第3話 隣の席の

 私の隣の席には、ちょっとした有名人がいる。

 なんでも、家がお金持ちで、自分も才能があって、高校生なのにちゃんと自活できているらしい。お父さんが裁判官で、お母さんが検察官?そんなことあるのかなぁって思うけど、本人がそう言うならそうなんだろう。

 本人に才能があるっていうのは本当みたいで、女子高生ブロガー?として結構稼いでるっぽい。あ、エッチなのじゃないよ。何か、どうやったら生きやすいんだろうとか、生活の工夫?自分の才能の活かし方?みたいな。実体験なんだろうな。本にはまだなってないみたいなんだけど、確かにブログは面白かったな。お金、私も払っちゃいそうになった。クレカとか持ってないから無理だけど。

 ただ、その隣の席の有名人、こと珠美ちゃん。熊澤珠美ちゃんって言うんだけど。私はタマちゃんって呼んでるんだけどね。ちょっと最近ご機嫌斜め。才能がある人は気性が荒いって聞くし、ゴッホとか、三島由紀夫とか、最近じゃグレタちゃんとかそんな感じだよね。才能あるのにもったいないって私は思うんだけど。だって友達いないとかイヤじゃん?

 でね。タマちゃんなんだけど、今絶賛隣のクラスの女子グループとバトル中。

 きっかけはよくわかんないんだよねー。隣のクラスの新井さんが、何かタマちゃんのブログ勝手に読んで感想言ったらしいんだけど、それがタマちゃん、カッチーン!てきちゃったみたいで。

 朝イチで隣のクラスに怒鳴りこみに行っちゃったくらい怒ってた。もー私じゃどうしようもないね。

「あんたなんて、訴えてやる!ネットで晒してやるんだから!あんなレビュー、噓八

 百じゃない!ひどすぎる!営業妨害!」

「そんなこと言ったって、あれはあくまで私のいち意見だし、そもそもその感想って

 本当に私のなの?ネットっていっぱいアライさんっているんでしょ。勘違いしてる

 んじゃない?」

「嘘だ!あんなに私のこと知ってるみたいに書いて、絶対アンタだ!許さないか

 ら!裁判する!絶対にする!」

 あーあ、そんなこと言っちゃって。本当にできるのかな。知らないけど。タマちゃんにはちょっと、大言壮語?の癖があるから、ちょっとだけ心配。ちょっとだけね。


 タマちゃんの味方は私以外にもいっぱいいた。新井さんの方にも何人かついた。あっという間にクラス間対立、戦争勃発。戦争とは遠い世界の話ではないのだー、と痛感中。世界史の授業よりリアルかもね。

 もう、誰が何を言ったとか言ってないとか、タマちゃんは必死になってメモを残すようになった。メールもブログのコメントもSNSも、自分のこと話してるとこはひとつ残らずの勢いでスクショ撮るし、本当に弁護士みたいな人に電話してるの聞いたし。私達はみんなで才能あるタマちゃんを守ろう!だって仲間だもん!って一致団結した。タマちゃんが

「みんなでやっていこう!」

 って言って、みんなで円陣組んで

「おー!」

 って、体育祭みたいな掛け声上げたりもした。男子には笑われたけど。

 でも、実はちょっと怖かったんだよね。タマちゃんが。

 だって、途中からどんどん血眼になっていくんだもん。誰かが

「ちょっとは新井のことなんか忘れなよ。ほら、ブログ読みたいし記事書いて」

 なんて言おうものなら

「は!?それどころじゃないんだけど!こっちは弁護士通してんだから!ガチなんだ

 からね!営業妨害されてるんだから!」

 って味方にも怒るようになってきた。いつもなんか、ガンギマリっていうの?モンスターエナジーとかレッドブル飲んでるの?何個飲んでるの?って感じ。見てるこっちが痛々しい。私もさ、一応友達歴長い方だから

「ちょっと休んだら?頑張りすぎだよ」

 って言ったんだけど

「頑張らないとできないことだってあるんだよ!それを悪く言うなんて、アンタホン

 トにあたしの仲間なわけ?」

 怒られちゃった。私は何度も謝って、帰って泣いたよ。だってみんなの前でつるし上げるみたいに怒るんだもん。怖くて怖くて、悲しくて泣いちゃった。タマちゃんは毎日毎日、スクショを取り続けそれをどこかに書き込んでるみたいだった。テストの勉強もしないし、部活にも通わなくなったし、誰とも遊ばなくなった。

