知りたい 聞きたい キーパーソンに問う
東工大・上田紀行副学長「リベラルアーツ教育導入で何が変わったか」
2022.06.16
大学全体を復権したい
――上田さんは1996年に東工大の教員になってから、次第に学生の変化を感じたそうですね。
東工大に来た頃、学生がばんばん質問してきて、頭の良さに驚きました。ところが、2000年代に入った頃から、質問が減ってきて、学生が評価を気にするようになりました。「どうすればいい点数が取れますか」「リポートの評価軸は何ですか」と聞かれたこともあります。
ちょうど成果主義とか新自由主義が広がった時期です。高校も早い段階で文系、理系に分けて、進学実績を競うようになっていました。
東工大では、入学直後に「脱洗脳」を行います。今までのようにテストの点数を取るだけではこれからはやっていけない、何をしたいのかという「志」がこれからのあなた方を導く、ということを教えます。
――上田さんは著名な文化人類学者ですが、もともとは理系だったのですね。
高校時代の生物の授業に影響されて、遺伝子生物学を学ぼうと東大理科二類に入りました。しかし、精神が不安定になって、やる気が起きず、1年留年しました。その時期に、社会学の見田宗介ゼミに入り、中野民夫とかの勧めもあってインドに行ってから文化人類学を専攻することに変えました。
当時の教養課程の授業には、教員が学生を全く見ずに黒板に向かって難解な数式を書いていくだけのものがありました。自分にとってはつらい体験で、理工系の学生に大学1年の最初から、これまでとは違う授業をつくりたいと考えた大きなきっかけになっています。
――現在の大学や大学教育の課題は何だと思いますか。
大学自体の地位が下がったことです。かつては知の拠点であり、大学が新しい時代をリードする期待感がありました。しかし、2000年代に入ってから、「大学は役に立たない」という批判に対応しようとしたあまり、役に立ちそうなことばかりに目が行って、自らの首を絞めています。
海外の大学のミッションは、「新しい時代をいかにつくるか」です。一方、日本は「世間の役に立ちたい」です。主体が世間や社会で、考えるのは社会であり、従うのが大学になっています。そうではなく、社会をリードしていくのが大学でなければなりません。
大学は「○○人材」を出すというのではなく、深く探究し、社会や未来をリードしていく人を育てる責任があります。私は大学全体を復権したい。人文社会科学だけでなく、科学技術を包括して、大学教育の再定義をすることが必要です。東工大には、その可能性がかなりあると自負しています。