたびになにかしら甘いもんを食ってたもんだからな。そんときのイメージが強いせいだ。」
予約していたレストランで。思わずと言うようにアイリッシュは口を滑らせた。立夏に似た人間が知り合いに居るのかとゲーティアが訊ねた。アイリッシュは頭を掻き気を緩みすぎたと嘆息した。
「アイツは弱腰かと思えば妙に強気だったり。繊細なのかと思えば図々しいぐらいに図太いし。甘っちゃんかと思えばシビアでな。それでいて誰よりも度胸がある奴だった。」
なにせ路地裏に転がっていた見るからに堅気に見えない血だらけの俺を救える技術と救える手段があるのに見捨てるなんて真似は絶対にしないと言って助けるような奴だったと笑う。
「お前は真似するなよ嬢ちゃん。路地裏に転がってる奴は大抵厄介ごとを背負いこんでるからな。」
「ごめんアイリッシュのおじ様。そのアドバイスは手遅れだったかな。」
「もう少し早くにそのアドバイスが欲しかったところだな。」
拾ってくる人間は大抵路地裏に居るなと遠い目をして。レストランに入店してきた人物に。あの人に最初に会ったのも路地裏だったなと立夏は思い出す。
「お嬢に坊っちゃん!?なんでアイリッシュの野郎といるんですかい!?」
驚愕を隠すことなく叫ぶウォッカと目を見開くジンに。アイリッシュはなぜお前らが嬢ちゃんのことを知っていると警戒を露に唸り声を上げた。