 どこに何を書いてるんだろう。ちょっと私は怖い。


 それから、案の定というか、タマちゃんの仲間は段々減っていった。減ったっていうか、私みたいに遠巻きにし始めた感じ。ちょっと疲れるから距離置こう?みたいな。だって私ら花の高校生、テストに部活に、タマちゃんの御守りだけじゃないんだよ。みんなそんな感じで、新井さんの方も段々めんどくさくなってきたのかな。相手しなくなってきた。このまま自然消滅がいいかなーって思ってた。恋愛も喧嘩も自然消滅が一番いいのかも。平和的解決ってやつ。

 だけどある日、新井さんが先生を連れて教室に入ってきた。そして、一緒にどこかに出て行った。暫く帰って来なくて、一時間自習になった。それはいいんだけど。

 帰ってきた時、タマちゃんはこの世の終わりみたいな顔で泣いてた。ぐずぐず鼻を鳴らして、見るからに取り乱してた。あんなにパニクってたタマちゃん見たの、私初めてかもしれない。友達歴、長い方だけど。

 タマちゃんは矢継ぎ早に、自分の置かれたピンチについて語った。

「どうしよう、あたしやりすぎだって、向こうが誹謗中傷だって訴えてきた。警察に

 訴えるって。どうしよう、警察にあたしの記録が残っちゃう」

「どうしてそれが怖いの。たかが記録じゃない。逮捕されるわけじゃないんでしょ。

 そもそもあたしら未成年だし。今まで通りやっていこうじゃん……」

「それが出来なくなるんだよッ!」

 あんまり大きな声で叫ぶから、みんなが一斉にひゅうっと体を縮めたのがわかった。それくらい、迫力のある声。明らかにタマちゃんは取り乱してる。私たちまで不安になってきた。もしかしてみんな、仲間ってことで警察に調べられるのかな。どうしよう、悪いことなんか何もしてないよ。お構いなしに、タマちゃんはまくしたて続けている。

「情報が残ったら終わりだよ!?少なくとも公務員とかにはなれないだろうし、もし

 噂とかネットであたしだってバレちゃったら……現実のあたしと紐づいちゃった

 ら、まともな就職もできないよ!どうしよう!もう終わりだよ!」

 みんなすっかりパニックになって、泣き出す子とか、こんなはずじゃなかったとか言い出す子とか、教室は一気にざわざわし始めた。蚊帳の外だった男子も、思わずドン引きしてる感じ。だってあのタマちゃんが、才能あふれて恵まれてるタマちゃんが、あんなに取り乱してこの世の終わりみたいなこと言うなんて。誰も目の前のことが信じられなかったんだと思う。ううん、多分信じてたものが壊れたのがものすごくショックだったんだと思う。


 それが高校生の頃の出来事。それからしばらく、タマちゃんは学校に来なくなった。結局卒業式にも来なくて、新井さんの方もあっさり転校しちゃってもうよくわからない。タマちゃんのブログもあの日のままでストップしてて、ひたすらviewとコメントだけが伸びるだけ。

 あれから、私はタマちゃんの連絡先を消してブロックした。面倒だから、ついでに新井さんのも。本当は、新井さんのこと嫌いでもなかったんだけど、もうどっちもどっちじゃ、残しておくのも忍びないから。

 もうずいぶん月日も流れて、私は大学生になった。そろそろ就活の時期と言うことで、人事との交流も兼ねてFacebookを始めている。もちろん実名、アイコンも顔写真だ。結局、タマちゃんの恐れていたような「全員逮捕」も「人生終わり」もなかった。みんながそれぞれ、生きやすい形で生きてるだけだった。そんな生活の中でふと、過去の天才だったタマちゃんのことを思い出して、私は名前を伏せてFacebookに投稿をした。

