いまだから正直に言うけど、俺はモハメッド・アリと戦ったとき、本当に怖かった。対戦日が近づくにつれ、恐怖心が強烈に膨んできた。

 情報もいろいろ入ってくる。

「アリは、鉄の輪を足につけて軽く10キロ走ったよ」とかね。この手の情報というのは、10倍にも20倍にも増幅されて伝わってくる。

 敵側の心理作戦もある。そんな話を聞かされると、この俺だってビビってくる。俺なんか、そんなこととってもできねぇや……とね。相手がとんでもない怪物に見えてくる。

 だんだん心が乱れてくるのが自分でもわかる。そう神様に拝んだり、頭をうなだれてみたり、「俺は強いんだ」と自分自身に必死で言い聞かせてみたり。

 ここまで極限状態に自分をおいてみると、自分の心の弱さ、もろさ、情けなさ、すべてが見えてくる。内面にあったものがイヤというほど出てくる。他人にも自分にも隠していたものが、はっきりと見えてくるんだ。「俺は、決してカッコいい男じゃないんだ」とね。

 でも、そこまでいって初めて、本当のパワーが生まれてくる気がする。カッコ悪い自分を、逆に武器にしてやろう――という考えになってくるわけだ。

試合後に受けた世間からの強烈なバッシングの嵐

 試合結果は、ご承知のように15ラウンド戦って引き分け。その意味では“負け”ではないんだけど、世間がそれを許さない。新聞でガンガン叩かれて結果的には負けたようになってしまった。

 その新聞を読みながら、俺、わなわなふるえていましたよ。いや、怒りじゃなくて、(しまった!)という気持ち。そして屈辱。それまで新聞でこんなにコテンパンに叩かれたことはなかったし、それはそれは落ち込んだ。ガックリなんてもんじゃない。