 『昔、同級生にすごい天才みたいな子がいて、ブログで稼いでたんですよ。文章力

 もあって、今何してるか知らないんですけど。尊敬してたけど、ちょっと最後は残

 念だったな。結局、重いプレッシャーとか未来の不安とかに、人って負けちゃうん

 ですね。信念の強そうな彼女だっただけに、そこが唯一残念です』

 投稿にはかつての級友たちがいいねをくれた。コメントも昔を懐かしむものが数件ついた。私はそれだけで済んでひそかに安堵していた。タマちゃんが、コメント欄に現れるような気がして、ふと怖くなったのだ。しかし、コメント欄の

『あの頃は皆あんな感じだったじゃん。若気の至りって奴?』

『タマちゃんも大変だったんだよ。追い詰められてたじゃん。可哀想だった』

『数年前に会ったけど、ちょっとやつれてた。病気みたいなものだったんだよ。可哀

 想に。許してあげようよ』

 との客観的な声に、私も彼女が俄かに可哀想に思え、同時に些かの申し訳なさも感じ始めていた。

 その夜、FacebookのMessengerアプリにリクエスト申請が来ていた。企業の人事の方か、それとも出会い系か……と開くと、そこには顔のないデフォルトアイコンで

『tama』

 とだけ名前が書かれている人物がいた。その言い分はこうだった。

『投稿を撤回してください。貴女は勘違いしています。私は負けていませんし、これ

 からもあなた達の仲間としてやっていきます。私は勝ちます。あの時発した一連の

 言葉に、負けなんて意図はなかった。考え直してください』

 タマちゃんだ、と思った。反射的に指は震え、彼女の高圧的かつ狂躁的な怒り顔が思い出される。つるし上げの思い出と共に。

 私は素直に投稿を削除し、Messengerに返答した。

『投稿は削除しました。私の勘違いです。ごめんなさい』

 返事はすぐに帰ってきた。

『ありがとうございます。今はそれしか言えません。深く感謝します。名誉を守って

 くれてありがとう。信じてたよ。友達だから』

 私はその言葉に救われた気になった。よかった、まだ一応、タマちゃんは正気なんだ。というか、正気に戻ったんだ。大人になったんだ。私のこと、まだ友達だと思っててくれる。信じてくれてる。よかった、これでやっと元通りに——


『ところで、貴女があの投稿をしたの、誰かの差し金じゃないですか。例えば、新井

 とか』

『もし私のことを誹謗中傷する奴がいたら、教えて欲しい』

『お金は払うから』

『情報は言い値で買うよ。これはね、ビジネス』


 喉がひゅっ、と変な音を立てた。

 背筋にぞぞぞっとおぞましいものが走った。

 Messengerで繋がっている相手が、俄かにあのタマちゃんじゃないように思えてきた。人間じゃないような、不気味な何かに思えてきた。だって、そんな、まるでこれじゃ密告、スパイ、告げ口、人の情報を売るってことじゃない——

 否、違う。間違いなくこれは彼女だ。彼女は「何も変わっていなかった」のだ。ヒステリックに全てを支配し、友達だと、仲間だと言いながら本心では私達を利用しようとしている——そんな恐怖に、心底慄いた。そして、長い長い時間、何も変わらず1人の人間を執拗に狙い続けるその性根に、執着に、怯えた。

 もう誰も、タマちゃんを誹謗中傷したり、訴えたりなんてしないよ。そんな人は、タマちゃんの頭の中にしかいないんだよ。


 私たち、もう大人なんだよ。成長してるんだよ。わからないの?


 その間にも、Messengerは更新を続けた。

『貴女が私の敵になるように煽ったり、私に関することを何か吹き込もうとする奴が

 いたら逐一内容を教えて。お礼は必ずするから』

『とにかく、今日は投稿を消してくれてありがとう』

『気が向いたらよろしくね』

 気づくと私は、もう反射的に彼女をブロックしていた。Facebookも、もしかしたら他のSNSももうできないかもしれない。彼女はいつでも、今でも執念深く見張っている。治ったふりをして、あるいは健気なふりをして。仲間の顔をして、本当はみんなのことを疑っている。

 私はもう、もしかしたら彼女から逃げられないのかもしれない。恐怖で、私はその晩吐いた。ずっと、タマちゃんの声が頭蓋骨の中で残響していた。



「みんなでやっていこう!」

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